12.花と執務と片付けと
「好きな花?」
「ええ。中庭の責任者から言付かってまいりました」
本当は、魔王様が楽しめる花をこっそり調べてくれと言われたのだが。元々生えていた草花を活用して中庭を整え、安定してきたからと次は野菜を育てて食料を作り出すことを覚え、そして今は果樹を植えようと数年単位の計画を立てている下働き時の同僚。
お互い知った仲なので城の中で顔を合わせた時には近況を話したりするのだが、その時に聞かれたのがこれ。
せっかく育てるのだったら、魔王様に喜んでもらえる花を咲かせたいらしい。もちろん、自分も賛成したのでこうして聞いている。さりげなく聞こうと思ってはいたけれど、机の上に積み重なった書類や資料を見たらそんな悠長な会話をしている時間がもったいないと思ってしまった。
「好きな花って言われてもなあ。俺が花に詳しそうに見えるか?」
書類から目を離し、自分が持ってきた花を眺めながら問いかけてきた魔王様に、いったいどのように答えを返したらいいのだろう。正直にきっと知らないと思いますなんて言えなかったので、苦し紛れに同僚から預かった花をそっと差し出してみる。
「ちなみに、こちらはご存じですか?」
「さすがに分かるって。……あれだろ、えーっと何て言ったかな……」
頬杖をついて花を見つめていたのに、自分が質問した瞬間あちらこちらへと視線を彷徨わせ始めた魔王様。これは、おそらく花の名前を知らないな。そう分かる程度には時間を重ねてきたつもりだ。
ついにガリガリと頭をかき出した魔王様に苦笑いをしてから、この花の名前を伝える。とはいっても自分も同僚から渡された時には思い当たらず、その場で教えてもらったのだが。
「まあ、花の名前を知らずとも、こうして愛でることは出来ますからね」
「ははっ、そうだなあ。だが、花か。そう言われると知らないなあ」
「花の図鑑をお持ちいたしましょうか」
「図鑑も読んでみたい気もするが、今はただ積んでしまうだけになるな」
執務室にこもりっぱなしの魔王様を気遣ってか、同僚から何日かに一度花が届けられている。なので今では机の上に花瓶があることが当たり前になった。そこだけはかろうじて綺麗さを保っているのは、何かの拍子に書類や資料が当たって花瓶が割れてしまうのを防ぐため。
それくらい、この執務室には書類と資料があちらこちらで山を作っている。片付けようと思わなかったわけではないが、片付けるよりも山が出来上がるスピードのほうが速いのだ。
「そうですね。この部屋も資料の置き場所に困っていますし」
「一度、片付けるかあ」
魔王様もこの部屋の状況は良くないと思っていたのだろう。片付けよりも書類を優先させていたけれど、さすがに少々放っておけない域になってきた。この部屋には魔王様と自分、それからヴェルメリオくらいしか今のところの出入りはないから何にも思わないが、知らない人が見たら驚かれるだろう。誰かに手伝ってもらうにしても、書類や資料があちらこちらに散らばっているとどこから手を付けてもらえばいいのか分からない。
「ひとまず、終わらせないといけない書類はこちらに移動しましょうか」
「それを終わらせたら、この部屋片づけるか。せっかく花をもらっても資料に埋もれてるんじゃ、かわいそうだ」
魔王様が主に使っている机に、期限の迫っている書類を移動させる。書類の仕分けをしていたので、自分が使わせてもらっている机にも何枚か残っている。それもまとめて、魔王様の机へと移動させてもらった。山は拳一つ分高くなったが、別の場所に保管して所在が分からなくなるよりましだろう。
「それじゃ、やるかな。書類は……今日中には終わるだろ」
「先に一息入れましょう。魔王様は言わなければ根を詰めてしまいますから」
「お前も、無理するなよ。グランバルド。いつも付き合わせて悪いな」
「いえ。自分はあなたの側近ですから」
花瓶と同じく、いつの間にか常備するようになった厨房からの差し入れとお茶を用意して、少ないスペースにそっと置く。甘いものを好むというほど食べてきたわけではないが、こうして魔王様と共に軽食をいただいていると、あまりないと思っていた自分の好みも分かってきた。
