洋子 島の風とともに
島に移住して幾日が経っただろう。私はようやく居場所を決める事ができた。旅をするにも出来ない理由が出来たからだ。
「何回も言いますが、私はこの島から出る事ができなくなりました。農作業もありますし、とにかく旅はもう終わりです。勇者一行のようにいつまでもだらだらと哲也さんと旅を続ける訳ないでしょ。」
「だってさ、この島のお婆ちゃんと子供しかいないでしょ。」
「平和過ぎるくらいが一番いいの。海の駅もオープンするし。この島って柑橘系全部取り放題よ。」
「でもさ。」
「でも。じゃ無い。スコップと鍬だけが私の友よ。哲也さんの釣り竿と同じ。」
「俺は、師匠と仲良くなったよ。洋子さんに話かけてくれて仲良くなった島民居る?今、コミュ症を拗らせている洋子さんと違うよ。」
「う…。うるさいです!これから畑に行くから、ついて来ないでください。」
「行かないよ。だって、この島で二人だけで行動した事ってあった?」
「も、もういいですって!」
今日は朝から、こんな調子だった。私は布団のシーツを干すため、庭の物干し台へ向かいます。
「もう直ぐ、梅雨が来る。」
「その『台風なん号接近』みたいな台詞で言われてもねぇ。いいじゃない梅雨って紫陽花が咲いて綺麗な季節だよ。」
シーツを干し、リビングへと戻っります。
「スーパーに食材を買ってきます。」
「いってらっしゃい。」
気が付くと時計の針は、11時になろうとしていました。
スーパーに行く途中に、私は子供に声を掛けてみた。スカートの中に潜られます。
お婆ちゃんに道を訪ねるフリをした。逆に迷子の猫の捜索を泣きながら依頼されます。
「私、今日はツイてないかも知れない。」
なる程、参拝者の相手とは違い、会話の糸口が掴め無い私なのだ。いきなり友達になって下さい。と言ったところでどうしようも無い。
今日の天気の話題でも。と空を見上げても、今日は薄曇り。
「はぁ。」と大きなため息をつきました。
今日は食材を買ったら散歩して帰ろう。私は、スーパーに入り足りない食材を購入してレジに並ぶ。近くにあったチョコレートクッキーをひとつ買い物箱に加えました。
今日は、少し違う道を歩こう。私は買い物袋を持たまま推理します。セシルはどうしてここに来たのか。目的は何なのか。
「昨日のカレーまだ残っているかしら。」
海岸沿いの砂浜を歩くと潮風が吹き、私の髪を優しく撫でる。暫く歩くと老人会の皆さんがいました。
「あの、すみません。」
「何かね?」
「知り合いがいないので、この島で早く皆さんと仲良くしたいのですが。」
皆が、困惑します。
「老人会、入る?」
「いえ、それはちょっと。」
「お爺さん、それは無理よ。ねぇ、お嬢さん。青年会とかどう?」
「まぁ、一人二人の同世代の話相手が欲しいんです。そこまでは。」
「じゃ、公民館で夏祭りの準備お手伝いするか、そうだな、後はレジャー施設でアルバイトするとかいいんじゃないかね。」
「実は、先日亡くなったお婆さんの畑を管理する事になっちゃって。」
「え、ご親戚か何かなの?」
「いえ、そうではなくて、同居している大学サークルのみんながそのお婆ちゃんにお世話になちゃって、浴衣を頂いたんです。それでそのご恩をお返ししたいと思って引き継いで。」
「大丈夫かい?農業ってお嬢ちゃんが思っている程甘くないんだよ。」
「昔から、野菜を育てて収穫したいなって思っていて。だから私としては願ったり叶ったりなんですが。無理ですかね。」
「無理って事はないがなぁ。あの亡くなった婆さんの畑なら小せぇし。でも素人ひとりでってのは、関心しねぇなぁ。」
「まぁ、儂ら暇な時を見計って、様子を観にいってやるから。何か困った事があったら、ここへ来な。嬢ちゃん、名前は?」
「あ、申し遅れました。洋子です。」
「うん、わかった。皆んなも、嬢ちゃんの様子見にいってやろうじゃないか。いいな、皆んな。」
老人会の皆さんは笑顔で頷かれました。
朝は、今日はツイてないと思いましたが、老人会の皆さんとの話で胸が暖かくなります。私は口笛を吹きながら、家路へと向かいました。
「哲也さんに自慢しようかな。」
残念ながら、カレーの残りは、哲也さんに食べられてしまった様です。
夕食の支度をしながら、哲也さんに語りかけました。
「最近はどうですか?何か悩みがある?」
「え、あぁ。どうかな。セシルの様子を観察することかな。ほら、ハルのサークルメンバーは大学の講義やアルバイトとかあるだろ。師匠に目を離さない様に云われているんだけどさ、俺の唯一の楽しみ、釣りができないからね。」
「そうか、じゃあ釣りをセシルちゃんに教えてみるってどう?」
「女の子って釣りするかな?」
