19.北海道の花々たち
目を覚まし、窓を開ける僕。
「おおっ。」
思わず声が漏れてしまう。
雄大な大自然の北海道。富良野の盆地、しかし盆地と言えども、広大な広々とした平原。そして、その奥には十勝岳が聳え立つ、北海道の雄大な形式が、ホテルの窓から飛び込んできた。
昨日は、真っ暗な夜の中を移動していた僕たち。今朝太陽が昇って、こうしてみると、本当に雄大な北海道に来たんだなと、感じる。
部屋を出て、朝食を食べに行く僕。
既に、僕以外のメンバーは起床していて、お互いに、おはようと挨拶を交わして、食事を開始する。
北海道で獲れた新鮮な野菜、肉、温かいパン。それらを食べて朝食の時とする。
そして、ホテルをチェックアウトし、荷物をフロントに預けたら、いよいよ、撮影が開始される。
因みに、泊まっていたホテルの名前は、新富良野プリンスホテル。そして、そのホテルに併設される形で、風のガーデン、と呼ばれる場所がある。
風のガーデン。何年か前にドラマで使われていた場所だという。癒しの花々がいっぱいの所で、今回の撮影を行うのだそうだ。
今回のガーデンウェディングのモデル撮影は、いくつかの北海道のホテルと結婚式場、そして、雑誌を始め、様々なウェディングにかかわる会社が協賛しているという。
先ずは、撮影の準備ということで、あすかさんにはドレスに着替えてもらう。
さらには、樹里さんと、咲姉ちゃんも、ドレスに着替えて準備をしているという。
何だろうか。ドキドキする僕。
「緊張していると思いますが、大丈夫ですよ。リラックスして、カメラを回してください。本当に結婚するわけではないのですから。」
あすかさんのマネージャーの宮川さんにそう言われて、僕は思わずうなずく。
「それでは、着替えの進捗を見てきますね。」
宮川さんはニコニコ笑って、更衣室の方へと向かった。
そして。待つこと数分。
「お待たせしました。」
宮川さんのあいさつで登場したのは。
「お待たせ。どう‥‥。かな?」
純白のウェディングドレスに身を包んだ、あすかさんの姿。
上半身部分にはスパンコールがデザインされ、彼女の身体を美しく見せたいためか、衣装があるのは胸元まで、胸より上は、胸の谷間と肩を露出させるような衣装だった。
「すごく似合ってます。」
僕は思わず、ニコニコと笑ってしまう。
「ふふふっ、見とれているわね。まあ、ウェディングドレスならしょうがないか。」
「はい。ハルさん、嬉しそうです。」
あすかさんの後ろから、咲姉ちゃんと、樹里さんの声。
二人は、花嫁をエスコートする形の衣装なのだろうか。それでも、すごく素敵なカラードレスを身にまとう。
咲姉ちゃんが薄い黄色のカラードレス。そして、樹里さんは水色のカラードレスに、それぞれ身を包んでいた。
「ウェディングドレス、カラードレス共に、いちばん高級のものになります。」
宮川さんは僕と、それぞれのドレスに身を包んだ女性陣に説明する。
その説明を聞いたからだろうか、女性陣の背筋が一段の伸びてしまう。
「緊張するわね。」
「そうですね。」
咲姉ちゃんと樹里さんは、撮影に慣れていないのか、少し緊張している。
「緊張しなくても、大丈夫。頑張りましょう。」
あすかさんはそう二人に微笑みかけ、いよいよ撮影に入る。
先ずは、室内で、ホテルの披露宴会場を背景とした撮影、階段を使ったりしながら、ウェディングを演出させる。
荘厳な結婚式ということで、あまりポーズは取らないで、僕が動き、様々な角度から、カメラを回していく。
室内での撮影が一通り終わったところで、いよいよ、メインの撮影で使用する、風のガーデンへ。
流石は広大な北海道、広い場所なので、車で数分かけて移動するという。
そうして、たどり着いた場所は。
「おおっ、すごい。」
僕は思わず見とれてしまう場所。そして、花や、自然が大好きな咲姉ちゃんの反応は。
「うわぁ~、きれぃ。」
そう、彼女は思わず涙を流し、大興奮していた。
色とりどりの花々が僕たちを迎えてくれる。
「ここに、本日咲いている花が、ありますので、参考までにご参照ください。」
僕たちと一緒に同行してくれた、係の人が、掲示板を指さしてくれる。
その掲示板を二分ほど眺めて、いよいよ、洗練された庭に入っていく。
そうして、再び、宮川さんや、同行してくれた、結婚式場のスタッフさんの指示のもと、僕はカメラを回していく。
室内の時と同じように、あすかさんは、静止しながら、顔の表情を変えていく。
