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この世界の光と影  作者: 混乱天使
第一章 風花湾、冬の精霊
8/50

其の八 霧松

 寒いな。めっちゃ寒い。

 人々はよく言うでしょう、旅人が一番好きなのは、旅の途中で立ち止まって休むそのちょっとした時間。全身の疲れを放り投げて、宝探しも目的地もミッションも全部忘れて、何も考えずにただ体がほぐれるのを感じるんだ。まるでふわふわのマシュマロになるまで。そう、僕も昔はこの考え方に賛成だった。なぜ過去形かって?その答えは簡単で、ある意味当たり前だから。確かに休むことは好きだけど、今は違うし、この場所で休む気にもなれない。

 そう、見ての通り、僕と凛は雪山で調査中だ。今、二人で雪の上に座って休んでいる。そう、二人だけだ。仁也は家にいて無生の世話をしている。だから今朝の調査には参加できなかった。正直言って、篠木家の兄弟たちが今後調査に参加できるかどうか、僕にもよくわからない。昨日、無生を見舞いに行ったけど、彼の状態はあまり良くないんだ。仁也も言った、無生の熱は少しは軽減してきたみたいだけど、それでも元気がないんだ。

 僕が駆け寄ると、その場面の深刻さに気づいた。正直、ちょっと怖くなった。凋零症候群の症状はよく知っているが、それはすべて書籍の知識だ。実習癒術士のように、様々な患者を見て、光の魔法を使って治療しようとするのは、僕にはできない。そして、たとえその能力があっても、無生のように重篤な病気は癒術士でも治療できるものではない。

 無生の右腕は完全にやられてしまったんだ。病気でほんとに青白くなった腕に、今じゃ紫のラインが走り回っている。まるで凶暴なヘビが彼の細胞や血管を這っていくみたいに。亡霊の呪力が容赦なく人間の弱い体を蝕んで、鮮やかな赤い血を暗い色に染めていっている。

 無生が言うには、もう右腕はほとんど動かせないんだって。でも、こいつ賢いやつだから、数ヶ月前から左手で文字を書く訓練を始めてたんだ。だから、右腕が悪化しても、文字を書くことには支障ないって言っていた。まあ、そういうわけで、この腕はもうほとんど使い物にならない。調査の内容を記録したり、考えを書き留めることができれば、彼はいまだに探偵団の中で頼れる存在だ。

 もし僕が早く行かなかったら、あのかわいそうな右腕を兄弟たちは切り落としてたかもしれない。だが、それでも無生の病状は遅らせられるわけじゃない。それどころか、もっとトラブルを引き起こすだけだろうって、彼らに直接伝えた。結局、その狂った考えを捨てることになった。

 そういえば、エミが来なかった理由はなんとも信じられないものだったよ。朝一でひらめいて、寝室のベッドの下にある大きな箱の中の古いものを探して、過去を思い出すつもりだったって。正直なところ、僕はそんな彼女の考えには反対しなかった。誰しもが懐古したいときがあるってのは自然なことさ。でも彼女は自分とエイの写真がなくなったと言った。それは村長が当時の村唯一のカメラで兄妹の写真を撮ったもので、彼女にとってはとても貴重なものだったって。なんで今日、彼女が箱を漁っていてそのことに気づいたのか、僕にはわからないけど、とにかくその写真は見当たらないんだ。どんなに説得しても、彼女はそれを見つけると言い張って、かなり根気よく探し続けた。そういうわけで、今朝の調査をあっさり諦めることになった。

 は......もしエミがそばにいたら、彼女の手を握って少しでも暖かくなれるのに。今、この可搬式の暖炉を失ったら、本当に雪山で凍死するかもしれないな。

 さて、まだ気をつけるべきことがあるでしょうか?今休憩してるから、急いで考えてみよう。計画を立てる前に、無生の時間は限られてるから、一刻も無駄にできない。考えてみると......そうだな、墓場の白鈴花、赤ん坊とメッセンジャー。

