諍い
「やめた方がいい」
将軍がそう口を開いたのは、「何でも屋」についてちょうど話し終えたときだった。
「なんですって?」
「やめた方がいい、と言った。きみが思っているほど甘くはない。いままでは、軍という後ろ盾があった。が、自分で事業をやるとなったらそうはいかない」
彼の言った内容より、彼がこんなに長台詞を言ったことに唖然としてしまった。
それほど「喋る」とは思いもしなかった。
「なるほど。つまり、レディだてらに商売が出来るほど世の中は甘くないと?」
「いや、違う。それがスイーツの店だとかカフェだとかであれば構わない。きみがやりたいのは、一筋縄ではいかないことばかりだ。危険なことだ。そういう場面もかならずやある」
「ノウハウはわかっているつもりです。現役時代は、もっと危険なことばかりでしたから。だいたい、あなたとは何の関係もありません。死のうが失敗しようが、それはわたしだけの問題です。運命です。人生です。あなたの耳に入ることも、あなたが目にすることもありません。ましてや、あなたに迷惑をかけることもありません。つまり、わたしが勝手にやって勝手に自滅するわけです」
って、なに? わたし、失敗することを前提で話している?
心の中で苦笑してしまう。
いつの間にか、ふたりとも起き上って向かい合って胡坐をかいていた。
(色気もなにもあったものじゃないわね)
それでなくても男っぽいけれど、これではまさしく男である。
「おれが関係ない? 関係ないことなどない。きみは、おれの妻だ」
怒鳴られたというわけではない。それどころか、あたたかくやさしい言い方だった。
「偽装、のです。あくまでも偽りの夫婦です。いまの任務が終れば、さっさとお別れです。離縁というわけです。それまで、周囲を欺く為の関係にすぎません。違いますか?」
「違う。偽装などではない。きみとおれは、書面上でも社会上でも夫婦だ。皇族から認可もされている。離縁はしない。する必要がないからだ。そもそも、いまの任務は終わらない。というよりか、任務は撤回だ。なかったことに、いや、ないことにする」
「はあああああ? って、どういうことですか? あなたの言葉の意味がまったくわかりません。って、任務は撤回するですって? ありえないわ。すでに不正取引の情報を得ているんですよ? すべてを暴くまで、あと数日なのですよ」
つねに冷静でなければならない。つねに理性的でなければならない。つねにポーカーフェイスでなければならない。
けっして感情的になったり感傷に耽ったりしてはならない。ぜったいに心を、いえ、本音をさらけだしてはならない。
それらは、自分に課していること。そして実際、つねにそうしてきた。
そのわたしが、感情をあらわにしてしまった。
しかも、彼に秘密にしていたことまで口に出していた。
(ダメだわ。焼きがまわってしまっている)
いろいろな意味で絶望してしまった。
こんな調子では、レディがひとりで生きていくことは出来ない。生き抜くことは出来ない。
「何でも屋」など、経営出来るわけはない。
「きみを、きみを危険な目に遭わせたくない。きみには、危険なことをしてもらいたくないからだ。勘違いしないで欲しい。レディ、だからではない。きみだからだ。きみだから、危険なことをしてもらいたくない。きみだから、つらいことや過酷なことをしてもらいたくない」
唖然と見守る中、彼は自分の言葉に興奮しているのか肩で息をしている。