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夏の記憶 異世界転移

初夏。まだ梅雨が明けたばかりのことでした。蝉の声が聞こえ始めた頃の事です。


セシルの容態が急変しました。

ー J'ai mal à la tête, pourquoi ? Qu'est-ce que je suis censé faire ici ?

(頭が痛い、何で?私。ここでしなきゃいけない事って何だったっけ?)


「何、どうしたの?セシルちゃん。大丈夫?」

ー L'odeur de la lavande me manque terriblement. Est-ce chez moi?

(ラベンダーの香りがとても懐かしいわ。ここは私の家なの?)


やがて昏睡状態に陥り、お私は師匠に電話を掛けます。


「師匠、大変。セシルが。」

「洋子さん、待ってなさい。今行くから落ち着いて。」

暫くすると、師匠が駆けつけ、お薬を飲ませました。

「早いな。こいつは困った。」


すやすやと眠るセシルを診て。師匠はうなだれます。

「悪魔が取り憑き、セシルの記憶を改変しようとしておるのぅ。お前さん悪魔払いを知らんかね。」


「私が、見様見真似でよければ。」

「お前さん巫女じゃろ?」

「昔はシスターでした。」

「…出来るかね。」

「相手によります。」


私は、十字架を聖書、それに聖水の小瓶を取り出しました。

「師匠、セシルを抑えておいてもらえますか?日本語なので効力があるか判りませんが、場合によったら悪魔が暴れるかもしれません。」

「あぁ。」


私は、聖水を手でセシルに振り掛けながら、聖書を読み十字架をセシルの身体に向けました。


「愚かな者は心のうちに「神はない」と言う。彼らは腐れはて、憎むべき不義をおこなった。善を行う者はない。」

「神は天から人の子を見おろして、賢い者、神を尋ね求める者があるかないかを見られた。」

「彼らは皆そむき、みなひとしく堕落した。善を行う者はない、ひとりもない。」

「悪を行う者は悟りがないのか。彼らは物食うようにわが民を食らい、また神を呼ぶことをしない。」

「彼らは恐るべきことのない時に大いに恐れた。神はよこしまな者の骨を散らされるからである。神が彼らを捨てられるので、彼らは恥をこうむるであろう。」

「どうか、シオンからイスラエルの救が出るように。神がその民の繁栄を回復される時、ヤコブは喜び、イスラエルは楽しむであろう。」

「神よこの女性を貴方の神の名に於いて、どうかお救い下さい。アーメン。」


青ざめたセシルの顔は徐々に穏やかないつもの表情に戻り、静かな寝息になりました。

「去ったかね。」

「いえ、去ったと言うか、取り敢えず落ち着きましたね。悪魔は居ない様です。たぶんですが、教会や聖書に馴染んで生活をしていたのでしょう。これからはここにマリア様を置いて、グレゴリオ聖歌を流す事にします。」


「お前さん、実は、この子の事情を知っておるのではないかね。」

「調べる事は可能です。でもそれは、この子の父親が望まない形なのです。」

「…そうか。つまり儂らはこの子を待つしかないのだね。」

「…そう。この子の父親はここでの生活を望み去りました。こういった宗教から放し日本人らしい生き方を望まれたのです。この子の試練は、この子がなさねばなりません。私たちはこの子を見守りながら。」