「さぁ、わかんないけど。人それぞれだから。アジなら大丈夫なんじゃないかな?虫エサが嫌いでもアジを釣るなら抵抗なくできると思うから。」
「釣れっかな。最初にがっかりさせると釣りって二度と行かない人多いからね。」
昔、ヒトに化けた時、ハルに初めて釣りに誘われた時を思い出す。出会ったのはいよしもなだ駅の前だった。
ー 何年か前の雪の降る真冬の事だ ー
「君、見ない男の子だね。何してるの?」
「あぁ、ここから海を見てる。」
「ふぅん、ここって夏の夕日が有名だけど。近所なの?」
「下の方だよ伊予稲荷神社の近くから来た。」
「風が強いね、寒くない?」
「寒いけど。でも、ここは寒い冬の平日だと人気が少ないからさ。よくバイクを借りて来るんだよ」
「ふぅん。」
「君さ、そっちの方面なら、港の方でしょ。釣りでも教えてあげようか?」
「釣り?魚釣り?」
「そう、釣り竿でオモリをビューって飛ばすの。楽しいよ。」
「道具ないよ。」
「私が貸してあげるからさ。うちの親父の釣り道具いっぱいあるから。」
「いいけど。」
「ここでしょんぼりしてても何にもなんないよ。スッキリするから。ちょっとここで待ってて持って来るから。」
「哲也さん、何?黙っちゃって。」
「昔のハルとの出逢いを思い出していた。」
「泣いてるよ。大丈夫?」
「うん、悲しくて泣いているんじゃないよ。」
「そうだね。洋子さんの云う通りだね。ここでこうしていても埒が明かないしそうするよ。」
「もうすぐみんな帰って来るから、夕飯作るわね。」
「ありがとう。俺は、庭のバラに水をあげてくるから。セシルに何かあったら声を掛けてくれる?」
「わかった。」
彼は、外へ出ました。
まるで、番犬の様になっているわね。もう。
島全体がオレンジ色に染まっていきます。
「ただいま。」
誰かが帰ってきた様です。
俺はセシルの為に、初心者でも扱いやすい釣り道具を選び部屋に立てかけた。
「何、また釣りに出掛けるの?好きだね。」
ハルが茶化す。
「今回は、違うんだ。セシルに釣りを教えてみたい。」
「セシルちゃんに釣ぃ?もう少し可愛い事に誘わないの?野暮ね。」
「お前の口から、そんな言葉が出るとは思わなかったよ。お前だけには言われたくないよ。」
「なんでよ。小学生の子供の趣味でしょ。親子連れの暇つぶしみたいな発想じゃない。」
「洋子さんに勧められたんだよ。ここでこうしていても仕方ないので、外で釣りでもしなさいって。」
「そう、理解したわ。早く行きなさい。」
「洋子さんの提案なら、OKなのかよ。」
ハルはウクレレで「G線上のアリア」を一曲弾いて見せた。
「そうよ。」
「とっとと化粧済ませて講義受けなよ。単位は大丈夫ったって、勉強時間大事だろ?教授に『優』をもらわないと就職とかアレだろ。」
「どうでもいいわよ。就職で学校の成績評価なんて見ちゃいないんだから。」
「私の学校の事は、どうでもいいから。ちょっとそこどいて。通るから。」
ハルは朝食をコーヒーで流し込むと大学へと向かった。
テレビを見ているセシルを呼んで、手をつないでいつもの釣り場へと向かう。
「お魚苦手なの。」
道中、ポツリと呟かれた。
「小さいお魚だから大丈夫だよ。怖くないから。」
ー 洋子さん、いきなりこの状況。俺、挫けそう。ー
空の雲間から、光が差し込んだ。
「ハレルヤ」
セシルも続けた。
「ハレルヤ!」
もう、周囲にどう見られてもいいや。青い釣りバケツが風に揺れた。
俺とセシルは肩を落とし、家路に向かう。
「今日はダメでしたぁ。セシル、明日も頑張ってみるか?」
「うんいいよ。セシルも釣りに行く。」
え、空耳ですか?今日の釣果ないのに。俺はちょっと驚いた。
「何で?面白くなかっただろ今日なんて。魚釣れなかったでしょ。」
「だって一緒に潮風にあたるって気持ちいいし。」
「何だ、セシルわかってるじゃん。そう、そこなんだよ。釣りって。」
ラベンダーの香りに包まれながら、家のドアを開ける。
「ただいま。」
「あ、早かったね。」
春香が出迎えてくれた。
「釣れなかったけど、セシルと一緒に楽しんだよ。」
「そう、良かったじゃない。」
春香は優しい。
「もう、蛍が飛んでるらしいよ。この家のメンバーで見にいかない?梅雨になると雨量が多くなるから。」
「じゃ、蛍に逢いに行くか。俺とハルが知っている場所でいいかな?少し距離があるけど、必ず見れる場所だからさ。」
俺とハルは釣り道具を片付けると、洗面台に向い顔と手を洗った。
「みんなのスケジュール調整できるかなぁ。忙しそうだし。」
「全員は無理でも多い方が良いよね。」
春香はそう云うと、お婆ちゃんが残してくれた浴衣を準備し始めた。
