30.その実力を見せるのは
「それで、この賑わいというわけですか」
軍の訓練場として使っている城の一画。いつもなら決まった人しか出入りしないここに、今は様々な声があふれている。物珍しそうにあちこち視線を巡らせている者は、警備の兵と目が合うとひゃっと肩を縮こまらせた。
城で働いているのであればそのような行動はしないだろうから、きっとあの辺りで固まっているのは街からやってきた者だろう。
その人混みからざわりと歓声が上がったかと思えば、胸まである緑の髪を今はひとつに結んでいるヘンドリック様が姿を見せた。
「ヘンドリック様」
「私も話を広げるのに一役買いましたが、この人の多さはそれだけ興味を持っているという証でしょうね」
訓練場をぐるりと一瞥し、歓声に応えるように緩く手を振ったヘンドリック様は、少しだけ人の多さにうんざりしている様子も見えた。まあ、前魔王様の時には人を集めると言ったら志願兵の協力を得るためだったのだから、無理もないだろう。
若い女性が甲高い声を上げながら自身を見つめてくることなど、間違いなくなかっただろうから。
「王冠が王を選ぶことを、知らぬ者たちではないでしょう。大半は改めて、といったところでしょうか。出来るだけ人目を集めるように、とヘンドリック様から言われたとおり動きましたけれど」
「理解と納得は別物だ。それを分かっているから、本来この時間は仕事をしてなきゃいけないやつがいても、怒ってないんだろ?」
「仰る通りです。魔族にあって王冠が選んだ王を認めぬ道理などない。ですが、連れてこられたあなたを見て、本当に魔王なのかと疑問に思った者がいないかと言われれば、否とは言い切れません」
城は一般開放している区画もあるが、今回会場に選んだ軍の訓練場は、開放などしていない。そのため、城の中にも案内を立てたり警備を置いたりしているから、本音を言えば普段よりも忙しい。
なのにも関わらず、案内をするように見せたり、立ち合っているヘンドリック様に確認を取りに来たりと様子をうかがいに来る者は、後を絶たない。あまりにも度が過ぎるようであればヴェルメリオが声をかける手はずにはなっているが、これだけ興味を引いている以上、そんなもの何の制止にもならないだろう。
「それでも、ここまで政務に励んでいた魔王様を疑うものは、この城にはいません。
……いないと、思っていたのですがね」
「三名ほど、立っておりますね」
後半は残念そうに呟いたヘンドリック様の視線の先にいるのは、この騒動のきっかけを作った張本人。仲間なのか同じ考えを持っている者を探し出してきたのか知らないが、その両隣にも見たことのない顔の男が立っている。同じ胸当てを着けているから、おそらく軍属。前魔王様の軍で中心に立っていた面々はすでに、この城を離れている。残っているという事は、そこに属することが出来なかった、もしくは今の魔王様になってから城で働きだしたか。
「なんだ、そんなもんなのか。もっといるかと思ってたんだがなあ」
「魔王様は、どのくらいを想定していたのですか」
どちらにせよ、今この城の主は自分の前に立っている魔王様ただおひとり。主が真正面から叩き潰すという選択肢を取ったのであれば、自分は側近としてその考えを全力で支えるまで。
何人揃えて来ようが問題などないが、魔王様の言葉を聞いて少しだけ興味がわいた。
「ん~、あの十倍くらいはいると話してた」
「話してた、って言うのは……その、王冠とですか」
「そうそう。なんか楽しそうにしてたから、ちょうどいいんじゃないか。力を見せろとも言われたしな」
興味はわいたが、さらに意味が分からなくなってしまった。結局、魔王様からはあの後一度の説明もないまま今日を迎えてしまったからだ。
王冠についてヴェルメリオとヘンドリック様にもそれとなく尋ねてみたけれど、明確な答えは返ってこなかった。確かなのは、今日分かるだろうということだけだ。
