51.金が笑う
人族の王へと連絡を取り、向こうの宰相とのやり取りを繰り返し。そんな日程の調整の合間を見て、魔王様から頼まれたことを調べていれば、時間はあっという間に消え去っていく。
いつになく上機嫌なヴェルメリオが進んで手を貸してくれたこともあり、かなり楽に調べられた部分もあるけれど。
そうこうしているうちに、人族の王との会談をする日が、やってきた。
「歓迎、痛み入る」
「王を迎えるのだ、これでも十分とは言えぬだろうが。どうか、ゆるりと寛いでほしい」
「ありがたく、使わせていただこう」
友好的な笑顔を見せ、自ら迎えることをアピールとしている人族の王。我らが魔王様も穏やかな表情で握手を交わしている。
自分たちの王と比べてあまりに若く見える魔王様に、少しだけ怪訝な顔をしている人族もいるので、そっと頭の片隅に記憶しておくことにした。今後の会談での会話を有利に進める材料になるかもしれないから。
こちらが揃えてきたものはそれなりにあるので、おそらく使う機会などやってこないだろうが。
「……さて、今日は早く休ませてもらおうな。会談は明日の朝だったか」
「ええ。その通りです魔王様。朝食を頂いて、準備が出来たら迎えに来てくださるそうです」
案内されたのは、王も住んでいるという城の一画。華美ではないが、要人をもてなすのに十分な装飾のなされた部屋には、生活するためのものが過不足なく揃えられていた。
案内人が扉を閉めてすぐ、わざとらしく声を張ったのは魔王様から。
「ありがたいな。じゃあ、お疲れさん。ゆっくり休め」
「ありがとうございます」
部屋の中にある区切り用の扉を閉める音を響かせてから、そっと魔王様の元へ戻る。そうしてあらかじめ準備しておいた魔道具を取り出してから、幾度となく練習した魔法を展開する。
ぶわりと広がるのを見ている魔王様は、とても楽しそうだ。その期待には、応えなくてはならない。
「……もうよろしいですよ。ヴェルメリオから習った物なので、自分が間違えてなければ効果は保証します」
「あれだけ練習してたし、補助の魔道具だって着けてきたんだから大丈夫だって」
魔力は、一応足りていた。けれど、万が一などあってはならないという自分の主張に、ヴェルメリオが貸してくれたのが魔力を増幅させる魔道具だ。
普段以上の力が出てしまうので魔力の出力の調整が難しいと渋られたが、失敗は出来ないと頼み込んで貸してもらった。
「魔道具が魔族産だって忘れてるのかもな。それだけ、無くてはならない物だって生活に溶け込んでいるんだろ。ありがたいことだ」
「ですが、王を招き滞在する部屋に、声集めの魔道具を隠すなど」
二つ一組で動くこの魔道具は、片方を置いた場所で集めた音を、もう片方へと送るものだ。これがあれば、秘密にしている会話なども筒抜けになるのでそれなりに需要のある魔道具でもある。
そして、その対策が出来る魔道具は、売っていない。魔族は、魔法を使ってこの魔道具を無効化できるからだ。
自分がヴェルメリオから教えてもらった魔法は、無効化だけでなく、その魔道具が拾った音をただの雑音に変換するもの。対になる魔道具からはおそらく、ざあざあとノイズ交じりの音が聞こえているはずだ。故障か魔力が無くなったか。人族ならそう思うだろう。そのどちらでもないと判断できるのは、魔族のみ。
「きちんと動くって確認できたのはいいことじゃないか。魔石への魔力の補充の仕事が無くならないはずだ」
「その辺りも、明日話しましょう。これだけの需要があるとは、正直想定外でした」
これを作るのは、意外と面倒くさかったりする。けれど、人族の国では需要がまだ見込めるようなので、増産してもいいかもしれない。魔力が無くなった物の魔石の交換も含め、これは交渉のいい材料になりそうだ。
そんな会話をしながらも、本番は明日の会談なので魔王様ともども、早めに休むことにした。
*
