【最終話】まさかの展開
「軍で散々させておきながら、って言いたいんだろう? 軍でもさせたくなかった。が、させなければ、命令しなければ、きみと接触出来ない。きみの声を聞くことが出来ない。きみの顔を見ることが出来ない。きみが潜入調査で妻の役をすると聞けば嫉妬し、婚約者や恋人の役をすると聞けばヤキモキする。それがどれだけつらいことかわかるか? 情けないことかわかるか? 腹立たしいことかわかるか?」
正直、わからない。
わからない、と答えそうになったけどやめておいた。
彼にはまだ続きがあるようだから。
「きみが引退したいと申請したときには、どれだけうれしかったか。将校たちが反対するのを、即座に許可を出した。そして、思いついた。これを機に、きみには平和で穏やかなふつうのレディの暮らしをしてもらいたい、と。自由気ままな生活を送って欲しい、と。だったら、おれがそうさせてやればいい。これまでの償いに、きみの将来を見守りたい。そこで思い出した。自分の領地で行われている不正のことを。この調査の依頼をすれば、きみは不承不承でも協力してくれるはず。きみをここに呼ぶことさえ出来れば、あとはなんとかなる。いいや、させればいい。偽装結婚のことも、そのうちに偽装でなくなればいい、と。が、いざきみが来るとそうはいかなかった。面と向かうと照れくさくてなにも言えなくなる。なにより、きみが嫌だろう。きみが迷惑かもしれない。焦ることはない。いまはただきみの側にいるだけでもいい。そう考えることにした。きみの気持ちが向いてくれるまで、きみがおれを見てくれるまで、けっして紳士的ではない振る舞いはせず、きみの側にいるだけでガマンするのだ、と誓いもした」
彼は、どこかのスイッチが入ってしまったのだ。
彼ではない彼のように、あるいはいままでの反動がいっきに出てきたかのように、彼は饒舌になっている。その彼を、ただただ呆然と見つめている自分がいる。
彼はそんなわたしの前でいったん口を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
「リサ。きみを愛している。おれは、きみを愛している」
戦闘中に前線で馬を立て、将兵に檄を飛ばすときのように、彼の告白が丘や湖を駆けまわる。
「愛している。だから、だから、おれのほんとうの妻になってくれ」
そして、沈黙が訪れた。
彼は、真っ赤な顔でわたしの反応を窺っている。
その彼を見ながら、いろいろな意味で自分の人生が潮時を迎えたことを自覚した。
「将軍閣下、了解です」
そうとしか答えられなかった。
またしても感情と感傷の渦に呑まれてしまったから。
「ブラッドリー、いや、ブラッドだ」
彼は、胡坐をかいたままにじり寄ってきて、わたしを抱きしめた。
「リサ。というか、不正取引がもう間もなく行われると言ったか?」
「あ……」
彼の胸の中でペロリと舌を出した。
「ブラッド。自由気ままにさせてもらえるんですよね? 先程、たしかにそう言いましたよね? だったら、わたしも参加します。それを前提に、取引を押さえる打ち合わせをしましょう。ねっ、いいですよね?」
彼の胸元からいかつい赤ら顔を見上げる。
「仕方がない。今回だけだぞ。それと、ぜったいに危険なことはしない。いいな?」
「了解。それと、わたしの名前はリサではありません。それは、コードネームです。マイ。わたしのほんとうの名は、マイです」
「マイ、か。いい名だ。あらためて、マイ。わが妻よ。心から愛している」
「ブラッド、わたしもです」
人生の転機とは、まさしくこういうことをいうのかもしれない。
「冷血将軍」とわたしの人生の転機は、書面での宣言から始まったのだ。
(了)