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02.護衛との関係性

 魔王城の周りには、いろんな生き物が生息している。魔王様の魔力の高さを本能的に感じ取っているのか、この城に攻撃を仕掛けるような生き物はいないし、こちらに協力的な姿勢を見せる場合もあるので今のところは放置をしている。

 魔族が使役している生き物も、実はいる。魔王様が書類に目を通しているはずの執務室に向かっているときに、ふと窓の外で見つけた黒い塊も、そのなかの一匹。


「あれは……」


 今、城で働いている魔族の中で生き物を使役している人は限られている。少ないし変わらないから覚えていられるんだけど、あの色と魔力を持った生き物を使役している人物で思い当たるのは一人しかいない。ちょっと前から見ていなかったのには、理由がある。それが姿を見たということは、だ。

 ひとつ仕事が増えるけれど、懸案事項もひとつ減った。そして、それを知ったこの城の主である魔王様が言い出すことなど、簡単に想像がつく。

 追加の書類をもって執務室へ向かう前に、足の向きを変えて寄り道をする。たぶん、無駄足にはならないだろうから。


「魔王様、地形の調査に向かった部隊から連絡がありました」


 広い机に小山をふたつ作った魔王様は、うんうんと小さく唸りながら頭を抱えていた。手当たり次第に広げただろう本が部屋のあちらこちらに散らばっているけれど、雑に扱っているわけではないのでそれについては言及しないことにする。


「地形……というとヴェルメリオの部隊か」

「そうです。コウモリから先に報告が来ています」


 自分の声でゆっくりと顔を上げた魔王様から出された名前に、頷いて答える。先ほど確認してきたけれど、自分の感じた魔力に間違いはなかった。そうして、コウモリから受け取った報告書を一番上に乗せた書類を、魔王様の机に置く。

 魔王様がその山を見てうわ、と呟いているけれど、ここまで書類を整理した自分たちだって同じ気持ちだったのだから、共有してもらいたい。苦労は分け合うべきだろう。


「ってことはもうすぐ戻ってくるな。厨房に料理を作ってもらえるように伝えないと」


 ピラと一枚書類をめくって目を通した魔王様が、一番に言い出したのは自分の想像通り。思わず口元に笑みが浮かんでしまったけれど、書類を見ている魔王様は気づいていないようだ。

 コウモリを使役しているヴェルメリオは、軍の一部隊を率いて先日報告が上がっていた採掘現場の調査に向かっていた。調査が終わるまで作業を中断してもらっているから、土砂崩れなどは起きていないし、巻き込んだ作業員もいない。魔王様も心配していたし、無事に終わったという報告を見て安心したのは自分も同じ。

 補強や採掘場所の変更など、報告を見ながら考えなければならないことが増えたけれど、ひとまずは部隊が無事に戻ってきたことを労わないと。

 この辺も、先代魔王様と考え方が違う。けれど、自分は今の魔王様の考えときちんと休みを与えるというやり方が嫌いではない。だからこそ、こうして先回りのような準備ができているのだけれど。


「空いている大部屋に酒を用意してありますよ。きっとそう仰ると思いましたので」

「さすがグランバルドだな。それじゃあ……」

「どこに行かれるおつもりで?」


 書類を置いた拍子にバサッと雪崩れた山を慌てて押さえた魔王様は、雪崩が止まったことを確認して長く息を吐きだした。そして立ち上がったけれど、その手は何も持っていない。

 書類を届けるためでもなくこの部屋を出ようとするのだったら、行先はひとつだ。まあ、自分もおそらく魔王様だったらそうするだろうとは思っていたから、予想の範囲内の行動なんだけど。


「そんなの厨房に決まってるだろ」

「……何のために私が報告していると思っていますか?」

「?」


 それでも、こうも予想通りの行動をされるとため息の一つだってつきたくなる。本気で思い当たっていなさそうな魔王様の顔はきょとんとしたままだ。

 まだ、下働きだった時間のほうが長いのにこうも分かりやすく読み取れてしまうのは、どうしてだろうか。


「あなたが、わざわざ、厨房に、出向かなくてもいいように。なんですけど?」

「そうは言っても、遠くまで出てもらった部隊を労うのも」

「ま・お・う・さ・ま?」


 にこりと笑顔に少しだけ圧をかけてみたら、肩をすぼめて幼子のように不貞腐れている魔王様。あれこれ自分を納得させられるだけの言葉を探しているように視線を彷徨わせていたけれど、それが出来ないと分かったのか、どっかりと椅子に座り直した。