 お墓のことは一旦置いといて、本当に頭を悩ませるのは寒鴉たちのことだ。そう思うと、横にいる凛を見てしまった。彼女は静かに座って、雪地に指で円を描いている。

 ふん。彼女、まるで無害そうな顔してやがるな。昨日、メッセンジャーが手を貸してくれなかったら、僕、おそらくエミにその杖で容赦なく叩きのめされてた。いや、もうメッセンジャーじゃない。そのお方には名前がある。「韋陀天」ってやつだ。それか、僕、その恩人を韋陀天様って呼んだほうがいいかな。

 誰もがビックリしたのは、凛が捕まえて解剖してた寒鴉がちょうど「赤ん坊」だったってことだ。なんで赤ん坊って呼ばれてたのか、さっぱりわかんない。たぶん、あんまりにもバカだったから凛にやられてしまった。昨日、エミが赤ん坊の行方を尋ねてきたとき、マジでビビった。頭を使って、白鈴花の花びらを韋陀天の背中にペタッと貼り付けて、なんとかエミをだましてやった。でも、エミの秘密の武器は耳だとを忘れていた。幸いなことに、韋陀天が赤ん坊の鳴き声をマネして、なかなか上手くやってくれたおかげで、エミは最終的に赤ん坊が無事だって信じ込んでくれた。

 韋陀天、完全にストライキを起こした。「赤ん坊」が新しい使者になっちゃった。昨日、薄桜城に手紙を届けに飛ぶとき、エミはこの「赤ん坊」が韋陀天ほどうまくいかないと心配していた。でも、その心配は明らかに無駄だった。心配すべきは、この僕だ。今は「赤ん坊が手紙を届けるために村を離れる」という理由で、一時的に時間を稼ぐことができる。数日後に戻ってきたら、エミをどうやってだまし続けるか考えなきゃならない。韋陀天が自分と赤ん坊の両方の役割を果たすようなことは、ありえない。カラスだってそんなことを見たら狂っちゃう。

 しかし、探偵団のみんながこの殺人事件の重要性を理解して、寒鴉たちを傷つけないことを厳かに約束してくれたのはありがたい。彼らもその鉄パイプの威力を理解しているはずだ。エミ以外の探偵団のメンバーは、赤ん坊が我々の調査のために偉大な犠牲を払ったことを絶対に忘れないんだ。


 よしよし、そんなことはここまでにして、今は調査に戻ろう。目標はやっぱり寒鴉たちの巣を見つけることだ。そうだ、無生が以前描いた地図を見てみよう。おい、マジでこんなシンプルな地図かよ。大きな円が雪山を示してて、その中にいくつかの曲がりくねった線がある。たぶん山道を表してるんでしょう。それにたくさんの赤い叉が散らばってるんだけど、どうも目的地のマークみたいだ。

 で、それから?それで終わり?やばい、もう迷っちゃったかも。なんでかって?それはな、凛ってば地図のことなんて全然気にしてないから、全部僕が覚えてなきゃならないんだ。雪山を登り始めた時から、地図と照らし合わせながら、位置やどの山道を通ってるかをちゃんとチェックしていた。でも、ちょっと休憩している間にほかのこと考えてたら、今振り返ったら、なんかすべてを忘れちゃったみたいだ。

 どうしよう。凛、何かいいアイディアないかな。もう雪の上でサークル描いてる場合じゃないんだから、さっさと考えてくれよ。

 「迷子になったって?冗談でしょう。こっちだよ、南東の山道の真ん中よりもちょっと左にいるよ。」

 彼女は僕の手から地図を取って、サッと僕たちの位置を示した。本当に彼女、冗談でも言ってんのか疑いたくなってきた。

 僕の疑いを察したのか、少女が微笑んだ。

 「ねね、ハンターの直感を軽んじないで、旅人。こっち見て。」

 彼女の指示に従って見ると、一本の枯れ木があった。幹の真ん中がどこか黒ずんでいる。ってか、違うな、それは染みじゃなくて、ハッキリ言って焦げていた。

 ――これはなんですか?

