2.幼馴染のお誘い
「マー君、改めて、鉄道フォトコンテストの入賞、そして、高校受験合格おめでとう!!」
元気そうな、しかし、どこか優しさで満ち溢れた声が、僕のスマホから聞こえてくる。
夜のLINEの通話。この時間が一番落ち着く。僕は、最近の近況を、電話の向こうの主に報告したのだった。
すると、元気よく、こんな声が返って来たのだ。
「ありがとう。咲‥‥っ。じゃなかった。早川先輩。」
アッ、と思いながらも、ため口から敬語に直す僕。
「ふふふっ、可愛い。昔みたいに、咲で良いわよ。特に今は、LINEで二人きりなんだからさ。」
「う、うん。ありがとう。咲姉ちゃん。」
「うん。どういたしまして。」
LINEの通話の相手、咲姉ちゃんこと、早川咲はニコニコと笑っていた。
「それで、部活はどうするの?私としては、高校も写真部に入ってくれると嬉しいなぁ。」
「うん。勿論そのつもりだと思う。これから行く高校、多分、咲姉ちゃんくらいしか知り合い居なさそうだから。」
「うん!!良かった。それじゃあ、高校で待ってるね。」
そんな感じでLINEの通話を切る僕たち。
自己紹介が遅れてしまった。僕は野田真晴、今年から高校に入学する。
得意教科は英語と社会。趣味は鉄道と写真、いわゆる撮り鉄という部類の人間だ。
勿論、電車の写真を撮る以外にも、電車に乗るということも大好きだ。もらったお小遣いやフォトコンテストの入賞賞金を貯めては、色々な所へ電車に乗りに、そして、写真を撮りに出かけている。
本当に小さいころから電車が好きだった。
きっかけは、家の最寄りの駅だろうか。東急田園都市線の二子玉川というその駅は、多摩川の上にあり、本当に電車が綺麗に映る。
そして、自宅はマンションであり、自宅のマンションのベランダから、二子玉川の駅に停車し、多摩川を渡っていく電車を見ることができるのだった。
そして、さらに、自宅から自転車を走らせ、多摩川沿いを行けば、最寄を走る田園都市線だけでなく、東海道新幹線や、JR線など、様々な路線、様々な車両が多摩川を渡り、東京都から神奈川県へと入っていくのだった。
そんな風景が大好きで、僕は鉄道ファンをかれこれ生まれたときからやっている。
そんな僕にも、一人の幼馴染がいる。
その幼馴染こそ、先ほどの電話の相手、咲姉ちゃんこと、早川咲。僕よりも二つ年上で、小さい頃は、英会話スクール、スイミングスクール、さらには小学校の通学班も一緒だった。
通学班は毎日、そして、スイミングスクールでは、お互いの家も近くにあることから、一緒の場所から、スイミングスクールのバスに乗って、スイミングに通っていた。
そういうつながりで、小さい頃は一緒に遊んでいたのだが、学年が上がるにつれて、咲姉ちゃんはますます綺麗で可愛くなり、そして、胸のふくらみも大きくなっていき、幼馴染の僕に対しては勿体ないくらいの容姿になった。
やがて、学年が違い、咲姉ちゃんが中学校に上がるころから、少し距離が開くようになった。
しかしそれでも、こうして数か月に一度は、LINEで連絡をくれるし、何なら、中学校入学時に、僕を写真部に誘ったのも咲姉ちゃんだった。
咲姉ちゃんは、花が好きだった。
英会話スクール、スイミングスクール以外の時でも、僕は鉄道を見に、そして、咲姉ちゃんは鼻を見に、多摩川の土手を一緒に散歩したのだった。
そうして、彼女は、花の写真を撮るようになり、色々な自然の風景を写真に収めることが好きになり、中学入学と同時に写真部に入った。
二年後、僕が中学に入学する時に、咲姉ちゃんから言われたことがこの言葉だった。
「撮り鉄にならない?好きな電車の写真、たくさん撮ってさ。」
という、彼女からの誘いを受けて、僕もカメラを入手した。
そこからは言うまでもない、電車が好きだった僕は、撮り鉄の仲間入りをし、一気に力をつけて、鉄道フォトコンテストで入賞し、鉄道雑誌に僕の写真が掲載されるまでになった。
そして、中学三年になり、咲姉ちゃんと同じ高校合格が決定した今日。彼女からのLINEの電話で、再び、高校でも写真部に入らないか、という誘いを受けたのだった。
そうして、四月を迎え、高校に入学して数日が経過した。
多摩川沿いの桜は満開を迎え、それを見ながら、最寄りの二子玉川の駅から電車に乗って、高校まで通学した。
