第5章:神楽殿の儀式と生贄の記録
午後三時。
雲ひとつない空の下、御影町の中心に建てられた神楽殿は、まるで神話の舞台のように静まり返っていた。
「ほんとに入るのか……?」
吉川が不安げに言う。
「ここまで来たんだ。引くわけにはいかない」
蓮はカメラとメモ帳をリュックにしまい、静かに引き戸を開けた。
◆
神楽殿の内部は意外なほど近代的で、座卓と椅子が並び、空調も効いていた。
だが、そこにいた信者たちの目は、まるで時間の外に閉じ込められたように虚ろだった。
「ようこそ」
事務長・雲海が白装束で立ち上がり、深々と一礼した。
「本日は、私どもの信仰についてご理解いただきたく思います」
壁の奥には、古びた絵巻物が掲げられていた。
そこには巨大な蛇のような“水の神”が、村人を呑み込む様子が描かれている。
「これは、御影水神“みづち”の絵伝です。
かつてこの地が疫病と水害に苦しんだ折、
一人の娘を神に捧げることで、水は鎮まりました」
「つまり……生贄ってことですか」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」
雲海はそう言って、襖の奥から黒い帳面を取り出した。
「これを、ご覧になってください」
そこには、年号と名前が羅列された古い記録があった。
○昭和61年/田嶋かほ
○平成2年/岸本みよ
○平成8年/無記名
○平成15年/雲海しおり
○平成22年/雨野つかさ
そして、最後の行にはこう記されていた。
——令和5年/雨野みのり(予定)
「……っ」
「信仰とは、時として個を超えた犠牲を要求するものです」
「あなたたちは……まだ、こんなことを……!」
「彼女には何も知らせていません。ただ、運命として、準備を進めているだけです」
その言葉に、蓮は震える声で叫んだ。
「信仰の名で殺す気か!? 子供を!」
「殺す? とんでもない。我々は“捧げる”のです。
その血をもって、町の水を守ってきた。それが、御影の歴史です」
蓮の手は、無意識に拳を握っていた。
「みのりを、絶対に渡さない……」
「では、その覚悟を持って、真実と向き合っていただきたい」
雲海の声は、怒りでも喜びでもなく——祈るように、静かだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この章では、信仰の“表の顔”と“裏の機能”が明かされ始めました。
かつては災害や疫病を鎮めるために行われた生贄の儀式。
それが今も“静かに続いている”という恐怖。
雨野みのりという少女が、なぜ最初から“知っているような目”をしていたのか。