46.追いかける先
「いったい、どうしてこんなことをやっているんだ……」
「文句はいいから、足を動かしてくれ。クリフォード」
まあ、お前が思う疑問は最もだし、自分も同じことを思っているが。
どうしてこんなことをやっているのか、というのは、先日の護衛の見極めの時に遡る。
*
「あれをさ、今度は城全体でやってみないかってヘンドリックが」
「ヘンドリック様から、ですか」
さすがに今日は疲れたので、仕事も残ってはいるけれど自室に下がらせてもらおう。そう思って魔王様を見たら、自分が口を開くよりも先に提案が飛んできた。
ヘンドリック様は、何も言わずに軍部のほうへ戻っていった。護衛の二人を連れて行ったから、きっと向こうでも今日の苦労をねぎらってくれているはずだ。
残ったのは、魔王様とヴェルメリオと、自分。そのタイミングで魔王様が話し始めたのだから、おそらくこの件はヘンドリック様のなかでは、まだどうしようか悩んでいるのだろう。そうでなければ、自ら提案なさるだろうから。
「予想もしなかった状況でどう動くのか、を抜き打ちで見てみたんだとさ」
「……それは、いい案かもしれませんね。今はだいぶ落ち着いたとはいえ、魔王の座を狙う襲撃がないとも限りませんから」
王冠が王を決める、とは魔族の貴族の中では当たり前の認識らしいが、それがどのような手段なのかまで知っている者は少ないそうだ。
ヴェルメリオが護衛に就いた当初、警戒していたのはそれを知らない大多数のほう。馬鹿ではないから表立って攻撃を仕掛けてくることはなく、気を抜ける瞬間だとか就寝前を狙ってきていたらしい。
というのも、自分はそのようなところまで頭が回らなかったので、ヴェルメリオが全て処理をしてくれていたのだと後から知ったから。
今も玉座を狙っているのは、手段を知っているごく少数。魔王様が王としての責務を果たすために王冠を被るタイミングで側にやってくるから、あまり頻繁ではない。その時期はこちらも警戒しているし、そこ以外で手を出してくることは、ほとんどない。
なので、今は比較的落ち着いているというヴェルメリオの言葉は、その通りなのだ。
「それも、だいたい軍部が片付けてくれてたから、知っているのは限られてるからな。訓練ってほどにもならんだろうが、一度くらいやっておいた方がいいだろ」
「城で働く前に説明はしてありますが、そのような状況を体験する機会など、ないでしょうからね」
ないとは言ったけれど、先代魔王様の時にはまあ、割とあった。その当時に働いていなかった者は、何かあった時にすぐ駆け込める避難用の部屋など、もしかしたら知らないのかもしれない。説明はしてあるはずだけれど、必要なければ記憶からは薄れていくだろう。
自分だって、今では通らなくなった場所のことは、もうぼんやりとしか覚えていないのだから。
「じゃあ、話を進める方向でヘンドリックに返事するな。グランバルドにも役目が回るだろうから、大変だろうけど協力頼む」
「かしこまりました。自分に出来る範囲でしたら、協力させていただきます」
確かに、そう返事をしたしそれからヘンドリック様とも打ち合わせを重ねた。なかなか話に出ない役割については、自分の力不足なのだろうと完結していたのだ。ヴェルメリオはやけに面白そうな顔をして自分を見ていたが、それは最近いつもの事なのでスルーしていた。
まさか、決行当日にこのような形で役目が回って来るだなんて、その時の自分は想像すらせずにいた。
*
「城全体を使った“追いかけっこ”ねえ……」
「ヘンドリック様は最初、襲撃案を出されたんだ。ここまで柔らかくしたことをまず、労ってくれ」
「へいへい、よぉく頑張ってくださいましたよ、側近サマ」
クリフォードの言葉は棒読みで、ともすればこちらの神経を逆撫でしているのではないかと思えるものだったが、これは単純に呆れているだけだ。相手は自分ではない。そんなことを言い出したヘンドリック様にだ。
庭の責任者をしているとはいえ、下働き上がり。先代魔王様の時からずっと軍部で指揮を執っていたヘンドリック様に向かって、そのような物言いは普通に考えたら出来はしない。
権力とか、力関係とか、しがらみを無視しているように見えるだけで、クリフォードはその辺りをしっかりと嗅ぎ取って立ち回っているのだ。
「追いかける側の正体を知っているのは、魔王様とヘンドリック様、それから各所に配置している記録係だけだ」
「つまりは、軍部の連中ってことだろ? 常日頃よく一緒にいるお前ならともかく、どうして俺が選ばれたんだか」
「体力馬鹿だとでも思われたんじゃないか?」
「はっ! 庭いじっている奴が体力なくてどうすんだよ。ま、そっちがそのつもりならこっからは本気でやらせてもらうがなあ!」
扱いやすい奴で助かった。場所や時間、狙う部署を決める会議はさくさくと進んだのに、肝心の狙う側の人選は難航したのだ。
城の中に詳しく、今回の部署に顔見知りがいて、なおかつ走り回る体力のある者。それが、狙う側に求められた能力。
何よりも、狙われた側が逆恨みしないような人物であることが最重要とされていたからこそ、とても難しく皆の頭を悩ませた人選。
自分は側近として知られているから、魔王様からの指示があったと思ってくれるだろうとはヴェルメリオの言葉。
「行くぞグランバルド! 一人残らずとっ捕まえてやる!」
「……最初から飛ばしすぎるなよ」
装備は、捕まえたことを示すための魔道具のみ。ライトのように相手を照射すれば、魔力に反応してマーカーが付くという仕組みだそうだ。
それをまるで自慢の武器のように掲げたクリフォードを追って、自分も走り出した。




