1 Vチューバー
私は配信を切ると、ヘッドホンを頭から外した。そしてもう一度カメラとマイクがオフになっていて配信が終わっていることを確認した。
Vチューバーにとっては、配信を終えたと思って、そのまま配信が続いてしまっているミスだけは避けなければならなかった。
最悪なのは、配信を停止しようと思って、間違えてアバターが表示されるソフトの機能だけをオフにして、カメラがオンのまま配信が続いていることに気が付かないでいる場合だ。それをやると素顔と配信場所が放映されてしまう。顔バレして中身を晒すことはVチューバーにとって最大のタブーだ。
だがそれだけにとどまらない。海外のユーチューバーの中には、ライブ配信後にカメラを切るのを忘れて、そのまま彼氏と部屋でセックスをして、その様子が中継されてしまったという悲惨すぎる例もある。
一つのミスで、これまで築き上げて来たものすべてを失った上に、晒し者になる。それが生配信の怖さだ。
だから、カメラがオフになっているかの確認は、ライブの配信が終わるたびにくどいほどした。すべての機材がオフになっているのを確認するとやっと仕事が終わったという安堵感を得る。
だが、今日はまだ緊張が続いていた。
それは配信の直前に特別送達という仰々しい名前で届いた大きな封筒が原因だ。差し出し人は東京地方裁判所だった。
動画配信者は名誉毀損や著作権侵害とかで訴えられることがあるから、言動やアップする素材にはくれぐれも注意するようにと事務所から何度も言われていた。そして訴えられると自宅に裁判所から特別送達という郵便で訴状が届くと教えられていた。
だから配信直前に東京地方裁判所から特別送達で郵便を受け取ったときは本当に焦った。
(何かやらかしたのかしたのかしら)
動揺したが、ライブ配信の間際だったので中を見る時間はなかった。
配信を終えて、やっと封筒の口を切り、書類を取り出した。
書類の差出人は東京地方裁判所刑事部とあった。
「刑事部って、何か私やった?」
思わず独り言をつぶやいてしまった。
だが、落ち着いて書類を読むと刑事事件で訴えられたのではなく裁判員として裁判所に来るようにという召喚状だった。
(そういえば、半年ほど前に裁判所から裁判員候補者名簿に載ったという通知が来ていたわね)
私はほっとした。
書類を読むと平日に裁判所に行き、裁判員になるかどうかの選考を受けなければいけないということが書いてあった。そして、裁判員に選ばれると数日間拘束されて裁判をしなければならず、正当な理由なく断ることはできないようだった。
平日の昼間の時間を数日間にわたって拘束されるという可能性があるなら事務所に事前に報告して調整をしなければならない。明日はスタジオ収録があるのでマネージャーに相談してみようと思った。
【作者からのお願い】
作品を読んで面白い・続きが気になると思われましたら
下記の★★★★★評価・ブックマークをよろしくお願いいたします。
作者の励みとなり、作品作りへのモチベーションに繋がります。