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新米魔王と側近の活動報告  作者: 柚みつ


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57.容赦ないのは

「やっぱ外は気持ちいいなあ」


 ぐーっと手を伸ばした魔王様は、気持ちいいと言いながら目を細めた。鮮やかな緑が広がるこの土地は、住んでいる人がほとんどいない。それはつまり、生活のために切り開かれている土地が少ないという事だ。

 だからこそ、こうして軍部が遠征として使わせてもらっているのだが。この地に不法滞在している者がいないかどうかの調査も兼ねていると知っているのは、軍部でも部隊長を任せている数人だけだ。

 今、自分たちの前で訓練に精を出している兵たちに、それは伝えていない。単純に大人数での組み手をする場がないから、遠征の訓練も兼ねてここにやって来たと思っているだろう。


「こちらの地域はもう涼しいですからね。城がある王都よりは過ごしやすいかと思いますよ」

「ま、暑さで弱っている兵たちの訓練をするための遠征だからな。涼しくなきゃ意味がない」


 そう。今年は、暑い時期がいつもよりも長かった。しかも、今までと比べものにならないほどの暑さが続いてしまった。

 城でも冷却魔法を使っていたが、敷地内とはいえほぼ屋外の訓練場はあまりその恩恵がなかったらしい。早朝や夜に訓練の時間をずらしたそうだけれど、それだけで暑さに耐えられるかといえばそうでもなく。


「今年は暑さが長引きましたから。そのぶん、魔法を主とする兵たちの腕は上達しましたけれど」

「それは……良かったのですか?」

「魔法の細やかな調整が苦手なものばかりでしたので。おかげで、人を凍らせない出力を学んでくれましたよ」


 そういえば、城の温度管理をしている魔石に魔力を補充するのもいつもより回数が多かった。あれも出来る人材が限られているから、と魔王様に何度か出向いてもらったことを思い出す。

 おかげで魔王様はあまり訓練に出ていなかったけれど、魔力を体に溜めこんでしまうことがなかったから、調子はよさそうだった。

 それにしてもヴェルメリオが人を凍らせる、なんて冗談を言うなんて。思わず小さく笑ってしまったけれど、隣の魔王様はなぜだか深く頷いている。


「冷気を出すのはなあ、難しいんだよなあ」

「その難しい、のを魔王様は一日練習しただけで習得しましたよ、と兵たちに伝えましたらなぜかやる気に満ち溢れたようでしてね」


 にやりと笑いながら話すヴェルメリオを見て、簡単に言っているけれどおそらく兵たちに伝えた時には、もう少し湾曲した言い方をしたのだろうと感じた。兵たちには民間から登用した者も増えてきたけれど、まだ貴族階級のほうが多い。その言葉を文面通りに受け取るようなら、その場でヴェルメリオからの“指導”が入ったのだろう。そういう機会を無駄にするはずがないから。


「ヴェルメリオ、あなたわざとそう伝えたでしょう」

「ん? でも本当の事だろう? あれは回数重ねないと感覚掴めなかったからな」


 暑さで体力を奪われている中、自らが所属している部署の頂点だとはいえ魔法に対してはまだ練習中の身である魔王様が出来るようになったことを、出来ないとは言えないはずだ。

 結果、兵たちは必至で訓練してその技術を身に付けざるを得ない。だってスタートの位置が違った魔王様が出来てしまったのだから。


「……もしかして、今日の遠征に魔王様を誘ったのも」

「さて。私は本当の事を兵たちに伝えただけですよ」

「俺がいるだけで訓練に身が入るんだったら、いくらでも付き合うぞ? 城に戻ってからでもな」

「魔王様の書類の調整がつくのでしたら、ぜひとも定期的にお願いしたいものですね。グランバルド?」


 素知らぬ顔をして兵たちの方を見ているけれど、ヴェルメリオの本音は兵たちの緩んだ気持ちをここらで一度引き締めておきたい、といったところか。

 それに気づかない魔王様ではないだろうし、書類仕事で固くなった体を解したいという気持ちもおそらく本当。

 今後の展開を見据えた碧眼に、楽しみだという気持ちを隠そうともしない金の瞳。二人に見つめられて、これ見よがしに大きく息を吐いた。この二人が組んだら、どう頑張ったとしても自分に勝ち目などあるはずがない。


「文官たちも、順調に育っています。魔王様が直々に確認しなければならない書類はまだありますが、多少でしたら時間を作れるでしょう」


 城の者たちが魔王様とその魔力にだんだんと畏怖を感じることなく動けているから、気分転換に行動する範囲を広げてもいいだろうとは思っていたところだ。

 魔王様は文句も不満も口になさらないが、窮屈な思いをしていないとは限らない。自分がすべきことは、魔王様を閉じ込めて仕事をさせることではないのだから。


「どうでしょう、魔王様。書類仕事につまったらこちらに来て気分転換というのは?」

「いいな。兵たちを見るなら俺ももっと腕を磨かないといけないよなあ」

「ふふ。お互いに、いい刺激を受けそうですね。ヘンドリック様には、私から話を通しておきますよ」

「そこまで話を出されてしまったら、自分が断るわけにはいかないじゃないですか」


 軍部のトップであるヘンドリック様に話が通るのは、ヴェルメリオが部隊長であり魔王様の護衛だからだろう。けれど、それは軍部の中で話が通る最速ルートでもある。

 兵たちのやる気が上がれば、技術も向上する。個人の実力が高まれば、不測の事態でも備えられるし生存率だって上がるだろう。今は平和である人族の国との関係だって、これからどうなるかは誰にもわからないのだから、可能性を考えて行動するのは間違いではない。

 そんなことをつらつらと考えたけれど、一番は楽しそうにしている魔王様が目の前にいるからだ。


「よろしくな、グランバルド」

「ええ。よろしくお願いしますね。グランバルド」


 魔王様はいい気分転換の場を作れたことで、ヴェルメリオは自分の思惑通りに事が運んだことで笑顔を見せている。

 思っていることがどうであれ、これから軍部には緊張感をもって過ごす日が増えることに違いはない。それが良い刺激になるように調整するのはヴェルメリオとヘンドリック様の分担だ。

 魔王様の側近としてやるべきは、当面のスケジュールの確認をして、どの程度の時間を空けられるかを計算することだ。


「分かりました。月一回ほどでしたら、すぐに調整できると思います。半日ほど空けましょう」

「お前たち、聞いていたな?

 今後は魔王様が定期的に訓練をご見学なさる。少しでも上達しているところを見せられるように、各自努力を怠るな!」

「はい!!」


 敬語でないヴェルメリオは初めて見たな、なんて見当違いな感想を抱きながら、一瞬にして空気の変わった兵たちの訓練を眺めることになった。

 途中、魔王様に頼まれて組み手をしたがまったく相手にならずに、いつの間にか空を見ていることが続いてしまい、兵たちからわずかに憐みの視線を受けたけれど。

 当初の目的である不法滞在者の調査は完了したので、よしとしよう。いつか、魔王様と互角とは言わないがそれなりの時間、組み手が続けられるようになりたいという新たな目標も手に入れつつ、遠征は無事に終了した。


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