あくまでも偽りの夫婦
調査の合間、夫婦のふりもしなければならない。
食事、視察、散歩等々。
人の目があるところでは、一般的な夫婦を演じる。
将軍もわたしも、である。
彼はわたしをエスコートし、わたしは素直にエスコートされる。
彼はわたしをいたわり、わたしは彼に甘える。
そんな一般的な夫婦を演じ続け、それにも慣れつつある。
不思議なもので、これまで任務で妻を演じたことは数えきれないけれど、今回一番しっくりきている。
いいえ。しっくりというより、心から妻役を楽しんでいるといっていいかもしれない。
将軍が夫を演じていることをわたしは知っているし、彼もわたしが妻を演じていることを知っている。
おたがいにわかっていることで、精神的にラクだからに違いない。
そうとしか考えようがない。
とにかく、彼との偽装夫婦は居心地がいい。居心地がよすぎる。
よすぎるから、ついつい「このままでもいいかな」と、とんでもないことを願ってしまう。
そこでハッとし、すぐに頭を振ってそういう願いを頭と心から振り払う。
そんな的外れな願いに当惑するわたしの横で、将軍はごつい顔を赤らめ、不気味な表情をしながら見事な夫役を演じている。
もっとも、かぎりなく無口だけど。
いつも一方的にわたしが喋るか、あるいはふたりで無言でいるか……。
正直なところ、無言のままでいてもいいのである。
ふたりでいっしょにいるということだけで、穏やかでやさしくなれる。
そういう気がするから。
夜、寝室でふたりきりになる。
が、彼は初夜で宣言した通り、いっさい手を出してこない。
彼は、巨体にはサイズの小さすぎる長椅子で眠っている。
「わたしが長椅子で眠るので寝台で眠ってくれ」とお願いしても、彼は頑なに拒否する。
寝台は広い。ふたりで距離を置いても眠れるだけのスペースはある。
だから、寝台で一緒に眠ろうと提案しても、彼は首を縦に振らない。
その頑固さに辟易するのはいうまでもない。
そのような中、鉱物の不正取引の実態を暴くことが出来た。
しかも、将軍には気づかれずに。
関係者たちがグルになり、他国に売りさばいているのである。
将軍に報告するかどうか迷った。
が、いまの彼の意図が読めない。
だから、証拠を押さえることにした。その上で彼に報告書を叩きつけ、さっさとここから去るのだ。
実際のところ、任務の変更指示は受けていない。ということは、わたしはこのまま当初の指示に従うのみ。
最大の不正を押さえさえすれば、わたしの任務はそれで終わる。
この偽装結婚も終わりを迎える。
この結婚生活が終るのは惜しい気がする。それから、ちょっとだけ寂しい気も。
こんな気持ちになるのもまた、他の任務ではなかった。
同じように妻を、あるいは母や娘を装うことは多々あった。
が、任務が終りそうだからとこんな気持ちになったことは一度もなかった。
(やはり、心の持ちように違いない。精神的にラクだもの)
すくなくとも将軍はだましていない。彼に嘘はついていない。
まぁ、名前や経歴などは偽っているけれど。それは、軍の秘密機関に所属したときに偽りの存在になったから仕方がない。
たとえ上司であろうと、ほんとうのわたしの素性は知られてはいけなかったのだ。
それはともかく、こんな気持ちとも早くさよならをしたい。
というわけで、掴んだ情報を将軍に知らせることはやめておいた。