「しかし鮮やかだな。女性の浴衣は。」
「うん、そうね。でもきれいな浴衣なんて世の中幾らでもあるんだけど、新品買った訳じゃないし、お婆ちゃんや島の人の想いが込められている。だから、大切にしないと。ほら見て、帯がこんなに沢山。ねぇ、知ってる?帯ひとつ変えるだけで、浴衣や着物は全然印象が違うの。この島の人ってお洒落が好きなんだなって思う。」
「そっか、帯って重要何だな。」
「そう。巾着なんて人に貸すなんて事できないでしょ。だから、高校時代なんて帯を友達と使い回して夏を過ごしたんだよ。」
「俺は浴衣の柄が好きだな。ほら、これなんか菊の花だから、高貴な感じだろ。それにこれは、夏の定番の向日葵、元気な感じ。それにこれも定番の朝顔。藤、桜、梅、百合、菖蒲、俺の好きなバラもある。子供は金魚なんて着させられるんだよな。それに比べて、男物なんて、せいぜい竜神・雷神・獅子とかワンポイントでさグレーや紺だからつまんないし。」
「なんか、哲也さんてさ。デレとかないの?髪型とか褒めたり。」
「俺、変かな?花柄って綺麗だろ?」
『うん。』セシルと春香の声が揃った。
「どっちの意味で?」
「和服業者的な意味で。」
春香は呆れた顔でそう返した。
その頃、三島は中華料理のバイト先で皿洗いをしながら先輩と話をしていた。
「お前さぁ、サークルの連中と上手くやれてる?人見知りだったし大人しいだろ。」
「んー。まぁぼちぼちって感じですかね。あ、もう閉店するのでレジチェックしますね。」
「おう。友達っていうかさ、学生時代の親友って、社会人になるとさ。居なくなるんだよ。だからさ、大学とか、興居島のサークルメンバーとちゃんと今年の夏は楽しむんだぞ。一生の思い出になるんだからさ。」
「心配要らないですよ。ハルがまとめて皆んなと遊べる様にしてくれるから。」
「その、他力本願なのはいいけど。世話役なんて向き不向きがあるんだから。大変そうな奴いたら協力惜しむなよ。」
「うす。」
確かにそうだ。何かする時にもバイトの忙しさを理由に気配りができなくなっている。
「今日は、これで終わって島に戻ります。先輩の言う通りでした。ありがとう御座いました。」
「おう、後は俺がやっとくから。気ぃつけて帰れよ。夜は物騒だから。」
「はい。失礼します。」
仕事着をロッカーに入れて店を出ると月が出ていた。そのままバイクで島に渡るフェリー乗り場にいた。
20時過ぎには埠頭に到着しないと島へ帰れない。なので、街で遊ぶ訳にはいかず、金も使わないそんな日々が続いている。
皆、夜のバイトのシフトに入ることは出来ないが以前の寝不足気味な様子は無く、大学生とは思えない異常に健康な顔ツヤをしていた。
島の帰り道に紫陽花が咲いているのを見かけた。もうすぐ梅雨がくる。そんな陰鬱な気分のまま家のドアを開ける。
「お帰りなさい。」皆んなの声がした。明るい声に迎えられ、今日一日が報われた。そんな気がした。
「三島くん、今度ホタル観に行かない?」
またハル先輩が段取りをしている様だ。
「参加します。手伝いますよ。何でも言ってくださいね。」
「明後日なんてどうかしら?」
「その日は、バイト休みなので大丈夫です。」
スマートフォンにあるスケジュール帳を開けて確認すると「ホタル」の三文字だけ打って閉じる。待ち受け画面の若い女優が微笑んでいた。
「これで全員揃ったから、決まりね。」洋子さんが、皆に話しかける。
「畑のことなんだけど、島の老人会の人たちが協力してくれるって言ってくれたの。だから安心して大学生活を楽しんで下さい。」
その夜、不思議な明晰夢を観た。今まで不遇な人生を送った浴衣を着た女性が、恋心を抱いていた男と再開し結ばれると云う話だ。
予見の信憑性は極めて低いが用心に越したことはない。
当日の午前中、俺はいつもの様に防波堤近くの釣り場でウキを眺めながらセシルと釣りを楽しんでいた。
師匠と会ったので、ホタル鑑賞に誘ってみた。師匠は笑顔で了承して軽自動車を出すと言ってくれた。
「セシル嬢ちゃんは、ホタル鑑賞は初めてかい?」
「ううん、前にも見た事あるよ。」
「そうかい、楽しみだねぇ。儂は久しぶりなんで一緒に観れて楽しみだよ。」
夕日の中で女性陣は浴衣姿でスタンバイ。俺たち男性陣は運転が終わって記念撮影をする際に着替える事にした。場所は、昨年同様伊予市双海町の消防署を左折した奥になる。
集合の際に見たのは、普段とは違い色とりどりに着飾って髪を結った女性たちだった。
「ほう、見事に咲いたね。着飾ると女性は笑顔になる。見事だ。」
師匠はそう云うと海辺に立つ女性たちに関心した。
「お茶やお菓子、簡単なお弁当は用意したから車の中で食べましょう。」
