47.追う側ふたり
「んで、どうすんだよ」
「自分たちが定位置についた事をヴェルメリオが確認したら、魔王様から城の中に合図をするそうだ」
打ち合わせは計画が漏れないように、魔王様の執務室で行った。今はクリフォードと二人で移動しているが、誰ともすれ違うことはない。とはいえ、こいつと自分が顔見知りであるとは知られているので、一緒にいるところを見られたとしても何の問題もないが。
「ヴェルメリオ様にはこっちの動き見えんのか」
「見える、というかこの魔道具に位置が分かるような魔法陣も刻んであるそうだ」
「まじか、こんなちっこいのにすげえ魔道具じゃねえか」
ちっこいの、と言いながらクリフォードがくるくると手のうちで遊ばせているのは魔道具。手を広げれば隠れてしまうくらいの小型ライトにしか見えないこれが、“追いかけっこ”で捕まったことを示すマーカーをつけてくれる。
おまけに、自分たちが今どこにいるのかを執務室で待っている魔王様たちに知らせてくれるらしい。
正直そんな高度な魔法が使われているようには見えないが、性能は試したのでこの目で確認済みだ。
「だから丁重に扱えよ。まあ、試作品だから耐久性は保証しないとか言っていたが」
「こんなボタン押すだけでどうして壊すんだよ。投げたりはしないから安心しろ」
「この魔道具でマークを付ける以外の行動は禁止だって、説明したばかりだが」
どう聞いたら安心できるというのか。思わずため息をついたら、にやりと笑うクリフォードと目が合った。
「一か所目は厨房か」
「お前も知っているだろう。いくら魔法が使えても、どうにもならない部分があると」
「……まあ、な。食料の保存も備蓄も、魔法が使えたって限りがある。荒れるのは、大抵腹が減ってどうにもならなくなった時だ」
クリフォードが下働きとして城に来た経緯は、聞いていない。それでもあの頃のこいつは痩せこけていて、とてもじゃないが今のような庭仕事が出来る体格ではなかった。
厨房にも出入りするようになって少しだけおこぼれをもらえるようになるまで、自分も似たような状況だったけれど。
魔法が使えると食料の保存に適した温度を保つことだって、いつでも取り出せる収納を作り出すこともできるけれど、無から食べ物を作り出すことは出来ないのだ。
「追いかけっこ、とはしたが攻め込まれる時を想定していることに変わりはない。まず押さえるのは厨房だと、ヘンドリック様とヴェルメリオの意見が一致した」
「そんじゃま、厨房の連中には尊い犠牲になってもらうとするか」
ぐっとライト型の魔道具を握り、その時が来るのを待つ。自分たちの位置を把握するのはヴェルメリオだから、読み取れていないという事態にはならないだろう。
自分たちは、魔王様からの連絡があるまでこの場で待機。そして、始まりの合図と同時に動き出す。
ピリッとした感覚の後、魔王様の声が響いた。
「なんつーか、魔王からの知らせってもっと、こう、何て言うんだ……」
「言葉を選ばなくていい」
クリフォードが珍しく気まずそうな顔をしている。事前の打ち合わせでは、おそらくもう少し真面目な文言を考えていたのだろう。けれど、実際に聞こえてきたのはかなり砕けた物言い。
本気に取られても困るから、と魔王様は仰っていたけれど、あれだと冗談だと受け流す者のほうが多いような気がするのだが。
「あんな気の抜ける連絡があるか。緊張感ってもんがねえだろうよ」
俺の手下が二人、城に侵入した。各部署は見つからないように逃げろ。要約してしまえばそんな内容だったが、魔王様のお声が、あまりにも普段と変わらなかったのだ。
「おかげで、厨房ではほぼ全員にマークをつけられたんだ。成果は上々だろう」
「見つけてねえのは、コック長と倉庫に食材取りに行ってた新人、か。あとは真っ先に飛び出した何人かだが、新人はどっかで見つけられるだろ」
突然の連絡に呆気に取られていた厨房の連中に、マークをつけるのはかなり簡単だった。多少は抵抗というか逃げる動きを見せた者もいたけれど、それは出口を塞いでいたクリフォードが全て捉えていた。
そもそもボタン一つ押すだけでその前にあるものにマークを付ける魔道具と分かっている自分たちに比べ、持っている物がなんだか分からない上に状況も把握できていない厨房の連中は明らかに不利だ。
