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紫崎  作者: 涼原 一生
2/5

2話

 4日前。涼原クロヤと宵華兎ハウラは、ここ紫崎学園に転入してきた。引き取られたと言ってもいい。


 家や家族がなくなり、親族もおらず行く場所のない俺は学園長の護山重雄に引き取られた。


 学園長とは何の接点もないが、ここで教師をしている人が俺の事を知っていた。


「今日からこのクラスに入る、涼原と宵華兎だ」


 2-Bの教室の担任、武南チヨとは過去にあったことがある。彼女が俺をここに招待したと言っても過言ではない。


 初日はクラス内で大したことは起きなかった。もちろん、5日目となる今日も。


 放課後はいつも通り空き教室に移動した。


「今日はどうする」


 普段は宵華兎から話を振ってくるが、今日はやけにしおらしい。苛立ちを感じた訳では無いが、普段とのギャップに俺も少し動揺していた。


「…少しだけ待ってね」


 何かを待っている?


 そう考えた瞬間、真横の扉が動いた。


 建付けが悪いことはない、連日宵華兎が勢いよく開けている。


 ゆっくりと開かれたそこには、腕を前に姿勢を正した1人の女子がいた。


「えっと…」


 不味い、見覚えはあるが、どこで、いつ出会った誰なのか、全く思い出せない。


 少し小柄で大人しそう、しかし意志の強さのようなものを感じさせる眼差しだ。


「山中ユイです。同じ2年B組です」


 宵華兎の方へ向き直るとため息をついていた。俺の記憶力の無さに呆れているのだろうか?


