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第5章:神楽殿の儀式と生贄の記録

午後三時。


 雲ひとつない空の下、御影町の中心に建てられた神楽殿は、まるで神話の舞台のように静まり返っていた。


「ほんとに入るのか……?」


 吉川が不安げに言う。


「ここまで来たんだ。引くわけにはいかない」


 蓮はカメラとメモ帳をリュックにしまい、静かに引き戸を開けた。



 神楽殿の内部は意外なほど近代的で、座卓と椅子が並び、空調も効いていた。


 だが、そこにいた信者たちの目は、まるで時間の外に閉じ込められたように虚ろだった。


「ようこそ」


 事務長・雲海が白装束で立ち上がり、深々と一礼した。


「本日は、私どもの信仰についてご理解いただきたく思います」


 壁の奥には、古びた絵巻物が掲げられていた。

 そこには巨大な蛇のような“水の神”が、村人を呑み込む様子が描かれている。


「これは、御影水神“みづち”の絵伝です。

 かつてこの地が疫病と水害に苦しんだ折、

 一人の娘を神に捧げることで、水は鎮まりました」


「つまり……生贄ってことですか」


「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」


 雲海はそう言って、襖の奥から黒い帳面を取り出した。


「これを、ご覧になってください」


 そこには、年号と名前が羅列された古い記録があった。


 ○昭和61年/田嶋かほ

 ○平成2年/岸本みよ

 ○平成8年/無記名

 ○平成15年/雲海しおり

 ○平成22年/雨野つかさ


 そして、最後の行にはこう記されていた。


 ——令和5年/雨野みのり(予定)


「……っ」


「信仰とは、時として個を超えた犠牲を要求するものです」


「あなたたちは……まだ、こんなことを……!」


「彼女には何も知らせていません。ただ、運命として、準備を進めているだけです」


 その言葉に、蓮は震える声で叫んだ。


「信仰の名で殺す気か!? 子供を!」


「殺す? とんでもない。我々は“捧げる”のです。

 その血をもって、町の水を守ってきた。それが、御影の歴史です」


 蓮の手は、無意識に拳を握っていた。


「みのりを、絶対に渡さない……」


「では、その覚悟を持って、真実と向き合っていただきたい」


 雲海の声は、怒りでも喜びでもなく——祈るように、静かだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この章では、信仰の“表の顔”と“裏の機能”が明かされ始めました。


かつては災害や疫病を鎮めるために行われた生贄の儀式。

それが今も“静かに続いている”という恐怖。


雨野みのりという少女が、なぜ最初から“知っているような目”をしていたのか。


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