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新米魔王と側近の活動報告  作者: 柚みつ


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67.繋がった縁

前の話からの続きです。

「それで、ここに子供がいるのですね」


 あの騒ぎの後、近くの空き部屋にいったん入ろうかと思ったけれど、それを止めたのは魔王様だった。起きてからまた騒ぎにならないとも限らないのだったら、誰にも迷惑のかからない部屋にいる方がいいだろうと。

 この城で、誰にも迷惑のかからない部屋というのは、つまり魔王様の執務室だ。そこにやってきたヴェルメリオの顔には、少しだけ焦りが見えた。

 入り口で叫んでいたのが嘘のように穏やかな寝息を立てている子供の姿を見つけるや、ヴェルメリオは慌てて魔王様の様子を確認していた。それだけで、話を聞いてからここに来たのが分かる。話を聞いていたからこそ、焦った様子で部屋に飛び込むようにやって来たのだろうけれど。


「起きたら、どうするか聞くつもりなんだが」

「元居た場所に返すのが妥当でしょうね」


 そうだ。ヴェルメリオの言葉は正しい。子供の服は小汚いわけではないし、ここが魔王のいる城だと分かっていた。つまりは、子供の世話をしている誰かはいるし、何かを教えてもらえるだろう環境にいる。

 来た道を帰せばいいんだ。迷子だとかここに観光に来たかっただとか、つけられる理由はいくらでもある。


「もし、それがなかったらどうします?」

「グランバルド、あなたまさか……」

「情が移ったわけではありません。問題を起こした償いはしていただきます」


 あれだけの騒ぎになったのだ。いくら子供だとはいえ起きたら、はいさようならというわけにはいかない。

 たった一人、あの歳で乗り込んできた姿はかつての自分を見ているような錯覚にもなったけれど。


「ですが、文官でも硬直するような魔王様の魔力を、真正面から受けても取り乱さなかったことは評価できるかと」


 あまりの高い魔力に緊張して、その糸が切れたのかもしれない。魔王様の変わりようにびっくりしたのかもしれない。

 けれど慣れてきた文官、それから護衛に来訪していた人たち。誰もが魔王様の魔力に怯えを抱いたあの場で、涙を流したのは魔力が緩んでから。


「それについては、俺も同意見だ。多少は気を遣ったけど、それなりにはしたはずだからな」

「こちらの訓練も一時中断するくらいでしたからね。状況は先ほど引継ぎとして聞きました」


 軍部が中断するほどだったのなら、魔王様が執務室に来ようと判断したのは間違いなかった。

 ないだろうけれど、子供が目を覚ましてまた騒ぎ出すようなことがあったら、魔力を先ほどとは違う使い方をしなければならない。


「なんにせよ、本人の意思を無視して決めることではありません。もうこの時間ですし、そろそろ目を覚ますでしょう」

「こいつがどう反応するのかも楽しみだよな」

「泣いたら問答無用で放り出せばいいんですよ。子供なんて雑に扱っても勝手に育ちます」

「ヴェルメリオは手厳しいな」


 変なところでヴェルメリオが他人に興味を持っていないということが表れた。けれど、魔王様も似たような感覚らしく、それを諫めるような言葉は出なかった。

 情を抱いたわけではない。けれど、どうしてもあの頃の自分を切り離せない自分だけれど、こればかりはあの子供が決めることだ。

 そう言い聞かせているうちに、時間は過ぎていたらしい。


「ん、あれ……?」

「目が覚めましたか。体にどこかおかしなところはありませんか」

「とくには、ってそいつ!」

「魔王様の執務室のなのですから、主がいるのは当たり前でしょう」


 がばりと起き上がった子供は、魔王様を見てまた声を大きくした。入り口の時のように叫ばなかっただけ、学習はしたのだろう。そして、あの魔力を感じてからはおそらく勝てる相手ではないと本能で理解したようだ。

 ソファーのすぐ隣の椅子、子供の足でも二、三歩動けば手の届く位置にいる魔王様に、何かをする素振りなど全く見せない。


「魔王」

「なんだ」

「本当に、ほんもの……」


 むしろ、あれだけの魔力を出せる者がほかにいたら教えて欲しい。そんなことを子供に言ったところで意味を理解はしないだろうけれど。

 魔王様も子供の言葉を肯定したきり、何も言わない。ただ見つめているだけだ。


「どうして、こんなところに一人で来たんだ?」

「それは、その……」

「なんだ、俺だと緊張するか」


 ひょいっと椅子から降りてまだソファーで寝ている子供に視線を合わせても、魔王様の顔を見ようとしない。先ほどずっと魔王様が見つめていたことにだって気づいていないはずはないだろうに、ここまで頑なに目を合わせようとしないのは、理由があるのだろうか。