撮り鉄憧れの電車通学ということで、僕は高校に入学して、数日間にもかかわらず、充実した日々を送っているように思えた。
因みに、僕の高校は、某有名大学の付属高校で、横浜市にある。
付属高校ということで、五割、六割くらいの生徒は、そのまま、その大学に内部進学する。勿論、外部の大学に受験する人も一定数いる。
僕も、中学のうちに受験を頑張り、高校はどの方向に進むかわからないため、内部進学と外部受験の両方が視野に入るこの高校を進学先として選んだ。
そういう意味では、勉強も、部活も、両立できるのが魅力的な高校だった。
僕も頑張って、両立して、青春を謳歌したいなぁ。
そう思いながら、入学式の日から、今日までを過ごした。
そして、今日この日は、待ちに待った、新入生の部活動の解禁日。僕は勿論、写真部の見学をするため、咲姉ちゃんの連絡から指示された場所で、彼女を待つ。
「この場所で合っているよな。」
と思いながら、自販機などが置かれている、プレイルームのような広い場所で、咲姉ちゃんを待っていると。
「ごめんね。待った?」
こちらに向かって大きく手を振って近づいてきている女子生徒に気付く。
後ろ髪を一つにまとめ、制服を完璧に着こなし、ムチムチとした体で、胸が大きく飛び出ている体型。そう、これこそまさに、年上のお姉ちゃん、という要素をこれでもかと詰め込んだ容姿。
そう、彼女こそ、早川咲。咲姉ちゃんだ。
「ううん。今来たところっ‥‥です。」
僕は思わず、首を横に振り、少し頬を赤くする。
「そう。良かった。あっ、今はフレンドリーな感じで良いけど、部室は行ったら、敬語、ヨロシクね。親しき仲にも礼儀ありっ。だぞ!!」
咲姉ちゃんの言葉に僕は頷く。そして、いつも通りで変わらない彼女の姿に、僕はホッとするのだった。
こんな感じで、年上の綺麗なお姉さん、なのだが、どうも僕は、彼女を恋愛対象として、見ていなかった。幼馴染で、小さいころから知っているからだろうか。彼女の良い所と悪い所も全て知っているからだろう。
僕も、咲姉ちゃんも、小さいころからの友人という所で止まっているのが確実だった。
お互いにそう思っているからだろう。変に無理矢理距離を詰めて来ないので、そこは安心していた。
彼女について行き、数分程度で写真部の部室に到着した。
部室の扉を開ける咲姉ちゃん。そして。
「こんにちは!!」
「「「こんにちは!!」」」
咲姉ちゃんの挨拶に、一気にテンションが高くなり、挨拶を返す、写真部員たち。
「あのっ、早川先輩。どうしたんすか?」
写真部の一人が声をかける。
「ふふふっ、ちょっとね。さあ!!」
咲姉ちゃんに手招きされて、僕は写真部の部室に入る。部室に入った僕は、皆に頭を下げる。
「えっと、この子は、私と中学時代一緒に写真部で活躍してた、マーく、、、あっ、野田真晴君。実は、近所に住んでて、小学校も同じで、一緒の英会話教室と、スイミングスクールに通ってました。」
咲姉ちゃんが、簡単に僕のことを紹介してくれる。そして、僕の方を向き、僕に皆に自己紹介をするように促す。
「は、初めまして、一年四組の野田真晴です。得意教科は、英語と、社会科です。よろしくお願いします。」
僕がそう挨拶すると、皆が拍手で迎える。拍手で迎えてくれるのだが、拍手の音は、少し小さめで、元気がなさそうな感じがしたが、部活解禁日といっても、仮入部期間なので、写真部に、定着するかわからないのだから、そんなもんかなと思って、気にしないことにした。
「マー君、あっ、野田君はすごいのよ。中学在学中に、鉄道フォトコンテストで、三年連続で入賞している、プロの撮り鉄さんです。鉄道雑誌にも撮った写真が掲載されているすごい子です。皆、仲良くしてあげてね。」
咲姉ちゃんの言葉に、部員たちは小さく頷く。
そうして、今日は終日、咲姉ちゃんと活動することになり、彼女は色々教えてくれた。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎていき、部活の終わりの時間を迎えた。
「良かった。マー君がなじめそうで。」
咲姉ちゃんはホッとした顔で、こちらを見ている。
その言葉に僕は頷く。どうやら高校でも写真部を続けることが出来そうだ。
「明日なんだけど、マー君、一人で来れる?」
咲姉ちゃんの言葉に、少し戸惑うが、僕は頷く。