 仕方ないだろう、話をしたことも無ければ、名前も知らない。引っ越してきたばかりで、隣人のことをその晩の話題に出せるかと言われれば……。挨拶をしたなら話せるか。


「なんだっけ?」


 宵華兎は山中を待っていたのだろう。視線を向けて話をするよう催促している。


 山中はというと少し話しづらそうだ。


「なるべく掻い摘んでお話しします」

「そう固く喋るな」


「……私には妹がいます」


 ちらっとこちらを見て話を始めたが、山中さんの気が落ち着いたのかは不明だ。


「妹は隣のクラス、2-Aにいます。既に勘づいていると思いますが、ここは不良の巣窟です。妹のクラスも例に漏れず」


 改めて確認すると、俺たちは1週間前に転校してきたばかりだ。在籍している者から情報を提供されると推測が確信へと代わり安心する。


 不良の巣窟と聞いて笑顔になった宵華兎を横目に山中は続けた。


「私たちのクラス程ではないでしょうが、妹のクラスにも喧嘩で強い人がいるようで、妹が巻き込まれる前に対処して欲しいのです」


 口調が少しだけ柔らかくなっていた。信頼を得ようとしているのか。


「宵華兎さん、噂を聞きました」

「噂?」

「はい、転校生がシマを荒らしていると」


 シマって…。教室内の事だろ。


「宵華兎にお願いしている訳だから俺は違うな、それじゃ…」

「待ちな!」


 席を立つと宵華兎が突然声を上げる。


「な、なんだ?」

「…」


 無言と来たか、察しろと言うやつか?不思議ちゃんな宵華兎にそんなテクニックがあるとは思えないが、とりあえず座るか。


「…どこのクラスだっけ?」

「2年A組です」

「涼原行くよ!」

「早すぎないか!?」


 俺の言葉に耳を傾ける様子はなく、腕を掴まれたまま宵華兎は廊下を駆け出した。


 はいはい。俺は目撃者、または記録係みたいなもんですよ。


 抵抗は無意味だと感じながら教室を移動した。


 そこそこ遠いと感じたが、目的地に着いたのは5分後くらいだった。


 隊列は基本宵華兎が前。俺は4歩程度後ろにいる。


「失礼するわ!」


 覗くと生徒数が多いのが分かる。20人はいるな?教師もいるからホームルーム中だろう。


 宵華兎に小声で耳打ちする。


「失礼しました!」


 ぴしゃっと音を立てて扉を閉めた。


 少しすると教室の扉が開いた。最初に出てきた少女が、脇で待っていた宵華兎に腕を掴まれる。


 おいおい、どう見ても怖がっているだろう。


「山中って子はいる?」


 その子は教室内を指さして駆け足で去っていった。


「…今のはよくない」

「じゃあどうするのよ」

「俺がやる……ねぇ君」

「は、はいっ!!お、追影ヨミです!!」

「追影さん、山中さんはいるかな?」

「な、なんで先輩がメイちゃんを呼ぶのですか?」

「彼女のお姉さんに頼まれて、呼べるかな?」

「…待っててください」


 なんて素直な子なのだ。自分のやり方に罪悪感を覚えるほど良い子だ。


「今みたいにやればいいのね」

「まあ、人によるけど」

「お姉ちゃんのおつかい?」


 声だけで妹さんが来たと分かった。お姉さんにだいぶ似た声なんだな。


「ああ、山中さん…!?」


 まず視界に入ったのは巨腕。Vの字なのは腹部の前で掌を重ねていたからだ。


 山中さんは俺より身長が低かった。140cmある位だった。彼女の妹も低めなのだろうと勝手に思っていた。


「あなたとても大きいのね!」


 教室から出てきたのは2mを超えるくらいの、まさしく巨女。巨体の後ろから出てきた追影さんがどれだけ平均的な体つきなのかよく分かる。


「宵華兎、俺の考えていること分かるか?」

「何か思うことがあるの?」

「いや、そうではなく…」


 山中さんは言った。妹が喧嘩に巻き込まれる前にどうにかして欲しいと。…こちらが手助けする必要あるか?


「えっと、山中メイさんだよね?」

「はい、そうです」


 改めて聞く声。うん、間違いなく山中さんの妹だとわかる。普段そう思ったり考えることは無いが、声で姉妹なんだとはっきり分かる。


 それ以外が違いすぎるだろ!?


 屈強とは違うが、身長に比例して肩幅や四肢の太さがふた周りは大きい。


「それでは私行きます。またねメイちゃん!」

「うん、また明日」

「………」


 山中さんは、このクラスの誰をどうしろとは言っていない。つまり妹さんから聞くしかない。


「山中さん」

「はい」


 怯むことは無い。ただ同い年の少女だ。それに、いざとなれば宵華兎に丸投げすれば。


「足の筋肉すごーっ!!」


 ダメだこりゃ。


「別の場所で話出来るかな?」

「大丈夫ですよ」

「涼原見ろ!腕にぶら下がれる!」


 宵華兎は羞恥心を空き教室に置いてきた可能性がある。


 山中姉が待つ空き教室に向かう途中、宵華兎は妹さんの体にまとわりついていた。他人のフリをしていたが、見ているだけで周りの目線が痛かった。


「…宵華兎さん」

「ただいま!妹ちゃん凄いね!」

「メイ、いいの?」

「私は大丈夫」


 空き教室に戻ったが、羞恥心は宿主に戻る気配は無かった。


「宵華兎、そろそろ本題に入ろう」


 一言かけると無言で着席した。山中姉妹はドアに背を任せ腕を組んだ。


 瞬間、明らかに空気が重くなった。


 え?俺何か悪いことした?


「…あのままでいいよ」

 何も無かったように、猿のように腕にぶら下がる状態に戻った。


 心無しか山中姉も気が良さそうだ。


 これから俺は毎日気を配らなければいけないのだろうか?


 そんな不安を抱きながら本題に入った。


「妹さんに確認したい、あのクラスで喧嘩が強いのは誰ですか?」

「喧嘩…?」


 あれ、予想外の反応だな。そうなれば姉が何か言うだろう。


「……」

「お姉ちゃん?」

「……」


 気まずい。先程とは違う空気の重さ。可能な限り早く過ぎ去ってくれ!


 ナメクジに走れ!という指示が意味のないように、無常にも重苦しい空気はゆっくりと続いた。


「お姉ちゃん?」

「……」


 宵華兎も黙ってしまった。


 えーと…。どうすればいいのだろう。


「犯人は貴方だ!!!」

「なんだとぉ!?」

「分かっているのだろう山中さん!!」

「宵華兎ぉ!!適当に話を進めるなぁ!」

「涼原ー?こーいうのは勢いだよ?」


 え、何?今日は俺の行動全てが裏目になる日なのか?