僕はそれを確認して、カメラの角度を変えながら、彼女の周りを歩きながら、撮影していく。
そうして、あすかさんの撮影を終え、次は樹里さん、咲姉ちゃんを交えての集合写真の撮影。
樹里さんと咲姉ちゃんは、やはり、結婚式という環境や、こういった雑誌等の撮影環境に慣れていないのか、緊張気味の表情だ。それを、あすかさんは感じ取って、二人に一言二言声をかけると、いつもの表情になり、撮影をスムーズに行うことができた。
そうして、あすかさんだけはドレスを二着用意しているようで、あすかさんは別のドレスに着替えるためにホテルの更衣室に戻って行った。
その間に、咲姉ちゃんと樹里さんの撮影を行う僕。
「緊張するわね。でも、空気も奇麗だし、お花も素敵だから、リラックスして望めそう。」
咲姉ちゃんはそう言って、風のガーデンを移動しながら、様々な花々を背景にこちらを向いて柔らかい笑顔の表情で、撮影に応じてくれる。
赤、青、黄色、白と本当に百種類以上は軽く超える、花々たち。
その中には、カンパニュラという花もある。なんでも、この場所で撮影されたドラマの、主題歌のタイトルにもなっている花らしい。つまりは、このドラマの根幹ともいえる花だそう。
「素敵ね。後で私のカメラでも撮影したいわね。」
咲姉ちゃんはニコニコと笑っていた。
そうして、咲姉ちゃんの撮影を終えると、樹里さんの番。
やはり、樹里さんは少し緊張している模様。
「大丈夫。綺麗ですよ。」
と声をかける。この撮影も、大きな丸い眼鏡は外して、クリクリとした、可愛い瞳の色をした、樹里さんの姿がある。
「ありがとうございます。頑張ります。」
そう言いながら、樹里さんも頑張って、ポーズを取り、こちらの撮影に応じて行く。
あすかさんや咲姉ちゃんの撮影を見ていたからだろう。動きこそ緊張していたが、あすかさんや、咲姉ちゃんの動きや表情を見よう、見まね、でやってみようという感じが伝わってくる。
そうして、樹里さんのドレス姿も一通りカメラに収めて、二着目のカラードレスを着たあすかさんと合流。
今度はピンクのカラードレス。やはり、見とれてしまう。
「良かった。ハルさんが気に入ってくれて。」
あすかさんはうんうんと頷き、ホッとした感じの表情をした。
そうして、あすかさんも同じように、風のガーデンの花々たちを背景にして、写真のカメラに収めて行く。
こういった撮影には、慣れているあすかさん。やはり、マネージャーの宮川さんや、式場の方々の指示に応えるのが上手い。
そして、最後は、あすかさんを中心に、樹里さんと、咲姉ちゃんを入れた三人の写真を撮る。
ピンク、青、黄色のカラードレス。背景の花々も美しく、本当に、カラフルな光景がそこにはあった。
「すごい。来てよかった。」
咲姉ちゃんはニコニコと笑っている。
「はい。私も、皆さんが撮影スタッフをしてくれて、心強いです。」
あすかさんは、うんうんと頷き、どこか自信に満ち溢れた表情をしている。
「私も、う、嬉しい、皆さんが、素晴らしくて。」
樹里さんもあすかさんや咲姉ちゃんにつられて、ニコニコ笑っていた。
一通りの写真を終え、あすかさんはそのまま、用意された椅子に座り、雑誌とホームページのインタビューへ。
インタビューの様子も写真に収める僕。
色々なことを聞かれ、的確に応えていくあすかさん。
「このドレスはどうですか?」
「はい。このカラードレスだけでなく、ウェディングドレスも先ほど着させていただきましたが、本当に綺麗です。結婚とか、考えたことはなかったのですが、やはり、そう言うドレスを見ると、憧れてしまいます。」
あすかさんはうんうんと頷いて、最初の質問に答えている。
その他にも、このガーデンウェディングに関する質問だったり、この庭の印象のような質問をいくつかされる。
ニコニコと笑いながら、笑顔で応えていく、あすかさん。そして、最後の質問。
「ご自身は、将来、結婚だったり、今、気になる人は居ますか?」
その質問に、思わず、息をのみ、少し緊張しているあすかさん。
どうしたのだろうか。僕は少し戸惑ってしまう。そして。何だろう。僕も不思議と緊張してしまう。
「そうですね‥‥。」
あすかさんは、そう頷き。少し考えて。
「勿論、今はまだ、そう言ったところは考えていません。二十歳にもなってないし、まだまだたくさん、勉強したいなと思っています。ただ、色々、仕事やプライベートで、カッコイイ人、優しい人と出会うことも事実です。そういう、一期一会を大事に、今後も頑張っていきたいと思います。」