 それを問い詰めるほど暇ではないし、子供が話すまで待っているのでは今後の業務に差し支える。

 幸いにしてこの場にはヴェルメリオもいるのだから、少しくらい自分が席を外したところで問題はないだろう。


「では魔王様。自分が話してきます。そうですね……休息一回分くらいでいかがでしょう?」

「なんだ、それくらいでいいのか。それなら任せるか。なあ、ヴェルメリオ」

「ええ。ではグランバルド、お願いしますね」


 休息一回分、なんていつも時間を決めているものではない。魔王様の興味の向いたその時によって時間はまちまちだからだ。ただ、この子供の前で城の中の様子を見てきて欲しいだなんて言ったらまた固まって、言葉を引き出せないかもしれない。

 きっと通じるだろうと思ってみたけれど、自分の考えている以上にあっさりと魔王様とヴェルメリオに伝わったことでわずかに肩から力が抜けた。わざわざ、自分たちの名前を告げてから部屋を出ていくのだから、ヴェルメリオも意図は汲み取ってくれたのだろう。

 こんな場面で思う事ではないのだろうけれど、ここまでの積み重ねた時間という信頼があることが素直に嬉しかった。


「あんた、グランバルドっていうんだな」

「先ほども紹介したと思いましたけれどね。それで、どうしてここに来たのです?」


 それから、子供はぽつりぽつりと話してくれた。王とは、この国で一番偉い人だということ、この国では実力さえあれば王になれること、それから、城の場所。それを教えてくれた大人がいるのだと。

 子供の住んでいる場所はあまり裕福な土地ではなく、その日の食べる物にも困る時がある事。子供にいろんなことを教えてくれた大人は、最後にこう締めくくったそうだ。

 魔王さえ変われば、お腹いっぱい食べられるようになるかもしれない、と。


 周りの大人たちは誰一人としてその言葉を聞いても行動しなかった。だから、自分が魔王を倒して、ここの皆にお腹いっぱいになってもらえるようにすると宣言して、集落を出てきたのだと。


「でも、無理だって、わかったんだ。俺じゃあの人はたおせない。たおしたところで、王にはなれない」

「……だ、そうですよ。魔王様?」

「いっ!?」


 ひょっと顔を出した魔王様は、にんまりと笑う。子供は話すことに夢中になっていて気が付いていなかったようだけれど、割と早い段階で戻って来ていた。あまりに早いから自分も少し驚いたが、それだけ魔王様の魔力にこの城の者たちは慣れていたのだろう。


「ライディ、って言ったか」

「っ! ……はい」

「いくら子供だといっても、俺を狙ってきた奴をそのまま返すわけにはいかないんだ。

 そこで、だ。俺と一つ勝負をしないか」

「勝負?」


 子供は、意味が分からないとばかりに首を傾げた。後ろで控えているヴェルメリオは魔王様からこの話の着地点を聞いているのだろう。いつものように穏やかな笑みを見せるだけ。

 話に乗り切れないのは自分も一緒だけれど、魔王様だったら子供のことを悪いようにはしない。


「俺が悪い魔王だってところを見つけられるまで、この城で働いてもらおう」

「なんで……」

「大人に言われてここまで来たんだろ? だったら、自分の目で確かめてみろ。それで俺が悪い魔王だと思われたなら、この場所をお前に譲ってやるよ」


 さあどうする、なんてにやりと笑う魔王様は、子供の前で腕を組んで待っている。釣り上がった口元から放たれた言葉は、それだけを聞けば傲慢だとしか思えないけれど。

 なぜだろうか、この子供は魔王様の提案を断らない。そう思えるものが自分にもあった。


「……ぜったい、お前の悪いところを見つけてやるからな!」

「そうこなくっちゃな! そんじゃ、これからよろしくな」


 この日の出来事を、一生忘れることはない。

 そうライディから聞くことになるのは、ずいぶん後の話。



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