 「マーカーだよ、マーカー。今、私たちは61番目のマーカーの位置にいる。目的地まで、もうちょっとで30分ぐらいだよ。」

 ――61番目ですか?

 「うん。」

 少女は頷いた。その自信に満ちた顔つきが、彼女が冗談を言っていないことを僕に教えてくれた。同時に、その燃えるような赤い瞳が、僕を見下すような嫌悪の表情を浮かべた。まずいな。立派な旅人の僕、若いハンターに馬鹿にされていると思われたくはない。

 だから、凛は雪山によく詳しいんだよね。61番のマーカー、全部で何個あるのかな。610?まあ、確かにたくさんある。もしかしたら、凛が火の魔法で焼いたマーカーにもっと気を配るべきかもしれない。時間があれば、凛が地図にすべてのマーカーをひとつひとつ記してくれるかもしれない。僕、彼女を誤解してたみたいだ。雪山の地形について、彼女はもしかしたら完璧に熟知してるんじゃないかな。

 ――ならば、僕たちの目的地はどこですか?

 「67番のマーカーの位置、山中の洞窟の中腹。山道をひたすら進んで、先のほうまで行けばいい。」

 ――洞窟?なぜですか?

 凛が首をかしげながら、ちょっと見下すような目で僕を見た。

 「調査。それだけ。分かる?」

 探偵団の中では、凛はあんまりフレンドリーなタイプじゃないってのは認めた。この赤髪の少女、なんかずっと僕に対して嫌な感じしてるし、性格もそんなに良くないみたい。だからこそ、あんまり凛と一緒に行動したくないってのもある。でも、なるべく彼女を刺激しないほうがいいと思う。なぜなら、赤ん坊がもう僕にそのデモを見せてくれたから。とにかく、彼女の言うとおりにしとこう。この雪山はこの赤いハンターの領地なんだから。

 ――だから、ここが終わりじゃないですか?

 前方の道は確かに終わってた。目の前には広大な松林が広がっており、ぼんやりとしていて、よく見えない。

 「いや。この松林を抜けて、先に進む。そうそう、旅人、霧松って知ってる?」

 ――霧松?

 森に入ってすぐ、その奇妙な植物たちの不思議さを感じた。風花湾は厳しい冬の地だけど、この松林の中はまるで外界と切り離されたような雰囲気だった。どこまでも広がる温かな霧が漂い、空気は濃厚な香りで満たされていた。まるで雨水が土壌を洗い流した後のような匂いだ。今、僕はちょっとハマってしまった。この小さな美しい幻想の世界は、外の荒野の世界をすっかり忘れさせてくれるほどだ。

 凛の話によれば、霧松の根っこにはちゃんと発熱能力があって、地表の雪や土の中の氷を溶かし、たくさんの水分を吸い上げることができるらしい。余分な水分は、幹の細かい穴や針のような葉っぱの先の気孔を通じて、暖かい霧として放出されるって話だ。

 「見て、きれいな布をこんな風に木の枝に吊るせば、調査して戻ってきたときに水が絞り出せる。この水、雪水よりもずっと綺麗だよ。旅人、それで味見してみる?」

 凛は自慢げに、彼女が知っている小技を紹介してきた。僕は真剣に頷いた。

 さっとハンター風の清水装置を設置して、僕たちはまた進んでいった。正直言って、足をわざと遅くして、この暖かい霧の中でちょっとだけ居座りたかった。こんなの、僕にはめちゃ心地よい。でもエミなら絶対にこの霧松を好まないでしょうね。