「やっと来たのか。待ちくたびれたぜ、魔王様よぉ?」
訓練場の中心、三人で固まって話していたが魔王様が近づいて行ったことで口元が歪み不快な笑い声が響く。
人を集めたからこそ、何の問題もひとつの擦り傷すら許さずに帰ってもらわねばならない。そのための準備として訓練場の周りに魔法障壁を二重に張り、声が届くように拡声魔法も使っている。
これは交代要員を用意したとしても、なかなかにきついものなのではないだろうか。ヘンドリック様がいい訓練になる、と言っていたのはもしや耐久力を養うためだという意味になるのでは。
自分が祈ったところで何の力にもならない、が早めに終わらせてくれることを願おうと考えていたところに、魔王様の普段と何も変わらない声が響いた。
「いやはや、待たせてすまんなあ。ちょっと機嫌を直してもらっててな」
「機嫌だあ? 僻地の連中に慰めてもらう用意、の間違いじゃないのか?」
「いや、王冠のな」
そうして、何も持っていない魔王様の手にふわりと現れたのは、金色に輝く王冠。今更ながら、あの方を魔王様、とお呼びしているのにも関わらず王冠を被っている姿をほとんど見たことがないことに思い当たった。
くるくると指で遊ばせている王冠を、魔王様は自身の頭に乗せる。一瞬、真ん中についている宝石が光ったような気がした。
「あの手この手で説得して、この場に来てもらうことには一応納得してもらったんだ。
……楽しめなかった即消えるって条件付きだけどな」
「上等だ! 消えるのはお前だけどなあ!」
中央にいた男、ヴェルメリオから軍で確認しているプロフィールをもらっているが、覚えるつもりも、名前を呼ぶ気すらないので自分の認識は茶髪、ただそれだけ。両隣は青色と金髪だから同色はいないし、区別がつくからいいだろう。
茶髪が叫ぶのと同時に繰り出した初手の魔法は、いともたやすく弾かれた。というよりも、魔王様に届く前に地面に落ちた。目くらましだったその魔法の直後、今度は明らかに狙いを定めて氷の欠片たちが魔王様へと向けられる。
「早い!」
「グランバルド、よく見なさい。発動は早いですがあれでは魔王様に届きませんよ」
ため息交じりのヴェルメリオ、それから自分が驚いていることに驚いている様子のヘンドリック様。
どうやら二人で自分に解説をしてくれるつもりのようだ。きっとその声も拡声魔法に乗っているのだろうけれど、それは魔王様とあの三人には届かない。
この二人の解説が届いてしまえば、三人組は戦い方を変えてしまうだろうから。
「発動の早さと威力はイコールではないのです。彼は手数の多さで攻めるタイプですから、一発の威力は低い。それでも、人族相手だったら優位なことには違いないので、あの戦闘スタイルを変えることなくここまで来ましたが……」
「なんだ、初手はもう終わりか?」
「魔王様相手であれば、地面を撫でるだけでしょうね」
ヘンドリック様の言う通り、魔王様の体と服には、どこにも切れた跡など見当たらない。あるのは、魔王様の前に半円を描く水たまりだけだ。氷のつぶてひとつすら、残っていない。
王冠だってふわっと頭の上に置いただけのようにしか見えなかったが、ずれることなく輝きを放っている。
「すごい……」
「当然でしょう。グランバルド、魔王様に魔法の使い方を教えたのは誰だと思っているんですか」
「ヘンドリック様」
その力の差は明らかだ。あの三人組はもちろん、それを感じ取っただろう。けれどここまで来てしまった以上、後に引けるはずもない。あるのは、勝つか負けるかのどちらかだけだ。
いっそ鮮やかともいえるくらいにきれいな差を見せつけられて、思わず自分の口から出た言葉に頷いているのは、ヘンドリック様。どことなく誇らしげな笑みは、そのまま頑なにこちらを見ようとしない隣のヴェルメリオに向けられた。
「本人はどうでもいいと思っているようですが、ヴェルメリオは軍の中で片手に入る実力者ですよ。昔から、ね」




