6.ロマンスカー
小田急の新宿駅。
先ずは、窓口へと進み、予約した切符を受け取る僕たち三人。
「その、ありがとうございます。あすかさん。」
僕はあすかさんに頭を下げる。
「いいのよ。ハルさん、お金ごっそり取られちゃった後だし。それに、私は、グラビアでがっぽり稼いでいるから。」
あすかさんはニコニコ笑う。
なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。推しのアイドルに、僕の分のお金を出してもらえるなんて。普通なら、ファンである、僕の方が貢がないといけないのに‥‥。
「そんなに気にしているなら、ここからよろしくね。ある意味で、ここから先の知識は、ハルさんしか知らないんだから。」
あすかさんはニコニコ笑って、僕に向かって頷く。
「あの、あんまり緊張しなくて大丈夫だよ。私なんか、二人に、甘えっぱなしだから。」
樹里さんはリラックスするように言う。
そうだな。折角の旅行、楽しもう。
僕はそう思い、深呼吸して、小田急の改札の中へと入った。
電光掲示板を確認して、乗る電車のホームを確認する。
ホームにはまだ、お目当ての電車が来ていないようだ。
「何だかドキドキします。」
樹里さんは少し緊張している。
「本当、私も凄く楽しみ。」
あすかさんもうんうんと頷く。
そして、待つこと数分。駅員のアナウンスがあり、ホームに入線して来た列車は、赤い色をまとった、いかにもカッコいい見た目をした電車だ。
僕はカメラを構えて、写真を撮る。一枚、二枚と撮っていく。
これを見た瞬間、先日の出来事もあり、僕は撮り鉄で居て良いんだという実感が湧いて来る。本当に、久しぶりに鉄道の写真を撮った気がした。
「すごい。ハルさんやっぱり撮り鉄さんだね。」
あすかさんがニコニコ笑ってこちらを見てくる。
「うん。興味津々な顔して、嬉しそう。」
樹里さんも眼鏡の奥から、食い入るような瞳を僕に向けてくる。
「はいっ、その、すみません、興奮しちゃって。」
僕は顔を赤くしながら、二人に向かって言う。
「ふふふっ、でも、素敵、なんかデザインがカッコいいわね、この電車。」
あすかさんはニコニコ笑って、僕に話しかける。
樹里さんもうんうんと頷いている。
「はい。小田急の看板車両、ロマンスカーGSEという車両です。ロマンスカーの中ではいちばん最新の車両ですね。」
僕はそう説明する。
ロマンスカーGSE。小田急の看板車両だ。
「えっと、特徴的なのは、前の方の車両に来ていただいて。」
僕は二人を車両の前方に案内する。
そうして、車両の前方で再び写真を撮る。
「すみません、つい、写真を撮っちゃって。この前方の車両の席が珍しいのですが、前方は展望席になってます。なので、前面の走っている展望が見れます。運転席は、二階にあります。」
僕は二階にある、運転席を指さす。
「本当だ。」
樹里さんは興奮しながら笑っている。
「すごい。噂では聞いていたけど、私も、ロマンスカーに乗るのは初めてよ。」
あすかさんがニコニコ笑っている。
「すみません。本当は展望席を予約したかったんですが、人気が高くて、即完売なんです。」
僕はそう言って二人に詫びる。
勿論二人はそのことについては首を横に振る。
「いいのよ。ロマンスカーは、初めて乗るし、それだけでも、楽しみね。」
と、ニコニコ笑顔で笑う、あすかさん。
「はい。それに、事故とか起きたら、怖いし、トラウマになります。」
樹里さんの言っていることは確かにもっともだ。
鉄道ファンでない人が、いきなりロマンスカーの展望席に乗って、そんな場面に遭遇してしまえば、今後一切、鉄道に乗らなくなってしまうだろう。
「はい。そうですよね。樹里さんのいう事は判ります。だから。ロマンスカーの運転手は、小田急の運転手の中で、限られた人しかなれないそうです。簡単に言うと、一説には新幹線を運転するより難しい資格がいるとか。」
僕はそう説明する。
樹里さんは、へぇ~、と頷いている。
そんな説明をしていると、ロマンスカーの扉が開く。
社内点検を済ませ、乗車できる準備が整ったようだ。
僕は二人を案内して、切符にかかれている指定された席に座る。
