59.子供の頃のように
「宝探し、ですか?」
「そ。俺も参加してるんだけど」
何やら細かく書き込まれた地図を広げた魔王様は、ニッと笑った。ここしばらく、書類ばかりであまり気晴らしが出来る時間が取れなかったので、城の散歩にもほとんど出れていなかったのは、申し訳ない。
けれど、あの時執務室に詰めていたおかげで、今は比較的時間に余裕があるはずだ。だから魔王様が城の散歩に行くと言っても何の問題もなかったが、その理由を聞いたら少しばかり確認が必要かもしれないと思い直した。
「最近この辺りをふらふらしている人が増えているのは、それですか」
「自分の仕事に支障のない範囲って言ってあるんだけどな。まあ、一応業務の扱いにはしてるけど」
「宝探しが、業務の一環ですか……」
魔王様の魔力に慣れた者たちがほとんどだとはいえ、ここは執務室のある区域。重要な書類もあるし、機密情報だってある。もちろん、魔王様か自分の許可なしには持ち出せないようなところに保管してあるが、魔法に長けた者だったら持ち出せないわけではない。
それを知っているからこそ、城の者たちは不用意にこの辺りを歩き回らないのに、この何日かは誰かがいることが多いなとは感じていた。
誰もが魔王様と同じように地図を持っていて、ああでもないといいながら床やランプなど変なところを触っているなとは思っていたのだが、それがまさか魔王様からの提案に関係していたとは。
「あ、その顔は信じてないなグランバルド」
信じる信じないは別として、宝探しなんて子供の頃に卒業する遊びを、城に勤めるような大人が楽しそうにしている姿に少しばかり呆れただけだ。その筆頭が、魔王様なので口には出さないけれど。
「冗談はさておき、本当に必要なんだって」
さっきまでの表情から変わった魔王様は、すっと地図の書き込みを指さした。記号ばかりでぱっと見は子供のいたずらにしか見えないが、それがちりばめられている箇所と自分の記憶にある城の見取り図を照らし合わせると、そこにあるのは思い当たるものがある。
「この城さ、先代までで作った隠し通路が多いだろ」
「……そうですね。ある程度は把握していますが、作られた理由は万が一のときに魔王様をこの城から逃すためですので、形には残していません」
「そう。それで、俺は王を引き継ぐときにその全てを教えてもらっていない」
先代魔王様は王位を譲るとすぐにこの城を出て行った。そして、今まで一度もこの城に何かを仕掛けたりしていない。最初の頃に送られてきていた刺客は、王の名のもとに甘い汁を吸っていた貴族からだとすでに割れている。
必要な書類は宰相様から残されていたし、先代魔王様は政らしいことをほとんどしてこられなかったから、経験の少ない自分たちだけでもまだどうにか国を運営することは出来ていたけれど。
魔王に必要な引継ぎもすべて終わっていないとは、今の今まで聞いたことがなかった。
「……それは、初耳です」
「まあ、言ってなかったからな。使う事もないと思ってたし、今も思ってるけど」
この城の至る所にある隠し通路は、万が一攻め込まれた時のための逃げ道だ。先代魔王様は人族の国を侵略することに何の感情も抱いてはいなかったが、報復は恐れていたらしくあちらこちらに作ってあると聞いている。それを全て把握していたのは、おそらく宰相様だけだろう。魔王様はご存じだと思っていたけれど、どうやらそれは自分の思い込みだったようだ。
「仕事の合間を見て、散歩ってことで城の中を歩き回ってるけどな。それでも全部を見つけることは出来てない」
「歴代魔王様の口伝でしか残っていない通路もあるとは聞いていますが……」
「それが、分からなくなってるのがまずいと思ってな」
どうして使う事もないと思っているのに、今になって地図に書き起こすという事までしているのだろう。街や国に、魔王様に対する不満があるとは思えない。身の危険を感じるようなことは、今のところないはずなのだが。
そう考えていたけれど、困ったように笑う魔王様を見てもしかして、と別の考えが頭をよぎった。その通路に迷い込んでしまって出られなくなった場合の事を、想定しているのではないだろうかと。
「魔法の感知を無効化するような術式がかかっているところもあるし、目的が目的だから簡単には見つけられなくてなぁ」