「お前さん、一体何者だね。」

「やですね。私は唯の『大道芸人』ですよ。狐に憑かれかけた巫女です。」

「師匠、この事はどうかご内密に。最近、私の周囲に怪しい人物が居る様ですので。」

「わかった。何かあれば相談してくれ。この老体で良ければいつでも力になるからのぅ。」


「あれ、セシルお昼寝してるやっぱ可愛いな。この子。」

ハルさんがやって来ました。


「どうしたのカッコいい部屋にして。洋子さんの趣味?」

「まぁ、そんなとこ。どう?」

「洋子さん、いいなぁ。私もこんな部屋憧れるなぁ。」

「まぁ、髪の色染めても。セシルちゃんはこっちの方が落ち着くかなって。リフォームしちゃいました。」


「師匠、来てたんだ。」

「居ちゃいかんかね?」

「誰も、そんな事いったないじゃない。大歓迎しますよ。」


ハルさんのこの雰囲気には、いつも助かります。


「ところで、ハルちゃん。ここに聖剣エクスカリバーがあります。」

「何で?ちょっと誰、こんな物騒な物を島に持ち込んだの。」

「哲也さんの私物。で、私がその剣の所有者なんだけど。貰ってくれない。」

「私が?逮捕されるから、困ります。」

「でも、あなたは、将来これがないとこの島で生きていくことは不可能になるわよ。だって、哲也さんの後継者なんだから。」

「ちょっと、師匠からも言ってくださいよ。嫌ですよ、私。持っているだけで犯罪者になる代物なんて。」


「なるほどのぅ。洋子さんの云う事には一理ある。」

「でしょ。」

「何、ふたりして。説明してよ。」


「いいかね。ハルちゃん。お前さんは、哲ちゃんの技の後継者となった訳じゃから。哲ちゃんの所有物はお前さんが引き継ぎ代々伝えの残せばならんのじゃ。判るかい。」

「でもこれは、ちょっと。」

「変形させて小さくすれば、合法じゃろ?」

「え、あぁ、そうか。洋子さん。ちょっとそれ貸してください。」


ハルさんは、その剣を取りました。

「消えてなくなれ!エクスカリバー!」

「カッコいいわよ。ハルさん。」


不思議なことに剣はハルに吸い込まれていきます。

「これで、あなたは後継者として立派な剣よ。ハルちゃん。」

「良かったのぅ。洋子さん。」

「二人ともなに感心してんですかっ。」


「儂からの説明は以上じゃ。」

「いや、全然、説明になってません。師匠。」


「引っ掛かったわね。ハルさん。」

「師匠、洋子さん変です。どういう事ですか?」

「さぁ、儂にもさっぱり。」

「洋子さん、ねぇ。三十路近いあなたが大人気ないこと始めないで下さい。」

「私が、あなたの上位の存在であることを知るがいいわ。」

「とにかく謝ります。謝りますから。」

「ダメよ、エクスカリバー・ハル。あなたは、私を超えて強くならなきゃいけないの。」


フクロウ少年が現れました。

「何か、面白いことやってるなぁ爺さん。」

「おぉ、よう来た。お前さんもココ来て座れ。」

「何だ、あの姉ちゃんたち。鬼ごっこ始めて。」

「フクロウよ。ハルを見てみよ。」

「ハル姉さん。あれ?数値高くね。何か着込んでんの?」

「外国の聖剣とやらを取り込み、数段強くなりおったわ。」

「へぇ。でも放置しておくと、この小屋ぶっ壊されるよ。」


少年は、瞬時にふたりの懐に移動すると、静止させる。

「はい、ストップ。お姉さん方。とりあえず中でお茶にしましょう。訓練中止して下さい。事情は僕が聞きますから。爺さんも。このおふざけの事情をきっちり聞かせてよ。」


四人で小屋に入り、私はようやく正気を取り戻すことになります。


「洋子さん、この際だから、僕たちに事情を話して頂けたらと思うんですが。小屋を壊されたら、生活に支障があるんで。」

「そ、そうですね。えっとですね。私どうかしてました。」

「それだけ?」

「はい。まぁ、今のハルさんなら、いい運動になるかなぁと。」

「爺さん、何かあっただろ。」


私は師匠に手を合わせ懇願します。

「お前さんは、知らんでいいよ。稽古に空き時間が出来たので、ふざけておっただけじゃて。」

「なら、ちょっと小屋から離れて貰わないと。明日から稽古場作りますから、今日は一旦お帰りいただけますかね洋子さん。」


「はい。申し訳ありません。」


「なぁ。爺さん、俺たちのやってる事ってのは、道筋を違ってないか?」

「どう云う事かな?」

「あのサークルメンバーをこっちの世界に引きずり込んじまったら、俺たちまた、おかしな世界に戻っちまう。それに、洋子さんは畑仕事でこの島に居たいって言ってただろ。狐は死んじまった訳だし。放っておいていいんだよ。ここでの稽古が奴らの日常を壊してると俺は思うぜ。」


「いいか爺さん、『この島で、普通に暮らす。』全員の目標がそこだ。特に気を使わないといけないのはセシルの体調だけ。そこを俺たちがこの小屋で解決してやればいい。訳のわからない術の稽古なんざ、真剣にやったってあいつらの将来に役に立ちゃしないんだから。まぁ、ここらでお終いにしたらどうだって事さ。」


