17.解決案を探る
医師を連れてきたヴェルメリオに、邪魔になるからと執務室に追いやられてからしばらく。診察をしているはずなのに、医師の声も聞こえないのは防音魔法を使ったのだろう。医師かヴェルメリオか、どちらが使ったのかは分からないが、これを破れるほどの技量も魔力も、自分にはない。
ひとまず執務室の書類を整理して気を紛らわせていると、ベッドのある部屋からヴェルメリオが姿を見せた。
「魔王様はどうですか」
「今は少し落ち着きました。薬が効いたのでしょうね」
医師と共に戻ってきたときの険しい顔ではない、わずかに和らいだ表情を見て大丈夫だと思ったけれど、ヴェルメリオからの言葉を聞いてようやく安心できた。
息を荒げて顔を真っ赤にしていた魔王様。それが落ち着いたというのは喜ばしいことだ。自分の、冷やしたハンカチを当てるだけの手当ではない、もっと的確な看病をしてもらっているのだから。
「……医師は、なんと」
「自分の魔力の扱いに、まだ不慣れなようだと」
「どういうことでしょうか」
確かに、しばらく前から消費しきれない魔力で体調不良に悩まされていたようだった。けれど、それは軍の訓練場で魔法を使うことで、上手く消費でいていたはずなのだ。ヴェルメリオからの魔法のレッスンを出来ていなかったとはいえ、扱いに不慣れだと言われるほどではないと思っていたのだが、違うのだろうか。
魔力についての話だったら、自分よりもヴェルメリオが聞いた方が理解も早いだろう。どうやらヴェルメリオの見解も医師と一致しているようだ。
「魔王様は自分の魔力の使い方を知ってはいます。けれど、そこまで使ったことはありません」
城に来てからそこそこの時間は経っている。魔力については魔王に就いた段階で理解もしているはずだ。けれど、その魔力を使って魔法を放つ、ということに関しては自分と共に学び始めたばかり。
時間は、それなりに経ってはいる。けれど、積もり積もった書類の処理に軍の再編成、それから舞い込んできた人族の国の王との会談。それらに追われていて、最近はヴェルメリオからのレッスンを受けていないことが、ここに響いてくるなんて。
「魔族の中でも桁違いともいえるその魔力を上手く消費するようにしてきたところで、人族の王と会った時に無意識で抑え込んだのでしょう。消費しきれない魔力が体の中で暴れているとの見立てですよ」
あれだけ人族から見た我ら魔族の印象に理解が深かったのだ。国の王同士が顔を合わせる場で、印象が悪くなるようなことをする魔王様ではない。
我ら魔族が使いこなす魔法、そして魔力について適性がないのが人族だ。そんな人族と会うとなれば、理解のある魔王様であればその強大な魔力を抑え込むだろう。
「今まではそんな素振りなかったのに、ですか。会談の前にためこんでいた魔力は、消費したはずです」
「魔力の扱い方を、中途半端に覚えてしまったからでしょうね。魔力は適度に消費した方がいいということを、体が先に覚えてしまったようです」
中途半端、そう言いながらもヴェルメリオは傷ついたような表情をしている。魔力の扱い方について自分たちに教えてくれたのは、ヴェルメリオだ。もしかしたら、責任を感じているのかもしれない。
魔王様の不調の原因を取り除こうとしたヴェルメリオに、どうして責任を問えようか。それを言うのであれば、魔王様の魔力量を見誤った自分にあるのだ。
「とりあえず、今は薬に頼って眠ってもらっています。体力を回復させれば魔力を消費するためにひと仕事、していただくことになりますね」
「ひと仕事、ですか」
「たんに魔法を使って魔力を消費しているだけでなく、それを活用する方法をヘンドリック様が考えてくれたのですよ」
魔力を落ち着けるためにも、まずは魔法を使うための体力がないといけないそうだ。なので、まず魔王様のやるべきことはしっかりとした休息を取ること。
どのように魔力を消費するかはそれから、ということだそうだ。それをこの間で考えなくてはと思っていたけれど、それはすでにヘンドリック様から助言があったようだ。
ヴェルメリオから差し出された紙には、いくつか魔力を消費するための案が書いてあった。
「いくつか案はありましたが、手っ取り早く魔道具の動力を充填していただこうかと」