 「待て。」

 凛が霧松に関するちょっとした情報を聞きたかったが、その時彼女は突然僕を止めて、静かにしろと合図した。

 「静かに。」

 彼女はそっと囁いた。

 まだ何が起こってるかサッパリわからないけど、とりあえず彼女に従うことにした。頷いて、彼女につられてゆっくりとしゃがんだ。

 周りは霧に覆われていて、何も見えない。でも、凛の行動から察するに、何か見つけたっぽい。彼女の表情が厳しいし、周りの変化をビシッと見張っている。

 マジか、敵?今、ここで?僕は急にビビり始めた。この霧の中に何が隠れているのか、誰にもわからない。ハッキリ言って、敵だってこの霧を利用して、僕たちを不意打ちするチャンスを狙ってるかもしれない。

 手に感じるものがまるで違う。なんとなく、空気を握っちゃった!気づいたときには、事態の深刻さを理解した。腰には刀の鞘すらなく、刀を抜くこともできない。そうだ、僕の武器、もうエミに没収されてた!今、おそらく霧の紗と一緒に、墨雪家でゆっくり眠っているんだ!

 凛はすばやく背負っている弓を下ろし、そしてしっかりと持ち上げた。彼女は身につけている矢筒から矢を素早く取り出し、装填し、弦を引いた。目を閉じ、深呼吸をした。そして目を開け、前方の地面を見据えた。

 わあ、これが凛のハンター形態か。今、彼女はまるで彫刻のように、一動もしない、音も立てない、ただ狙いを定めたまま。僕も必死に一動もせず、息を止め、静かに待っている。

 「ドン――ドン――」

 何か変な音が聞こえる。えーっと、待って......なんだか、自分の心臓の鼓動音だった。

 時間がその一瞬、凝固したかのように感じた。しかし、直感が教えてくれる、何かが起ころうとしていると。

 「シャッ!」

 目の前で微かな音が聞こえる。

 来た!

 何かが霧を突き破り、真っ直ぐに僕たちに向かって来る。それは何ですか?雪のかたまり?

 僕が叫びかける前に、凛はすでにトリガーを引いていた。力を溜めておいたその短い弩の矢は、流星のように飛び出し、その白いものに正確に命中した。それは苦しそうにもがき、奇妙に雪の上で転がった後、動かなくなった。

 狩りが終わると、世界は静まり返った。急いで近づくと、地面には一匹の死んだ小動物が横たわっていた。

 「その雪兎を持ってきて。」

 凛の一言で、この完璧な狩りは幕を閉じた。彼女が命令するように手を振ると、僕は彼女に白い目を向けた。

 ――おい、花見!びっくりさせましたよ!敵が来たかと思って......

 「はぁ?」

 凛は傲慢な笑みを浮かべた。

 「私の領地には敵などいないわ。おどおどした腰抜け以外ね。」

 ――ふん。

 まあいいや。凛の言う通り、このウサギはめちゃ美味しそう。正直言って、今、凛に対してちょっと尊敬の念すら抱いている。これが伝説の『雪原狩人』か、かっこいいな。


 ――六十七!

 あはは、まったくその通り。松林を抜けてから、5つのマークを通り越して、今これが最後の、67番目のマークだ。

 でもって、このルートには他に分かれ道もないし、なんでこんなにもマークが必要なのかな?まあいいや、凛がそうするってことは、きっと理由がある。とにかく、目的地はもうすぐそこだ。

 今日は雪も降らず、天気も晴れ渡ってる。青い空を見て、雪山の新鮮な空気を吸って、気分も爽快だ。でも、この気分はもうすぐ壊されそうだな。僕たち、凛と一緒に、目の前の暗い洞窟に入っていくんだ。

 ――で、花見。ここを寒鴉の巣と思いますか?

