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新米魔王と側近の活動報告  作者: 柚みつ


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55.隣国の王

人族の国の王は、かの国にいかなる感情を抱くのか。

 人族の国の王、リチャードには自覚があった。自分は、賢くもなければ素質があったわけでもない。ただただ、いくつかの偶然の果てに自分の足元に転がってきた王冠を戴いているにすぎないと。

 上に三人いた兄は魔族の襲撃に巻き込まれて死亡し、ひとつ上の姉は嫁いだ先で産後の肥立ちが悪く子を抱くことなく旅立った。

 自分の下に王の子はなく、外に作った弟妹もない。今まで以上に厳重になる警備の中、ぼんやりと思ったのは王になどなりたいものがなればいい。そんなどこか達観した気持ちだった。


「そうか、魔族の王が……」

「王、これはチャンスです。今こそ、我らが攻め入って人族の力を見せつける時です!」


 隣国が魔族の統治する国だということがこの国最大の不幸だ。そう言われるほどに、頻発していた魔族の襲撃。魔法を使えぬ人族の身では、対抗する術などたかが知れている。しかも、襲撃の先頭にいるのは魔王その人である。外交など出来るはずがなく、ただ気まぐれのように行われる襲撃に息をひそめていたのは、つい先日までの話だ。

 討たれたわけでもなく、ただ代替わりだと告げたのは魔族の国に潜ませていた間諜。その知らせを聞いて安堵したのはリチャードで、何かを決意したようにこぶしを握ったのは、王のそばにいた大臣だった。


「だが今までよりも残虐な者が王冠を戴いていたらどうする。しばらく、様子を見るしかないだろう」

「……畏まりました」


 納得できないけれどここは自分の感情を喚き散らす場ではないと理解している大臣は、握ったこぶしをゆるりと解いた。王太子として教育を受けていた一番上の王の子であれば、この機を逃さなかっただろう。好戦的な性格が彼を戦場へと向かわせて、結果その身を挺して民間人を守って果てた。

 二番目の子はそんな兄を陰から支えるべく、魔法に対抗する道具の開発に力を入れていたが、戦場で試す際に巻き込まれて見るも無残な姿で城に帰ってきた。

 兄二人の姿を見ていた三番目の子は、王の子として世代を繋げる義務があると早々に婚約者を定めて政務に混ざった。その様子に次代は安定だと喜んだのも束の間、子を成すことも王冠を戴くこともないまま、魔族の魔法によって首と胴を真っ二つにされた。

 そうして王座に就いたリチャードには、誰も何も期待をしていなかった。大臣としてその側にいるエドワードでさえも。


「王が代わったとはいっても、魔族は魔族。人族のことなど、何とも思っていない種族なのだからな」


 退出したエドワードは、周りに誰もいないことを確認してからその胸の奥で燻っている感情を口に乗せる。王の子らを無残に殺されただけではない、自身も魔族を恨む理由がある。


「かといって隣国の王であることに違いはない。さて、どうしたものか……」


 そうして静観することを決めてからしばらく、事態は突然動いた。


「お初にお目にかかります。先日、新しく魔王となりましたルディウスと申します。先代王が大変、ご迷惑をおかけして申し訳ない」

「は……」

「言葉だけでは信用できないでしょう。これからの魔族の行動を見て、今後の付き合い方を考えていただきたい」


 突然の謁見の申し込み、そして王同士の会談。あっという間に取り付けられた約束の日は、これまたあっという間に過ぎていった。

 紫の髪に金の瞳を持った魔王は、どこからどう見ても若い。魔族という種族は歳の取り方まで違うのか、と呆然としたリチャードを見て苦笑いしている様子など、ただの気の良い青年にしか見えなかった。

 お詫びだと渡されたのは、質の良い布製品と魔道具。魔法を使って編まれた布らしく、自国に流通しているもののどれと比べても遜色ない。それどころか、目を引く色鮮やかな刺繡は手本にしたいと思えるほどの出来だ。


