24.新しい道具
「魔王様、視察に行かれるおつもりはございませんか」
ヴェルメリオが執務室に来てすぐ口にしたのは、思いがけない提案。魔王様は確かにこの城から外出されたことがない。一度、そのお姿を魔族にお披露目したのだって、城の一室で行ったからどこかの街に出たわけでもない。
魔王に選ばれる前は、人族との境の街で暮らしていたのだから、市井に馴染めないとか嫌悪感を持っているというはずもないだろう。
外出しようと思えば出来る機会は何度かあった。それに、気づかない魔王様ではない。
「ん? そりゃあ必要なら行くけど……」
「気乗りしない理由は、魔力でしょうか」
案の定言葉を濁した魔王様が心配されているのは、自身の魔力についてだ。というか、ヴェルメリオだって魔王様がそれを心配していることを理解していたはず。
それなのに、わざわざ視察と言ってきたということはどうにか出来る手段を用意できたから、なのではないだろうか。魔王様をぬか喜びさせるだけの提案をするような男ではない。
「そうそう。前とは違って、今はきちんと使い方を覚えたからな。逆にびっくりさせるんじゃないかって思うんだ」
「この城に来られる前から、魔王様の魔力は高かったんですよね?」
「らしいな。けど、たれ流してあっちこっちに霧散していた魔力が、こう、一か所にとどまっていたら確実に反応するだろ?」
王に選ばれたのだから、魔王様の魔力は魔族の中で上位なのは間違いない。今のところ、魔王様以上に魔力の高い魔族を見たことがないから、自分の中では一番の魔力の持ち主だ。
前魔王様の当時の記録を見ても、魔族の中で魔力が高いものが王に選ばれるのは間違いないだろう。
そんな強大な魔力が、一か所でとどまっているのだと想像するだけで、ぞわりとしたものが背中を駆け抜けた。
「……そうですね。自分も勉強中の身ですが、魔力の感知は出来るようになりましたので」
「おや、グランバルドはそこまで進みましたか。それでは違う課題を用意しましょう」
魔法の手ほどきをする側のヴェルメリオは涼しい顔をしているが、声は少しだけ弾んでいた。教え子、と思われているのかどうかは分からないが、成長した姿を見せられたことに、自分も少しだけ嬉しくなる。おかげで執務室を離れても前ほど不安に襲われることはなくなったのだから、自分にとっても進歩だ。
新たな課題が出ると知った次の瞬間には、ため息も漏れたが。
「と、まあこの話はおいおい進めるとして。今回、提案をしたのは魔力を抑える道具のテストにご協力いただけないかと思いまして」
「魔力を抑える?」
きょとんとしている魔王様に、ヴェルメリオはそっと何かを差し出した。ことり、と硬めの音を立てたそれは、魔王様の机に置かれたことで鈍い光を放っている。
「魔王様が温泉で意気投合した者がおりましたでしょう。彼に相談したんですよ。体からあふれる魔力を、せめて一般人程度まで隠ぺいできる道具を作れないかと」
世間話のような気軽さで告げているが、ヴェルメリオが話しているのはそんな気楽に聞いていい内容ではない。
魔族は、この大陸のあちこちにある魔力だまりに順応した者たちを指す。その魔力を体に溜めて、魔法として外に放つことが出来るのだが、溜められる量は生まれ持った資質で決まる。道具を使って増やすことは出来ても、それを減らすことが出来るようになるなど、今まで聞いたこともない。
最も、自分の武器を少なくすることに繋がるので、試したという話も聞いたことはないが。
「このところ、志願者が増えているのはありがたいのですが。どうにも魔力に頼る傾向がありまして。その結果、あまり魔力を持たない者の士気が下がっているので、ヘンドリック様とどうにかできないものかと話していたのですよ」
そこから魔力を抑える方向に話が進んだのも、そんな道具が作れてしまったのもすごいことだと思うのだが、ヴェルメリオとヘンドリック様ならば思いつくだろうなと納得してしまう部分もあった。
