第4章:沈む名簿、浮かぶ名
翌日、街は異様な静けさに包まれていた。
商店のシャッターは半分ほどしか開かず、住民たちの目はどこか落ち着きなく泳いでいる。
「……なんだ、これ」
宿の食堂で朝食を取っていた瀬川蓮の前に、女将が不自然に空元気な声で言った。
「あのねぇ、川に人が落ちたみたいなのよ。まったく、困っちゃうわよねえ」
「落ちた……って、事故ですか?」
「さあね。でも、よくあることよ。夏だもの」
女将はそれ以上話さなかった。
同席していた吉川は、顔色を失っていた。
「なあ……昨日行方不明になってたっていう子。名前、聞いたか?」
「……いや。女将さんもはぐらかしてた」
蓮は嫌な胸騒ぎを感じながら、リュックから昨日の記録メモを取り出した。
そして、ふと思い出す。
少女・みのりが言っていた。「水が動くときは、人が一人減る」と。
◆
その午後、蓮たちは街の図書館を訪れた。
「行政記録って、閲覧できますか?」
「できますけど、申請書が必要で……。ただ、年鑑は一般に出てます」
地元の年報を開くと、そこには「御影町住民名簿抜粋」のページがあった。
蓮は三年分を並べて見比べる。
「……これ、見てくれ」
「ん?」
「毎年、夏のあいだだけで住民が“1人ずつ減ってる”んだ。全然ニュースにもなってない」
そこに載っていた名前には、ただ「転出」とだけ記されていた。だが転出先の記録はなく、共通点が一つだけあった。
全員が、小学生か中学生だった。
「子どもばかり……偶然か?」
「いや、これは……」
その時、ふと後ろから声がかかった。
「何を調べておられるのですか?」
振り向くと、そこには白装束を身にまとった男性が立っていた。
「あなたがた、昨日、神社に入りましたね?」
「……あなたは?」
「私は御影水神會の事務長をしております、雲海と申します」
その名前を聞いた瞬間、図書館の女性司書がハッとしたように顔を伏せた。
「調査のためとはいえ、あの井戸に無断で立ち入るのは極めて不敬。
まして“記録”を探るとは……非常に残念です」
蓮と吉川は思わず無言になる。
「ですが、もし知りたいのであれば……お話を伺いましょう。
明日、町の神楽殿にお越しください。私どもの信仰についてご説明いたします」
「……信仰って、あなたたちは何を“信じてる”んですか?」
「水神です。御影の水を守る神。
代々、穢れを流し、災厄を封じてきたのです」
そして、穏やかな声で続けた。
「——代償を払うことによって、ね」
その言葉の意味を、蓮たちはまだ理解できなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第4章では、「最初の犠牲者」が登場し、
そしていよいよ街を支配する“信仰の正体”が姿を見せ始めます。
「御影水神會」という宗教団体は、果たして本物の信仰か、それとも……?