「……なるほど。それで宝探しですか」
もともと隠れている者を探すことが目的だと伝えておけば、簡単に目につくようなところでも注意深く探るだろう。そこに宝があるかではなく、無いことを確かめるのであれば、人の記憶にも残りづらいかもしれないな。
同じ地図を持っていれば、情報の共有もしやすい。城で働いていても関わりのない部署だってあるが、地図を持っていれば共通の話題というものが出来る。
人の流れと共に活気があるなとは思っていたが、そういうことだったのか。
「宝、があるかどうかも分からんがな。俺だけじゃ見落としもあるだろうし、人の力を借りたほうが早いだろ」
「隠し通路は、隠れているからこそ価値があるのですが」
「緊急の時にそれを知らないんじゃ価値もない。昔はどうだか知らんが、今はこの辺りは誰でも通れるんだ。魔王しか知らない通路なんざ、使い道がないだろ」
隠し通路の用途はそのままに、誰もが使えるようなものにしたいということだろうか。この辺りは先代魔王様の時には限られた人物しか入ることは許されなかった区域。つまり、ここで何かあった時に逃げられるのは、隠し通路の存在を知っている者だけということになる。それは先代魔王様であり宰相様だったのだけれど、今はそうではないらしい。
「形に残すことは少し不安も残りますが、確かにその通りですね。城で働いているとはいえ、とっさの時に魔法を使えるかどうかも分かりません。生存率を上げるためには逃げるのもひとつの手です」
地図に残すという事は、誰の目にも触れる形で残るという事だ。それがいいことなのか悪いことなのかは、今の自分たちでは判断がつけられない。けれど、少なくとも今の魔王様が王である間は、いい方向に作用する。それは間違いない。
ただ、日の目を見る時がやって来るのかどうか、については疑問しかない。
「この城に、そのような悪意を持ってやってくる者を彼らが許すとも思えませんがね」
「ええ、さすが、良く分かっていますねグランバルド」
「ヴェルメリオ」
おそらく、この宝探しにはヴェルメリオも一枚かんでいる。軍部が知らないはずがないのだ。この城に張り巡らされている隠し通路を。どこまでを知っているかは知らないが、今回の宝探しという意イベントを使って正確な情報を手に入れたら、城の警備だって考え直さねばならないのだから。
だから、ヴェルメリオは魔王様が散歩に行くのに付き従っている。護衛の担当は増えているのに、城の散歩に関しては必ずヴェルメリオがつくのは、まあそういう理由もあるだろう。
「我らは我らの矜持をもって、この城に向けられた悪意を見逃すことはない。それが、どんな些細なものでも」
「こんな心強い護衛がいるから、こうやって宝探しって遊んでられるんだけどな」
「それもそうですね」
本心を見せない微笑みを浮かべているヴェルメリオだけれど、その腕は間違いない。だから心配などしていない。
魔王様の言葉に頷いてからヴェルメリオを見ると、いつもよりもほんの少しだけ口元が緩んでいるような気がした。もしかして、魔王様からお褒めの言葉があったことで照れているのだろうか。
「では探検がより楽しいものとなりますように、私がひとつ宝を隠しておきましょう」
「ヴェルメリオ、あなた」
ああ、本当に照れていたようだ。くすりと笑ってひとつと指を示したヴェルメリオは楽しそうに笑う。あれは、機嫌のよい時に見せる笑顔だ。それが判断できるくらいの時間は、共に過ごしてきた。
「いいじゃありませんか、グランバルド。誰が見つけるかは分からないのですから」
「腐るものと高価なものでなければ、いいんじゃないか? 確実に一つは宝があるって分かった方が力入るだろ」
「魔王様が仰るのであれば、そのように」
それからしばらく執務室も城もにぎやかだった。わいわいと地図を片手に城を歩き回る文官も、手入れをしながら注意深く何かを探す庭師も、料理を出しながら世間話のように情報を集めるシェフたちも。
誰もが楽しそうに、子供が大切なものを分け合うかのように宝探しの話題で盛り上がっていた。
人手を割いた甲斐あって城の隠し通路はおそらくほとんど見つけられたけれど、ヴェルメリオが隠した宝がなんだったのかは、まだ分からない。