魔力があっても魔法として使えるすべを知らなかった自分とは違い、魔法を十分に使うことが当たり前の環境にいた二人だからこそ、どうにか出来る手段を思いつくのだろう。
「簡易的に、ではありますが。魔力を抑えられる道具が完成しましたので、魔王様にもお試しいただければと」
「ちょっと待ってくださいヴェルメリオ。それは、他の誰かで試しているのですか?」
とんとん、と机の上に置かれた、ぱっと見ではただの腕輪にしか見えない道具を軽く触っているヴェルメリオに、思わず制止をかけた。
そんなことはしないという信頼も確信もあるが、それでも自分が魔王様の側近である以上は万が一の危険だって避けられるものはそうするべきだろう。
興味深そうに腕輪を見ている魔王様は、あまり警戒心を持たずに手を出されるお方なのだから。
「もちろんです。軍部の中で魔力の高い順に十名、私とヘンドリック様を抜きにして。効果は保証しますよ」
「それなら、一度試してみるか。壊れるようなもんじゃないんだろ?」
「おそらく、としかお答えできませんね。彼の話を聞いても、魔力制御のあたりは少々難解でして。私も話はまだ半分程度しか咀嚼できておりませんから」
合計で十二名、魔力の高い者が試してみても問題はなかった、という点についてはひとまず安心した。けれど、ヴェルメリオも含めてその中の誰よりも、魔王様の魔力には適わないらしい。
つまり、何か誤作動なり不具合なりが起きるとしたら、魔王様が装着した時が一番可能性が高いということだ。
それだってヴェルメリオもヘンドリック様も、この道具の製作者だって思いつかないはずはない。計算して、問題ないと判断したからこそ、この場に持ってきたし話にも出した。そう分かっているのに、心配と不安は拭いきれるものではない。
「それじゃあ、俺が試せるのは耐久性ってところか。それで、いつ行く?」
「魔王様!?」
「心配するなグランバルド。これでも、魔力の扱い方はそれなりに上手くなった。やばいと思えるだろうし、どうにか出来るだろう」
「魔力を抑えるとはいえ、所詮は道具。外すなり壊すなり、方法は取れますよ」
「何かあった時には、壊せるんですよね。ヴェルメリオ?」
「そうでなければ、持ってきませんよ。最悪の場合は腕から切り落として治癒魔法をかけます」
壊すと簡単に言ってくれるが、魔力を抑えるような目的で作っている以上、普通の装飾具よりも耐久性は高いだろう。
魔王様が腕に着ける前に、これだけは聞いておかねばならない。ヴェルメリオが治癒魔法を使ったところなど見たことがないが、言い切る以上はそれが出来るのだと思っていていいのだろう。
そんな最悪の場面など、出くわしたくはないものだが。
「見た目は、きれいな腕輪にしか見えないがなあ。お、この宝石が要か?」
「その通りです。一定量の魔力を、その宝石に溜め込むそうで。魔道具への魔力補充を応用したものだそうですよ」
自分の心配をよそに、魔王様は自身の腕を飾る宝石をとても興味深そうに見ている。今のところ、魔王様の魔力に何か変化があったとは感じないが、それはどうやら自分だけだったらしい。ヴェルメリオは何かを見定めるように視線を鋭くしているし、魔王様は小さく感嘆の声を上げた。
その場で十分ほど腕輪を着けたままでいても、暴走したりヒビが入ったりすることもなかったので、視察に向かうことが決定された。
「グランバルドも行くでしょう? あなただって城から外出したことがないんじゃないですか」
そんな、自分の願望も見透かされていたようだ。確かに、下働きとしてこの城に来てから今まで、城の外に出たことなど数えるほどしかない。それだって、行商人を追いかけて買い忘れたものを届けてもらうように頼み込みに行ったり、不用品として捨てられたものを回収に行ったりしただけで、街並みを見るなんて余裕はなかった。
自分のための買い物だって、いつからしていないのかなんて思い出すこともないくらいに記憶にない。
「お、それじゃあこの三人で行くか! あんまり人数多いと動きずらいもんな」
魔王様のそんな楽しそうな一言で、あっという間に視察の日程は決まったのだった。