洋子さんはそう云うと鞄いっぱいに詰まった食料を抱え車に乗り込んだ。
車を走らせ、途中で塩屋公園に立ち寄る。朝食兼昼食を藤の花が満開に咲き誇り皆んなで食べると、ちょっとしたピクニック気分で場の雰囲気が変化する。まぁ、最近の神社と同じで、日常とは違った自然さえあれば、人は日常の忙しさから距離がとれる訳だ。
俺たちは涼しい木陰で談笑した後、また車に乗り込んだ。まだ夕暮れまで時間あるので、松前町の海岸へ移動し、海を眺めた。
「ここで食事した方が良かったかしら。」洋子さんがぼやく。
「いや、ここだと砂が多いし、意外に人も多いので目立つから。」
「本当だ。ここ昔は人いなかった気がするんだけどな。」ハルが呟いた。
ちょうど干潮の時刻で、浅瀬の砂地が現れ、鳥が戯れていた。夕暮れまでこの海岸で時間を潰して、ホタルを観に行く。
「え、今年のホタルは、すごい数じゃない。」ハルは無邪気な笑顔で喜ぶ。
ふわふわと浮かぶホタルは、そこら中で飛び交い金色に明るく照らし、まるでキャンドルライトを集めた様だった。
「圧巻ね。特別な時間になった。」
「儂も長年、夏を経験したがこれ程まで多いのは初めて見る。」
「皆んな並んで、カメラ向けるから。」三島はそう云うとカメラ係の役割を担った。
帰り道、道路脇にちらほらと紫陽花の花を見かけた。
湿った空気と雨が多い時期にはどこか陰鬱な気分に陥りがちになるが、雲間から差し込む時期に美しさを感じる。フレームに入れると上質な絵画の様になりそうだ。
ここ数日で、確実に感じて焦りを感じるのが『老化』だ。確実に終りの時期が迫っているのが判る。
「洋子さん、俺、そろそろ命が尽きる気がする。」
「そうですか…。」
洋子さんは、そっと俺の頭を抱きかかえた。
「きっと、哲也さんなら天国に召されるので大丈夫ですよ。」
「天国へ行くといい事あるんだろうか。」
「いっぱい美味しい食べ物があるらしいですよ。桃やりんごや、ご飯も炊きたての。」
「嫌だなぁ。皆んなと仲良くなったばかりなのに。」
「近いんですか?」
「初めての感覚なので判らないけど、この感覚が正しいなら、あまり時間がないと思う。」
「気にかけてもしょうがないですよ。」
「いやあ、感じ始めると無理でしょ。気にするなって言われても。」
「…それでも、受け入れて過ごさないといけないから、無視するんです。」
「洋子さんなら、できるの?数ヶ月先に亡くなってしまうって言われて平気でいられる?」
「そうですね。その時が来るまで穏やかに楽しく過ごすでしょうね。」
「洋子さん、俺に何かして欲しい事とかない?」
「天寿を全うしてください。」
「何か、生きたって云う証がさ、俺にも欲しいんだよな。」
「子供が欲しいって事ですか?」
「いや、それは無理だから。何かこう、誰かに何かを伝えたいんだよなぁ。」
「誰かに哲也さんの力を授けるってのはどうです?お弟子さんを作るとか。」
「今時、流行んないでしょ。謎めいた神社の法術なんて。」
「勿体ないですね。釣りのお師匠さんにでも会って相談してみては如何です?同類みたいな人でしょ。」
「え、洋子さん気づいてたの?」
「そうですね、詳しくは判りませんが、あの方が化身だと云うことは随分前から確信してました。」
「うん、じゃあ今度相談してみるよ。」
「哲也さん、今日は熱があるみたいですよ。消化の良い物でもお作りしましょうか?」
翌日、師匠の家に向かった。お気に入りのセシルを連れて。
俺は事前に連絡してアポイントを取り、師匠の家へと向かった。紫陽花の花は綺麗に咲いていてとても美しく甘露の様に光って見えた。
「師匠、俺です。実はご相談が会って伺いました。」
「ほう。お前さんの方から相談ごとなんてな。まあ、いつもの様に散らかっているが上がってくれ。」
師匠はキッチンへ向かい麦茶と煎餅を用意してくれた。
「で、何があった。」
「ええ、おそらく近いうちに死期が訪れると思いますので、その前に私の持っている力を誰かに嗣いでもらおうか。と云うことです。」
師匠の態度が一変する。
「儂より先にお迎えが来るのか…。」
「仕方のない事です。こればかりは抗いようのない事実なので。私の身近な人物で適性のある人間があればと伺いに参りました。」
「お前さんの力が器に入る人物か…。実はお前さんの家に同居している連中はどれも何かしらの能力を持っておるが…、セシル嬢ちゃん以外で。そうだな。」
「師匠、セシル以外とはどういう事でしょう?」
「嬢ちゃんは、お前どころか儂でも敵わないという事だよ。もう少し預かったヴェネツィアガラスの謎が解れば話そう。」
「おい、フクロウはおるか。」
スッと背後に一人の少年が現れた。
