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この世界の光と影  作者: 混乱天使
第三章 薄桜城、白夜残影
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其の十五 幕間

 ――おい、風鈴。僕って…死んだのかな?今お前の目の前にいるこの蘭空祈、幽霊じゃない…だろ?

 「うーん…幽霊には見えないよ?いつもの祈君って感じ。」

 ――想像以上にヤバいな。いっそさ、気が狂ったとかじゃなくて、数分前に死んでてくれた方がマシだったかも。

 「こうやっていつも通り冗談飛ばせる祈君なら、全然大丈夫だよ。」

 …はぁぁ。

 長いため息が出た。

 本当にどうすればいいかわかんない。マジで、なにがどうなって僕が休憩ゼロでここまで来れたのか、さっぱりわからない。

 だって今――先覚塔、第五十層だよ!五・十・層!

 運動なんて嫌いな十四歳の僕が、階段オンリーで、ノンストップで、ここまで一気に登るとか…死ぬって。

 しかも運良く、五十階以上は特殊区画扱いになってて、転送門じゃないと行けない仕様なんだ。

 これがもし階段で行けるようになってたら――間違いなく、途中で階段の一部になってた。

 …まったく。

 なにがどうして、朝っぱらからこんな調査とやらで、風鈴と一緒に先覚塔なんかに来てるんだろ、僕。

 ――なぁ、聞いてる?昨日は準決勝で、明日は決勝戦なんだよ?少しは大人しくしてさ、せめて大会終わってから先覚塔のこと考えたらどうなのさ。

 風鈴は僕のグチをまるで空気のように聞き流しつつ、五十階の通路を黙々と観察していた。つか、なんもないこの廊下、そんなに見るとこある?

 数秒後、風鈴は探索を終えたらしく、やっとこっちに応答する気になった。

 「時間がないんだ。僕の計画では、競技大会の決着と、先覚塔の爆破は、ほぼ同時に進行する。」

 ――はああ!?その二つ、何か関係でもあるっての!?「順を追って確実に」って言葉知らない?一個ずつ丁寧に終わらせてから、次に集中した方が、絶対うまくいくと思うんだけどなぁ。

 「あるんだよ、ちゃんと。」

 風鈴はまっすぐ僕を見つめた。

 「この二つ、どっちも外せない。綾との決勝戦に出たいっていうのは、たしかに僕個人の希望。でもね、大会自体が、爆破計画にとっても重要だよ。」

 ――なぁ、風鈴。お前さ、学園のスーパースターなんだよ?なんでそのままアイドル魔法少女じゃダメなんだ?今なら名声もあるし、待遇だってバッチリじゃん。さ、そろそろ手を引こうよ。ね?そういう爆破系のテロ行為、やめようよ?

 本当にそう思う。今の風鈴は、月影原でも指折りの人気者。その彼女が――表では学園の希望、裏では塔の爆破計画を立ててるとか。もしバレたら、みんなどれだけ傷つくか…

 「うん。さすが祈君、やっぱり頭いい。それこそが、『繋がり』なんだよ。」

 ――あ、すまない。そこまで言われると悪い気もしてくるけど、さっきのは適当に言っただけで、本気でお前の考えを理解したわけじゃないから。

 「有名になればなるほど、注目されればされるほど、僕の狙いが通りやすくなる。だからこそ、皆に見せる。皆に分からせる。僕『風鈴』が、何を願っているのかってことを。」

 ――はあ!?何それ!?普通さ、破壊活動とかって、もっとコソコソやるだろ?お前、まさか爆破現場にスポットライトでも用意するつもり!?ショーじゃないんだよ!その場で逮捕されちゃうって!