あすかさんはそう言って、うんうんと頷き、インタビューを終えた。
何だろうか、あすかさんの答えに、少し安心する僕が居る。
そして、一緒に居た、樹里さんと咲姉ちゃんもどこか、安心したような顔をした。
一通りのインタビューを終えて、今回の雑誌の撮影はほぼ終了。
あとは、この風のガーデンを自由に散策しながら、ドレス姿の皆をカメラに収めるという比較的楽な仕事となる。
色とりどりの花々を見ながら、自由に散策する僕たち。
勿論、咲姉ちゃんも休憩の合間、自分のカメラを手に持ち、撮影する。
「やっぱり、ドレス姿だと、落ち着かないわね。ここでの花の写真はマー君にシェアしてもらおうっと。よろしくね。」
咲姉ちゃんはそう言いながら、笑っている。
僕はうんうんと頷きながら、花々を背景にした咲姉ちゃんを撮っていく。
あすかさんも同じで、様々なポーズを取りながら、色とりどりの花の傍を移動していく。
そして、それにくっ付いていくかのように移動していく樹里さん。やはり、どこか恥ずかし気かも知れないが、足取りは、撮影前より活発になっていた。
僕たちは楽しみながら、風のガーデンを一周し、最後に、ドラマにも出てきた小さな家と、花々たちをバックに、最後の撮影をする。
出来上がった写真を、宮川さんと、結婚式場のスタッフさん、さらには、雑誌やホームページの担当者さんにも見せる。
「うん、上出来です。ありがとうございます。おそらく、今日ここに都合で来られなかった、道内の他の結婚式場の方々も、大満足するかと思いますよ。」
スタッフさんたちはニコニコ笑ってそう言った。
「素晴らしいです。野田さん。本当に、ありがとうございました。」
宮川さんは、僕に深々と頭を下げてくれた。
「いえいえ、まだまだ、実力不足ですが、これからも頑張ります。こちらこそ、貴重な機会を頂き、ありがとうございました。」
僕はそう言って、宮川さんに頭を下げる。
「はい。またすぐに、撮影をお願いしていただくと思います。」
宮川さんはニコニコと笑っていた。
そうして、ホテルに戻る、僕たち。
女性陣が着替えを済ませている間、僕は、宮川さんや、ウェディング雑誌の編集担当の方に、カメラのSDカードを渡す。スタッフさん達が所持していたそれぞれのPCに順番にバックアップを作成し、撮影の仕事を終える。
すべてのPCに僕の写真がバックアップされたと同時に、着替えを終えた女性陣達が戻って来た。
「ふうっ、お疲れ様。」
咲姉ちゃんがニコニコと笑う。
「お疲れ様でした。ありがとうございました。」
慣れた表情で、あすかさんが、スタッフさん達全員に頭を下げる。
「あの、お、お疲れ様でした。」
樹里さんも、見よう、見まねで、あすかさんと一緒に頭を下げる。
「お疲れ様でした。本当に、ありがとうございました。おかげで良いものが仕上がりそうです。」
ニコニコ笑っている、結婚式場のスタッフさん達。
その結婚式場の方や、雑誌、ホームページ担当の皆さんに見送られて、僕たちはホテルをあとにして、富良野市内へ。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。あすかの撮影スタッフとして、同行していただき、ありがとうございました。明日のフライト迄、自由行動になりますが、今晩の宿は旭川市内にありますので、夕方には移動したいと思います。どこか、富良野で行きたいところはありますか?」
宮川さんのその言葉に飛びついたのは咲姉ちゃんだった。
「そしたら、勿論、ラベンダー畑で。」
咲姉ちゃんはウキウキしながら、僕たちにそう言う。
僕たちも、満場一致で、頷く。
「やっぱりそうですよね。この時期のラベンダーは最高ですからね。」
宮川さんはうんうんと頷く。そうして、乗っていたタクシーの運転手に、おすすめのラベンダー畑迄、送り届けてもらうことになった。
ホテルから、タクシーに乗ること、三十分くらいだろうか。ラベンダー畑に到着。やはり北海道。乗っていた時間と距離がそれなりにあったため、少し高めのタクシー料金を支払い、僕たちは、富良野で一番有名なラベンダー畑に来ていた。
ファーム富田、という場所。そこに広がっていたのは。
「うわぁ。」
「きれぃ。」
「す、すごい。」
咲姉ちゃん、あすかさん、樹里さんの三人は思わず息をのむ。
「おおっ、これはすごい。」
僕も思わず、大きなため息が出るほど、ものすごい光景が広がっていた。
