表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新米魔王と側近の活動報告  作者: 柚みつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/70

36.置いてきた過去

「ああ、魔王様お戻りになったのですね」

「ヴェルメリオ」


 城に戻ったはいいけれど、このまま執務室に向かっていいのかどうか悩んでいたところにやって来たのは、ヴェルメリオ。少しだけ焦っているような表情なのは、おそらくあの魔力を感じ取って急いで来たからだろう。

 正直どうしていいのか分からなかったから、ヴェルメリオが来てくれたことはとても助かった。


「街で何かありましたか。魔力がかなり不安定になっているようですが」

「実は……」

「待て、グランバルド。ヴェルメリオが来たならちょうどいい。俺から話す」


 街であったことを話そうとしたら、魔王様自身に止められた。フードを外したその顔は、先ほどまでの動揺したものから何かを決めたものに変わっていた。


「ならば、執務室にお茶を用意しましょう。急いで戻って来られたのです、喉も乾くでしょう?」


 安心したように表情を緩めたヴェルメリオがわざとらしく明るい声で告げれば、魔王様もつられたように少し笑みを見せる。あの男性と出会ってからずっと強張っていた表情と空気が、確かに緩んだのを感じた。

 城に戻って来て、見知った顔と話して、そして自分の落ち着けるだろう場所で、気を抜いてもいいのだという合図。魔王様が安堵するのも理解できる。


「グランバルド、あなたは魔王様を連れて先に執務室に向かいなさい。真っすぐに、ですよ」

「さすがに迷子にはなりませんよ、ヴェルメリオ」

「さて、どうでしょうね。よろしくお願いしますよ」


 そんな空気を感じ取ったからか、思ってもいなかった軽口が飛び出したけれど、ヴェルメリオも乗ってきてくれた。すぐに執務室と厨房へと別れてしまったが、魔王様はまた少しだけまとう空気を柔らかくした。


「魔王様、落ち着きましたか」


 魔力を感じ取ったからか、執務室に向かうまでの間、誰ともすれ違わなかった。いつもだったら文官が何人か廊下を歩いていたり、中庭で休憩しているのに。


「あ、ああ。あ~なんか、悪いな……気を遣わせた」

「いえ。自分は何も。ヴェルメリオが言う通りに執務室に戻ってきただけです」

「戻って……そうだな。執務室に、城に帰ってきたんだな」


 気を遣わせた、のはヴェルメリオと自分だけではない。城にいる全員に向けた言葉だろう。執務室に戻って来てすぐに椅子に力なく座り込んだ魔王様。目を瞑っているのは乱れた魔力を抑えているからだろう。

 先ほどまでざわざわしていた感覚が徐々に薄れて行っているのは、魔王様の魔力が落ち着いてきているからだろう。

 どのくらいの間そうしていただろうか、小さなノックの後に慣れ親しんだ声が響く。


「お待たせしました、お茶の用意が出来ました」


 ゆったりとした動きで準備しているヴェルメリオは、まず魔王様に、そして自分に湯気の上がるお茶を出してくれた。一口飲んでから思ったけれど、自分も魔王様の魔力に当てられていたらしい。体の奥、強張っていた部分がほっとしたのを感じてから、ようやく自分の感情に気が付いた。

 もしかして、ヴェルメリオは気付いていたのだろうか。そう思ってちらりと視線を向けてみたけれど、ただの一度もこちらを見ることなく、口元にわずかな笑みを乗せるだけ。


「では、魔王様。お話を聞かせていただけますか」

「話すのは構わないが、その前に確認させてくれ。二人は、俺の家の事をどのくらい知っている?」


 知っていることを聞いても二度手間だろう、と呟いているのは魔王様。自分としては、書類上で知っている事でも、魔王様ご本人から聞くのとは違うと思っているが、なにせ今はもう日も落ちた時間。遅くなっても構わないが、短く出来るところは省略しないと話が終わらないと判断されたのかもしれない。

 ヴェルメリオと自分が、家の事情を知っているという前提が魔王様のなかにあることは、少しだけr驚いたけれど。ここでごまかす必要はないので、知っているところを正直に告げた。


「元宰相が調べてきた程度は存じております」

「軍部でも多少の調査を入れています。なので、家の事も少しは」

「そっか。なら、俺が王に選ばれる少し前に籍を抜いていることも、知ってるか」


 それは、少し前に見つけた書類。本当ならあの使われていない部屋で埃を被っていただろうそれを見つけたのは、自分だ。そしてそれを共有したのも。けれど、自分が口を開く前にヴェルメリオが魔王様の言葉を肯定した。


「ええ。それはグランバルドも知っていますよ。書類が、残っていましたので」

「城の者が普段見るところには、その書類を置いておりません。なので、おそらく目にしたのは限られているかと」


 ヴェルメリオに話したあと、自分の独断であの書類は部屋から持ち出した。今、それがあるのは執務室の自分しか使わない机の引き出しの、鍵がかかっているところ。

 鍵は自分が持っているけれど、解錠の魔法が使えるなら自由に開けられる。それなりに魔法が使えるのだったら誰でも見れる場所ではあるけれど、そもそもこの執務室に来る人物など限られている。さらに言うなら、この部屋に入ったとて勝手に人の机を漁るような者はいない。

 つまりは、この部屋にあってもその書類を見ることが出来る人物など、片手でも余るほどだという事だ。


「まあ、家のこと知ってるなら話が早い。グランバルドには伝えたが、街の視察である人と出会ったんだ。それが、俺の兄上。この場所で会うことなどないと思っていたから、その姿を見つけた時に動揺した」

「会うことがない、とお考えになっていた理由をお聞きしても?」


 魔王様がその青年と会った時の姿を見ていないからだろう、ヴェルメリオが話を進めていく。自分はあの姿を見てしまったからか、魔王様が話してくださること以上に話を広げようとは思えない。

 なので、この場にヴェルメリオがいることを助かったと思った。


「単純に、距離が離れすぎてるからな。それに、あの人は領主になっているだろう。シーズンならともかく、こんな何もない時期に城の近くに来るはずなどない。そう、思っていた」

「人族の国との境の領地、でしたね。確かに転移魔法も移動用の魔法陣もなく、この地に来るには相当の時間がかかるでしょう」


 魔王様が、次期魔王として元宰相に連れてこられた時には移動用の魔法陣を使ったはずだ。城から馬車を出すなら掃除は自分たち下働きに回ってくるはずだが、あの頃にその仕事はなかった。むしろ、魔王様が隠居先に持ち込む物の整理や準備に明け暮れていたはず。


「それに、あの人が許すはずがないからな。兄上が、土地を離れることを」

「あの人、とは」

「兄上の母。つまりは、俺を産んだ母ではなく、あとから父の妻になった女性だ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