 「大丈夫だよ、祈君。この件については、自信あるから。祈君は僕の信頼できる仲間。だからこそ、僕も祈君に信じてほしい。」

 ――残念だったな。僕の目的は、証拠を見つけてお前を反省室にぶち込むことだから。

 「ふふ、つまり。逃げる気はないってことね?」

 ――当然。最後まで付き合うよ。そして、最後には綺麗に決めて、お前を止めてみせる。覚悟してろよ、風鈴。

 「じゃあ、楽しみにしてる、共犯者。」

 ――言われるまでもない。

 …パチン。

 ぴたりと、掌が重なる音。完璧すぎるくらい、僕たちは息ぴったりだった。

 うん、たぶん僕、ほんとにもうダメだ。

 この緊張感マシマシな状況で、どうしてこんな友情と絆に満ちた感動ごっこしてるのか、自分でもわからない。いや、わかってるのかもしれないけど…考えたくない。

 もし本当に風鈴が先覚塔を爆破しちゃったら。僕たちは、どうなっちゃうんだろう。

 …はは。考えたくない。怖くて。

 なんでだろ。どうして僕は、このヤバすぎる子について来ちゃってるんだ?

 罪へ、深淵へ、一緒に歩いている自覚があるのに。それでも立ち止まれないなんて、なんなんだ僕は。

 …もしかしたら。

 僕の中にも、初期設定の僕がまだいるのかもしれない。風鈴のことを応援したがる僕。一緒に何か面白いことをやりたいって騒ぐ僕。

 そいつは今の蘭空祈を否定してる。この用心深くて、お行儀よくて、貴族なんて肩書き背負ってる僕を――否定してる。

 彼女に手を貸して、僕に何の得があるのかなんて、何一つわからない。

 なんで、彼女の悪巧みに目をつぶって、つい協力しちゃうのか、わからない。

 なんで、結末が最悪だってわかってるのに、わざと目を逸らしてるのか。

 どうして僕は、この変人で、危険で、そして――やたら魅力的な少女の友達でいようとするのか。

 …いや、わかってるのかもしれない。

 答えは、すごくシンプルで、すごく最低で、すごく認めたくなくて、でも――心のどこかでは、もう受け入れてしまっている。

 ――「僕も、やってみたかったんだ。」

 …はは。やっぱり僕は狂ってる。

 これが「呪い」ってやつなのかもな。一度でも風鈴みたいなやつと関わっちゃったら、もう抜け出せないんだ。


 ――で、結局どうするつもり?お前の爆破の具体的な方法が、まだ全然つかめないんだけど。

 「できるだけ内部から上層へ侵入して、窓から外へ出る。外壁をよじ登ってより上へ行って、塔の高所をぶっ壊す。」

 ――いろいろ引っかかるんだが。まず最初に訊くけど、爆破って言うならさ、最低でも爆弾とか起爆装置って必要だろ?で、その火薬はどこにある?今のところ、お前が何で爆破するつもりなのか、ぜんっぜん分かってないんだけど。

 「うーん……」

 ――おいおい。まさか魔法でやるつもりじゃない?先覚塔は強力な防御結界に守られてるんだ。外部から魔法でぶち壊すのは無理だって。内部からならまだ可能性はあるけどさ。

 「ふふ。爆弾については、僕なりに計画済みだよ。安心して、祈君。」

 ――その安心してが一番怖いんだが。なんで僕に見せない?見せてもらえないと証拠として押さえられないし、ちゃんとお前を反省室行きにできないだろ。

 「えへへ、信じてよ。絶対に、祈君をがっかりさせないから。」

 ――またそれかよ。

 風鈴はにこやかに僕の肩をぽん、と叩くと、廊下の窓を開けた。ためらいもなく、軽やかに窓枠を飛び越えて外のテラスへ。

 五十階の高さから、今にも転げ落ちそうなその姿。彼女は自分の力量を分かっているとはいえ、正直ひやひやする。

 ――おい、大丈夫?命綱とかつけない?

 「いらないよ。祈君はここで待ってればいい。じゃあ、また後でね。」

 そう言い残すと、彼女はまるでヤモリのように塔の壁面をつかみ、ゆっくりと上へ登り始めた。

 ――おい…

 普通の人間なら、足元を覗くだけで気が遠くなりそうな高さだ。だが風鈴はいちいち慎重に、しかも素早く、慣れた手つきで壁をよじ登っていく。十数秒も経たないうちに、彼女の姿は見えなくなった。

 慌てて僕も窓を乗り越え、テラスに立って上を見上げる。

 五十三、五十四…五十五階。彼女はもう五十五階のテラスに立って、こちらに手を振っている。心臓が潰れそうなくらい心配なんだけど、本人はなんだか楽しそうだ。

 なるほど、順調そうだな。よし、計画通り。僕はここで「王国斥候」の名に恥じぬよう、風鈴の見張り役でもやっておくか。風に当たりながら、彼女が塔を登るのを見守るだけでいいんだ…

 ん?

