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3 転生者

 

「「「「お疲れさま」」」」


 グラスをかかげて乾杯した。


 私はカンパリ・ソーダに口をつけた。


「うー」


 村上和史はグラスのビールを一気に飲み干した。


 横に座っていた中村裕子が、すかさず空になったグラスにビールを注いだ。


 私の横に座っている金江真美はスマホに向かい黙ってメッセージを打っていた。


 収録が終わったのは午後七時過ぎだったので、ユニットの皆で軽く食事でもして帰ろうということになり、この店に四人で来ていたのだ。


「ところで亜紀、さっきマネージャーと裁判がどうとか言っていたけど、何かあったのか」


 村上和史が心配そうな顔をして私に訊いた。


「たいしたことじゃありません」


「まさか、訴えられたんじゃないだろうな」


「とんでもない、裁判員になっただけです」


「裁判員?」


「知りませんか?」


「いや、知っているが、身近な人が裁判員になるのは初めてだ」


「まだ裁判員になるかどうかは分からなくて、裁判所に行って選考を受けるらしいです」


「オーディションみたいなもの?」


 中村裕子が身を乗り出して訊いてきた。


「いえ、クジで決めるみたいです」


「へぇ~」


「で、どんな事件を裁くの?」


「まだわかりません」


「だけど、確か裁判員って重たい事件しかやらないんだよな」


「重たい事件というと」


「殺人事件とかだよ」


「死体の写真とかも見るの?」


 金江真美が急に会話に入ってきた。


「まあ、死体は殺人事件では一番重要な証拠だから見ることになるんじゃないかな」


「そうなんですか」


 私は、裁判員になったら本物の死体の写真を見ることになるなんて想像もしていなかった。


「それでいつなの」


「来月の15日です」


「イベントや収録は無い日だな」


「でも……」


「どうしたのかい」


「私の配信の日です」


「休むの?」


 私は首を振った。


「マネージャーと相談したんですけど、配信は午後9時からなので、結局、どちらも休まないでやることになりました」


「でも、昼間に裁判員をして、夜に配信はきついわね」


「ただ、まだ裁判員の候補者というだけなので、選ばれなければ午前中で終わるらしいです」


「ふーん、そうなんだ」


 それから今後の活動や配信について村上和史が色々と話した。また配信用の機材もリニューアルすると言った。


 一通り飲み食いをし、仕事の話も終わると村上和史は時計を見た。


「そろそろお開きにする?」

 中村裕子が言った。


「そうだな」


「ここは、いくらですか」


「いいよ。会社の経費で落とすから」


 そう言うと村上和史は店員に自分のカードを出して会計をした。


 店の前で解散となった。


 駅に向かって歩き出す私の後を、金江真美がついてきた。


「金江さんはどう帰るの」


「メトロ」


 それしか言わなかった。


 同じ駅に向かっているようだった。


「なんで、村上があんなに仕切るのよ」


 金江真美が唐突に不満そうに言った。


「仕方ないわよ。うちは村上さんでもっているんだから」


「でも中身までやる必要ない。はっきり言って、キモい、うざい」


「ガワの絵を描いている絵師も、ガワを動かすソフトを作っているのも村上さんなのよ。それに台本だって書いているし」


 村上和史は、見た目はキモオタだが、マルチの才能を発揮していて業界や界隈では神と呼ばれる存在であった。人気の美少女キャラを描く漫画家であり、天才プログラマーでもあった。他にも趣味でゲーム実況の配信などもしており多彩な顔を持っていた。


「村上が界隈では有名人で才能があるのは知っている。でも、プロデューサーでいいじゃない」


 確かにそのとおりだった。プロデューサーならその才能と実績から見て文句のつけようは無い。


「でもあの人は自分の作ったキャラに思い入れがありすぎて自分でやりたいのよ」


「分かっている。そこがすごくキモイ」


 さくらは村上和史が一からすべて作ったキャラだ。絵も、設定も、セリフも、さらに3Dのキャラをなめらかに動かすソフトや合成音声まで自分でプログラミングしたという。村上和史作品の集大成のようなものだ。そして、どうせアバターが合成音声でしゃべりそのセリフも自分が書くなら、中身に自分がなりたいと社長に直訴して認められたらしい。絵もソフトもすべて著作権は村上和史にあるので断ることができかったらしい。


 それに現場のことは村上和史が全て決めていた。監督やプロデューサーはただの雑用係だった。もっとも、彼らは村上和史の弟子か信者で、村上和史に憧れてこの会社に入った人たちだった。


「それより、もう慣れた?」


 金江真美は転生者だった。


「まあまあ。でも前世に触れる人が多くてうざい」


「だって、2000人の応募者からオーディションで選ばれた花の八期生だったのでしょ。同じ業界だから注目を浴びるわよ」


「先輩も、私の前世については触れないで下さい。じゃあ、私はここで」


 軽く会釈をして金江真美は早足に去っていった。


「ふう。難しいわね」


 私はため息混じりに言った。


 金江真美はVチューバー業界の最大手であるプリンセスライブ、通称「プリラブ」の出身だった。Vチューバー界隈では、前職のことを前世といい、新しいキャラで再デビューすることを転生と言う。金森真美は会社がプリラブから引き抜いたスターだった。


 だが、少しコミュ障気味で、全然喋らない時もあれば、一方的に自分の話ばかりをするときもあり、好き嫌いも激しかった。


 私も地下アイドルという前世があった。ある事件をきっかけにアイドルを卒業し、声優を目指したが芽が出ず、成り行きでVチューバーとして再デビューをした転生者だった。


 そんなことを考えているうちに駅に着いた。


 周りを見回したが金江真美の姿はすでに無かった。


 私は電車に乗って自宅へ帰った。





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