「爺さん何?」
「この子の遊び相手をしてやってくれ。」
「あぁ、うん。」
「じゃあ、外で遊ぼうか。」
「ところでお前さんは、『誰に』と云うが、『この人に』という気持ちがなく事を進めていいのかい?」
「…そうですね。そういう気構えが必要なのは理解しているのですが、今時こんな私の力を引き継いで、相手を不自由な縛りの業が不幸にさせやしないかと。そういう部分が心配なだけです。」
「なるほどのぅ。」
「ハルと云ったか。あの娘なら気概がありそうだし、お前の能力を嗣ぐに相応しいと思うが。馴染みがあるしあの性格だ。少々の事で壊れる気質ではないだろう。」
師匠はそう云うと、気を緩めた表情で俺を見つめた。
「やりがいがあれば、そうそう人はくたばらんよ。悩むな。」
俺は我慢していた涙が溢れ出した。
「ここは、儂が結界を張っておる。周囲の島民に気づかれない様に思う存分稽古ができるだろうな。自由に使っていいわい。後はハルちゃんが了承すれば良いという事になるな。」
「爺さん、話は済んだかい?こいつの遊び相手をするのにも疲れたんだが。」
振り向くを少年とセシルが戻ってきていた。
「取り敢えず方向性は決めたが、フクロウよ。ここで稽古を始める様だからお前も手伝ってやってくれ。」
「あぁ。」
「今日は、ありがとう。セシルが世話になったね。」
「この女の子、面白いな。いつでも遊び相手になるから連れてきていいぜ。」
「ありがとう。またお世話になるよ。」
俺は、そう言うと帰り支度を始めた。決心が鈍らないうちに皆に事情を話したかったからだ。杉の緑の香りが香り、心地良い。
そのまま、帰宅する。ふわりとレオナルド・ダヴィンチと云う名のバラが香る。
「ハルは学校?」
丁度、キッチンに洋子さんがいたので訪ねてみた。
「ええ、まだ帰っていないわよ。探しているって事は、師匠さんにハルちゃんを勧められたのね。」
「まぁ、ハル次第なんだけどね。無理強いできないし。」
「そうよね。相手にも事情や気持ちもあることだし。一般的に受け入れ難いわね不思議な力なんて。」
一緒に帰ったセシルも会話に加わる。リビング差し込む暖かい日差しが心地良い。
「今日、お友達ができたの。お爺ちゃんの家に居た男の子。」
「え、師匠さんのお孫さんかしら?」
「どうかな?魔法使いみたいな不思議な子だったかな。手品みたいな事してた。」
「面白そうね。私も会ってみようかな。」
一瞬躊躇ったが、洋子さんには話す事にした。彼女なら理解して貰えるだろう。
「洋子さんは、今治の白い迦楼羅って聞いた事ないかな。あまり有名な話ではないけど私の様に化身のフクロウだよ。この島に、師匠と一緒に棲みついたらしい。」
「師匠さんと一緒に?どうゆう関係なの?」
「禍々しい方じゃないよ。両方守護天の白蛇と白いフクロウ。この島が気に入ってひっそりと老後を楽しんで生活しているようだ。」
そんな、話をしている間にハルが帰って来た。
「ただいまっ。花瓶あったよね、露草が生えていたので切って来た。今から花瓶に活けるね。」
花瓶に生花が刺され、リビングに飾られる。俺は、事情をハルに話すことにした。
「ハル。俺の技を引き継いでくれないか?」
「格闘技以外ならいいわよ。料理?」
「少し見てもらえれば判ると思うが、超常現象だ。」
「イタい宴会芸ね。いいわよ。」
俺は今までやってきたことが、現代では「痛い宴会芸」だと云う事に気付いた。「痛い宴会芸部長」と云っちゃった方がリアルな現実社会で受けられやすいのだ。
「お前、あっさり引き受けちゃうけどいいの?」
「芸は身を助けるって言うでしょ。持っていて損はないから。」
「あ、余興…。になるんだ。古の技って。」
「そうそう、ビー玉光らせたり何か手の中で作ったり。そんなのでないと不可能じゃない。」
「え、あ、うん。楽しんで技を習得してもらえればいいから。」
「今日の夕食何かしら。冷たいのが食べたい気分だけど。」
「ハルちゃん、今日は素麺を作るから。沢山食べれる様に作るわね。」
「洋子さん、ありがとうございます。」
俺は、ひと息つくため外で潮風に当たる事にした。
『春過ぎて 夏来にけらし白妙の 衣干すてふ 天の香具山』
「俺、外にある洗濯物を取り込んで来るから。」
この窓から見える紫陽花はまだ小さく青く咲いていた。これから梅雨の到来を待ちわびている様に庭に小さく咲いているのだ。
俺は、天井を見つめながら今日の会話を振り返る。
「俺の伝える術なんて、宴会芸くらいの価値しかなかった…。」
輝く月が部屋の中を照らした夜、一生涯かけて会得したモノ。それが世に言う『宴会芸』だったのだ。