「辞める。か、ちと調子に乗っておったか。」


「解ってくれるかい。俺らはあいつらが島民と上手く生活しているか。そこの手助けを俺たちはするべきだ。俺も人間らしい生活でやるよ。爺さんだってそんな気持ちでここに棲みついたんだろ。大道芸人で島のおもちゃになっても誰一人嬉しくない。茶番もそろそろ潮時だ。」


「あいつ、歌をよく詠んでいやがったな。」

『思ひあまり恋しき君が魂と かける蛍をよそへてぞ見る』


「いや、梟よすまなかった。お前のいう通りじゃ。全ては儂の思慮の無さが招いた事。勘弁しておくれ。」


師匠から電話があり、今日は我が家で話たいことがあるとの事。

私は、早々に畑仕事を切り上げ、師匠のおもてなしをするように支度をしておりました。


「はぁ、昨日の続きかしら。」不安が頭に重くのしかかります。

やっぱり、やり過ぎた。調子に乗って師匠が『大宴会』なんて言い出したら、私もうどうしていいかわなんない。


皆が19時になり家に帰ってきます。

「ごめんね。夕飯、まだなの。師匠が来られるらしくて。」


ドアのチャイムが鳴り、私は、師匠をリビングに招き入れます。

「洋子さん。今朝、今治市の朝倉に帰っておった。」

「季節外れの里帰りですね。」

「今日はボケ倒した反省を込めて、梟と一緒に帰省しておった。戒めのため初心に戻りたくてな。」

「やはり、昨日の件ですね。私も気が動転した行動を反省した次第です。」

「いやいや、今回は儂の失態だよ。洋子さん、申し訳なかった。」

「立ち話もなんですから、どうそお上がりください。」


しばらく経つとサークルメンバーが続々と帰宅してきた。

「皆、揃った様じゃな。では、ここに伺った理由をお話ししよう。稽古は中止する。」


皆、唖然とした様子。


「急なお話ですね。理由をお聞かせいただけますか?私たちに何か失礼があったのでしょうか?」

「いや、儂の勝手な判断で申し訳ないが、芸はここまで。このまま続けると『加持祈祷』になってしまう。それは皆が覚えるべき代物ではないからの。教えられん。もっとも、お前たちが化物退治がしたいと云うのであれば藪さかではないが。」

皆、顔を見合わせて考えていました。


「お前さんたちには、これから人生の様々な苦難が立ちはだかるだろうが、それを乗り越えるためにこれっぽちも役に立たん。この島で畑仕事や島民との会話の方がよっぽど将来に役に立つ。」

「まぁ、師匠がそう言われるのであれば…。」

「手を出しなさい。儂が教えた中で、禁じ手は全て忘れさせてやるから、安心して。元の生活に戻るがいい。」


そうして、師匠の稽古でつけた力は、全て師匠へ戻されました。

「これで良い。この島で何かあれは、儂とこの少年が護る。これは儂たちがこの島に来た際、決めた事じゃから。時間を取らせてすまなかったのう。」


おそらく、師匠の心理を理解できたのは、私だけでしょう。


「洋子さんの力も儂が元に戻したから、野良仕事に専念する事ができよう。なあに、儂とお前さん達の仲が以前に戻っただけ。それだけの事。夢があるなら追いなさい。死者の願いなど早々に捨てる事だ。」