 とはいえ宵華兎は明らかに憶測で話を切り出している。とりあえず聞いてみよう。


「では聞いてやろう、お前の考えを」

「涼原なんかキモくない?」

「私はイヤですね。この涼原くん」

「お姉ちゃんと同じです」


 つい吐き出してしまいそうな言葉を押し殺しながら耐える。


 俺に対してだけ団結力が高いのは何故だ?そういう風潮が既にあるのか?


「それでは宵華兎さん、どうぞ続けて下さい」

「うん、山中お姉さん。私たちに嘘付いたよね?」

「と、言いますと」

「妹さんのクラスにも喧嘩が強い人がいる。って」

「…言いました」


 確かに言っていた。


「妹さんに危険が及ぶかもしれない。姉として心配する気持ちは汲み取ったつもりよ」

「そう、ですね」

「だけどね」


 次に言う言葉は俺と同じだろう。


「あのクラスに、怖そうな人はいなかった」


 違うだろー!!このバカーー!!


「…」

「お姉ちゃん」

「なに?メイ」

「私、大丈夫だよ」


 …。違う。俺は何を勘違いしていたんだ。

 ここは、そういう場所じゃないか。

 日陰者になりたい訳じゃないのに、そういう風に陥れられたり。追いやられて、いたぶられたり。

 そして、仲間はずれにされたり…。


「山中さん」

「…キモイのやめますか?」

「キモくないです」

「そうですか…」

「俺の考えも、いいですか?」

「……メイがいいなら」


 妹さんは親指を立てて返事をしてくれた。


「お姉さんにも」

「キモくないなら」

「何に拘っているんですか…」


 山中さんも親指を立てて了承してくれた。

 柄にもないことをする。自問しながら言葉はスムーズに出た。


「まず、お姉さんは妹さんの身を案じている。それは姉としてもあるが、妹さんが昔に精神的な傷を負ったから」

「根拠は?」

「中学生を過ごしていれば、肉体的な傷と精神的な傷が存在することは理解しているかと。根拠の1つは二つに一つ」

「1つという事は」

「2つ目は貴方達の言動」

「それがどうしたの?」


 いい質問だ宵華兎。


「姉妹揃って常に姿勢が良い。今もそうだ」

「…だらしないよりは良いかと」

「それが2つ目。誰かに命令されている訳でもないのに、常に姿勢を正す理由などない。…特にこのような空間では」


 妹さんのまゆが動いた。何かひっかかったのだろう。


「そして妹さんの言葉遣い。体型に反して丁寧で声も弱々しい」

「それは!私もで…姉妹だからで」

「それくらいなら頷ける。改めて言おう。姉より2回り…それ以上に大きい妹さんがお姉さんと全く似た言動をとるのは少し不気味だ」

「…気持ち悪いですか」

「そんなことは無い。わかりやすい釣り糸に見えるだけ」

「涼原、私分からないよ?」

「……同じネコ科だからと言って、ライオンが人間と同じ屋根の下でのびのび出来ると思うか?」

「メイが凶暴だって言いたいの!?」

「あくまで体格差を言いたかっただけ。そんな子では無いのは、友達とのやり取りを見て分かった」


 その言葉で、姉は少しほっとした表情を見せた。やはり、友人関係で何かあったのは間違いない。


「そして3つ目。なぜ、喧嘩でーーー」

「涼原」

「宵華兎?」

 それ以上はダメ。そう釘を刺してきた。

「いいですよ」

「妹さん?」

「お姉ちゃんが、なんて言って先輩たちにお願いしたのか、教えてください」

「……」


 宵華兎。お前から言ってくれ。そう頼んだ。


「妹のクラスにも喧嘩で強い人がいるようで、妹が巻き込まれる前に対処して欲しいのです」

「………」

「こうだったよ、ね?山中さん」

「はい」


 姉の方は既に口を開きたくなさそうだ。文字通り、苦虫を噛み潰したような顔だ。


 妹さんが突然吐露した。


 私は強いから、私は強いから。

 この程度キツくない。なんてことない。本当にキツイのは、これの数倍キツイ。

 だから、この程度で弱音を吐いちゃダメ。

 この程度で、積み上げてきた自制を止めちゃダメ。

 だけど――


「ごめんね、お姉ちゃん」

「メイーー」


 感じ取れた静かな怒りと共に眼前に拳が飛んできた。


 間一髪腕で防げたが、勢いで窓側まで吹っ飛んだ。


 いっっっってぇぇぇぇ……。


 衝撃の余波が脳に響いている。それに、血?