座席を転換しクロスシート形式にして、三人が向かい合えるようにした。
展望席ではないが、この席も、大きな窓があり、車窓が一望できる。
「すごい。展望席でなくても、こっちで十分じゃない。」
あすかさんはウキウキした気分で僕に話す。
樹里さんもうんうんと頷いている。
「はははっ、確かに。最新のロマンスカーですから。」
僕はそうニコニコ笑っている。
ロマンスカーは観光特急要素としても機能しているので、こういった設計はかなり重要な要素なのだろう。
そうこうしているうちに、扉が閉まり、警笛音が鳴る。
ロマンスカーの警笛音。これも、どこか出発の雰囲気をそそるメロディーだ。
新宿駅のホームを離れ、箱根へ。
この列車は、ロマンスカーの再速達列車、スーパーはこね。新宿を出ると、小田急線の終着駅、小田原まで止まらずに運転される。
小田原から先の区間は、箱根登山鉄道との共同区間だ。つまり、この列車は、小田急線内、実質無停車で小田原まで行く。
「えっと、ここから先は小田原までどこにも止まらないですが、色々、案内できる車窓があれば解説していきますね。」
僕は二人に向かって、そう言うと、二人はうんうんと頷いている。
列車は新宿のオフィス街を抜け、車窓はすぐに住宅街へと切り替わっていく。
「世田谷区ですね。若い人向けな街並みが続きます。」
僕はそう説明する。二人は窓の外の景色に釘付けのようだ。
「うんうん。よく、仕事で行くね。撮影とか。打ち合わせとか。」
あすかさんはうんうんと笑っている。
「確かに、撮影とかもここら辺を使っている場合が多いですね。」
僕は笑いながら、あすかさんの言葉に応える。
電車は一度地下へと潜っていく。
「下北沢ね。ここでもよく降りるけど、通過しちゃうのね。」
あすかさんはさらに続ける。
「はい。でも、昔はこの駅も、地上にありました。」
僕の言葉に、興味津々に頷く、二人。
そうして、下北沢を過ぎ、再び地上へ。経堂を通過し、電車は東京、神奈川にかけての高級住宅街の一角を抜けていく。
成城学園前で再び一瞬地下に潜ると、ここからは多摩川を渡るため一気に地上へ。ここからは、地上区間、そして、引き続き、高級住宅街と呼ばれる区間を走っていく。
「高級住宅街が続いていますね。ここら辺は見るのも好きです。」
僕は笑いながら、二人に案内する。
「いつか住めるといいわね。」
「うんうん。」
あすかさん、樹里さんの二人はニコニコと笑っている。
多摩川を渡り、神奈川県へ。登戸、新百合ヶ丘、町田と東京、神奈川の高級住宅街を一気にかけていくロマンスカー。
「そういえば、ハルさんはなんで、鉄道ファンになったの?」
あすかさんがそういう質問がある。
「えっと、多摩川の傍に住んでて、電車がこう、鉄橋を渡るのを毎日見てて。後は、最寄りの、二子玉川という駅も面白くて、ここら辺の景色が本当に好きです。さっき多摩川を渡りましたけど、自転車で足を伸ばせば、ここら辺も写真を撮りに来たりします。」
僕はありのままに応える。
「そう、生まれたときから、電車があったのね。」
あすかさんは笑って応える。
「良いなぁ。好きなものが生まれた時からあって。」
樹里さんもニコニコ笑っている。
「えっと、あすかさんはどうして、この仕事を。」
僕があすかさんに聞いてみる。
「えっと、そうだね。一言で言えば、海が好き。後は、夏が好きだったりしたからかな。後は、単純に、もっと可愛くなりたいと思って。ね。後は、音楽も好きだったり。今は、グラビアばっかりだけど、いつかは、歌手も目指したいな。そのオーディションも、今頑張ってる最中よ。」
あすかさんがウィンクしながら応える。
「へえ。すごいなぁ。」
僕は一瞬、憧れを持つような目で、あすかさんの方を見る。
「えっと、私も、音楽好きです。私、結構、オタクで、いろんなの聞きます。あっ、自分でも演奏してます。」
樹里さんはうんうんと、頷いている。
確かに、彼女の雰囲気からして、パソコンでゲームをやりつつ、色々なジャンルの音楽を聴いていそうだ。
そして、自分でも演奏しているというワードに驚く、僕とあすかさん。
「すごい。演奏できるんだ。楽器は?」