師匠は、今頃大笑いしているだろう。確かにそうだ。光るビー玉もカッコよく裏からライトで照らしただけで何もしていないのだから。
みんなバレていた。この家の住人は優し過ぎて、そして酷い仕打ちをする奴らだ。
俺は伝承する事に戸惑いを隠せなかった。何故ならそれは、年末年始や年越ししか活躍の場がないからだ。
俺を知って尚、ハルは俺の芸を引き継ごうとしている。もはやその姿を想像するだけで赤面して顔から火が出そうだったのだ。
万が一、引き継ぐ途中で命を落とした場合の為に一冊の紐綴じの陰陽道の本と一冊のノートを残す事になった。狗神伝承に纏わるモノである。
俺は徹夜でノートに練習概要を書き終え、白い作務衣に着替えるとセシルとハルを連れて師匠の家を訪ねた。二人には花崗岩の石ころを持たせてある。唯の石ころではあるが、何かあれば心休まるアイテムになる。それは樹でも良いし、土でも壁でも良い。只、気軽に持ち運べると言う点で適当のサイズで持ち運びが出来ると云う訳で石ころを選んだ。
実際『宴会芸』みたいな技の習得には、それ相当の期間を必要とするが、それをスピードラーニングをする形なので、丁寧な指導より先ずは体得してもらおうという事にした。
「何か召喚してみるから真似てみて。」
「こう?」
出てきたのは、白兎だった。一発目から凄い可愛いのが出てきた。
「深く考えるなよ。その兎はこれからハルを守る大切な聖獣だ。目が赤いのは泣き虫だからではなく元々だから安心するがいい。畑で小屋に入れて飼ってやれば良かろう。」
「で、何かあったら護ってくれるの?」
ハルは兎を抱き抱え語りかけたが、兎は無口だった。俺たちは兎を少年に預け、師匠の所へ行った。
「ほらな、ハルちゃんは相応の術師になるだろ?現代で野生の兎など滅多に出くわす事などないから。丁重にもてなすんだぞ。丁重にな。帝国ホテル並みの扱いで食事を絶やすでないぞ。」
この爺の狙いが読めた。とにかく白い集団を作りたいのだ。白ければ何でも良いらしい。
「ハルは、素質があるな。今の感覚を覚えておけよ。お前は声を発すれば何かを出すことが出来る。場合によっては空を見上げて祈るだけで雷を落とす位になるかも知れない。そこまで力が高まれば即座に中止だ。ご近所に迷惑だからな。」
「それ面白いけど、ダメ。」
「うん。ダメ。」
「何で?」
「ハルは、変な人扱いされたい訳?」
「嫌だ。」
「俺たちは目立った行動をしてはダメなんだよ。世の方で生きていく為には、そういうの誤魔化しながら生きた行かなければいけないから。」
兎はセシルが抱いたまま腕の中でキューキューと鳴いている心地良さそうだった。
「初日だからもう止めるか、焦ってもしょうがないだろう?儂の家でコーヒーを淹れるから来なさい」
俺たちは師匠の家で休憩をする事にした。
「それはそうと、ヴェネチアガラスの器だが…。」
「何か判ったんですか?」
「構造的になガラス。何でもないガラスだか、ガラスを通して何かを視るとその記憶が見える特製がある変わり物だ。」
「それだけですか?」
「それだけ…だ。」
「でも、そんな珍品だが、常識的に考えてみろ。この世に2つと無い代物だぞ。だからセシルの宝物だ。人目を避けて此処にある。盗まれるなよ。何かあったらいけないので儂が預かる。セシルの身体に異変があったら儂の元においで。」
「あ、はい。そうします。よろしくお願いします。」
「朝顔の芽が出てる。」
「あ、本当だ。」
雨上がりの杉の匂いのする中、その朝顔はスクスクと伸びようとしていた。
「まだ、稽古を続けるかね?」
師匠は目を細めて私達に尋ねた。
「ハル。初日から長居するのも悪いからコーヒーを頂いたら帰ろうか。」
「そうね。今日は、そうしようかな?」
「取り敢えず、この兎は儂の所で預かっておくよ。小屋ができるまで。」
「…。」
「そうするか。セシル、お爺さんに預かってもらうから渡して帰ろう。洋子さんが待っていると思うから。」
俺たちは、ゆっくりと紫陽花が咲くのを眺めながら家路に着いた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。早かったのね。」
今朝も夜明けに雀の鳴き声と共に目が覚める。
俺は、握り飯を作り、卵焼きとソーセージ、ピーマン、じゃがいもを炒め弁当箱に入れると、庭の鉢植えに水を与える。
今のところセシルの体調に異変はなく、ハルも興味本意ではあるが技の修練を楽しんでくれている様だ。
「今日は何するの?」
ハルが話しかけてきた。
「さぁ、空を飛ぶ練習かな。」
「え、そんなマジックあんたに出来るの?」
「昔練習したことはあるよ。教えてもらって。試してみる。」
「胡散臭いわね。でも面白そう。」
