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69 重たい空気

待ち望んだザベル先生の登場に少し気が抜けた。


「えぇ、事実です」


 一番に声を上げたのは令嬢だった。


 それを否定したのは私ではなく、篠野部だった。


「嘘です」


「あなた……」


「僕は少し用事があり戌井から離れていたのですが、僕が戻ってきてすぐにご令嬢や複数の女性に後ろから突き飛ばされ踏みつけられる戌井を見ました。“退いて”の一言もありませんでしたよ」


 令嬢が篠野部を睨み付ける。


「まぁ、戌井が咄嗟に防衛魔法をはったので大事には至りませんでしたが強度が足りずに途中で壊れて、三日ほどベッドの住人になっていましたね」


 骨は折ってないし、ヒビも入ってないけどアザはできた。


「戌井や僕が苦言を、と言ったところで“お世話になってる人に迷惑かけたくないでしょう?”と言われました」


「……そうですか。それは、誰が目撃していますか?」


「あの日は色々な場所から人が集まっていたしたが、町の人達に聞けば何人かはおぼえているかもしれませんね」


「わかりました」


 ザベル先生は深いため息をつく。


「これで何度目ですか?メルリス魔法がこうは種族や階級、国籍、様々を問わずに交流することを推奨しており、それに従うかどうかは本人達に委ねられています。君が貴族は貴族とだけ関わるべきと思うように、貴族や一般人問わずに関わりたいと思っている者もいます。誰と関わるかは個人の自由、貴女が口を出すことではない」


