5 『ファンに刺された仮面アイドル』と『私の前世』
スマホの画面が生き返ったように輝き、バイブで机が共振する。
画面を見ると電話をかけてきたのは仮面舞踏会で一緒に仮面アイドルをしていた明美からだった。
(仮面舞踏会を辞めたのに、どうして明美が電話してくるのかしら)
電話で人と話すことはまだ困難だったが、突然の明美からの連絡が気になり私は電話に出た。
「秋奈ちゃん、今どこ」
興奮した声でいきなり明美が言った。
声を出そうとした。だがうまく声が出なかった。
咳をして、なんとかしゃがれ声で囁いた。
「自宅よ」
「なら、今すぐテレビをつけてニュースを見て」
何のことかわからないが、リモコンのスイッチを押してテレビの電源を入れた。
画面にあゆみの顔が映し出された。
「どういうこと?」
驚きのあまり出ない声が出た。
「あゆみが刺されたの」
「どこで」
「ライブ会場」
「誰に」
「会場に来ていた人」
「それってファン?」
「分からない」
「テレビでは死亡したって言っている」
「死んだの!」
「知らないの?」
「さっきまで警察の取り調べがあって、今車で事務所に向かっている途中。SNSでテレビのニュースで今やって最中とあったから、秋奈にも知らせようと思って電話したの」
明美の泣き声が電話越しに聞こえた。
「事務所に着いた。また電話するね」
明美の電話が切れた。
■ ■ ■ ■ ■
「裁判員六名と補欠裁判員二名を選びますが、選考はくじで行います」
裁判所職員の声が戻ってきた。
しばらくの間、過去に意識がトリップしていた。
「くじで選ぶ前に、皆さんにご質問があります。本件事件の被告人や被害者の方と皆さんが親族や関係者でないかどうかの確認です。事件当事者のご身内の方や関係者の方は公平を期すために裁判員になることができませんので、受付の際に渡しました当日用質問票にその旨のご回答のご記入をお願いします」
(被害者と関係があった者ってどこまでの範囲をいうの? 一緒に地下アイドルをしていた私は関係者になるのかしら)
私は職員に質問しようと思ったが、そもそも仮面舞踏会は覆面アイドルで一般には素顔をさらしていない。しかも今はVチューバーをしている。変な質問をして自分のことが知られるのが怖かった。考えた末に、被害者とはバイトで一緒だったことがあるとだけ書いた。
当日用質問票を書き終えて、提出すると職員がマイクをもって正面に出てきた。
「では、これから裁判官と簡単な面接をしていただきます。面接はプライバシーに配慮して別室で一人ずつ行います。皆さんに従前にいただいている質問票のお答えを確認するとともに、いくつかのご質問をさていただくことになりますが、よろしくお願い致します」
面接は、個人情報に配慮し受付でもらった番号で呼ばれた。
「次は57番の方」
私の番だった。
職員に案内されて同じフロアにある会議室のような部屋に入ると、横長の机の前に六人の人が座っていた。それぞれ肩書が書いてある名札が前にあり、中央に裁判官が三人で、その両脇に検事が二人と弁護人が一人いた。
左側の裁判官と検事の一人は、自分と変わらないくらいの年齢の若い女性で、そのままアイドルとして売り出せるくらいの美人だった。
(あんな人が、裁判官や検事をしているんだ)
アイドルグループで一緒だった子たちが、裁判官や検事の仕事をしている姿など想像もつかなかった。
中央に座っている裁判長は校長先生のような雰囲気だった。
なんだか試験を受けているような気持ちになった。
「おかけになってください」
裁判長が椅子をすすめた。
私は腰掛けた。
「さっそくですが、質問票に記載した内容はすべて事実ということで間違いありませんね。誤りや、記述が漏れは無いでね」
裁判長が念を押した。
「は、はい」
(でも、私もあゆみちゃんと同じ地下アイドルだったとは書いていない。どうしよう)
脇汗が出てきた。
「それで、小坂さんは、被害者と知り合いだったということですが、どういうご関係だったんですか」
「バイトで一緒でした」
「そのアルバイト先というのは」
「芸能プロダクションです」
「では事件の時も、そこでアルバイトをしていましたか」
「いえ、事件の前に辞めました」
「どんな仕事をしていたのですか」
「どんなと言われても……。お手伝いというか」
詳細はあまり語りたくなかった。
右横の裁判官が裁判長に何か耳打ちした。
「では質問を変えます。被害者と同居したことはありますか」
「えっ?」
「イエスかノーでお答えください」
「いいえ」
「被害者の親族ですか」
「いいえ」
「被害者に雇用されていたことは」
「いいえ」
