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【短編】前世料理人は生贄になりません



「私を食べるより、料理させた方が美味しいものを長く食べられるわよ!!」


 薄暗くてカビ臭い魔王城で、お腹から声を出して啖呵を切った。取り囲むようにいる魔族たちは、ざわついたり固まったり多種多様な反応を見せている。魔王の威圧感がほんの少し和らいだ。そこに畳み掛けるように舌を回し続ける。


「ああ、まずは自己紹介を。私はエリザベス・カートレット。元侯爵令嬢ですわ。お会いできて光栄です陛下」


 まったく光栄に思っていないけれど一応貴族令嬢としての矜持を見せる。手と心臓の武者震いが止まらない。優雅にカーテシーを……ってそうだわ、両手が縛られてたんだった。早く外してくれないかしら。


「おわかりの通り、今世紀の生贄です……が」


 ……そう易々と食材になってたまるものですか! 私は調理する側よ!



         *


『貴様のような悪女が、尊い贄になれることを光栄に思うがいい!』


 その瞬間、断罪が確定した。

 ああやはりと思う気持ちと、生贄になることへの驚きが混ざって、ふっと意識が遠くなる。



 あれはそう、殿下と婚約を結んだ日の晩餐会で、オニオンスープを飲んでいた時だった。その味の酷さにスプーンを落とし、前世の記憶を思い出したのは。


 ……私は前世で料理人だった。

 地元の小さいレストランで働く、しがない彼氏なし。朝早くに出勤して仕込みをして、夜遅くに帰宅する、そんな生活を支えてくれたのは作りたい欲と二次元だった。そう、公式からの供給が栄養源。

 その二次元の中でも、最近ハマっていたのはよくある異世界漫画だった。平民の主人公が、才能を見出され、王子や騎士団長、王宮魔術師やらイケメンと魔王を倒す……的な王道も王道。

 そして序盤、主人公をいじめ、断罪され、そのまま物語からいなくなる悪女がいた。

 キツい瞳、ドリルのような金髪……。


『私、転生したんだわ』


 その悪女エリザベスに。

 ……ある程度所作が身についてから思い出したのは助かった。おかげで転生者特有のマナー違反とかはせずに済んだし、記憶もすんなり馴染んだことで寝込んだりしなかった。

 それをいいことに、干渉しなければいい話だと思っていた。今考えると短絡的すぎる。

 ……私は高位の貴族だというのに。


『どうしろっていうのよ』


 前世では、エリザベス……私を酷い奴だと思っていた。いや、正直さっさと酷い目にあってしまえ小物とまで思っていた。

 けれど実際のところ、干渉しなくてもそれはそれで問題だった。もちろん、物語のエリザベスはやりすぎだけれど。


『身の程をわきまえなさい。貴女は庶民なのよ』


 家のために結婚が当たり前な世界。しきたり、マナーを守るのが当然である身分が通う学園。

 自分の婚約者……でありその上王太子殿下が平民の女に誑かされていたら、注意しなければならない。直らなければそれなりの対応をするまでがワンセット。でなければ侯爵令嬢としての体裁が悪くなってしまう。注意だけで直してくれればよかったのに、もうどうしようもなかった。


 こうして無事ストーリー通りに断罪され、このまま良くて修道院送り、悪くて国外追放かと思っていたのに。



『はい?』


 贄ってなんですか。贄って。もしかして生贄のことですか?


『お前には百年に一度の魔族への生贄になってもらう』


 カッコつけたその顔ぶん殴りますわよ?

 そもそも魔族を倒す話だったわよね。まさかの罪人の元婚約者で時間稼ぎですか?

 実際、身の程知らずだとは言いましたし、舞踏会へは来れないように手を回しましたし、来てしまった時にグラスの水もかけましたよ。確かに前世だったら完全にいじめですけど、これでもこの世界では最低限。

 ……それだけでまさかの死罪? 倫理観どうなってるのよ。


『陛下の寛大なお心に感謝しろ』


 国一番の権力者に逆らうことなんてできず、あれよあれよという内に牢に入れられ、生贄として魔王のテリトリーに置いて行かれ。そのまま魔族に捕まって、謁見というか食う前の下見というか……。



         *



「とにかくこの縄を解いて、キッチンに案内してくださいません?」


 押せているのをいいことに、そのまま睨みつける。

 平安貴族のように黒くて長い髪、羊のような角。ギャルみたく鋭い爪に重厚感たっぷりで高そうな服。ええ、全然怖くないわ。いいえ、嘘。本当だったら今すぐお花を摘みに行きたい。そのまま三時間は篭っていたい。


「証明してみせますから。……ああ、もちろん材料は勝手に使わせていただきますけれど」


 …………わかっているわ。客観的に見たら今の私は、見ているだけでも頭が痛くなってくるおかしい女だって。でもそうじゃなきゃやってられないのよ。

 ああ、なんか側近らしき羽と触覚の生えた魔族と話し込んでるわ。

「……文献にはなかったパターンだぞ」

「いやはやどうしましょうか」

 悪役令嬢の地獄耳を舐めないでちょうだい。全部丸聞こえよ。


「ごちゃごちゃ煩いわねぇ。ジンギスカンにされたいの!?」

「は? ジンギ……?」


 なんのことかはよくわからずも、どうやら物騒なことを言われたとはわかっている様子の魔王。私ってばなんて命しらずなことを……。

 まあでも、魔石によって魔力は封じられているけれど向こうは知る由はないでしょうし。そもそも情報くらい吐かせてから食べるでしょうし。多少強気に出たところで……。


「いいから早くキッチンに案内しなさい! 話はそれからよ」


 一歩、二歩とにじり寄る。これでヒールを履いていたら威圧もできたのに。どうして裸足なのかしら。おまけにいかにも生贄らしい白いワンピースだし。


「それとも何? こんなちっぽけな生贄をキッチンに案内するのが怖いの? 魔王様が?」


 大丈夫。お腹をいっぱいにさせてしまえばこちらの勝ちよ。この世界のご飯よりもおいしいものが作れる自信はある。魔族の味覚がどうなっているのかは知らないけれど、とりあえず魔王はあまり人間と変わらないもの。身長高いし顔が怖いけれど。羊の角ついてるけれど。