「先輩の言った通り、ライオンなんです、私」

「メイ!」

「自制出来ないんです、私」

「やっぱり…合ってた…」

「合ってた?」

「涼原、血が出てる」


 宵華兎が屈んで覗き込んでくる。構うもんか。これくらいで死ぬなら。俺は既にーー。


「君は、怖かったんだろ…自分が、姉に……」


 ああ、ダメだ。倒れる。


「あとで話してね」


 宵華兎の背を最後に見て気絶するのは2回目か…。



 ………。

 …?

 空?


「私、恋、したのかな」

「は?」

「え?」

 や、山中さん!?今何を!?


 動揺して体を起こそうとしたら彼女の脛に腹を穿たれる。


 お前まで…パニックにならないでくれ…。


「…そ、外?」

「すすすすす、涼、すっすずずず原!!!」


 ああ、膝枕されていたんだな。

 そしてここは屋上…。


「なんで?」

「きっききき聞いてないよね!?ね?ね!?」

「何を…」

「忘れて!!全部!!」

「…はい」

 はい?



 空き教室に戻ると妹さんと宵華兎が仲良く遊んでいた。


「えーっと…どうなったの?」

「あ!涼原!!これ見ろ!!」

「……」


 仰向けの妹さんが真上に足を伸ばし、宵華兎がうつ伏せの状態で大の字になりその上に乗っている。


 新体操ってやつか?全く違うだろうけど。


「ウサギ先輩上手です!」

「これイイネ!鍛えられてる気がする!!」


 気がするだけであってくれ。


「ウサギ?」

「苗字から取りました、かわいいですよね」

「端的に事後報告を頼む」

「数分待たれよ」


 …山中さんはこんな口調だったか?それも後ほど聞こう。


「まずメイから」

「はい、涼原先輩。私貴方が嫌いです」

「え?」

「乙女の秘密を赤裸々にした上で、言いたいところをハッキリ言わないで人任せにするところ」


 うぐっ。


「…つまり、推測はあっていたんだな。赤裸々と言うほど言った覚えはないが」

「他人に強気な癖にクソザコなところ」


 うぐぐっ。


「人に言っておいて、自分の憶測は信じきっているところ」


 うぐぐぐぐっ。


「答えは先に言います。今日は異学年交流会で、1年A組と国語の合同授業でした。追影さんは、1番仲良くなれただけです」


 うぐばああああああ!!!


「涼原が倒れた!!」

「メイやったね!!」

「…スッキリした」


 俺の心はボロボロだ!!


「……それで、なぜ丸く納まった感じになっている?」

「ウサギ先輩が凄いから。以上です」

「は?」

「涼原くん」

「立て続けに困るのだけど…」

「事後報告を望んだのは涼原くんですよね」


 うぐっ。落ち着いた声で淡々と詰め寄ってくるのは圧がある。妹さんにはなかった、つまり姉はこれが素だな?


「…妹さんはなぜ演技している?」

「私の教えです」

「教え?」

「表面上は静かに、糸に引っかかったやつだけ相手にしなさいと」

「……なぜ俺たちに話をもちかけてきた?」

「個人的に妹の近況を他人視点でどう見えるか知りたかったのと、噂の宵華兎さんがどれくらいの人物なのか、誰よりも先に知っておきたかったので」

「なるほど、どうりで」

「何か?」

「物腰低く依頼してきたのは、こちらの出方を見た。と言ったところだろう?やはりお姉さんなだけある」

「……上から目線は気に入らないですね」

「涼原仲良くなれたー?」


 宵華兎は相変わらず妹さんと組み体操している。

 妹さんの足を軸にメトロノームみたいな動きをしている。そんな体操見たことないぞ。


「……まぁ、一件落着…か」

「あともう1つ」

「ん?」

『山猿と山姥が出たぞ!!』

「私、山中ユイは宵華兎さんの目標に参加します」


 …何の話だ?

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