 「以前来たことはある。中でカラスと出会ったことは確かにあったけど、巣は見つからなかった。」

 おっ?じゃあ巣がないってことは、ここにまた来る理由って何?いや、普通の考え方じゃだめだ。寒鴉は性別がないってことは、普通の鳥のように繁殖しないはずだ。つまり、卵を産まない。この推測は事実に合っている、探偵団のみんなは今まで寒鴉の卵を見たことがないから。卵がないなら、巣を作る必要もないかもしれない。だから、鳥の巣のようなものがないからといって、寒鴉の巣がないとは言えないんだ。

 「旅人。」

 凛は何かをつぶやいた後、手に持っていた松明が突然点火された。微かに魔力の波動を感じ、彼女がさっき魔法を解放したことを確信した。その後、松明を僕に手渡した。

 「行こう。君の調査時間だ。」

 うん、さすが探偵団唯一の魔法使いだ。魔杖を直接松明に改造して火の魔法で点火する、確かにいい考えだ。ただし、足を早める必要がある。僕は長引きたくないから。もし魔杖の先に布で包んだ油が燃え尽くしたら、次に燃えるのは魔杖自体かもしれないから。

 光があれば、調査もずっと簡単になる。凛が言った通り、ここでは寒鴉の跡を見つけるのは無理だ。地面の雪の中に、たまに黒い羽根がちらほら見つかた。それだけじゃ、ここに寒鴉がやってきたことを示すだけだ。洞窟全体がそうなんだ、冷たい岩壁と、うっすらと積もった雪、それに羽根ばかり。ちょっと手を加えれば、この洞窟は登山者たちの避難所になりそうだ。

 残念だが、寒鴉たちはここを好まないようだ。洞窟の奥まで来て、目の前にはただ冷たい岩壁が立ちはだかる。

 調査はむなしく終わりそうだ。でも、なんだか違和感がある。思わずマフラーを外して、岩壁に顔を寄せて深呼吸をした。

 ――ス......

 「旅人、何をしてるの?」

 ――フ......匂いがおかしいです。

 「匂い?どういう意味?」

 簡単に言うと、寒鴉の匂いが強すぎる。説明が難しいけど、ただ寒鴉の匂い。おそらく、それらと長くいたせいか、自然と感じるようになった。亡霊生物特有の微かな腐敗臭、何か肉を食べた後に漂う生臭さ、そして黒い血液から微かに波立つ呪力の気配。これらが混ざり合って、しかもこの洞窟の中で。明らかにちょっとおかしい。

 匂いの出どころを注意深く探し、手で岩壁をそっと撫でる。自分でも認めるけど、動作はずんぐりしたトカゲみたい。でもこれが間違いなく、調査における最善の姿勢だ。

 ――こっちよ、花見。

 「あら?どうしたの?」

 —―こっちを見て、この隙間を見てください。

 凛がワクワクして駆け寄ってきて、急に目を丸くして驚いた。彼女がすぐに僕の意味を理解してくれたのが嬉しかった。彼女が松明を掴んで、その微かな隙間に近づいたが、中は暗すぎて何も見えない。指で岩壁をそっと叩き、それからしっかりと耳を澄ませた。

 ――そうでしょう。

 厚いはずの岩壁が、まるで薄い紙のように感じられる。そっと叩くたびに、キンキンとした反響が聞こえ、地面に砕ける音も聞こえた。

 そう。洞窟の奥の壁に、この一部分だけがスカスカになっている。自然にできたもんじゃない、わざとこんな風に仕組まれた感じがする。誰がこんなことするんだ?村人?寒鴉?それとも、みんを襲われたあのおぞましい亡霊?

 でも、それはどうでもいいことなんだ。凛が力強く一撃で、その薄っぺらな岩壁が完全に崩れてしまった。目の前に現れたのは、狭い通路だ。そう、ここは洞窟の終わりじゃなく、むしろもっと奥へ続いてるみたいだ。

 「後ろからついて、旅人。気をつけてね。」

 ――えっと......先に行かせるって言ったじゃないですか。

 「だって君、弱すぎるから。前に行ってビビって、逃げ出されても困るし。」

 凛が肩をすくめながら言った。

 おい、そんなに素直に言われても。まあいいや、今は武器も持ってないし、弱いのは確かだ。頼りになる少女ハンターが前に行こう。

 そんなわけで、僕たちは横に傾けて、狭い隙間をぴったりと進んでいった。凛はちょっと苦しそうだったけど、僕は何ともない。まあ、貧乳だっていいことあるんだな、って笑っちゃった。

 十数メートルほど進んだところで、凛が足を止めた。彼女はまるで凍りついたみたいに、前をぼんやりと見つめて、一言も発しない。

 ――どうしたんですか、花見?

