68.語り合うのはこれからの
「そういうことか」
「こっちでも、噂になってるよ」
あれから定期的に開催するようになったが、それぞれに忙しいのは事実。なので、三人で集まるのは数か月に一度、としているのをよく理解しているのに緊急だとかかった招集。
何か話題になるようなものがあったのか、思い当たるのはひとつしかない。このあいだの事だろう、と問いかければ二人は素直に頷いた。
「あれだけの騒ぎになればそうだろうな」
あの時の子供がいらぬ騒ぎに巻き込まれないようにという魔王様の配慮から、あの日の処遇は明らかにしていない。
もちろん下働きの総括には話を通したし、あの場にいた者たちには説明をした。子供本人もそれでいいと納得した上での処遇なので、今のところは誰からも文句はあがっていない。
「魔王サマの魔力なんて、久しぶりに浴びたからなあ……しばらく使い物にならない奴、いたんだぜ?」
「文官にも動けなくなった人、いたな。バルは大丈夫だった?」
「……まあ、な。それにあいつも大丈夫だったんだ」
あの日、あれから城の中の見回りをしたけれど、体調不良まではいかないけれど顔色の悪い人は何人もいた。仕事はやりますと言ってはいたけれど、この状態では時間もかかるしミスをしても気づけない可能性がある。
なので、思い切ってあの日を休みにしたことは英断だったと思う。実際に、何人かからは感謝を伝えられた。
そんな魔力を真正面から浴びた子、ライディは普通に動けていたのだ。それだけでもこの城で働ける素質は十分にある。ここからどうなるのかは、本人次第。
「新入りの、下働きか。しっかし、よくぞやらせる気になったよなあ」
「うん。下働き、大変なの、知ってるのに」
「知ってるからこそ、だ。それがあいつに出来る責任の取り方だと思ったから、魔王様に進言した。最終的な判断を下したのは、魔王様だ」
クリフォードとラドはあの頃を思い出したのか、一瞬にして表情を曇らせた。もちろん、自分だって二人と同じような経験をしているから、どれだけ辛いかを知っている。
あんな年端も行かない子供が取れる責任、選択肢は少ない。家には親がいるそうだからそちらに、という話も出したけれどそれはライディ自身が固く拒否した。そうなるとこちらが提示できるものは、ひとつだった。
「そりゃそうだろうけどよぉ……」
「クリフは、心配してるんだよ」
「おい、ラド?」
ぐだぐだと酒を飲み始めたクリフォードを見ていると、これから絡まれるのではないかというくらいに目が細められていく。何かを言いかけたクリフォードを止めたのは、隣でちびちびとジュースを飲んでいたラドだった。
目を見開いて口を塞ごうとしたクリフォードを上手く避けたラドは、視線も気にせず話を続けた。
「自分が下働きで、大変だったから。あの子は、僕らよりも小さいでしょ。
だから、クリフはちゃんとに働けるのか、心配してるの」
ああ、そうか。ライディは歳のわりに小柄だった。魔王様と自分も年齢を聞いて驚いたし、ヴェルメリオも体格を見て目を細めていた。
そんなライディの状態を見たからこそ、自分と文官の仕事はひとつ増えたのだけれど。
「年齢は自分とラドが来た時とそう変わらないぞ。クリフォードが来た時期の年齢は知らないが」
「俺ぇ? いくつだったかなんて、もう忘れちまったよ」
ラドとはほぼ同時期に働き始めたけれど、クリフォードはすでに働いていた。自分たちの事を気にかけていてくれていたからこそ、今もこうして付き合える仲なのだけれど。
「これからしばらくの間は城の配置を覚えることがあいつの仕事になる。どこかで顔を見ることもあるだろう」
「うん。分かった」
「は? おいラド、今ので何が分かったんだよ?」
「クリフだって分かったでしょ。あの子が迷っていたら、助けてあげればいいんだよね」
「……まあ、仕事の邪魔になりそうだからな。さっさと追い出すに限る」
今度は逃げられなかったラドは、クリフォードが回した手の中に収まっている。ゆっくり頷いたラドは、そのままクリフォードの顔を見上げている。くりんとした瞳に見つめられて、クリフォードの悪態は徐々に小さくなっていった。
「頼りにしてる」
嬉しそうに頷いたラドに、渋々といった様子で頷いたクリフォード。小さく文句を言っているし唇を尖らせているけれど、クリフォードが面倒見のいい性格で、困っている人を見過ごせないことはもう知っている。
「それにしても、なんか思い出すよなあ」
「ここで働きだした時のこと?」
「そりゃあなあ。ま、あの時は死ぬって感覚がすぐそばにあったけどな。
……今とは、比べものにならねえさ」
「僕もそう思う。毎日、ご飯をお腹いっぱい食べられて、ちゃんとしたお部屋があって、ふかふかのベッドで寝れるから」
ラドの言葉にふふっと笑いが漏れたけれど、あの頃はそれすら日常から程遠かった。こうして笑って話せるようになる日が来るなんて思いもしなかったし、こんなにも簡単に手の中に転がり込んでくるなんて想像することすらなかった未来。
「俺が拝借した毛布で三人丸まってな!」
「よく見つからなかったよな」
「おかげで隠し通路には詳しくなったぜ。ま、使う機会なんてない方がいい知識だけどな」
「それに、あの頃よりも城にいるみんな、笑ってる」
いつ何をされるか分からなかった、明日を迎えることに何の希望も抱いていなかったあの頃は、今を笑うために必要だったのかもしれない。
ライディにあのような経験をさせたいとは思わないけれど。そう、素直に思えるくらい自分はあの子供が気に入っているらしい。
そんな気持ちが伝わったのか、ラドは穏やかに笑う。
「あの子も、そのなかに入るんだね」
「ああ。よろしくな」