そんな自分の変化も面白いと思いながら、短い休憩を終わらせて書類に向き合う。魔王様も同じタイミングで書類を手に取った。
それからしばらく、紙をめくる音に署名を入れるためにペンを走らせる音、それから確認するための短い会話だけで時間が進んでいく。
「これで、書類は終わりか……?」
「新しい居住地区の申請許可、貴族の養子縁組、それから軍の予算を増やしてほしいという嘆願書ですね。急ぎのものはこれで全てかと。そろそろ、この辺りも魔王様の許可なしで動けるようにしたいところですね」
「いずれ、だな。書類を作るところまでは出来る奴が増えてきたから、あともう少しの間は俺が頑張らないと」
下働きや文官と職務を区切り、ある程度は仕事を任せてはいるが、最終的に魔王様のところにくるという流れはなかなか変えられない。
とはいえ、前魔王様の時にはこのような書類作成をしていた人がほとんどいなかったので、こうやって書類を作るという業務が出来るようになったうえに任せられる部分が増えてきたというのは進歩だろう。
「さて、それじゃあこの部屋を片付けるか」
「一度にすべてを片付けようとは思わないでくださいね。この部屋だけといっても、ここまで散乱しているのでは……」
さきほどまで作っていた書類で資料を使ったので、部屋の荒れ具合はなかなかにひどくなっている。かろうじて無事なのは魔王様の机の上くらい。
部屋の掃除をたくさんしてきた経験上、一度で片付けようと思うと終わらないことがストレスになってしまうので、まずは手の届く範囲から。
「ひとまず、使っていた資料をこっちの棚にしまうか。書庫に戻さないといけないものもあるよな?」
「そうですね。前魔王様がかろうじて残していた資料は書庫に戻します。自分が分けますよ」
「助かる。しかし、残してある資料が地形と居住地域関係ばかりとはなあ」
「人族の国に攻撃を仕掛けることが、魔王としてやるべきことだと思われていたようですからね」
人族の国との関係が不安定だった数代前の魔王様の時代だったら、その姿勢は高く評価されていただろう。けれど、落ち着き始めている関係をただいたずらに刺激するような前魔王様のやり方は、あまり望まれてはいないものだった。
魔族でも人族を嫌いな者たちからは、かなり支持されていたけれど。戦う力を持たなかったり、どちらかといえば共存を望む魔族たちは、前魔王様が攻撃した人族からの報復に怯えていた。
どちらが良いかと比べるのであれば、後者の魔族たちは今のほうが穏やかに日々を送れているはずだ。そのために、自分たちはこうして日夜書類と向き合っているのだから。
「今でも使えるから助かる部分もあるけど、あの人が使った魔法で地形変わってるところもあるし。
調べ直すにも人手が必要だからな」
「ヘンドリック様から、軍の演習で使わせてほしいとの意見もありましたよ。上手く頼ればよろしいのでは」
「そうさせてもらうか。なにせ、俺の使える手は限られてる。少ない手札を増やすのも、考えなくちゃな」
今でこそ、この城で仕事をしている者は魔王様に好意的だと言える。けれど、就任当時ははっきり言って味方なんているとは思えないくらいの雰囲気だった。
こうして厨房からの差し入れが届いたり、気分を少しでも明るく出来るようにと花が飾られるようになったのは、魔王様がその雰囲気に流されずに根気強く周りと交流を深めていったからだ。
「いいですね。まずは、この部屋の片付けを手伝ってもらえる方を増やしましょうか」
「そうだな……さすがに放置しすぎた。すまないな、グランバルド」
真剣に書類と向き合っていた、そう言われても納得はするのに。しょぼんと肩を落として謝ってこられる魔王様が少しだけ、弟のように見えてしまった。実際、年齢は自分よりも下なのだが。
「構いませんよ。自分は、あなたの側近ですから」
だいぶ前に同じことを告げたと思うが。その時よりも誇らしくその言葉を口にできた自分の気持ちは、魔王様にまだ伝えていない。
「棚が埋まったな……」
「早急に、新しい棚を手配いたします」