もちろん人間にそんな芸当ができる訳がない。
「セシル、退屈してない?」
「してないよ、遊び相手がいるしあの子と仲良くなれそう。平気。」
取り敢えず適当にコーヒーとトーストを用意して朝食を楽しむことにした。
いつの間にかリビングの絵画はシャガールの風景画に変わっていた。
「洋子さんコレクションはいくつあるんだろう。日めくりカレンダーの様に油彩の風景画は次々を変えられていくよね。」
「有り余ってしょうがないんでしょうね。以前人物画で目が合うと嫌とか言ってたかな。」
「ウクレレ持って行っていいかな?」
「別にいいけど、何でウクレレに拘るの?」
「ギターやピアノ弾けないから。私、小さい頃から習い事をしても上達しない時期があって。その時ウクレレの音の粒を奏でて遊んでいると心が和んだんだ。あの楽器って、ジャカジャカ鳴らして歌わなくても、クラシックやジャズまでオールラウンドで弾けるの。人前で歌わなくてもいい曲しか楽譜を揃えていないので聞いて貰えるだけで満足してしますの。リクエストに応えるタイプの演奏者じゃないから。」
「持って行って好きに演奏すればいいよ。」
「期待しないでね。私、期待されるの苦手だから。」
「じゃ、洋子さん行ってきます。」
「帰る頃になったら連絡頂戴ね。私、LINEって知らないから電話かメールで。畑にいるから。」
「はい。じゃ稽古行ってきまね。」
外では紫陽花が満開になろうとしていた。赤や青、白もあり色とりどりに。
「カタツムリ可愛いね。」
「可愛いけどそっとしておいてあげてね。家族がいるだろうから。」
「そうする。持っていくと可愛そうだから。」
師匠の家に到着すると、少年にセシルを預けて俺たちはトレーニングを始めた。
「ハル。このビー玉を手の中に入れて、何か思い浮かべて。先ずは幾つか握って。そうだな最初だから大きな球体がいいかもしれない。」
「わかった。じゃあやってみる。」
ハルはビー玉を胸の前でそっと握って見せて見せた。
手を広げるとビー玉は大きな球体に統合されて中に綺麗な銀河系を形作ることになった。
「すごいな、ハル。一度目でこの精度なんて想像しなかったよ。」
「私もまさかこんな事ができるなんて思いもしなかった。」
「上出来、上出来。ひとつだけ握って小さなペンダントを作ってみてはどう?」
「できる筈だよ。」
「ゴホッ。」
「哲也どうしたの?顔色悪いよ。木陰で涼む?」
「そうだな、今日はここまでにするよ。」
一旦、師匠の家に帰り、休みながら早めの昼食を摂ることにした。師匠は、俺の顔を見つめると部屋の奥から何やら薬を持ってきた。
「哲ちゃん、これ飲んで様子をみようか?」
水と薬を渡され俺はそれを流し込んだ。
「どうだい、多分、10分か15分か、その程度で効き目がある筈だが。」
「だんだん楽になってきたかな。よく効くね。」
「以前儂が病院で処方された薬だよ。お前さんの体質に合ってよかった。焦りは禁物だよ。哲ちゃん。」
「そんなつもりは無かったんだが、ハルがいきなりガラスの融合に成功したから気分が高揚したのかもしれない。」
「そうか…。今日まだ続けるなら、儂がハルちゃんの相手でもしようか?」
「お願いしようかな。師匠、ハルのトレーニングについてはノートに纏めてあるから。」
「お前さんはこの部屋で休んでな。ちょっと読ませてもらうよ。」
「ハルちゃん、儂が手伝おう。この程度なら儂でも代理ができる。」
「ねぇ、哲也。何者なの?この程度って。」
「後で話すよ。爺さんは師匠だから。」
「嬢ちゃん、儂はこいつのノートの通りにするだけだよ。心配しなさんな。」
セシルは昼食を食べると、落ち着いた気分になり、ハルはウクレレを奏なでてみせた。
俺は、師匠が用意してくれた布団に潜り、天井を見ていた。気分が落ち着いてきたので杉の木を眺めながら。
その頃、トレーニングを開始した二人は…。
「師匠さん、トレーニングする場所を移動するんですか?」
「あぁ、何かを新たに行う前に神様に後押しをしてもらいにな。この近くの社に挨拶をすることにしておるのだよ。日本の神様は、本来願い事を叶えてもらおうなんて思ってはいけない。目標ができたら後押しをお願いし、成功したらそのご報告に参拝する訳だ。ハルちゃんも含め私たち関係者みたいな人間は何かを願ってはいけないよ。」
「自然の象徴である社は、変な喩えだが電話ボックスみたいな場所だ。新たな行動を起こす時に手軽に参る場所だからな。こういった場合は境内の真ん中は通ってはならない。正道と行って神様が通る道だからな。」
二人で小さな祠に到着しました。
「小さいですね。」
「そうだろ。でもこの祠にいらっしゃる神様はこういた場合のスペシャリストだから鳥居もない。では始めようか。」
