4 東京地方裁判所ってここでいいの?
(ここでいいのかしら)
初めて降りた霞が関駅は何本もの路線が入っていて、出口も多く複雑な構造をしていた。私は早めに家を出たが、気がつくと裁判所から連絡が来ていた出頭の時間の10分前になっていた。
(遅刻しそうだわ)
「すみません」
駅員に声をかけた。
「なんでしょう」
「東京地方裁判所に行きたいんですけど」
「その先のA1出口になります」
「ええと、そこの改札を出た先ですか」
「はい、右に折れて、また右に行って左手の階段を登ってすぐです」
「ありがとうございます」
駅員に言われた通りにゆくと、階段を登った先に東京地方裁判所の大きな建物が見えてきた。
(急がないと遅刻ね)
すいている方の玄関から入ろうとすると警備員に呼び止められた。
「身分証明書か、バッジを見せてください」
「何ですか」
突然、警備員に呼び止められて誰何され、緊張で心臓の鼓動が高まった。
(怪しい者だと思われたのかしら)
「弁護士さんですか?」
「いいえ」
警備員に睨まれた。怪しい者ではないことを示すために鞄から裁判員になるため召喚された書類を出した。
「あの、裁判員の呼び出しを受けて来ました」
私は呼び出し状を見せた。
「裁判員候補者ですか。ご苦労さまです」
警備員は背筋を伸ばして敬礼した。
「ここは職員や弁護士専用の入口なので、あちら側から入ってください」
丁寧な口調で警備員が言った。
確かに入ろうとした入口には「職員、弁護士、検察庁職員用」と札が立ててあった。
「すみません」と言うと、慌てて隣の一般来庁者用という札のある入口に行った。
空港のように手荷物などに危険物が入ってないかどうかをチェックするゲートがあり順番待ちで行列ができていた。
時計を見た。
(あと、二分ね。間に合うかしら)
予想より早く行列は進み、入口で手荷物をトレイに乗せて機械に通し、自分も金属探知器のボディチェックを受けて裁判所の中に入った。吹き抜けの広いロビーを抜けるとエレベーターに乗り、呼出状に記載されていた裁判員候補者の待合室のある階で降りた。
エレベーターを降りると、廊下には裁判員候補者待合室の案内掲示が出ており、腕に腕章を巻いた裁判所職員が案内係として待っていた。
「おはようございます。裁判員候補者の方ですか」
「はい」
「御苦労さまです。あちらの受付で手続をしてください」
広くて薄暗い廊下の奥の受付を指さした。
受付を済ませると、書類の入った封筒と番号札をもらい、裁判員候補者待合室に入った。部屋にはすでに50人くらいの人がいた。まるで学校の教室のような雰囲気だった。席はほとんど埋まっていて私が最後のようだった。
「皆さん、おはようございます」
私が着席すると裁判所の職員が大きな声であいさつをした。
「本日は裁判所においでいただき、ご苦労さまです。ではさっそく皆さんに裁判員として裁判をしていただく事件の概要を説明致します。こちらを御覧ください。今回、皆さんに裁判員として裁判をしていただく事件はこの殺人事件です」
大型モニターに事件の概要が映し出された。
(うそ!)
私はそれを見て思わず叫びそうになり、口を手で押さえた。
その事件はよく覚えていた。いや、忘れることなどできない。
被害者は私が前世で『秋奈』という芸名で所属していた地下アイドルグループ『仮面舞踏会』のメンバーのあゆみちゃんだった。
そして、あゆみちゃんはライブ会場でファンに刺されて殺されたのだった。
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