「ご指導、有り難うございます。」


「じゃ、みんな。また遊んでおくれ。」

星が瞬く夜に師匠は帰って行きました。


翌日になってもセシルの容態は変わらず眠り続けていました。

私は、隠し持っていた本を取り出し、覚悟を決めます。

「異世界転移で治療をするしかないじゃない。」


「おはようございます、洋子さん。」

振り向くとそこには、春香さんと今日子さんが立っていました。

「どうしたの?二人とも。」


「私たちはセレステリア共和国より遣わされた者です。帰還して頂けますね、皇女様。」

「…そう。セシルなんて名前の女の子がこんな場所で迷子になる筈ないものね。何故、こんな真似をしたのか教えて頂戴。」

「いえ、誤解です。この少女がこちらで見つかり、私たちの忘れ去られた過去の記憶が覚醒しました。殿下。」


「帰還しても身分を隠し、私のチームで治療を行います。くれぐれも王国に知られず。いいですね。」

「はい、殿下。この家は如何致しましょう。」

「三島くんに書き置きする程度で済みます。こちらとあちらでは時の流れが全く違うのです。」


「ここに来た際、転移魔法陣は別室に用意してます。必要な物はこちらで準備出来ますので、あなた達はついてきなさい。」

「はい。殿下。」

「私は、師匠宅でヴェネツィア・ガラスを受け取りここへ戻ります。」

「ハルさんは、どう致しましょうか?」

「彼女を巻き込むつもりは、ありません。数日の間、出かけるので畑仕事をお願いする(てい)でお願いすると致しましょう。上手く説明をお願いします。」


師匠宅より帰宅後、別室に四人で移動しました。

「では、魔法陣を発動させます。くれぐれも、セシルは慎重に。」


私は、心を澄まし念じると部屋に張り巡らせた魔法陣が光り、文字が浮かび上がります。


国土の森林の中のある湖の辺り。そこに医療研究施設があります。


「春香さん、今日子さん。お疲れ様。医療ベッドへセシルを運んでいただけますか?」

私は早速、医療器具にエネルギーを注ぎ込みます。


「皆さんは、ここで待っていていて下さい。私は、湖へ水を汲みに行きますが、くれぐれも王国の人間との接触は避けなさい。もう、ここは私の国ではなく侵略され他の民の手に堕ちました。」


当時のローブに着替え、ヴェネツィア・ガラスを持つと私は湖へ向かう事にしました。

透き通る湖に入り私はガラス一杯に水を汲み取ると祈りを捧げます。

「オケアノスよ、不在にした事をお許しください。あなたのお力によって少女をお救い下さい。」

私はローブを脱ぎ、浅瀬にガラスをもう一度沈め祈りを捧げ儀式を終えます。


「皇女、ここに戻られたのですか。」

軍服を着た初老の男が私の元に近づいてきます。

「フリート。貴方、まだここにいたの?」

「はい。いつかは殿下がお帰りになると信じ、ここで数人で隠れ住んでおります。」

「仕方ない人たちね、ついて来なさい。貴方にお願いしたい事があります。」


施設内にて。


「春香さん、今日子さん、紹介します。この者はフリート。この国の元医療士官で私の部下だった男です。」

「閣下、『元は』はやめて下さいませんか。」

「フリート。実は医療魔法師と回復術師が残っているなら、このふたりに指導して欲しいの。まだ、集落にいるかしら。」

「えぇ。おりますが、このお二人は?」

「ただのお友達よ。」

「…ともだち。殿下のご友人でございますか。」

「そう。私はある場所で一人の民として暮らしていたの。私に友人がいるのが珍しい?」

「いえ、殿下は幼少期から執務に追われてましたので、驚いただけにございます。誠に失礼を申しました。」


「民草の為、私たちの自由を放棄するのは宿命。そうお婆さまから教えられたでしょ。王家この土地を奪え返せなかった。命惜しさに逃げたのよ。貴殿はこの場所で民を守るべき立場を貫いてきた。貴方は立派よ。自身の志を誇りに思うべきだわ。」

「私には、勿体なきお言葉です。」


「私は、裏切りを犯した。取り返しのつかないことをしたことを恥じているの。貴殿は胸を張って堂々としていればいいのよ。王家をゆるして。」

「賢明なご判断と思います。今回、戻られた理由とは。」

「一人の少女の命を救いたい…それだけ。また我儘を言って御免なさいフリート。」

「御意。早速、準備を致します。明朝、医療施設へ人員を派遣いたしますのでお待ちください。失礼いたします。」


フリートは昔と変わらず。私に従い施設を後にします。


「洋子さん、私たちにできる事があれば、仰ってください。何をすればいいでしょう。」

「これからセシルの症状を突き止め。あの子の命を助けます。貴方達は明朝よりここの医療魔法師と回復術師から医術を学んでください。今日は寝室でゆっくりしていいわよ。」


その日から私は、セシルの症状を分析し、あらゆる方法を使って治療することとなりました。


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