「やっぱり、見頃ですね。素晴らしいです。」
宮川さんもどこか嬉しそう。
そう、僕たちが見ていた光景。紫の輝く絨毯。ラベンダー畑だ。
一面に広がる、ラベンダーの花達。六月から八月の上旬までが見ごろということで、まさに今、満開の状態で咲き誇っている。
そして、一面の畑は勿論だが、丘の上まで、ラベンダーの紫の絨毯が広がる。
まさに絶景だった。
その紫の絨毯の上を歩く僕たち。
「すごいわね。」
咲姉ちゃんはそう言いながら、カメラを構えて行く。
どうやら、ここからの撮影は咲姉ちゃんの仕事のようだ。
ラベンダーは勿論、ラベンダー畑を背景にしながら、あすかさん、樹里さんの写真を撮っていく咲姉ちゃん。勿論、僕は、咲姉ちゃんの写真も忘れず撮る。
一面のラベンダー畑を歩いていくと、ラベンダー以外の他にも花々が植えられているのだが。
「こっちも凄い。」
あすかさんがニコニコ笑う。
「本当、これだけでも、綺麗ね。」
咲姉ちゃんもご満悦の様子。
樹里さんに至っては、黙って息をのみ、その光景に見とれることしかできないようだ。
そう、ここにはラベンダー以外の色とりどりの花々も咲いていて、紫の他にも、赤や白、黄色と言った、花々の絨毯が広がっている。
黄色に染まるマリーゴールドの花、赤や黄色のケイトウの花。さらに、丘を登るとピンク色をした花々があり、そこには。
「余りこっちでは見ない花かな。」
僕はそう言いながら、ピンク色の花を眺める。
「そうね。ハマナス。これこそ、ラベンダーと並ぶ、北海道の花だね。」
咲姉ちゃんは僕にそう教えてくれる。
そうして、雄大な花畑を眺めて、旭川へ向かう列車を待つ間に、カフェに入る。
全員、満場一致で、ラベンダーとメロンの味が半分ずつ入った、ソフトクリームを注文する。
頼んだソフトクリーム。ほのかにラベンダーの香りがして、味もそれっぽい感じがした。花の蜜でも入れているのだろうか。色も、ラベンダーの鮮やかな紫、そして、メロンの鮮やかな黄金色が綺麗に輝いていた。
「すごく美味しい。」
僕がそう感想を言うと。
「本当ね。来てよかった。」
咲姉ちゃんが大満足そうに言う。
「うん。ありがとう。一緒に来てくれて。」
あすかさんもニコニコと笑っている。
「はい。こちらこそ、一緒に連れて来て頂いて、ありがとうございます。」
樹里さんもうんうんと頷いて、深々と頭を下げていた。
そうして、ソフトクリームを食べ終えて、いよいよ、富良野と、このお花畑をあとにして、旭川へ向かう。この時期に設置されている臨時駅、ラベンダー畑駅で電車を待ち、旭川へ。
畑のど真ん中に設置された臨時駅にやって来たのは、ノロッコ号と呼ばれる汽車。
トロッコ列車のような雰囲気で、窓が大きく設計され、外が見渡せるようなデザインの車体だ。
この列車の中に入れば、更に、おおっ、というため息が漏れる。
内装は、ほとんど木で出来ていた。通路を挟んで右側には、椅子と、テーブルが置かれている。勿論、このイスとテーブルも木で出来ている。
そして、左側には外が見えるように、木の椅子を窓の方に向けて配置をしている。
そうして、あらかじめ指定していた座席に座る僕たち。
木の椅子とテーブルを囲んで、旭川迄の景色を眺める。
富良野とラベンダー畑に手を振りながら、ノコッロ号が次に目指すのは美瑛。
美瑛の丘には様々な畑があり、本当に北海道の作物、そのすべてを育てているといっても過言ではない場所。
やはりいくつもの色とりどりの畑の中を、列車は駆けて行く。
「雄大で大きいね。これが昨日の夜、来た道だったんだ。」
咲姉ちゃんはニコニコと笑いながら、目に映る景色をカメラに収めて行く。
そういえば、昨日、富良野線を南下したときは、真っ暗だった。
今日この日は西日を浴びながらの時間ではあるが、空は明るく、太陽も良い感じに照らされているので、美瑛の丘が一気にカメラに映えて行く。
雄大な北海道の景色を目に焼き付けながら、僕たちは旭川へと戻った。
「本当に、すごかったね。」
あすかさんはうんうんと頷きながら電車を降りる。
「はい。皆さんと一緒に来て、本当に良かったです。」
樹里さんも笑っている。
「本当、ラベンダー畑、すごく良かった。勿論、風のガーデンもね。」
咲姉ちゃんはニコニコと笑っていた。
そうして、今日一日の撮影旅行を終えた僕たち。
夕食は北海道のお肉料理を食べて、ホテルへと向かい、ベッドで寝息を立てながら、北海道の花々たちを振りかえるのだった。