会談のために用意された部屋は、自分たちが滞在した部屋とは違っていた。人数が少ないので、広さはないがその分、部屋の装飾に力を入れてあるようだ。
床は鏡のように磨かれており、壁紙は光沢を帯びている。革張りのソファーは金縁で彩られ、テーブルには深みを持った木で作られている筆記用具が並ぶ。
「では、早速だが始めさせてもらう。まずは貴殿からいただいた書簡についてだが……」
互いに忙しいだろう、という配慮を見せる形で、先に人族の王に送った書簡。まずは魔族が作った魔道具を買ってくれている事への感謝、そして魔族が人族の国で暮らしていけるように配慮してくれていることを褒めたたえてある。
人族の王は顔に深い皺を刻んでいるので、あまり表情を読み取ることは出来ないが、気分を害している様子は見受けられない。その隣に控えている宰相のほうが幾分若く見えるからか、それとも根が素直なのか。
王が発する言葉を聞くたびにわずかに反応しているので、ついつい魔王様の発言を書き留める手を止めて、視線がそちらへと向いてしまう。
「貴国の民である商人が、我らの国で商売をしていることについてだが……」
これには、人族の王も無反応ではいられなかったようだ。皺の奥にある瞳が、少しだけ険しくなる。
商売をしていること自体を、こちらが咎めるとでも思っているのだろうか。
「人族の国に根ざす者は、その国によって守られるべきだ。それが出来ぬというのなら、彼らは私たちが保護しよう」
もちろん、商人たちにその意思があるのなら。どちらの国に所属していようとも、大事な取引先だという事に変わりはない。ただ、人族の国にいながら、その王に搾取されるというのならこちらだってそのままにしておくわけにはいかないのだ。
「保護、とは……」
「そのままの意味だ」
悔しそうに俯いたのは宰相で、唇を少し噛むだけだったのが、人族の王。
人族の国では、魔道具は高級品として国の管理で売られているらしい。それを個人でこっそり売っていたあいつらにも非はあるのかもしれないが、こちらとしてみれば、売った値段の倍以上で自国のみならず、海の向こうの国へと売り込んでいるやり方は気に食わない。
「ある程度は、先代が迷惑をかけた分だと黙認している。が、これは目を瞑れる範囲を超えている」
初めは、穏便に済ませようと思っていた魔王様の声色が変わった。先代が時間も場所も関係なく襲撃した爪痕は今もなお、人族の国には深く残っている。だからこそ、ある程度までであれば、その迷惑料としてもらおうと黙認していたのだ。
それなのに、個人の商人が魔道具を売ることに文句をつけ、売り上げから半分も上納するようにという命令を出したとなれば、さすがに黙っていることは出来なかったというのが、今回の会談の真相。
向こうも、こちらがそこまで調べて乗り込んできたとは思っていなかったようで、そこからは面白いくらいに有利に話が進んでいった。
個人で魔族とやり取りが出来る商人たちについては、今後ほかの商人との差別をせず、一律で同じ売り上げを納める事を認めてもらい、準備が出来次第それは国中に知らしめてもらう方向になった。そして、魔道具については、海の向こうの国に売ることは構わないが、売り込んだ魔道具の保証や、魔石の交換などには応じないことにした。
使い捨てでなく、恒久的な使用を望むのであれば、売った側の国からこちらへと接触を持ってもらうか、海を渡った魔族か、魔石に魔力を補充できるだけの人族を見つけて交渉をすること。
その辺りを明確な文章として打ち出して、互いの了解を得たものとし、会談は終わりとなった。
ヴェルメリオから、人族の国が海向こうの国と関係を持ち始めたことを教えてもらっていて良かった。
まさか、ここまで有利に働くとは思ってもいなかった。
「おぬしの目は、まさしく宝石のようだな。その輝きに目を奪われると、あっという間に深みに引きずり込まれる」
「褒め言葉として、受け取っておこう」
にやりと夜空の月のように目を細めた魔王様は、その後振り返ることはなかった。




