第9章:告発と最後の夜
風が唸っていた。
神社の地下から這い上がった蓮とみのりは、
激しく叩きつける雨の中、身を寄せ合いながら拝殿の影に身を潜めた。
「……今なら電波が通じる。町のネットワークの干渉が切れてる」
蓮は濡れたジャケットの内ポケットからスマホを取り出し、
即席で動画配信を開始する。
画面には、地下井戸で撮影した壁一面の名前、
水底でうごめく“人影のようなもの”、
そして彼が語る“信仰による殺人の構図”が映っていた。
「ここ御影町では、毎年ひとりずつ、子どもが“神に捧げられている”。
宗教組織『御影水神會』の主導によって、
犠牲者は“転出”として処理され、町ぐるみで隠されてきた」
蓮の声は震えていたが、明瞭だった。
「俺は、すべての証拠をこの配信に乗せる。
この町で起こってきたことは、“信仰”ではなく、“罪”だ」
アップロードボタンを押すと、スマホのアンテナが点滅し、ゆっくりとバーが進みはじめる。
「……届くといいな」
「届くよ。きっと」
みのりが微かに笑ったその瞬間、
神社の正面の扉が、激しい音を立てて開いた。
「雨野みのり……そこにいるな」
白装束を纏った信徒たちが、ずぶ濡れのまま中に踏み込んでくる。
「最後の儀式の時だ。神の怒りは、もう誰にも止められん」
「ふざけるな!」
蓮はその前に立ちはだかる。
「この儀式は殺人だ! 俺はすべてを記録してる。今、世界中に発信した」
「外の者に、何がわかる」
「“外”の目が届かないことをいいことに、
お前らはずっと、子どもを殺してきたんだ!」
「我らは、神の声に従ってきたのだ」
「違う。従ってきたのは、恐怖だ」
その言葉に、一瞬だけ、信者たちの表情が揺れた。
だがその時、山の方から大きな崩落音が轟いた。
——ドオォォォォンッ……
続いて、警報のサイレン。
御影町全域に緊急避難命令が発令された。
「……もう終わりだ」
「神が、怒ったのだ……!」
信徒たちは泣き叫びながら拝殿から退き、町の坂を駆け下りていく。
◆
土砂崩れは、すでに町の一部を飲み込みはじめていた。
「行こう、蓮くん!」
「いや……俺は残る」
「えっ……なに、言ってるの……?」
「この神社は町の最上段にある。
ここの柱が崩れたら、井戸の底が露出する。
“それ”が地上に出てきたら……きっと、もっと大きな被害になる」
「やだ! 一緒に逃げるって言ったじゃん!」
「大丈夫。動画は届いた。
もう、“繰り返し”は止められる。
……だから、みのりは、生きて」
「蓮くん!!!」
雷鳴が空を裂き、最後の崩落が始まった。
蓮はみのりの背中を強く押して、拝殿の裏から滑り落ちる土砂の先へと身を投げ出した。
——その瞬間、
彼の背後に、巨大な水の塊が立ち上がった。
それは、いくつもの“顔”を持つ人々のような、
怒りとも哀しみともつかぬ表情をしていた。
蓮は目を閉じた。
「……俺が、全部、受け止める」
土砂と水が、神社ごと彼を飲み込んだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
この章では、ついに御影町の“罪”が世界に発信され、
主人公・瀬川蓮は、少女・みのりを守るため、自らの命を代償に町の崩壊を止めようとします。
信仰とは何か。
恐怖と希望の境界線はどこにあるのか。
そして、人はどこまで他者を救えるのか。