表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新米魔王と側近の活動報告  作者: 柚みつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/70

41.甘い攻撃

「好きな菓子ランキング?」


 今日は書類が少ない。少し余裕があるからと、魔王様が城の中を散歩して帰ってきたときに持っていたもの。厨房にも寄って帰ってくるだろうとは思っていたから、別に驚きはしなかった。

 けれど、その量には正直言って呆れてしまった。あの人たちは一体何を考えているのだと。


「なんですか、これは」


 それは、ヴェルメリオも同じだったようだ。いつものように軍部での訓練を終え、執務室にやって来てすぐに口からこぼれたのが、この言葉。

 いつもだったら書類で埋め尽くされている机の上が、カラフルな菓子が山を作っていたら、ヴェルメリオでなくても同じような言葉を口にすると思うけれど。


「あははっ! 今、厨房で流行ってるんだよ。何かにつけて順位つけるの」


 けらけら笑っている魔王様の手には、その山を作っているものとは違う菓子。何食わぬ顔で口にしているけれど、それがもう何個目の菓子なのかを数えるのを、自分は止めてしまった。

 今は甘いのとしょっぱいのが混ざり合ったその菓子を、別になるように仕訳けている。味の優劣をつけるのだったら、甘いものは甘いものでまとめておかないと、公平ではないだろうから。


「ああ、ランキングを行うこと自体は悪くないと思いますよ。軍部でも、実力を客観的に見られるからと導入していますし」


 魔王様と向き合うように座ったヴェルメリオは、いつもの時よりも少しだけ距離を取っているように見える。椅子の位置は変わっていないのだから、そんなことはないはずなのに。


「ですが、菓子で順位をつけるとは思っていませんでしたので……」

「それだけ今の生活が落ち着いているのでしょう。魔王様の尽力のおかげですね」

「俺一人じゃ出来なかったけどなあ。いろんな人に助けられて、こうしてやらせてもらってるが」


 軍での実力を見るランキングと、この菓子の山から味の好みを決めるランキングを同列に語ってはいけないとは分かっているから、ヴェルメリオの気持ちも何となく理解できる。

 けれど、そうやって何の変哲もない、支障もない、言葉は悪いがどうでもいいと言い切れるようなものでランキングを作れるような余裕が、今の魔王様の治世にはある。


「それが、この大量の菓子に繋がるとは」

「魔王様、とても嬉しそうですね」

「ん? そりゃあなあ。これ全部食べていいわけだし」


 思わず呟いてしまったが、ヴェルメリオの声に重なったことで誰の耳にも届かずに終わった。少しばかり恥ずかしいことも考えていたから、自分の発言に突っ込まれるようなことがなくなったのはよかった。


「菓子がなくても、そうやって些細なことを楽しめるような余裕があるっていうのは、王としては嬉しいだろ」

「……そうですね。その通りです」


 まさかその直後に、魔王様から似たような言葉が飛び出てくるとは思いもせず。一瞬、先ほどの声が届いていたのではとも思ったけれど、自分は魔王様とヴェルメリオの中間にいるから、おそらく聞こえてはないはずだ。

 ならば自分の考えは、魔王様の思いに似ていたというのか。そうであるなら、恥ずかしいなんてとんでもない。側近として、魔王様の働く姿を間近で見ている魔族の一人として、誇らしく思う。


「では、微力ながらランク付けに協力しましょうか。共にいただいても?」

「もちろんだ。意見は多い方がやりがいあるって言ってたからな」

「では。こちらからいただきましょうか」


 山のような菓子を見て、微妙な顔をしていたヴェルメリオは、おそらく甘いものはそこまで好まない。それでも、わざわざ魔王様に許可を得て手を伸ばしたのは、たぶん自分と同じ気持ちからだろう。