「ですが先生、貴族と平民では格が違いますわ」


「この学校においてはそんなものは関係ありません。一律に生徒です」


「えぇ、生徒ではありますわ。品も強さも役割も何もかも違いますが」


「はしゃいで人に怪我をさせて、品があると?」


「それは私に非がるので、何も言えませんわね」


 表情の変わらないまま令嬢を見るザベル先生とニコニコとして笑顔を崩さない令嬢、完全に冷戦の状態だった。


「ですが、価値が違いすぎます」


「はぁ、価値なんて自分で決めるもので君が決めることではないでしょう」


「いいえ、価値は他人が決めるものですわ。貴族であり、優れているものは価値がある。貴族ではない、優れてもいない者に価値なんてありません」


「ずいぶんなことを……」


 この教室に来たときに貴族至上主義者とか聞こえていたが、これは……。


「人の考え方についてとやかく言いたくありませんが、それを他人に押し付けるなと言っているんです」


「押し付ける?この世の常識でしょう?」


 そうやって先生と令嬢が話しているとチャイムが鳴り響く。


「……そろそろ授業の時間です。戻りなさい」


「そうさせていただきますわ。それではお騒がせいたしました」


 終始笑みを崩すことなく、令嬢は教室から出ていTた。


「皆さん、早く席に着いてください。出席確認をしますよ」


 ザベル先生の言葉にはりつめた空気は霧散していったものの、まだどこか教室の空気感がおかしい。


 そんな空気感のまま、出席確認は進んでいった。




 あと授業が終わったあとに先生から聞いた話だが、あの令嬢は常習犯らしい。


 交流自体、学校が推奨しており王族も交流し、知るべきであると学校の教育方針を肯定してくれているのだそうだが……。


 貴族と平民は違うと言って従わない一般人には嫌がらせをするものが一定数いるらしい。


 何かあったときは遠慮無く教師を頼るようにといわれた。


「まったく、めんどくさいのに目をつけられたわね」


 私のとなりに座っていたミューがそう言った。


「すみません。ちゃんと追い返せたらよかったんですけどお」


「うぅ……」


「ごめんなさい、後ろに隠れちゃって……」


 貴族組の落ち込みようはすさまじかった。


「別に、なあ?」


「おう、気にしてねえし」


「いつか、あぁなるのはなんとなくわかっていたことだしな」


「嫌なら好きに隠れりゃいいじゃん」


「あんな頭の固いやつどこにでもいるからね」


 貴族組の反応に反して私達はさほど気にしていなかった。


「あいつの言ってたことは腹立つけど、あんなの無視一択よ。相手にするだけ無駄、遠慮無く先生に頼りましょ」


 ミューの言葉にみんなが頷く。


 にしても貴族は貴族でも、あのとき私を轢いていった令嬢が絡んでくるとは思わなかった。


 やっぱり世界って狭いんだなあ。


「そう言えばなんで、あのとき両脇固めてたの?」


「ララが嫌がってるから肉壁は多い方がいいかなって」


「向こうが手を出してきたら速攻動けるようにと思って」


「血の気が多い……」


 ベイノットもミューも気が強いからこうなるんだろうけど、せめて私を挟まないで欲しかった。


「……」


「すんげえ不服そうな目で俺のこと見てるけど、頭の回る篠野部がいなくなるのはヤバイと思って止めただけだからな。道連れになれとか思ってないから」


「後半が本音だろ……」


 あぁ、ローレスのやつ篠野部のこと道連れにしようとしたんだな……。


「ラーちゃんは何で永華ちゃんの後ろに隠れたんです?」


「え?あぁ、そうね……。あんまり兄の追っかけに関わりたくないのよ。永華や篠野部くんみたいに普通に知り合いって言うのならいいんだけれど、アタシを使って兄に取り入ろうとする人やアタシを人質にって考える人も一定数いて……」


「有名な人が身内にいるとそんなことが起こるんだ……」


 もしかして騎士が私達に妹の話しなかったのって、これを警戒したから?


 まぁ、あって数日だし変でもないけど私の考えがあってるんだったら何かちょっとショックだな。


「アタシ達元々貴族じゃなかったんだけど、一応は養子だからそれ関係の人間もよくよってきて……」


「有力貴族の子供と自分の子供をくっつけようとしたり、誘拐して身代金要求とかですねえ。あるあるですよう」


「私もあるわね……。身代金目的で誘拐されて、一週間寝込んだわ。懐かしい」


「世知辛ぁ……」


「懐かしいって……」


「や……うん……」


「……」


 そんなのとは無縁なメンバーはドン引きしていた。


 何故か、ローレスと篠野部だけ微妙な反応していたけど。


「私、一度も被害にあっていないんですけど護衛の腕がよかったのかしら……。帰ったらお礼いましょう」


「そうした方がいいですよう。護衛だから腕は立つんでしょうけどお、そう言う職業の人っていつ死ぬかわかりませんからあ。海だと余計にそうでしょう?」


「そうなんですけど怖いこと言いますわね。そんな感じの経験でもおありで?」


「……ふふ」


「怖いですわ!!」


 意味深に笑うレーピオのせいで完全にメメが怖がってしまい、近くにいたミューに抱きついてしまった。


「ちょっと、暑いわよ。離れなさい」


「そう言いつつも喜んでいること、私知っていますわよ」


「う、うれしくなんかないわよ!早く離れないとぶつわよ!」


「ひん……」


 ミューの顔は少し赤くなっているし、尻尾はピーンとたっている。絶対喜んでいるし、今の発言は照れ隠しなのがすぐにわかった。


「まあまあ、落ちつきなって」


「……ふん!」


「ミューちゃんって素直じゃないよな」


「んね」


 ミューのツンデレ、わりと周知の事実だったりする。


「でもお、本当にそう言う命を守る仕事をしているからは常々命の危機に晒されているも同義なのでお礼を伝えるのならば早めにすることをオススメしますよお。僕の経験からのアドバイスですう」


 経験からのアドバイス……?


 ……えっ。


 メメの顔色がサッと青くなり、その場にいた全員が固まる。


「一度、護衛のかたが死にかけたことがあったのでねえ。あ、その人は元気に今も屋敷で働いてくれてますから安心してくださいねえ」


「あ、はい」


 ……レーピオのやつ家が全焼しかけたことといい、今さっきの発言といい、何か闇が見えかくれしてる気がするんだけど大丈夫かな?


「そういえば今日の朝に言おうとしてた家が全焼しかけた話って結局どうなったんだ?」


「あぁ、あれですかあ?うちの一番上の兄って不器用なんですよねえ。その兄が何を思ったのか急に料理をしようとして油爆発させて、あちこちに引火したんですよお」


「そのお兄さんはキッチン出禁にした方がいい」


「もう既になってますう。死人が出かねませんからねえ」


「それはよかった」


 よかった。逆恨みからの放火とかじゃなくて。


 というか、この世界って料理ベタな人多くない?


「油爆発させるってなにやったんだよ」


「水でもいれたんじゃね?」


「正解です」


「うわ、当てちゃった」


「油に水とかバカだろ……」


「はは、僕もそう思います」


 自由時間、中庭で購買で買った昼食をとりつつわいわいとはしゃぎ話している。気分はさながら友人とピクニックに言ったような気分だ。


 そんな良い気分ではしゃいでいるなか永華達は自分達の側に蛇が近づいてきているのに気がついていなかった。


「ごきげんよう」


 その一言で、場の空気は一変した。

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