「さあ、私をキッチンまで案内しなさい!」


 魔王はあまり表情が変わっていない……ものの多分は戸惑っているのだと思う。少し身を引いた。ので詰める。

 悪女を舐めないことね。腹はもう括ってるのよ。怖くなんてないんだから。いや、怖いわ。


「わ、我輩の胃は大きいぞ。貴様如きが満たせるものか」


 一人称我輩なの……。

 少々威圧されそうになりながらも脳内でつっこんでしまう。

 そしてそれよりも。


「最高じゃないの。満たしてみせるわよ。寸胴いっぱいに作れるわ」


 思い出してからずっと溜まっていた作りたい欲を発散するには最適よ。大鍋いっぱいのシチューとか大きなカステラだとか、一度は夢見たもの。というか死に際に思い浮かんだ後悔でさえそれよ。


「そ、こまで言うのなら案内してやる」


 マントを翻して玉座から立つ魔王。またしてもざわつく魔族達。そして第一段階クリア……というか勝ち確に心の中でガッツポーズをする私。

 魔王城の中は、まあじめじめしているけれど案外整頓されていた。目が動く絵画や、浮いている本は結構面白い。あの謁見室のカビ臭さはおそらくカーペットのせいだったのだろう。


「ここが食堂の厨房だ」


 ……魔王城、まさかの福利厚生がしっかりしていた。社員食堂じゃないの、これ。

 ズカズカと厨房に入り、まずは手を洗う。そして調理器具の場所を確認。


「包丁があれば無敵な気がするわ……」

「そういうことを言われると持たせてやれなくなるんだが」


 しかもよく磨かれている。これは絶対に熟練のおばさま方がいるわ。

 そしてこのクローゼットみたいなのは……。


「つ、冷たい!?」

「ああ、霊氷庫だ。その中に入れておけば食材が腐りにくい」


 ただでさえ魔王城は湿気が多いからな……ってこれ冷蔵庫ですわよね?? 人間よりも先をいってる??

 ああ、しかもいい食材が入っている。勝手に使ってしまうのが申し訳ないくらい。おばさま達には後で謝りましょう。


「うっふふふふふ、あっはははは……」


 というわけで魔王に見守られながら調理を開始した。



「うまい……本当にシチューか?」

「ええ、ただのシチューですよ」


 そうでしょう美味しいでしょうという久々の達成感とおいしいと言ってもらえた嬉しさに胸がいっぱいになる。

 そして何よりよく食べる魔王をもうずっと見ていたかった。そんなハグハグとほっぺをパンパンにして食べて……寸胴いっぱいに作ったのにもう無くなりそう。おかわりいります?


「私を食べなければ、毎日作りますよ」


 というか作らせてほしい。大食い万歳。


「あと、この後攻めてくるであろう人間側の情報を教えます。それに魔族じゃないので人間の村で情報収集とかできます。優秀な情報源になりますよ?」

「……料理よりも先にそれで交渉すればよかったのでは」


 スプーンを持ったままの魔王に言われて、はたと気づく。確かに。


「まあ、そもそも我輩は人間を食わないが」


 どうやら魔族自体、飢餓状態にでもならないと人間を食べないらしい。まずくて硬いし……ってそうよね、そりゃそうよね。

 と言うわけで今までので生贄達は、適当に脅して逃げ道を作ってやれば勝手に逃げていたらしい。迷いの森の術を剥がせば案外人里に近いんだとか。

 …………私の今までの苦労は一体。


         *



「リズ、今日は何を作っているんだ?」


 ルシウス……魔王がひょっこりと厨房を覗いてくる。この間見ていて鬱陶しいと言ったからか、長い髪を一つに結んでくれていた。一気に庶民的になったわね。かっこいいじゃない。


「今日はいい牛肉が入ったので奮発してビーフシチューを……あ、こらジョン! スケルトンなんだからタオルを敷いてから食べないと椅子が汚れるでしょ!!」

「ご、ごめんなさいエリザベス様!」


 まったくジョンは。自分に胃がないってまだわかっていないのかしら。この間も汚したくせに。そんなんだから骨の白い彼女ができないのよ。

 怒っているとルシウスがクスクスと笑っていた。相変わらず可愛い顔だこと。でもそんなたくさん魔族がいる食堂でしないで欲しいわ。


「ほんと、怖がらないんだな」

「ここで作り続けるかぎり、食われませんからね」

「人喰いじゃなければなんでも怖くないのか……」


 そんな呆れたように言わなくても。私は前世でもお化け屋敷とか大丈夫でしたし。

 ……なにより、おいしいって言ってくれる彼らのどこが怖いものですか。特に貴方とかね。



         *


「あーっはははははは!」

「魔族よりも魔族らしいじゃないか……そこもいいところだが」


 ────魔王城からは今日も今日とて彼女の高笑いと鍋をかき混ぜる音が聞こえてくるのであった。対して勇者一行は敗れ、魔族主体で平和協定を結んだらしい。




 読んで下さりありがとうございました。

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魔王城の絶品社食、作っているのは生贄です!
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 ぜひとも続きが読みたいです
[良い点] おもしろい!強いヒロイン好物です! [一言] とても楽しかったです。
[一言] もっともっと読みたい…。
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