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新米魔王と側近の活動報告  作者: 柚みつ


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10.気分転換と懐かしのお菓子

「いや、飽きたな」

「魔王様?」


 今日何個目かの山を崩した魔王様が、唐突にペンを置いた。目の前に作り上げた署名入り書類の山を見て、ぐっと体を伸ばしている。

 正式に軍の再編をするとなってから、一段と書類が増えたのは、まあ致し方ない部分もあるだろう。大部分をヘンドリック様が担ってくれているとはいえ、軍の最高責任者は魔王様であることに変更はなかったのだから。

 名前だけだな、と魔王様は笑っていたけれど、独裁とも呼べる前魔王様の姿を見ているヘンドリック様が、そのような事を許すとは思えない。結果、こうして毎日書類が山を作り上げている。


「こうも毎日書類と向き合っているとなあ。なんというか、体が固くなるというか……」

「ああ。それでしたら休憩にいたしましょうか」


 確かに、机に向かっているだけでは体が凝り固まってしまう。適度な休息と運動は、その後のパフォーマンスにも影響するのだから、ひと息入れることに何の問題があるだろうか。


「グランバルドも、一緒に休憩するか」

「いえ。私はこちらの書類整理を終わらせてしまいたいので」


 ありがたい申し出を受けたが、魔王様が何の問題もなく書類に手を付けられるように整理をするのは、自分の役目だ。

 書類をまとめてくれているのは、文官たち。前魔王様の時にあまり作業をすることのなかったのに、今では毎日のように書き上げなければならないものがある。だいぶ慣れてきているとは思うが、その人たちが頑張ってくれているのだから、自分が台無しにしてしまうことなどないように。


「そうか。んじゃ、俺もそれやるわ」

「そんな、魔王様のお手を煩わせるわけにはっ!」

「二人でやるほうが早いだろ。んで、終わったら休憩な」

「魔王様の、仰せのままに」


 とはいえ、書類に署名を入れることには慣れている魔王様が、書類整理まで上手にこなしてしまっては自分のいる意味がなくなってしまう。

 ここは自分が率先して動いて、役に立つというところを見せなければ。


「やっぱり人手があると早く終わるな」

「そうですね。魔王様のおかげです」


 書類を置いている机から離れて、応接用のソファーに移動する。この執務室を訪れる者は限られているので、ソファーが応接用で使われたことなどほとんどない。おそらく今後は談笑用になるのだろうソファーは、魔王様と来客が使うことを考えてあるからかとても座り心地が良かった。


「グランバルド、下働きってお前の時より増えているんだよな?」

「ええ、仕事を前よりも細かく振り分けていますし、魔王様のご希望でもございましたから」


 下働き出身だということを隠すつもりもなかったが、自分が側近という立場になった時には、心無い声はそれなりにあった。だいたいが、前魔王様の時にできなかった甘い汁を吸いたいという奴らだったが。

 そんな奴らを一蹴して、ただのいち下働きである自分を拾い上げてくれたのだ。それだけでなく同じく下働きだった皆にも、それぞれに立場を与えてくださった。

 仕事を細かく分けたのは、その時だ。今も下働き、という区分は存在しているがそれは、どの仕事でだったら上手く働けるかを見極めるための期間。前魔王様のように、下働きだから何を押し付けてもいいという扱いではなくなったのだ。


「んー……だったら、こういうのも手伝ってもらえるようにならないか?」

「今すぐ、とはお答えできませんね。下働きは、文字の読み書きがおぼつかない者が多いのです」

「文字の読み書き、ねえ……」


 これは、自分は運が良かっただけだ。毎日城のどこかしらを駆け回っていた自分を、仕事だと呼びつけてこっそりと文字を教えてくれた物好きがいた。他にも何人か、下働きの仲間はそのじいさんのところで読み書きを教わっていたが、お互いにそれを知らぬままだった。

 気が付いたのは、魔王様の代替わりがすべて終わってから。書類を作り上げる文官の中に、自分と同じ下働きだった奴がいたからだ。それから当時の仲間たちに聞きまわっているが、いまだにあのじいさんの正体は分からない。魔王様が変わるとともに姿を消したあの人に、まだ一言のお礼も伝えられていないのに。


「あっと、これじゃ休憩にならないな。また後にしよう」


 ふわりと香る紅茶を飲んで、ほっとしたように体の力を抜いた魔王様に、負担をかけるのは申し訳ない。そう思いつつも、読み書きを学べる場があれば、この書類の山も少しは減るのではないか、そう思ってしまった。



「失礼します、魔王様。次回の軍の遠征について――」


 文字の読み書きの話はいったん置いて、中庭の花壇に花が咲いただとか、気候も安定してきたから果樹を植えようと企んでいるらしいとか、好きな食べ物の話とか。そんな、とりとめのない会話をしているときに、ノックの音が響いた。許可を待たずに開いたドアから顔を出したのは、やはりヴェルメリオ。