自分たちから距離を取りつつ、タイミングを見計らって厨房から飛び出した何人かから、おそらく話が回り始めるだろう。
魔王様からの連絡は魔王を使ってこの城全体に伝わっているのだから、冗談でないことは理解できるはずだ。
「あとは文官たちのいる政務室と、下働きのところに行くぞ」
記録係である軍部からの説明を聞いて声を荒げた若手には、年配のシェフが向かっていた。先代の時を実体験を交えて話してくれるなら、その方がありがたい。元々、そのような危機意識を持ってもらうために企画したこの追いかけっこなのだから。
「軍には行けない、よなあ……」
軍部には、関係者以外は立ち入らないように注意がしてある。なので、クリフォードは訓練場の整備で呼ばれる場合を除き、基本的に立ち入ることは出来ない。
せっかくの機会だと思ったのだろうが、今回は行ったところでこのライトが役に立つことはないのだ。
「見回りと記録を任せているから、単純に向こうには人がいない。後日、ヘンドリック様が何かをなさるそうだから、油断しないように」
厨房の連中が逃げ惑う様子を面白そうに見ていた記録係にしっかりと忠告をしてから、次に支持された部署に向かう。
自分たちの後ろで、先ほどまでとは違う表情になった記録係のことは、後ほどヴェルメリオに話をしておこう。
「ほれほれ! 逃げてみせろ!」
次は下働きがメインで動く部署。とはいえ、下働きのやることは多い。あちこちに動き回っているのを見つけていくのも手間なので、申し訳ないとは思ったがちょうど休憩を取る時間を狙わせてもらった。
勢いよく部屋に飛び込んだクリフォードが叫ぶ声に負けないくらい、混乱した声が聞こえてくる。自分たちの姿は魔道具を使って、普段の姿とは違ったものにしてもらっている。魔王様がわざわざ侵入した、と言ったのは自分たちが城の外から来たと印象付けたかったから。
万が一、今後の業務に影響が出たら困るという配慮からだが、そのお気持ちは正解だったようだ。
クリフォードのこの姿を見たら、これから庭を通るたびに思い出してしまうだろうから。
「お前はどうしてそんな悪人のようなセリフを……。はい、捕まえましたよ」
大部屋で出入口は何か所かあるうえに、城の一階で窓から出ても怪我をすることはない。そんな部屋だから外に走って逃げるのもいたし、それは深追いすることはしない。訓練で怪我をさせてしまっては意味がないからだ。
慌てて逃げて転んだとしても、各所に待機している軍部がすぐに医務室に運ぶ体制を整えてあるが。
「俺らの時ほどの緊張感はなかったなあ。それだけ環境が良くなってるってことだろ」
次が最後。文官たちの政務室だ。彼らは書類仕事が主だからか、何室かにまとまっていることがほとんど。資料を探しに図書室に向かうこともあるし、各部署に書類を届けることもあるが、この状況でさすがに出歩いている者はいなかった。こちらの様子を窺っているような気配は感じたけれど、追いかけることはしない。まずは部屋の中に潜んでいるだろう者を見つけてからだ。
「そうだ、文官の中にはあいつがいるんだった」
「ラドが先導しているんだったら、見つからないのも納得だな」
ラドは身長が低いからか、自分たちでは見つけられない避難場所への入り口や抜け道を見つけることが多かった。そして、それをきちんと覚えていられる能力を持っている。
魔王様からの知らせの後、厨房と下働きの部署に行った。逃げられるだけの時間は十分に経っている。
とはいえ、こちらも事前に城の見取り図を見て抜け道はある程度把握している。クリフォードに場所を指示しながら探していって、何人かを見つけることは出来たし部屋から部屋へと走り回り、文字通り追いかけっこして捕まえた者もいるけれど。
その中に、ラドはいなかった。
「ここで最後だ。残り時間も少ないし、さっさと見つけるぞ」
昼過ぎの落ち着いた時間から、夕方の鐘が鳴るまで。これが、定めた時間。訓練なのだから、長時間ではなく短く終わらせるべきだという話だったからだ。
それに、ずっと追いかける側である自分たちの体力だって尽きてしまう。
魔王様の側近となってから、こうも走り回ることのなかったので、さすがに疲れを自覚している。
そうして部屋のドアを次から次へと開けて行っているときに、夕方の鐘が鳴り響いた。




