001:第1章「魔王と勇者と修道女」①
修道女の前に現れた魔王と勇者。夢世界の冒険と現実世界の学園生活。
二重螺旋で恋が深まっていくファンタジー。
はらり と雪のかけらが舞った。
はいいろの空から ちいさな ちいさな 雪ひとつ。
季節はずれの 桜のはなびらのように。
いつもの公園に こぼれおちた 涙ひとつぶんの雪。
それは 幼かった『わたし』と
幼かった『あの子』の間に落ちて
なかよしの時間が終わったのだと おしえてくれた。
――――人生で いちばん最悪だった 六歳のバレンタイン。
けれど あの日 わたしは『星』をもらったのだ。
とてもうつくしい 『女神さま』に。
◆◆◆第1章「魔王と勇者と修道女」◆◆◆
懐かしい、と胸にささやくのどかな村に夕暮れ色の陰影がおちていく。
ここは『はじまりの村』の一つ『レテーネ村』。
オレンジ色の残光が素朴な木の家をほんのり照らし、畑で実る麦の穂がさわさわ揺れては豊作だと微笑んでいる。
野山で狩りをしてきた男たちは疲れた足取りながらも誇らしげに家路につき、畑仕事をしていた者たちは腰を伸ばして自分への労をねぎらい汗を拭く。
干していた洗濯物を腕いっぱいに抱え込んだ高齢の女性は、沈む夕陽の方角――遥か彼方にそびえる『水晶樹』――に向かい、瞼を下ろして祈りをこめた。
「女神様、今日も穏やかな一日をありがとうございました」
そう感謝を添えて。
しかし、村の外れ。木立に囲まれてひっそりと佇んでいたはずの教会に「穏やか」とはかけ離れた衝撃がドォンッと地面を響かせていた。
カンッ、カンッ、と刃と刃がぶつかり合う、力強い金属音と共に。
◇◇◇
「邪魔だ、勇者! この娘は俺の番いにする! これは……決定だ!」
激しい稲妻で半壊してしまった教会の聖堂。
大穴が開いた屋根から見えるは群青の夜と夕暮れのオレンジ。
時が溶け混ざった空を背にして叫んだのは、漆黒の翼をもった金髪碧眼の青年だった。
黒き翼を持つ種族――魔族だ。
パラパラと梁だったものが燻り落ちて木片がかがり火のように辺りを照らす中、もう一人の青年――炎で青く透ける黒髪の剣士――が瓦礫を足場にして大きく跳躍する。宙に浮かぶ翼の青年へ向けて。
「ちょっと強引すぎじゃないかな、魔王さん?」
淡々とした口調ながらも、見据えた空色の双眸で眼前の敵を捕らえた青年は剣を一気に振り下ろした。
「……っ」
「……!」
緊迫した二人の青年の一騎打ち。
戦いの場を地に移してからも、勇者の剣と魔王の手甲剣との鍔迫り合いが幾度となく火花を散らす。
そして、その二人の激闘を、水色の長い髪が印象的な修道女の乙女がスライムに肢体を捕らわれた姿で見つめていた。
「はぁ……はぁ……っ。ゆ、ゆうしゃ……さま……」
聖堂の祭壇に石像替わりとして置かれていた大きな石碑。
人の背丈よりも高い四角い石碑には女神の姿が美しく彫り刻まれ、祈りの中心となっていた。
だが、今は半透明の不定形生物スライムによって完全に覆われてしまっている。一人の修道女を石碑に繋ぎ止める形で。
これで仮に手脚を杭で打ち付けられでもしたら昆虫の標本のようになるだろう。
幸いにも杭ではなくスライムの触手で拘束されているだけだが、このままでは勇者の手助けどころか足手まといになりかねない。
しかも、身動きできない身体の肌に、ぬるりとしたスライムの冷たい感触がゆるりゆるりと這い回っていく。
「……んっ」
両手首は頭上で固定されてしまって動かせない。
その隙に脇に空いた修道女服の隙間から、またはスカートのスリットから、スライムの触手がゆっくりと滑り入ってくるのを自身で止めることができなかった。
できるのは、我慢……することだけ。
――――女神様……ひどいです。
「はぁ……ん……っ、ぁ……はぁ……」
――――どうして……こんな……っ。
「んっ、ぁ……やだ……っ、そこ……はぁ……ぁ……」
――――私は、ただ……
この世界で、穏やかにすごしていただけだったのに。