「いいところに来たな、ヴェルメリオ」

「お寛ぎでしたか。それでしたら、私もちょうど良いものが」

「ちょうど良いもの?」

「ええ。厨房を通りかかったら預かりまして。魔王様へ、いつもの試作品だそうですよ」


 はい、と掲げたバスケットからは、ほのかに甘い香りがした。


「ほかの料理はあまり気になさらないのに、この菓子についてはこだわりますね」


 ヴェルメリオもソファーに座り、三人で厨房からの試作品を口にする。もちろん、毒見を兼ねてだ。厨房のシェフたちがそのような事を考えるとは思わないが、万が一ということもある。当然のように先に手を付けたヴェルメリオを、魔王様は不思議そうに見ていたけれど。


「まあ、思い出……とでも言えばいいのかな。昔の味を、忘れたくなくてな」


 さくり、と小さく音を立てて魔王様が飲み込んだのは、ずっと厨房が試作を続けている菓子。以前魔王様から依頼されたというこれは、もう何度も改良を重ねているのにも関わらず、なかなか納得の出来までは至らないらしい。

 甘い菓子などほとんど食べる機会もなくにここまで来た自分と、体を維持出来るのであればなんでも食べるヴェルメリオからしてみたら、違いはあまり分からない。これを言うと魔王様に悲しそうな顔をさせてしまうので、いつものように美味しいのだと当たり障りのない感想を口にした。


「昔、ですか。そういえば魔王様は人族の国との境近くから、この城に来たんですよね」

「ちょうど良かった。次の遠征は、その辺りを予定しています。ついでですから、その菓子、買ってきましょうか」


 汚さないように、と避けていた書類の一番上、先ほどヴェルメリオが持ってきたものには確かに魔族と人族の境にある地域の名前が記されていた。

 遠征に向かえるだけの部隊を整えたから、試しに行ってみようというのには少し遠い距離。もしかしたら遠征だけでなく別の目的もあるのかもしれない。そう思ってヴェルメリオに目線を送れば、目配せだけが返ってきた。魔王様には事後報告、もしくは報告そのものをしないつもりのようだ。

 穏やかに笑っておつかいのような提案をしているヴェルメリオからは、そんな思惑など一切感じ取れない。


「そうだな。見つけられんとは思うが」

「おや。私、物探しは得意なのですよ」

「ははっ! なら、楽しみにしておくな」


 気づいているように思えない魔王様は、もう一枚バスケットから菓子を手に取った。前に教えてもらったクッキーというのは、どこにでもある菓子の名前なのだろうか。

 さくり、と音を立てているそれは自分が食べているものと同じはずなのに、魔王様の手にあるクッキーはなぜだか違うもののように見えた。


「ヴェルメリオが遠征に言っている間、護衛はどうしましょうか」

「それなら、ヘンドリック様が変わってくださるそうですよ。そろそろ人員の補充も済みそうですし、新しく候補も連れてくるそうです」


 名目としては新たな部隊の適正審査である遠征なのだから、そこまで長期間城を離れるわけではない。今では魔王様の事を狙おうとする不届き者はいなくなったが、念のためということもある。

 ヘンドリック様がおそばにいるのであれば、安心だ。


「そうか。それじゃあ、気を付けて行ってこい」

「お言葉、ありがたく頂戴します」


 その場で遠征の許可にさらさらと署名をした魔王様は、何でもない様子でヴェルメリオを見送った。とんとんとまとめた書類を手に取ったヴェルメリオは、そのまま部屋を出るためにソファーから立ち上がる。その拍子にひらりと落ちた書類を拾って、ヴェルメリオに渡したら驚いたような顔で自分を見ていた。


「魔王様の前で書類を雑に扱うのは、どうかと思うのですが」

「これは失礼いたしました。拾っていただきありがとうございます、グランバルド」


 ありがとうなど本当は思っていないだろうという笑みを浮かべて、ヴェルメリオは今度こそ執務室を出て行った。


「お前ら、仲いいのか悪いのか分からないよな」

「仕事上のことであれば尊敬はしておりますが、仲がよいのとは別です」

「喧嘩してたり嫌い合っていないんだったらいいさ。全員と仲良くやれなんて無理な話だからな」


 休憩は終わりと立ち上がった魔王様は、ヴェルメリオが置いていった書類に目を通している。先ほどよりもテンポの良くなった紙をめくる音を聞いていると、適度な休息は大事なのだと改めて思う。

 これから、書類作成をしている文官たちにも休憩を進めてこよう。







文官たちのところに行くのであれば、ついでにクッキーという菓子についても詳しく聞いてみよう。

厨房からの試作は魔王様がお喜びになるが、あまりに回数が多いと消費にも苦労するからな。

少しの甘いものは休息にちょうどいいということを学んだので、活かしてみようと思う。

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