「ああっ。ごめんね。実は私、高校三年生で、もうすぐに引退なんだよね。で、こういう部活って、展覧会用の写真が出来ていればいいからさ。秋には文化祭もあるけど、写真部は毎回、写真の展示だから、三年生のほとんどは、それを見越して、もう既に、展覧会やコンテストに出す写真と、文化祭に展示する写真は撮り終えている場合がほとんどなんだよね。むしろ、外部の大学に進学する人は特に。だから、三年生は基本、週に一回くらい来てサポートする人的な役割なんだ。
私は内部進学希望で少し余裕はあるけど、それでも、大学からの論文課題の提出だったり、塾に行ったりしているから。だから、私も、明日は、そっちを優先していいかな?本当にごめんね。」
咲姉ちゃんは、そう言って、僕に謝ってくるが、僕は首を横に振る。
なるほど、内部の大学に進学する場合でも、論文課題の提出があるんだな。それを見越して、色々調べたり、勉強したりしようと、僕は思った。
「ううん。大丈夫、三年生は色々と大変‥‥。ですから。」
僕は咲姉ちゃんに向かって頷く。
「うん。じゃあ、明日は本当に申し訳ないけど、よろしくね。部室へ行けば誰かが居るから、明日の活動内容は、その人から聞いてね。」
咲姉ちゃんはそう言って、お疲れ様でした、の挨拶をして、僕は咲姉ちゃんと一緒に部室を出て、途中までといっても、家の近くまで一緒に帰ることになった。
そして、家のすぐそばのコンビニで別れて、それぞれの家へ帰っていくのだった。
咲姉ちゃんは笑顔で手を振っていた。
その一方で、野田真晴と早川咲が帰宅した後の写真部の部室。
「なあ、栄作。」
「おう、馬場ちゃん。どうしたよ。」
不満そうにしながら、二人の写真部員が会話をしている。
「今日来たあの一年、うざくねえか?」
馬場ちゃんと声を掛けられた、人物がそう語る。彼の名前は、馬場剛。高校二年。写真部の次期部長だった。
そして、馬場から栄作と呼ばれていた人物、鹿山栄作は写真部の次期副部長で、会計担当だった。
そして、このやり取りを見ていた写真部員たちも、馬場のこの言葉に、少し頷く。
特に男子生徒の写真部委員は、ほぼ全員頷いていた。
「ああ。そうだね。あの一年。マジでうざいね。馬場ちゃん。」
鹿山はかけていた眼鏡をくいっと上げて、うんうんと頷く。
「ああ。皆の、我が写真部のアイドル。早川先輩になんだぁ?あの態度は。」
馬場は今日の不満を一気に爆発させる。
「そうだね。馬場ちゃん。あの一年。幼馴染というのが、マジでうざいね。しかも、陰キャの撮り鉄野郎って言うのがマジでうざい!!サッカー部の十番とかなら、まだ許せるが、どうみても、ヤツは陰キャじゃねーか。」
鹿山も、まるで心の底から燃え上がる怒りの態度をあらわにしている。
「しかし、栄作。どうするよ。ああ見えても、ヤツは強敵だぜ。幼馴染もそうだし。しかも鉄道フォトコンテストで入賞となると、部内でも実力は上位の方だぞ‥‥。」
怒りの態度から一変、少し一呼吸を置いて、落ち着いた馬場は、鹿山栄作に、そう声をかける。
だが、考えこむ馬場に、鹿山はうんうんと頷き、顔をニヤニヤさせてながら、馬場に向かって話しかける。
「大丈夫だ。奴を潰せる策なら、考えてある。まあ、実行できるのは今しかないので、慎重にやろう。上手くいけば、早川先輩は勿論、ヤツの大好きな写真も鉄道も取り上げられるぜ。その野田という奴から。」
鹿山は馬場に耳を貸すように指示する。
そして、馬場にひそひそと内緒話をする鹿山。その話を進めると、馬場の表情もだんだんとにやにやと笑ってくる。
「流石、成績、上位十位以内の、鹿山栄作様だぜ。」
「ああ。いますぐ、実行しよう、馬場ちゃん。幸いにも高校三年生は、部活に来る日も限られていますし、一年生と三年が顔を合わせるのが翌月の連休の合宿で、本格的に毎日活動に来る日も、秋の文化祭まで無いのですから、早川先輩にバレませんよ。」
「そうだな。それじゃあ、今年最初のうざい奴認定第一号は、野田真晴。将来、ヤツは写真部で活動して、この部活の、いや、この高校みんなのアイドル、皆のお姉ちゃん、早川咲先輩といい関係になる可能性百パーセント。」
馬場と鹿山は大きく頷く。そして、そのやり取りを見ていた他の男性生徒の写真部員も同じように頷く。
「仮入部期間の今のうちに‥‥。」
「「「潰しますか!!」」」
ニヤニヤ笑う、馬場と鹿山の姿がそこにあった。