ピクニックへ
実際の取引まで数日ある。
その取引後、報告書を上げてすぐにここから去るつもりにしている。
他のもろもろの不正については、すでに報告書にまとめてある。それから、この最大の不正取引についても、ほぼまとめてある。
数日間、英気を養おうと決意した。
しばし任務のことを忘れ、この偽りの夫婦生活を楽しもう。演じるのではなく、本物の妻になって夫に接してみよう。
いい思い出になる。
じつは、今回のことである計画を立て始めた。
帝都に戻り、「何でも屋」を立ち上げるのである。浮気調査や揉め事の解決や人探しやペット探し。なにかを運んでもいいし、大工や家事仕事の代理だっていい。
とにかく、何でも承る「何でも屋」をやりたい。さいわい、開業する資金に問題はない。
今回の報酬もたんまり貰えることだし、これまでの貯金もある。というか、任務が忙しすぎて使う暇がなかったから、勝手に貯まっている。
あたらしく事業を立ち上げるなら、それこそ眠る間もなく働かねばならない。大忙しになる。
というわけで、その分の英気も養っておきたい。
さっそく、将軍に湖にピクニックに行きたいとねだった。
一度でいいから、潜入調査ではなく真面目にピクニックに行ってみたかったのだ。
彼は、あいかわらず不愛想ながら真っ赤な顔で頷いた。
そして、さっそく行くことにした。
一番近い湖は、馬でひとっ走りの距離にある。
バスケットに溢れるほどのサンドイッチを作り、紅茶とフルーツも準備した。
それから、将軍に買ってもらった乗馬服に着替え、屋敷を出発した。
将軍は、白いシャツに黒いズボン。
白いシャツの上からでも、彼の筋肉隆々ぶりはよくわかる。
鉱山のある地域とは違い、領地のほとんどは風光明媚な景色を望むことが出来る。
緑色の絨毯とのんびり草を食む牛や馬や羊たち。
爽やかな陽光。わずかに匂うやわらかい風。家畜たちののんびりした啼き声。
こういった光景を見たり聞いたりするのももうないのだと思うと、途端に寂寥感に襲われる。
道中、いつものように会話はない。
しかし、将軍はいつもと違って機嫌がよさそうに見えなくもない。
いかつい顔にやわらかい笑みが浮かんでいる。
その両頬にえくぼが出来ている。
このとき初めて、彼が笑うとえくぼが出来ることを知った。
同時に、それが可愛らしいと思った。
そう思ったことに、自分でも驚いてしまった。
湖を見下ろせる丘があり、草の上に直接座り、バスケットの中身を広げた。
「朝、急いで作りました。あなたの好きな具材ばかりです。たくさんあります。全部食べてしまいましょう」
タマゴとハムとチーズ。
彼は、野菜以外は大好きなのだ。
ふたりして無言でかぶりつく。
「どうですか?」
尋ねてみた。
「美味い」
ひと言だったけれど、答えてくれたのがうれしかった。
ランチ後、草むらの上に寝転んだ。
ふたりして並んで。
「任務を終えてここから放り出されたら、帝都に行って事業を始めるつもりなんです」
驚くべきことに、青い空と白い雲を見ながらそんなことを口走っていた。
ほんとうに驚いた。
このわたしが自分のことを話すなんて、このゆるゆる生活でたるんでしまったのかもしれない。
(だけど、いいわよね? 将軍とは二度と会うこともないし、話したところでどうってことはない。いえ、ちょっと待って。それよりも、彼に頼んでお客を紹介してもらうのもありよね。そうだわ。彼自身もお客になるかもしれないじゃない?)
われながら現金だしがめついと思った。
だけど、彼が客になるかもしれない。
想定外の思いつきに、なぜか心が躍った。
ただ黙って聞いてくれている彼に、ひとりで喋り続けた。
「何でも屋」について、ベラベラと喋り続けたのである。