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第8章:封じられた井戸

 神社の本殿裏手にある小屋は、今にも崩れそうなほどに古びていた。


 戸には「関係者以外立入禁止」の札。

 だが、その木札は風雨に晒され、半ば剥がれかけている。


「ここだ」


 蓮は息を整えると、錆びた扉の取っ手に手をかけた。


 ギイ……と鈍い音を立てて開いた中には、

 黒い石畳の階段が、地下へと続いていた。


「……本当に、ここに行くの?」


「もう戻れないよ、みのり。あいつらは、お前を“神様に捧げる器”だと思ってる」

「うん、知ってる……でも、まだ怖い」


 蓮は黙って、彼女の手を強く握った。

「俺がいる。大丈夫だ」



 階段を下りると、そこには重たい湿気と、

 わずかに漂う鉄と腐臭の混じったにおいがあった。


「ここ……井戸なんだよね?」


 みのりが言った。


「ああ。かつて町の水源だった場所だ」


 壁にはおびただしい数の“名前”が彫り込まれていた。

 おそらく、過去に“捧げられた者たち”だ。


「これ……全部、人の名前……」


「そして、誰も記録には残らない。

 “転出”として処理されてる」


「お姉ちゃんの名前……あった……」


 みのりは震える指で、ある一文字に触れた。

 《雨野つかさ》


 その下には、新たに刻まれかけた名前があった。


 《雨野みのり》


「ふざけるな……こんなもの、誰が——」


「彫ってるの、神職じゃないよ」


「え?」


「“選ばれた町の人たち”が順番に、夜にここへ来て、

 誰の名前を彫るかを相談するんだって」


「そんな狂気……よく受け入れてるな」


「“そうするしかなかった”んだって」


「あいつらは信じてるんだ。

 誰かを差し出せば、町は守られるって」


「それで、子供が殺されていいはずがない」



 そのとき。


 井戸の奥から、**ポタ、ポタ……**と水音が響いた。


 蓮が懐中電灯を向けると、そこには……


 うごめく何かがいた。


 形を持たない水の塊。

 だが、確かに人の輪郭をしていた。


 目が、口が、ないのに、

 その姿は“笑っている”ように見えた。


「つかさ……?」


 みのりが震えた声で呼ぶと、

 その“塊”は一瞬、少女の顔と同じ形に変わった。


「ダメだ、みのり! 見るな!」


 蓮はみのりの顔を抱き、懐中電灯を投げた。

 光が壁に反射し、“それ”はゆっくりと井戸の奥に引いていった。


「あれが……水神?」


「いや……多分、**犠牲になった人たちの残滓ざんし**だ。

 祈りと苦しみだけが沈んで、水に溶けて、何かになった」


「それが……わたしの、姉……?」


 その言葉に、蓮はゆっくりとうなずいた。


「もう、誰もここに沈めさせない。

 この町を、終わらせる」


 そのとき、地上から警報音が響いた。


 大雨による、土砂崩れの緊急避難命令。


「……間に合うかもしれない。

 儀式が行われる前に、町ごと崩れるかもしれない」


「なら、その前に、真実を伝えないと」


「ネットに上げよう。カメラと音声、まだ生きてる。

 この井戸と、名前の彫られた壁、すべてを」


 蓮は、カメラの電源を入れた。


 だがそのレンズの奥で、もう一度、水面が、笑った。

お読みいただき、ありがとうございました。


この章では、ついに地下井戸へと到達し、御影町の信仰の「本質」が明かされました。


水神という名のもとに“祀られた怨念”、そして人間の罪。


生贄の仕組みは信仰ではなく、**人間によって作られ、正当化された“殺しのシステム”**でした。


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