「今回の魔王はずいぶんとお優しいことですな」


 ひとつひとつ検品をしていたエドワードが、そっと息を吐く。何か魔法がかけられていても人族では気づけるはずもないが、中に何畏まれている可能性だってある。王の血が繋げられるかどうかは、リチャードにかかっているのだ。万に一つもあってはならない。


「ですが、気を許してはなりません。我らを油断させるための演技の可能性もありますからな」

「ああ、そうだな」


 生返事のリチャードに、エドワードはそれ以上何も言わなかった。言うだけ無駄だ、そう判断したからだ。

 そうしてエドワード指示のもと、運び込まれた献上品を検めていく様子を見ていたリチャードは、あの目を引く色を思い出していた。

 夜に浮かぶ月のような金色の瞳。真っすぐに自分を見つめて捉えたあれは、そのような事を考えている者の目ではなかった。ただ、そう思った。


「今まで、このように国内が安定している時期があっただろうか」

「……おそらく、過去をみても類のないほどに、穏やかな日々が続いているかと」


 ぱらり、と報告書を捲る手を止めたエドワードは、リチャードを見る。王としての学びなど全くなかった状態からここまで、大きな問題を起こすことなく国を守り続けることが出来ている。

 突出した才能などなく、ただ他になれる者がいなかったから王冠を戴いただけ。そう思っていた者は、考えを改め始めた。けれど、それには隣国が大いに関わっている。


「理由は、魔族だろうな」

「あの男の言っていたことは、本心だったと。陛下はそう仰るのですね」


 王同士の会談にしては短く、重苦しい雰囲気など感じなかったその日に交わされた約束は、今でも違えることはなく。リチャードは魔王のその姿と行動を好ましく思っているようだが、エドワードは違う。

 いつか、それが例えば明日にでも。おもちゃを壊すかのように人を殺めたあの日のような姿を見せるのではないか、という不安は拭えない。


「そうでなければ、この状況の説明が出来ないだろう。国内は安定し、隣国である魔族の国からの魔道具も定期的に入ってくる。しかも足元を見るような値でも利益が出るような値でもなく、だ」

「先の王の尻拭いのつもりなのでしょう。あるいは贖罪か。どちらであろうとも、我らはそのまま頂戴すればよいだけです」


 魔道具は、人族では作り出すことが出来ない。動力である魔石は、魔力が必要な素材であるため、人族では取り扱う事すら出来ないからだ。けれど、その便利さを一度知ってしまったら元の生活に戻ることは難しい。そうして今では、人族の国にも魔族がやって来ては魔力を使い切った魔石を新しくするという商売すら生まれている。

 度重なる魔族からの襲撃で魔道具に嫌悪感を抱く者もいるけれど、今では少数派だ。それほどに、なくてはならない物としての地位を確立している。

 そんな魔道具が、ほぼ材料費ほどだろう値段で定期的に納入されてくるのだ。エドワードはこの恩恵をただ受け取るだけではなく活用するべきだと、そう思っている。


「向こうがそのつもりでいるならば、こちらはもっと強気に出ても文句など言われますまい。先の魔王が襲撃した地域はひとつやふたつではないのですから」


 魔王に被害を受けた地域はその被害の大小はあれど、国のほぼ半分。復旧に時間のかかる地域では、まだ不便な生活を強いられている民がいる。それはリチャードも当然把握しているが、回せる人材も限られているのでなかなか進んでいないのが現状だ。


「そうです。国境沿いの山が無くなったことで、あの地域では土砂崩れが頻発しています。魔族の襲撃がなければ、そのような被害が出ることはなかった!」

「そうか、あの土砂崩れで家族を……」

「取り乱してしまい、申し訳ありません。ですが、陛下。いくら友好的であるように見えても、相手は魔族です。こちらが弱いところを見せれば奴らはすぐに付け込んでくる。そういう、種族です」

