49.映す色
「あの、魔王様……」
書類の確認が終わったので、魔王様に手渡そうと自分の机を立った時には下を見ていたのに。気が付いた時には魔王様の金色の瞳がじっと自分を見ていた。
「魔王様、あのですね」
自分を見つめたまま動かない魔王様に、手をひらひらさせてみたり書類を目の前に出してみたりしたけれど、その視線が外れることはない。
じっとこちらを見ているのは輝きに満ちた金。その瞳に映っているのが自分だというのが少しばかり申し訳なくなるくらい、美しい。夜が明けて姿を見せる日のような、鉱山の奥深くから掘り起こされた金塊のような、眩い光をたたえた金色。
「そんなに見つめられると、どうしていいのか分からなくなるのですが」
「あ、いやすまん」
ハッとしたように慌てて体を反らした魔王様は、気まずそうに視線を書類へ落とした。動きに合わせて揺れる紫色の髪がふわりと舞った。その合間からちらちらと金色が覗いている。
「自分に、何かついてますでしょうか」
もしかして、自分が気づいていないだけで何か見苦しい物が顔についているのだろうか。朝、自室を出るときに確認をしてきたし、それからこの魔王様の執務室以外には移動していないのだが。
もしかして、今まで魔王様は言えなかっただけで自分の顔は共に過ごすには見るに堪えなかったのだろうか。その場合はどのように改善すればいいのだろう。
「ああ、綺麗な目がついてるな」
「……そのような台詞は、婚約者が出来た際にお願いいたします」
思ってもないことを言われて、がっくりと肩を落とした自分は悪くないだろう。今までそんなことを言われたことなどないので、どう反応するのが正解なのかが分からない。
けれど、褒め言葉なのは間違いない。言う相手は間違っているが。
「からかってる訳じゃなくてだな、こうまじまじと見ると本当にその銀髪と青目が綺麗だと思ってな」
「ありがとうございます。自分ではあまり見ませんが」
手入れをするのが大変だからと短く揃えている銀髪。下働きの時は目に入るような長さになったら、適当に自分で切っていた。今ははさみの扱いが上達したクリフォードが定期的に切りに来てくれるし、ラドも切り揃えてくれる。
二人から髪色については褒められていたけれど、身内びいきだとばかり思っていたのに。
魔王様からもそのように言われるのだから、あの二人が褒めてくれていたのはひいきではなく本音だったのだろう。次に会うときには、あの二人には感謝を告げなければならないな。
「身だしなみ整えるときには見るだろ」
「まあ、多少は」
青い目も相まって、第一印象は冷たいと思われることがほとんどだ。だからなのか、冷たく当たられることが多いし、あまり人のやりたがらない仕事を回されることが多かった。
そんな記憶もあり、あまり自分の持っている色は好きではない。身だしなみを整えるのだって、魔王様の傍にいるのに相応しいようにと思っているからだ。
「そんなことを言うのなら、魔王様のほうですよ。紫の髪も、金の瞳も他に比べられるものがないほどに美しいのですから」
そう、自分を褒めるのであれば魔王様の持っている色を褒めずにどうするのだ。
魔族はたくさんの色を持っているが、紫の髪を持っている人には、魔王様以外に出会ったことがない。見慣れない色だと思ったのは一瞬で、これほどまでに似合う色があるのだろうかとついつい目で追ってしまうようになるまでに、時間はかからなかった。
そのうえで王冠のように輝く金色を持っているのだ。この人を王として認めたのは、もちろんその考え方であったり生き方もある。けれど、最初に目を奪われたのはその鮮やかな色だというのは、自分の一番奥で大切にしている感情のひとつだ。
「……さっきのグランバルドの気持ちが分かった」
頬をほんのりと赤らめた魔王様は、先ほどとは違う様子で目を逸らす。こつこつと机を長い指で叩きながら、くしゃりと前髪をかき上げた魔王様の瞳は、わずかに潤んでいる。
「なかなかに、恥ずかしいものだな」
「今後のために練習なさるというのであれば、いくらでもお付き合いいたしますよ」
「止めてくれ。これ以上は俺が耐えられそうにない」
「さようでございますか」
恥ずかしいのはこちらも同じだが、魔王様にはいずれ婚約者を定めてもらわねばならない。その時に令嬢に向けてかける言葉のひとつも知らないようでは、差し支えるだろう。
今はまだ国内を安定させることに注力しなければいけないから、そのような話は出てないけれど。
「グランバルド、ちょっと怒ってるか?」
「いいえ。まさか、魔王様に対して自分が怒るなど」
まさか、魔王様に婚約者を、と考えた時にもやっとした自分の胸のうちの感情について処理していた、なんて言えるはずもなく。
怒ったのだとしたら、そんなことを考えた自分に対してだ。いずれは考えなくてはならないことだし、王である以上世継ぎは必要な事なのに。
幸いにも魔王様からはそれ以上の追及はなく、それよりもなにか面白いことを思いついたように、にやりと口元に笑みを乗せた。
「ヴェルメリオも美人だと思わないか。あれ、本人には言えないが」
「同意します。魔族は基本、顔が整っていますがヴェルメリオはそのなかでも別格ですね」
本当に、心の底から魔王様の言葉に同意する。ヴェルメリオは魔族の中でも間違いなく上位に入るだろう。顔が整っているのを利用して、軍部でもそのような部隊にいるのかと思えばそうでもないし。
ヴェルメリオの性格なら、自身の顔が整っているのを理解したうえで、それを最大限利用すると思うのだが。
「笑った時もそうだが、整っているからこそ、真顔になった時の怖さったらないがな。俺はまだ見たことないが」
「自分も、話にしか聞いたことはありませんね。昔はよく見られたそうですが」
「……お互い、この話題はヴェルメリオの前で出さないようにしような」
同じタイミングで背中に冷たいものを感じたようで、思わず魔王様と顔を見合わせる。
おかしいな、今日はヴェルメリオは一日護衛見習いたちの試験につきっきりだという話を聞いているし、会場はこの城から離れた使っていない砦だ。
こちらの会話など聞こえるはずもないのに、どうして魔王様と同時に同じことを思ったのだろうか。
ヴェルメリオの顔の造形については本人の前で絶対出さないよう、魔王様と固く約束をした。金髪碧眼、ともすれば絵本に出てくる王子のような見た目で微笑まれたら、自身が終わりを迎える時だと思ったのはきっと、間違いではない。
「自分の顔の良さですか。もちろん自覚しているに決まっているでしょう。幼い頃から迷惑ですし」
「ああ、そちらの認識なんですね」
「もちろん、上手く使う方法も心得ていますよ。よろしければ、教えて差し上げましょうか」