「魔道具は、主に人族の国に流通させているではないですか。それを、どうやって魔王様の魔力を充填していただくのですか」
魔族はあまり魔道具を使わない。魔法を使えば魔道具は必要ないからだ。けれど、人族の国に売ればそれはいい稼ぎとなる。人族で魔法が使える者はほとんどいないので、便利な生活を得るためには魔道具が必要だからだ。
「人族の国にある魔道具は、そちらで暮らしている魔族の貴重な収入源だ。それをむやみに奪ってしまうことは、生活すら立ち行かなくなってしまいますよ」
「グランバルドの言う通りです。ですから、魔族の国で使っている分を、魔王様に充填していただこうかと」
魔道具は、使うたびにその中にある魔力を消耗していく。それが空っぽになったら、いくら道具がきれいで傷ついていなくても、動かすことは出来ない。その時のために人族の国で暮らしている魔族がいるのだ。それが出来るからこそ、人族の中で暮らしている魔族が迫害されることなく、穏やかに過ごせているのだ。
「魔力の消費だけなら、魔法を放つ方がよほど効率がいい。ですが、魔王様には目に見える形の何かがあった方がよいだろうと、医師が言ったこともありましてね。仕事が増える分、調整が必要になりますが」
「この城に来た時から魔王様を見ているお方だから、きっとその通りなのでしょう。全く、私では思いつきもしなかった」
売るために作る魔道具、それが使われるのは人族の国に渡ってからだ。その前に魔力を充填する必要があるのだが、これからはそれを魔王様にお願いしようというのがヘンドリック様の案。魔王様を診ている医師にも見せて許可を得たからこそ、こうして自分に提案をしてくれているのだろう。
執務の事は分かっても、魔力の事は分からない自分だ。ならば必要だと思われている調整が、自分の役目だろう。
「とはいえ、魔王様の魔力をこめたら、魔道具の充填などそうそうするような仕事でもなくなります。その間に次を考えなくてはなりませんね」
今、魔道具に魔力を充填する仕事をしている魔族だっている。それを奪ってしまうと知れば、魔王様は身を引くだろう。魔王様が気に病むことなく魔力を消費できる手段を、何かその魔力が役に立つのだと分かる何かを、見つけなくてはならない。
「今は、ゆっくりお休みしていただきましょう。王になってからというもの、あの方が背負ったものはあまりにも多い。
そしてそれは、あなたもですよ。グランバルド」
いつになく穏やかな口調、そして向けられたのは今まで一度も見たことのない優しい笑顔。その表情と態度に目を見開いていると、いつものような軽い笑みを見せていた。
「魔王様が目覚めたときに、そんな青い顔をした側近がいたら目覚めが悪いでしょう?」
つん、と額をつつかれてからふらりと傾く体。思っていた以上に自分は憔悴していたのだと気づいたが、今更どうにかなるものではない。
魔王様が眠っているのであれば、起きて最初に目に飛び込んでくるのが書類の山であってはならない。今のうちに、片付けられるものは済ませておかなくては。
けれど、ヴェルメリオはそれすら自分に許してくれないようだ。
「しばらくは私がいます。文官たちは順調に成長していますよ。あなたも休みなさい」
とんとん、と手を伸ばそうとした書類を示してから、そこから動かさないという意思を表すように体重をかけているヴェルメリオは、にんまりと笑った。声色だけが先ほどと同じように優しいのが、まるで親が子に語り掛けるような穏やかさが、やけに耳に残る。
「魔王様の目が覚めたら、会談の内容をまとめなければならないのです。その時にあなたが倒れていてはお話になりませんよ、側近さん」
「だが、自分は……!」
「私の魔法で眠るのと、自発的にベッドに潜るのと。どちらが好みです?」
感知に疎い自分でも分かるくらいに高められた魔力は、ヴェルメリオの言葉が出まかせでないと教えてくれる。
いっそ暴力的とも思える魔力に抗うことは出来ずに、自分からベッドに潜ることに決めた。あんな魔法を使われたら、目覚めがいつになるのか分からないんだから。
眠ることなど出来ないと思っていたが、適度な温かさと薄暗さですぐに眠気がやってきた。
こうなったら、魔王様よりも早く目覚めると決めればどんどんと遠くなる意識。
そして、起きたらこう言うのだ。
「おはようございます、魔王様」
と。