「分かった。忠告、心に留めておく」


 エドワードが魔族を憎む理由は、これだ。魔族にとってはただの的だったのかもしれないが、その山のふもとに住む民たちにとってはなくてはならなかった。そうして雨水を貯める性質を失った山は、土砂となってふもとの村を丸ごと飲み込んだ。犠牲になったのは、エドワードの家族だけではない。ある日突然村が一つ地図から消えるという恐怖を、エドワードは忘れられないのだ。

 そのエドワードからの助言もあってか、リチャードは魔族の国と行き来をしている商人を城へと呼びだした。ただの商人が国の王から呼び出されて、断れるはずもないだろう。その場で、どれだけ理不尽な要求をされても断るという選択肢すらない。

 しばらくの穏やかな日々、そしてあの日以来会うことのない魔王。それらは、リチャードの判断力を鈍らせた。この程度だったら大丈夫だろう、そう思わせるような笑顔だったと自分の記憶を都合よく書き換えて。


 それが間違いだったと痛感したのは、記憶の中の魔王が再びリチャードの前に姿を見せた時だった。


「誰だ、今の魔王は魔族らしからぬ性質をしていると言ったのは……」


 ぐったりと椅子に体を預けたリチャードは、力なく項垂れている。それは大臣であり、同席していたエドワードも同じだ。穏やかな青年だと思っていた魔王は、正しく王であった。

 人族の国の民であっても、自国に不利益をもたらすのならば容赦はしないとばかりにかけられた圧は、今までの自分たちの行動全てを省みるのに十分すぎるもの。


「あれはまさしく、魔族を統べる王だったな。私には、到底出せぬものだ」

「そんな、ことは……!」


 とっさに自分から出た言葉に驚いたのは、エドワード自身だ。あれほどまでに王の資質はないと思っていたリチャードに対して、否定の言葉が出てくるなんて。そうして、ようやく気が付いた。

 偶然から王冠が転がり込んだかもしれないが、目の前にいるのはこの国の王になろうとしている末子ではなく、なろうとあがいて王冠を戴き続けた王なのだと。

 けれど、当のリチャードはエドワードが言葉を詰まらせたことを、違う意味で受け取ったようだ。口元を歪めて、細めた目には嫌悪感がにじんでいる。


「分かっている。私が王になったのは、いくつかの偶然と流れる血のおかげだと」


 違う。エドワードはそう言いたかった。けれど、今のリチャードにはその言葉はおそらく届かない。だから、エドワードはただ待った。リチャードがその言葉の続きを紡いでくれるまで、ただずっと。

 短くはないが長くもない沈黙の後、胸の奥から何かを出したかのように長く息をはいたリチャードは、真っすぐに前を見た。


「だが、こんな私でもこのように穏やかな治世を続けられているからと、調子に乗った結果があれだ」

「進言したのは私です!」


 今度こそ、エドワードは声を上げた。渋る様子を見せていたリチャードに、そのまま恩恵を享受しておけばいいと告げたのは他ならぬエドワード自身。その間違った判断を、王の責任にしてはならない。そんな思いからの言葉だった。


「ならばその言葉に乗ったのは私だ。今回の件はお互い、いい教訓となっただろう。そう思わねば、この感情からいつまでも抜け出せそうにない。

 また明日からも、この王に寄り添ってくれるか」


 自身の過ちを認め、感情を切り離して国を背負う王としての責務を全うする。そのように宣言したリチャードに、エドワードの体は自然と動いていた。

 王冠を戴いたあの日には義務的に動かした体だったが、今日は自分の意志でその体勢を取る。

 跪き頭を垂れたエドワードの胸中に、もう迷いはなかった。


「もちろんでございます! この身は、国王陛下のために!」

「ああ。ありがとう。共に頑張ろう、エドワード」


 その後の彼らの活躍は目覚ましく、王だけでなく大臣の名も歴史に刻まれることになる。



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