私たちは、祠に5円玉を置くと頭を下げトレーニングを始めることをお知らせしました。ここは境内らしい場所も小さいだろ。人の気配もない。」
師匠はノートを眺めながら様々な術について説明を始め、術を使う様々な仕草を解説しました。周囲の土や樹々を感じる事。お日様が東から上り西へ沈むまでの移ろいを感じること。風を感じ木の葉の変化していく様子を楽しむこと。様々な花びらが持つ能力とか。その他諸々の言い伝えはとても信じられないお話でした。
「座学ってのは、つまらないだろ。余談じゃが花で嫌うべきは一般的に椿、水仙、彼岸花辺りの意味合いが強い傾向がある。身勝手に人間は意味を付けたがる。信心深い者は稲荷を参ってもいいが、あの社は安易に扱うと狗が憑き、祟られるから気をつけた方が良い。」
「色々あるんですね。」
「古いしきたりではそうなるが、まぁ遊び感覚で境内に遊びに行ったりするには特に問題ない。昔は公園なんてないから、境内を遊びに来る子供たちが神様の喜びだったりするんだ。まぁ、最近アニメーションやドラマの舞台になる有名な社はマナーが厳しい様だがそういう事情を受け入れた責任者は荒らされて当然だろうがなぁ。」
「フィギュア人形に魂が宿って呪い殺すとかありますかね?」
「え、そんな楽しい事あったら爺さん集めるよ。わはは。」
持ってきた水筒のお茶を飲んで一息つきました。
「ここで、教えてもらったビー玉の形成をやってみなさい。」
「こうやって手で優しく包んでですね。」
いきなりビー玉の輝きが強くなり手に持っているのが恐ろしくなり落としてしまいます。
「いきなり変わったんです!私まだ何もやってませんよ。」
「この社に詣でると、この様に後押しされる場合もある。お前さんはここの神様に気に入られた様だな。」
師匠は、大笑いしました。
「やれやれ、初日から力のセーブを教えんといかんとはな。」
私たちは、30分程トレーニングを続けた後、哲也さんの様子が心配になり師匠の家に戻りました。
俺は、しばらくすると洗面所を借りて顔を洗った。
疲れと油汗のせいか気持ちが悪く石鹸で顔を洗い、ポケットに入っているハンドタオルで顔を拭くと。気分がスッキリした。
「ただいま。」
師匠とハルが帰ってきた。
「どう、体調は。」
「ずいぶんと楽になったよ。」
「あぁ、顔色がよくなった様だな。哲ちゃん、今日の練習メニューは終わったよ。」
「随分早いですね。ダメでした?」
「いや、参ったね。ハル嬢ちゃん一週間はかかるかと思ったトレーニングが今終わったよ。」
「え、そんな…。練習メニューが甘かったんですかね。」
「そういう訳では無いよ。ほら、ハルちゃん、哲ちゃんに見せてやんな。儂は冷蔵庫から茶を持ってきるから。」
俺はハルの方を向いた。
「やってごらんよ。失敗しても俺がいるから。」
「えっ。あ、うん。」
ハルはビー玉をそっと両手で包み込むと静かに目を閉じて祈った。
一瞬フラッシュライトを炊いたかの様に手のひらから光の粒が現れたかと思うと畳の上に落ちて光が消えた。
「それ、すぐできる様になったの?」
「まぁ、30分くらいかな?」
「驚いたな。俺だって豆電球程度しか光らないよ。なぁ、師匠どうやったの?」
「近所の祠にハルちゃんのトレーニングを見守って貰うように相談した。ただそれだけ。」
「それだけって事ないだろ。こいつ信心深い訳でもないのに何でこんなに急に上達するんだよ。」
師匠は額に手を充てて話を始めた。
「お前さんに話すほどのことでもないが、こう云うのは作法や手順があるだろうよ。お前さん、小さい頃に社に手を合わせて頭を下げてから稽古を始めることを忘れてはせんか?。儂の一族は皆そうやって礼節を重じてきた。所作所作と最近は動きだけ真似ることに気を使ってばかりだが、澄んだ心で事を始めれば、あとは落ち着いてひとつひとつ高めていくだけ。お前さんのノートには焦って教えようとする身勝手さが浮き彫りになっているからな。」
確かにそうだ。俺は一番大切なことを忘れていた。
「まぁ、見ての通りだ。ハルちゃんはお前を超える百年に一人の逸材であることに間違いはない。儂も面白くなったので手伝ってやるから付き合ってやる。」
丁度、少年に遊んで貰っていたセシルが帰って来た。
「ただいま。楽しかった。」
「そうかい。じゃあ、甘いモノでもだそうか。皆そこにお座り。羊羹があるから食べよう。」
窓から見える景色は気もっていて霧があり幻想的だった。
「私、洋子さんに帰るって連絡するね。」ハルは電話をした。
「あぁ、そうだな。哲ちゃんも食べて済んだら今日はお帰り。家でゆっくり休んだ方がいい。そうしなさい。」