三人の裁判官が何かヒソヒソと顔を寄せて小声で話をした。
「弁護人、検察官、他に何か質問はありますか」
「では弁護人から質問します。あなたの先ほどからのお話ですと、被害者とは同じバイト先で働いていたことはあるが単なる顔見知りにすぎないということで間違いないですか」
「はい」
「弁護人からは以上です」
「私から質問があります」
女性の検事が手を挙げた。
「では、若宮検事どうぞ」
「被害者とは仲がよかったのですか」
私は答えに詰まった。
再び過去がフラッシュバックした。
★ ★ ★ ★
「ねえ、あゆみちゃんやめてよ」
私はあゆみに懇願した。
「どうして? 別にいいじゃない」
「でもあんな写真をばらまかれたら、すごく嫌だし、困るからやめて」
「あら、あなたのあの写真、好評よ。あなたに代わって営業してあげているんだから、文句は言わないで」
あゆみは取り合ってくれなかった。
事務所に入り、デビューしたての頃は、こんなでは無かった。あゆみとはすぐに仲良しになり、いつも待ち時間はたわいもない話をしていた。オフの時には、二人で遊びに行き、写真も一緒にたくさん撮った。
それが、地下アイドル『仮面舞踏会』の人気が出てきて、ファンがライブ会場に詰めかけるようになったあたりから変わってきた。
あゆみは、いかにもアイドルという整った顔立ちで仮面舞踏会でもセンターを務めていた。
だが、仮面舞踏会は仮面をかぶった覆面アイドルだった。仮面をかぶると素顔は見えない。そうすると注目されるのはトークや歌での声だった。
私はアイドルとして十人並で華が無いと言われていたが、声はいつも褒められていた。グループの人気が上昇するにつれ、私に注目が集まった。癒しの美声ともてはやされた。
あれだけの美しい声の持ち主ならば、仮面の下にはどんな顔が隠されているのかと話題になり、SNSのフォロワーの数もあゆみを超えるようになった。
すると、あゆみの私に対する態度が変わった。
テレビ局のプロデューサーや、広告代理店の人、芸能プロの関係者などにDMで二人の生写真を送りつけるようになった。それは私が変な顔をしているものだ。それに私を揶揄するようなコメントをつけて送っていた。
今人気上昇中の顔出しNGの覆面アイドルの素顔ということで業界内限定だが写真は拡散した。
私が、それを知ったのは業界人との飲み会だった。
「いやー、秋奈ちゃんって、仮面をつけているとクールビューティのイケボだけど、素顔は面白いね」
「何のことですか」
「ほら、これだよ。仲良しのあゆみちゃんと写っているこの写真、何度も見ても吹き出しちゃったよ」
私はスマホの画面を覗き込んだ。
変な顔で鼻の穴に割り箸を入れている写真だった。もちろん私は割り箸を鼻に入れたりはしない。画像ソフトで加工したのだ。
「どういうこと?」
横にいるあゆみに詰問した
あゆみは笑いながら舌を出した。
「秋奈の隠れた才能の発掘よ。ねえ、斉藤さん、秋奈ってバラエティ枠でも行けるんじゃないですか」
キー局のプロデューサーの斎藤にあゆみが言った。
「そうだね。地上波初登場の時は大食いアイドルとかで売り出すのもいいね」
「私、大食いなんてできません」
「できなくてもいいのよ。話題にさえなれば」
あゆみが意地悪な顔で言った。
「そう、そう、話題性がいつの時代でも一番だ」
「斉藤さん、鼻スパとかどうです」
「何だいその鼻スパって」
「私が作った造語です。秋奈に大食いをやらせて、『もう無理』とか言って鼻からスパゲッティを出すなんて面白いんじゃないですか」
「クールビューティのイケボの仮面アイドルの秋奈が、仮面を脱いだら鼻からスパゲッティか」
斉藤は腹をかかえて笑い出した。
そして膝を叩いて言った。
「それ、いけるね。その振り幅、いいよ。過去に前例が無いから新鮮味がある。今度企画として上げてみよう」
「そんなのやめてください。私はやりません」
思わず、私は叫んでしまった。
「そんなにムキになるなよ。どの道、鼻からスパゲッティは地上波のゴールデン枠ではむずかしい。別に嫌ならテレビに出なくてもいいよ。アイドルなんてほかにいくらでもいるからね」
斎藤が白けたように言った。
「せっかく作ってあげたチャンスをつぶす気」
あゆみが怖い顔をして私をにらみつけた。
★ ★ ★ ★
「それで、被害者とは仲が良かったんですか」
若宮検事が再度訊ねた。
「いいえ」
私は顔を上げてはっきりと答えた。
質問はそれで終わりだった。
「これで結構です。控室に戻ってお待ちください」
裁判長が私に告げた。
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