あすかさんが笑うと。
「えっと、ピアノです。でも、部活は、一応、料理部に所属してて。料理も作ります。一度、ハマると抜け出せないんです。」
樹里さんが笑って応える。その言葉に、さらに目の色をキラキラ輝かせる僕と、あすかさん。
「すごい。」
「うんうん。」
僕とあすかさんは大きく頷いていた。樹里さんは照れながら笑っている。
「そしたら、音楽が好きなら‥‥。」
僕はあっと思う。
「どうしたんですか?」
樹里さんがそう言うと。
「この後、多摩川の他にもう一つ川を渡るんだけど、まあ、今の時期は桜が散っちゃってて、あまり実感が湧かないと思うんだけど。有名な、いきものがかりの歌にある場所を抜けていくよ。その川の周辺が、その、歌の個所だね。」
僕がそう説明する。
「「あっ。」」
と、二人の声。
どうやら、この歌は知っているようだ。僕だって知っている。有名な、卒業ソングの一つ。
そうなってくると、二人の表情はさらに明るくなり、川を渡るのはいつかなぁという表情をする。
「大きな駅をこれから二つ、三つくらい通過していくので、その後かな。ここら辺の、いくつかの大きな駅前で、路上ライブとかをやっていたはずだよね。」
僕の説明に二人は大きく頷く。
そうして、ロマンスカーは、一つ目の大きな駅、相模大野を過ぎ、江ノ島線と別れて行く。二つ目の大きな駅は海老名。ここのあたりも、東京の通勤圏内で有名だ。
相鉄線の線路とも並走して、海老名を通過していく。
そして、川を渡る直前の駅、厚木を通過。
「この駅を過ぎたらすぐ川を渡るよ。」
僕はそう教える。すぐに電車は鉄橋に差し掛かる。
そして、ロマンスカーは大きな川である、相模川を渡っていく。
渡るとすぐに本厚木の駅を通過していく。
「すごい。本当に川を渡っていく。本当にそんな場所があったんだ。」
樹里さんは少し目の色を輝かせながら笑っている。
「ごめんね。桜が咲いていれば、もっと実感があったのだろうけど‥‥。」
僕は二人に謝るが。
「良いのよ。すごいわね。本当に川を渡るタイミングも判るなんて。教えてくれて、ありがとうね。」
あすかさんは僕にそう微笑みかけた。
「はい。ありがとうございます。」
樹里さんも、ニコニコと笑って、頭を下げる。
本厚木を過ぎれば、車窓の風景は再び変わる。だんだんと、古い家や田畑が目立つようになり、だんだんと箱根に近づいてきているのがわかる。
そうして、再び電車は大きな川。酒匂川を渡っていく。すると、進行方向が大きく変わる。そして。
「うわぁ~。すごい。」
あすかさんがニコニコ笑って、興奮しながらスマホを取り出して写真を撮る。
樹里さんも大きく頷いて、スマホを取り出す。
五月の快晴。車窓には富士山がはっきりと見える。雪解けの時期なのだろうか。山頂付近には、まだ雪が残っている。
「ご存じ、富士山です。ここまでくると本当に素晴らしいですよね。」
この景色を見て、僕も来てよかったと思う。
そうして、電車は小田原に到着。ここが箱根への玄関口。
駅のホームには旅行客の姿が沢山いる。
小田原駅を出発すると、一気に勾配を登っている感覚が感じ取れる。
「すごい。登っている感覚が私でもわかります。」
樹里さんが驚きの表情で、僕に話す。
「本当ね。登っているわね。」
あすかさんも大きく頷いている。
「はい。結構ここの区間は登っている感覚がわかる区間かなと思います。」
僕はそう言いながら、説明する。
そうして、僕たちを乗せたロマンスカーは、終着、箱根湯本に到着した。
電車を降りると、新宿と少し気温差が違うことを実感し、ここに来たんだなという実感が湧く。
「ふうっ。なんだか、撮り鉄さんと一緒だと、行の電車だけで、お腹がいっぱいになりそう。」
あすかさんがニコニコ笑って僕に言う。
「本当です。色々と教えてくれて、ありがとうございます。」
樹里さんが僕に向かって、頭を下げる。
「ハハハッ。そう言っていただいて、何よりです。まだまだ、旅行は始まったばかりなので、楽しみましょうね。」
僕はそう言って、ピースサインを贈る。
二人もそれに大きく頷いた。
そうして、僕たちは箱根湯本駅の構内を歩いて、次の目的地へと向かうのだった。