 もしかしたら、これだけの量の菓子を作り上げた厨房のシェフたちも、同じなのかもしれない。

 穏やかな日常をこうして楽しむというのは、先代魔王様の時代では出来なかったことだから。


「おや。グランバルドは食べないのですか」

「いえ、自分は……」

「もう見るだけでお腹いっぱいなんだと。これ、三皿目だから」


 魔王様と同じテーブルに手を伸ばしていたヴェルメリオが、手を止めた。魔王様の言葉を肯定するように自分が頷けば、その手は少しばかり躊躇したように空をかいた。

 普段の書類仕事の合間の息抜き、その時のように美味しそうに菓子をほおばっている魔王様も、つまりはこれが三皿目だという事に思い当たってしまったらしい。


「……なるほど。さすが、この城の厨房を預かるシェフたちです。研究に余念がありませんね」

「そう言っていられるのも、今だけですよ。ヴェルメリオ」


 ようやく一皿を食べきれたと思ったタイミングで、焼き立てが出来たと厨房のシェフが執務室にやって来ること二回。ヴェルメリオはそこでギブアップした。

 一回目でストップがかかると思っていたのに、健闘したなあという場違いな感想を抱いてしまう。護衛として、常に感情の読み取れない穏やかな笑みを浮かべているのに、今は明らかに顔色を悪くしている。

 さすがに気の毒になったので、スッとした香りと後味がいいミントティーをヴェルメリオに差し出した。食べ過ぎた時にこれ以上の水分だって入れたくはないだろうが、その香りだけでも気分は変わるものだというのは、自分が体験済みだ。


「魔王様は、まだ余裕がおありのようで……」

「ほら、お前たちと違ってこうやって手を動かしているから、な」


 それでも最初より菓子に伸びる手は鈍い。次に厨房から誰かやって来たらそのまま帰ってもらおうと思っていたけれど、向こうもその辺りは計算しているのか、これ以上菓子の追加がやって来ることはなかった。

 手を動かしている、という魔王様は確かに書類を見て必要な決裁を済ませているけれど、それは自分だって一応同じはずなのだが。


「グランバルド」

「はい。なんでしょうか、ヴェルメリオ」

「よく、頑張りましたね」

「分かっていただけましたか」


 自分が魔王様とヴェルメリオの間を必要以上に行ったり来たりしたり、無駄に書類をまとめたりしているのを意味が分からないといった顔で見つめていたのには、気付いていた。

 けれど、部屋に来たばかりで菓子の山を見たばかりのヴェルメリオに言ったところで理解は気ッとされないだろうと思っていたのもまた事実。

 ならばとばかりに、同じ状態を味わってもらおうと黙っていたのだが、それは思っていた以上に効果があったようだ。心のこもった労りの声に、食い気味で返事をしてしまったけれど、それだけで自分の気持ちは十二分に伝わったはずだ。


「なんだよ、二人してそんな顔で見て」

「魔王様は、思っていたよりも食べられるのですね」

「ん。ああ。さすがに今これだけ食べてるから、夕食は軽めにしてもらうさ。厨房もそれは織り込み済みだろ」


 それでも食べられるんだ、というのが率直な感想。そして、自分も把握できていなかった魔王様の召し上がる量を厨房の者たちは理解しているということに、少しだけ悔しくも思い。

 けれど、一番に思ったのは、これだけ食べた中でランク付けするのは、とても大変な作業だという事。

 魔王様が書類の決裁ついでにメモを取っていたのは知っているが、自分はそのようなものを残していない。そして、ヴェルメリオは最初こそきちんと書いてはいたけれど、お代わり一皿目が来た時にはもう、メモを取るよりも皿を空にすることを優先していたように思えた。

 記憶を頼りに何とか書き上げて、ヴェルメリオと共に溜息を吐く。


「……しばらく、体を動かす時間を増やしましょうか」

「そうですね。ヴェルメリオ、よろしくお願いします」


 魔王様に聞こえないように交わした会話は、次の日にすぐ実行されることになる。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