43.届くのは感謝と下心
「これは……」
文官たちから確認して欲しい物が届いていると頼まれてやって来た部屋。それなりに広いけれど、政務室からも執務室からも距離があり、あまり日が入らず少しばかり暗いこの部屋はほとんど使っていない。
その一室が、たくさんの物で溢れている。一応、整理はされているようだが。
「“魔王様”に献上された品々ですか。この街だけでなく、遠く離れた地方からもありますね」
近くにある物を数個確認しただけでも、送られてきた場所は様々だ。ヴェルメリオの言う通り、この街の物もあれば、ここからかなり離れている土地からの物もある。包み方が特徴的な物もあったようだが、文官が中身を検めてあるからか、包み紙は別にまとめてある。
魔王様のところに各地から名産が献上されてくることは時々あるので、物があるのは不思議ではない。けれど、この量はさすがに見たことがない。
「それが示し合わせたように一斉に届くもんか?」
「まあ、何件かは相談して日程を合わせているでしょうね。数に紛れれば印象は薄くなりますから」
ヴェルメリオは溜息を吐いているが、自分も同じような気持ちだ。いくら印象を薄くするためとはいえ、そのように示し合わせるようなことをするなんて。
今、働いている文官たちがその程度の事で誤魔化されるような仕事しかしていないと、そう思われているという事も腹立たしい。
「城の文官が記録を取るとは、考えないものですか?」
「……この辺りは、先代の時には頻繁に贈り物をしてきた地方です。代替わりをして今に至るまでにこの名前を見た覚えはありますか?」
自分の言葉に返事をせず、話を逸らしたのがヴェルメリオの答えだろう。つまりは、魔王様のところに届く前に検品があることも、場合によってはその場で処分されることですらも、考えられない貴族からの届け物。
先代魔王様の時にはよく届いていたと言われて、その送り主と中身を検めてよく見る。なるほど、自分の中で少し埃を被っていた記憶を、引っ張り出さねばならないようだ。
「俺はないな。グランバルドはどうだ?」
「名前自体は、前によく見ておりました。ですが、ここしばらく見ていませんでしたね」
この名前で城に届いたものは、中を確かめずとも魔王様のところに持って行ってもいい。そう言われていた下働き時代。封がされていたし、実際に箱は開けられた形跡もなかったから、何度も運んだ覚えはあるけれど、中身が何だったのかは今でも分からない。
次のヴェルメリオの言葉を聞いて、碌な物ではなかったのだろうとは感じたけれど。
「自分たちに何かしらの利益があると踏んで、行動し始めたのでしょう。もしくは、後ろめたいことがあったか」
「そういうもんか。どおりで」
見覚えのない地名ばかりだ。そう小さく笑いながら、興味深そうに部屋を見渡していた魔王様の動きが止まった。今まで献上されてきた物は、魔王様が何か困っている領地の問題を解決するように指示を出したところからだった。それは、魔王様に感謝の意味合いを込めているのだとは言われずとも分かったし、送り主もそのつもりだったのだろう。
だから、ありがたく頂戴してきた。そうしないと、感謝の気持ちの行く先がなくなり、いずれ不満へと変わってしまうからと言って。
「ええ。魔王様が即位してから、それなりに月日は流れております。正直、ここまで続くと思っていなくて見くびっていた貴族たちも、いるとは思いますよ」
「ヴェルメリオ、魔王様を前にしてなんてことを……」
「いいって、グランバルド。俺だって実際そう思ってるんだから。だからってこのまま何もしないでいると、馬鹿にされるだろうからなあ」
王冠が選んで代替わりした魔王様が、短期間でまた変わるようなことなど今まで聞いたことがない。
貴族の感情に詳しいヴェルメリオといえども、さすがに今のは言葉が過ぎるだろうと思って止めようとしたところ、言われる側である魔王様から制止がかかった。
そうして聞こえたのは、少し低くなった魔王様の声。背中にぞわりとした感覚が走る。ハッとした様子の魔王様とヴェルメリオが自分の事を確認したら、ふっと空気が軽くなった。おそらく、無意識に魔王様から魔力が漏れたのだろう。
「ひとまず、品を検めましょうか。文官たちが目録を作ってくれていますが、何事も確認が大事ですからね」
「それでは、頑張りましょう」
魔王様と一緒に、ヴェルメリオの言葉に頷いた。部屋を埋め尽くすほどの献上品。大きい物は早く終わりそうだが、小さい物には時間が取られそうだ。
この間、ずいぶんと疲れた様子で廊下を歩いているラドを見かけた理由が、良く分かった。
「すべて普通の献上品でしたね」
目録と中身の確認。言ってしまえば作業は簡単だが、物が多い分時間はかかる。そう思っていたのは、魔法が不得手な自分だけだったようだ。
ヴェルメリオと魔王様が使う魔法で、重い物でもお構いなしに部屋を舞って片付いていく品々に、下働きだった時の自分があんぐりと口を開けているのが分かった。今のままヴェルメリオの下で勉強をしていれば、こんな魔法が使えるようになるだろうか。そうなったら、どれほど業務が効率よくなることか。
あまり関係ないことにまで考えが及んでいたが、ふう、とヴェルメリオの息を吐く音で意識をそちらへと向ける。
「ここまで一斉に届くのですから、何かしらは混ざっていると警戒していましたけれど。何事もないのが一番ですがね」
文官たちが目録を作るのに、一度検品しているのだからきっと大丈夫だろう。そうは思っていても、何かの魔法で隠されていたとしたら、自分では何も手を出すことが出来ない。
文官たちから頼まれた時に、ラドからもそっと護衛を連れて行くようにと言われていたからヴェルメリオを呼んだことが、結果としては良かったのだろう。
「それじゃ、これ分けなくちゃな。量が多いから、一度じゃ済まないか」
「足の早そうなものは、こちらに避けてくれています。一応保存の魔法も使ってくれているそうです」
「お、ありがたいな。そしたら各部署にも少しずつ分けに行くか」
こうして、魔王様が先ほどとは打って変わってうきうきとした様子で献上品の見定めを始めた。いくらこの部屋が他よりも暗くて涼しくても、魔法を使って保存してあっても、永遠にその状態が保てるわけではない。
名産品は食品であることが多いし、調理しなくてもいいように加工されている物が届くことだってある。実用性のある道具だったら、執務室において使い勝手を確かめるのも悪くないだろう。
「軍部はお酒を頂けると助かりますね。これから新人の実力テストが控えておりますので」
「そういうことなら、いい酒を持って行っていいぞ。その方がやる気上がるだろ」
「さすがです。ありがたく頂戴いたします」
自分は、酒の美味さはまだいまいちわからない。ただ、ジュースとは違った味わいが好みの物もあるので、時々頂いている。魔王様は、味見程度でしかお酒を嗜まないから、栓を開けてしまったものは基本的に、自分のところに回ってくる。
それを消費するのが、あいつらと集まる時の仕事だ。
「グランバルドも、あいつらと一緒に楽しめる物あったら、持って行っていいぞ。さすがにこれだけの量は俺だけだと消費しきれん。せっかくなら皆で楽しんだ方がいいだろ」
魔王様に献上するのだから、質は一等いいものだ。それを自分からもらって口にしているあいつら曰く、高い味を覚えてしまったということらしいのだが。それで時々文句を言われるのにも、もう慣れた。
「さて、しばらくは食事が豪華になるな」
その後、肉や果物をふんだんに使った食事が提供され、城の者たちのやる気が上がったのは言うまでもないだろう。