「わーったよ。この山を片付ける。それでいいんだろ?」

「おや。少し居ぬ間に、魔王様はずいぶんと机がお好きになられたようで」

「ヴェルメリオ!」


 突然、背中から聞こえてきた声に驚いて振り向けば、金髪碧眼の男がそこにいた。右手でドアをノックするようなしぐさを見せたその男は、迷いない足取りで自分たちのほうへと歩いてくる。


「ノックをしても、返事がなかったものですから。失礼を承知で入室させていただきましたよ」


 気づかなかったのは、自分だけでなく魔王様も同じらしい。まだ戻ってくるまで時間はあると思っていたけれど、どうやらこの男は自分たちを驚かせるためだけに、コウモリで連絡を入れたようだ。

 感情の読めない笑顔を浮かべてはいるが、少しだけ得意げな笑い方をしていることに、そしてそれを読み取れてしまう自分が少しだけ腹立たしい。


「ヴェルメリオ、魔王様に向かってその言い方は」

「おや、グランバルド。それでは、あなたが私に手本を見せてくださいませんか」

「はいそこまで。お前たち、相変わらず仲良いよな」


 ヴェルメリオに感じた腹立たしさをぶつけるような言葉を投げれば、同じようにとげのある言葉が返ってくる。城で働き始めた期間も年齢もヴェルメリオのほうが上だ。下働きの時には関わることがほとんどなかったから、魔王様の元で仕事をするようになってから会話をするようになったけれど。

 どうにも合わないらしく、顔を合わせればこのようなとげを隠さない会話をすることばかり。

 それを、仲が良いとまとめられるとは思いもしなかった。


「魔王様は、とても幸せな目をお持ちなのですね」

「うん? そうだな。幸せって思えるようになれたのが幸せだな」


 ヴェルメリオの言葉が皮肉であると気づかない魔王様ではない、はずだ。

 へらりと笑う魔王様は、頬杖をついて自分たちのことを見ている。ヴェルメリオと向き合って、じっと顔を見る。あまり考え方が合わないと自覚している自分たちだけれど、きっと今考えていることは一緒だろう。


「……そうですか。さて、私たちのために部屋を用意してくれているのでしたよね?」

「まだ酒しかありませんよ。先に汗を流したらどうですか。その間に料理を運ばせますから」


 事前に寄り道しておいてよかった。今もフル稼働している厨房だけれど、地形の調査に向かった部隊にはそれなりの人数が揃っているうえに、体が資本とばかりによく食べる。

 それは構わないし、いち部隊が一晩の宴会をしたくらいで足りなくなるような備蓄ではない。足りないのは、料理を作るシェフの手だ。

 ちょっとでも時間を稼ごうと提案したことだったが、思いのほかすんなりと受け入れられた。


「では、そうさせてもらいましょうか。ああ、魔王様。報告が遅くなりましたが、ヴェルメリオ並びに率いた部隊、無事に帰還いたしました」

「ああ。よくやってくれた。感謝する。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます。現地の報告は、また後日」


 にこやかに執務室を出て行ったヴェルメリオの背を見送ってから、魔王様とふたり顔を見合わせる。

 ひとまず、自分が今やらなければならないことは、魔王様に書類をさばいてもらうことではなくなったようだ。


「なあ、グランバルド」

「あまり受け入れたくないことですが、一応お聞きしましょうか。魔王様」

「俺も、厨房手伝ったほうが良くないか」


 受け入れたのは渋々だったけれど、思っていた以上に戦力になった魔王様に驚かされたのは余談だ。



野菜の下ごしらえと皮むきについては、厨房の新人よりも魔王様のほうが早くてきれいだった。

自信を失いかけた新人に自ら声をかけてアドバイスをする魔王様を見て、教育係のシェフは自分の指導方法を顧みたらしい。

数日後に、その新人の腕が上達したと報告が上がった。

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