任務開始
レドモンド侯爵領の屋敷で結婚した翌日から、さっそく調査を開始することにした。
レドモンド侯爵家の使用人たちには、「慈善活動狂い」の偽善家を装うことにした。
まぁ、実際わたしは孤児院や病院やその他もろもろの機関に匿名の寄付を行っている。だましているわけではない。
それはともかく、とりあえず慈善活動を名目にすれば、不自然ではない。
慈善活動は、王都にいる上流階級のレディたちの間で流行っている。そのことは、このアルドリッジ帝国民の多くが知っている。だから、帝都からやって来たわたしが慈善活動をしていてもおかしくは思われない。
そして慈善活動家のわたしが、困っている人や助けが必要な人を求めて領地内を隅々までまわる口実が出来る。
性格的には、典型的な貴族のレディという設定にした。
つまり、そこそこやさしく、そこそこワガママ、そこそこ天然。
そういう感じ。
悪女すぎてもいけないし、聖女のごとく良すぎてもいけない。それをいうなら、聡明すぎてもいけないし、バカすぎてもいけない。
任務上、化ける基本は普通。一般的。平凡。
特殊な場合をのぞき、それらに徹する。
周囲に溶け込み、馴染む。
目立つことだけはしてはいけない。
侯爵家内はもちろんのこと、領地内もいろいろまわってみた。
レドモンド侯爵領には、国内有数の産出量を誇る鉱山があり、それが侯爵領の主要な財源となっている。というよりか、このアルドリッジ帝国の財源のひとつといってもいいかもしれない。
レドモンド侯爵領は、それほど貢献しているのである。
それだけに、ここで行われている悪事は数えきれない。
当主である将軍がずっと不在であることをいいことに、代理で侯爵家の管理を任されている管理人や役人、鉱山の関係者や商人、果ては侯爵家の執事まで、一部の人たちが不正に関わっている。
これまで、将軍はそれを知りながらもなにも出来なかった。
将軍は、戦争での権謀術数には長けていてもそういうことは不得手だからである。
だからこそ、わたしが雇われたわけだけど。
将軍に同道し、管理人や関係者から鉱山を案内してもらってから鉱山の管理体制や経営について詳しく話を聞いた。もちろん、帳簿なども調べた。同時に、鉱山内をまわってさまざまなことを見聞きする。
鉱山では、労働者やその家族への不当な扱い、規定された労働条件や福利厚生が守られていない。それらを明るみにすることは簡単だった。傷病手当てについても、支払われていなかったり微々たるものだったりする。労働者自身やその家族の生活が保障されず、放置されたままになっている。その数は、ひとりやふたりではない。じつに数百人単位の人たちが、当たり前の生活を享受出来ていないのだ。
まずは、その人たち向けに寄付をした。
もっとも、これはしなければならないことなのだけれど。
迷ったけれど、侯爵の名とわたしの名で行った。
彼が将軍職を辞せば、おのずと領地経営に力を入れることになる。
今回のこの調査は、その為の下地になる。
それなら、いまのうちに領民に対して彼の株を上げなければならない。
その為に、彼の名でも寄付を行ったわけである。
さらには、彼に労働者たちの労働や福利厚生の改善を徹底的に行うよう、アドバイスをした。
これは、任務内容に直接関係ない。
わたしのサービスである。
将軍は、すぐに対応してくれた。
じつは、それが意外だった。
「冷血将軍」は、領民や使用人たちには冷酷非情だと勝手に思い込んでいた。
だけど、すぐに思い出し、そんなことを勝手に思い込んでいた自分を恥じた。
彼は、部下である将兵たちを自分のことより優先する。そして、いたわっている。将兵たちだけではない。占領国や敗戦国の人たちにたいしても、節度と敬意を払っている。
そのことを思い出したのだ。
いずれにせよ、「冷血将軍」はすぐに対処してくれた。
まずは労働者たちをどうにかしたい。
不正については、それからでも遅くはない。