 「あの、ほら......」

 彼女は前に進んで、突然コーナーを曲がり、視界から消えた。急いで追いかけて、その瞬間、彼女の気持ちが一気にわかった。目の前に広がる光景は、まさに......

 大きくて広い洞窟、まるで立派な広場みたいだ。洞窟は天窓があり、明るい日差しが上から降り注いでる。ここではもう、雪原らしい景色じゃない。地面にはそっと流れる小川があり、周りの土壌にはみどりの雑草が生い茂っている。岸辺には低い雲杉が生えていて、熱い霧をふきだしている。洞窟の周りには巨大なつる植物が広がっていて、その太い枝には無数の寒鴉がとまっている。突然やって来た二人の旅行者に驚いて、それらは興奮して、大声で鳴き、空を旋回して、まるで歓迎の儀式をしてるみたいだ。

 そう、まるで別の夢のような場所じゃない。ここが寒鴉たちの巣穴であり、雪山の奥深くに隠れた巨大な洞窟なんだ!

 凛は驚きのまま固まって、口ごもる言葉もない。松明を消して、地面に座り込んだ。

 「見つけた、旅人。カラスの巣......ここか。」

 僕は頷いた。寒鴉たちはますますノリノリの様子、つるから次々と飛び立ち、鳴き声ももっと盛んになった。手招きして、ここのご主人様たちに敬意を表した。寒鴉たちはそれを見て、こちらに群がった。

 ただ、それがただの歓迎の儀式だと思ってた瞬間、地面が突然激しく揺れた。その一瞬、全ての寒鴉たちは素早く方向を変え、見事につるの上に戻って、すぐに静かになった。まるで何かを待っているかのように。

 あれ?どうした?

 その時、洞窟の奥から突然、巨大な咆哮が響いた。

 「ガァアアアアア!」

 その音、寒鴉の鳴き声よりも低くて、かなりのデシベルだった。耳にズキズキと突き刺さる感じがした、まるで嵐が襲ってくるみたいだ。

 なんだ、それは!

 そしたら、デカい影がぶわっと現れた。

 マジか、怪物かと思ったけど、違う、それは巨人のような鳥だ!その輪郭から見て、ちょっと高さが三メートルもあるみたいだし、両翼がビッシリ広がって、まるで世界をカバーしちまいそうな勢いだ。その翼から巻き上がる巨大な波が、僕の前に迫ってきて、足がガクガクして、思わず数歩後ずさりした。

 体がビクビクと震え出して、心臓がドキドキと激しく鼓動し始めた。僕だって亡霊連邦を渡り歩いたことあるけど、こんな気持ち悪い生き物は初めてだ。勝手に剣を抜こうとしたけど、全然ダメだってことに気づいた。

 「あああ!」

 背後からの巨大な叫び声に、僕はビクッと跳び上がった。急いで振り返り、恐ろしい顔を見てしまった。まるでパニックに陥ったようで、彼女は恐れて頭を抱え、パタンと地面に倒れ込んで、震えが止まらない。目からはもう涙が溢れている。調査に自信に満ち、無下に満ちた彼女が、今や魂を失った死体のようになっていた。それどころか、もうびくともしない。

 ――花見!

 しかし僕、ハンターの力を明らかになめてたみたいだった。彼女、あっという間に立ち上がって、地に落ちた魔杖と弓を無視して、振り向くこともせず、あの狭い通りに疾走した。僕にはちっとも見向きもしねいし、身体を擦りながら隙間をすり抜けるようにして必死で逃げ出そうとしてるんだ。

ちくしょう。

 余裕なんてない、あわてて振り返ってその後を追いかける。

 「ガァア!」

 背後からの巨人の寒鴉の鳴き声に、お構いなしに、ただ逃げるだけだった。

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