49 実話
夜中。王都アストロから西の端にあるバイスの町へと帰る道すがら、永華とカルタは馬車に揺られていた。
「はぁ……疲れた」
「……」
まさしく疲労困憊の状態だ。
篠野部は疲れているのか、馬車に乗ってからずぅっと黙りだ。
「……」
本当になにも喋らずに座り込んでいる。
「あ〜あ、やっぱり私も治療受けてきたらよかったかも……。そしたら疲れもとれたかもしれないし」
永華は学校側から提案された治癒魔法を断った。
理由は保険医に診察されて怪我がないと言われたと言うのもあるが、自分の分までカルタに使って欲しかったからだ。
前も言ったがカルタは治癒魔法は使えるが、体質の問題で治癒魔法の効果が出づらい。だから念のためとは言え、無駄に魔力を使ってもらいてくなかった。
実際、カルタの体質の邪魔が入って軽傷の割りには魔力を大分使っていた。
前に四人も軽傷者を挟んでいたとはいえ、いくらなんでも篠野部は治癒魔法の効きが悪すぎる。
前々から危ないとは思っていたが、これはいくらなんでも危なすぎる。これで重症だったらどれ程魔力を必要としたか……。
今後、篠野部を絶対に前衛に出さないようにしよう。私は篠野部の治療をしている光景をみて心に誓った。
「治癒魔法は疲労の回復はしない」
「え?あ、うん」
さっきまで黙りだったカルタの急な一言に肩が揺れた。
そういや治癒魔法は体力回復しないんだった。
「おでこ、大丈夫?」
「大丈夫だ」
一言しかかえってこないから話が広がらない。
「……なんで庇ってくれたのさ?」
「さぁ、僕だってわからない。手近なところにいたから咄嗟にそうしただけだ」
「ふ〜ん……ありがとうね」
特に理由はないのか。何か納得できないような、できるような。
「あぁ。そういう君はなんで僕を助けようとワイバーンの前に出たんだ?」
「目の前で死なれるの、嫌だったから……」
「あのときは本当に死ぬとはわからなかっただろう」
「仮に嘘でもいやだったから……」
ほんと、嘘でも身近な人の死なんでものみたくない。
「そうか。礼を言う」
「うん」
それから会話は続かなかった。
静かなのも退屈だし、何か嫌だ。疲れたし寝てしまおうか。
「……寝よ」
毛布は隣に置いてるやつ使えばいっか。あぁ、そうだ。寝る前に水を飲もう。
すこし遠くにある皮袋の水筒を取りに行こうと、揺れる馬車のなかを立ち上がる。
なん歩か歩き出したところで馬車が石でも踏んだのか、大きくガタンッと揺れた。
「うわっ!?」
不意打ちの揺れと疲れのせいで体制を大きく崩して後ろへ倒れた。しかも体勢を立て直そうとして多々良を踏んで、挙げ句の果てにはスカートの裾を踏んだ。
やばい、思いっきり転ける。あんな大騒動のあとで、こんなしょうもない怪我したくないんだけどな。
目をつぶって、頭だけ守って衝撃に備える。
一向に痛みと衝撃は来なかった。変わりに何故か背中が暖かかった。
「あ、あれ?」
「まったく、足は捻ってないか?」
いたのは後ろから永華を抱え、永華の顔を覗き込むカルタだった。
「ふぉっ!?」
顔ちっか!!!
驚きと照れで変な声が出た。
あれ?この前似たようなことがあったような気が……。
「は?変な声だしてどうした?試験の時に頭でも打っていたか?」
「い、や……」
どうしよう、綺麗な顔が近くにあって凄い緊張してきた。
「顔が赤いぞ、熱か?」
カルタが永華の額にふれる。が、熱は平均的なものだ。
「……照れてるのか?」
「お、女の子は大丈夫だけど、似たような年の男の子とここまで近くになったことがなくて……」
「そうか、それは僕もだ。木を上ったとき挙動がおかしかったが、そういうことか。案外初なんだな」
「な、慣れてるとでも思った?」
「多少は」
「恋人すらできたこと無いのに……」
「そうか」
篠野部の表情が一切変わってないのが、何か悔しい……。
「……」
「なに?」
「少し、以外だと」
「ここ十年近くは恋愛なんてしてる暇なかったの!……今もね」
また、馬車が揺れる。カルタに支えなおされたが、二の腕に痛みが走った。
「うっ!」
「?やっぱり、どこ怪我をしているな?」
「うぅ……」
さっき、怪我がないと診察されたと言ったが少し訂正しよう。
「……あ、ざ?」
暗いなか、なんとか目を凝らして見てみれば永華の二の腕には手の形をしたアザがあるのがわかった。
それは実践試験終盤、カルタが永華を抱えて空を飛んでいたときについたものだった。
「僕のせいか?」
「……違うし」
「違うわけないだろう。なんで治癒魔法を拒んだ?」
「別に、数日で治るんだし魔法使うのがもったいないと思って」
「バカだな、君は」
「ふん!」
踏んだスカートのを持ち上げて、体勢をただす。早々にカルタから離れて水を飲む。
「んぐ……ぷはぁ。転けそうなの支えてくれてありがとう。でも一言余計!んで、寝る!」
皮袋の水筒を元の場所に置いて毛布にくるまり、いつものようにして、暴れる心臓を無視して目を閉じる。
カルタは毛布にくるまり、芋虫のようになった永華見つめる。
「……僕も寝よう」
少ししてカルタは永華のとなりに座り込み、眠る体制をとった。
永華とカルタが馬車に揺られていることと同時刻。王都アストロ、メルリス魔法学校。どこかの廊下。
カツン、カツン__
石を蹴るローファーの音が静かな牢屋に木霊する。
足音の主、ザベルは職員室に入り教師や警備員が集まっている一角に近づいた。
「どうですか?犯人の特定は進みましたか?」
ザベルの問いに振り向いたのは警備員の由宇太・高葉子だった。
「ザベル先生、一応進んではいるのですが犯人特定には至っておりません。どうも、過去に犯罪歴はないか、まだ捕まっていない犯罪者のようです。それと__」
由宇太が振り返る。視線の先にあったのは真ん中から真っ二つに折れた箒だった。
「これは永華・戌井さんに渡し、カルタ・篠野部くんと共に使っていたものなんですが……やはりこちらも、いえ、受験生に渡される箒の全てに細工がしてありました」
“特性の魔力を感知したとき、魔方陣が刻まれた物を破壊する”という魔方陣が穂で覆われ、見えないところに仕込まれていた。
「そうか、全てに……。その特定の魔力というのが、あの未熟な個体である邪龍、と」
「えぇ、最初にカルタ・篠野部くんの箒が折れたのも、邪龍と受験生達の攻撃が衝突したさいに壊れたのも、それが原因でしょう。どうも、最初から中身は邪龍だったようですから」
「中身、ですか?」
「えぇ、中身といっても魔力の話です。模造品から検出された魔力の大半が模造品のものではなく邪龍のものだったので、そう判断しました」
「文字通り、皮を被って機会を伺っていたと……」
「はい」
「だが物の見事に、あの子達に討ち取られ本性を出した。全く、姑息だな」
「同感です。あと__」
由宇太が箱を取り出す。それは模造品のワイバーンの核である紙が入った魔力を遮断する箱だった。
「こちらに仕込まれていた依り代を邪龍にかえる魔法、どうやら不完全だったらしく、あのような未熟な個体が現れたようです」
「それは、運が良かったとしか言いようがないですね。完全な個体であれば、我ら教師や警備員が総出でかかっても難しかったかもしれません」
「そこまで強いんですか?邪龍って」
由宇太とザベルの会話に新人教師が入ってくる。新人故か、邪龍の危険性についてあまり理解していないようだった。
「邪龍はの。かつては魔王と共に世界を蹂躙し、数多の国を焼き、屠り、瓦礫に変えた破壊の化身なんじゃよ」
「あ、ヘルスティーナ様。魔王って伝説のやつですか」
新人の疑問に、この場で一番詳しいであろうヘルスティーナが答えた。
「あぁ、まぁ、あれはざっと540年前の実話じゃよ」
「え!?」
驚きの声が、主に寿命の短い種族のものから放たれた。
「魔王云々の話は現実だと知っちゃあいたが、あのおとぎ話が現実たあ驚いたぜ」
「ま、いささか脚色されとるけどな」
「いや、それでもですよ。確か、あの話の後、勇者一行は行方不明になったとか……」
「魔王すら倒した勇者達が、ただ一人を除いて行方知れずになった理由。それはな、邪龍が原因と言われとる」
物語のなかで勇者達はこう語られていた。
“世界最強の魔族、魔王を倒した者達”、“この世でもっとも強い、勇者パーティー”と。
物語によれば勇者は、この国“メルトポリア王国”の出身であったらしい。
それ故か、この国も子供達は勇者伝説を寝物語の変わりに聞かされ育つ。冒険者に憧れるのも、魔導師に憧れるのも、勇者伝説がもとだった。
だからヘルスティーナが告げた事実は、教師や警備員達を動揺させるには十分だった。
「と言っても私も人伝に聞いただけの話、事実かどうかは知らんがの。でも、火のない所に煙はたたん、何かしらはあったとみて言いじゃろうな」
「そう、ですか」
「うむ、未熟な個体で助かった、と思うべきじゃな」
「未熟とはいえ、何故そのようなものが我が校を……」
「……出生が確定しておらんのは誰じゃった?」
「え、えっと、永華・戌井、カルタ・篠野部、それからローレス・レイスの三名です。ですが三人とも地元では人気があり信頼もあります。永華さんとカルタさんはマッドハッド様の弟子ですし、ローレスさんは働き者として有名で……」
「言いたいことはわかる。わしとて教え子になるものを疑いとうない。まあ、もう少し気にするべきかの」
「わかりました」
貴族であるメイメア、軍人の娘であるミュー。そして出生不明の三人。
この中の誰かが、何者かに狙われている。
「まあ、出生がなんであれ、我らは教え子を守るのみよ。のう?」
教師や警備員たちの威勢の言い返事が返ってくる。
教師や警備員達は今まで以上の勢いで犯人捜索に乗り出す。未来の生徒を守るために。
そのすぐそばで、誰にも気づかれずにヘルスティーナが暗い表情をしていた。
「犯人は、魔王軍の残党かもしれんな……。となれば、厄介じゃな」
ヘルスティーナの小さな呟きは誰もの拾われることなく、ざわめく職員室に消えてなくなった。