 …今、なんか聞こえたような。扉の閉まる音?それに、足音…?

 え、待って。ここって、僕と風鈴以外に誰かいたっけ?

 慌てて振り返ると、一人の大柄な人物が、自室の扉に鍵をかけているところだった。そしてそのまま、こっちへ歩いてくる。

 …ああ、ヤバ。

 運の尽きかもしれない。少し休もうと思ったのに、それすら許されないのか。

 くそ、油断した。そうだ、ここは第五十層。つまり大騎士たちの執務階じゃん!普通この時間には誰もいないけど、早起きな例外ってのもいるわけで!

 近づいてくるその人影。あれ、見覚えある。

 まさか…うん、間違いない。あの背格好と雰囲気、あれは…崎零先生!

 納得だ。あの人、教師陣の中でもトップレベルのワーカーホリックで有名だし。こんな時間にこの階にいても、なんら不思議はない。

そう。あの風鈴が嫌ってる人間――崎零。風鈴とバッタリ出くわしたら、間違いなく面倒ごとになる。

 けど、どうやら崎零はただの通りがかりっぽい。不審者を現行犯で取り押さえに来たわけじゃなさそう。

 一瞬ビビってた僕も、ようやく落ち着いてきた。

 とはいえ、僕は一応学生。先生を見かけたのに完全スルーってわけにもいかない。

 つまり、これから始まる会話の中で、「なぜ僕が朝からこの階にいるのか」、それっぽい理由をひねり出して説明しなきゃいけないってことだ。

 もちろん、風鈴のことは死んでも隠す。

 …よし。

 また始まったな、即興芝居タイム。風鈴のために、そして我らが偉大なる爆破計画のために――

 やるしかない、祈。全力で演じ切れ。


 慌てて窓をまたいで廊下へ戻ると、できるだけ物音を立てずに、そっと窓を閉めた。崎零に外の物音が聞こえないように、慎重に。

 そして僕は、完璧な貴族スマイルを作り上げた。礼儀正しく、誰が見ても模範的な微笑み。

 ――おはようございます、先生。いやぁ、バッチリ見つかっちゃいましたねぇ。

 「蘭空君か、おはよう。朝からこんなところに一人で…何をしているのかな?」

 正直、崎零のことは嫌いじゃない。むしろ、実力もあるし礼儀もあるし、すごくいい人だと思ってる。だからこそ、風鈴がこの人を嫌う理由が、今もわからない。

 まあ、風鈴だからな。アイツのやることに理由なんて存在しないようなもんだ。

 ――あのですね、先生。実は今日、ちょっと運動しようと思い立ちまして。階段を登るのが一番鍛えられるって気づいちゃったんです。

 「そうか、それはいい心がけだ。蘭空君が俺のアドバイスを聞いてくれたようで、先生としても嬉しいぞ。普段の授業ではあまり熱心じゃないけど…今日のこの行動、すごく立派だ。ぜひこのまま続けてほしいな。」

 …うぐっ。胸が痛い。罪悪感で胃が痛い。

 確かに、僕は戦闘系の授業は大の苦手だし、正直サボりがち。でも、こんな優しくて真面目な先生にまでウソをついてるとか…僕、風鈴のためにどこまで堕ちてるんだ…!

 ――はい、そうですね。やっぱり、僕も頑張らないとって思ってます。最近は競技大会もあって、みんなが戦場でキラキラ輝いてる中、僕はいつも観客席に座って見てるだけで、ちょっと悔しくなっちゃって…だから、少しでも追いつきたいなって。

 「そう、立派な心構えだ。君が本気で努力を続ければ、きっと大会でも良い成績が出せるようになるぞ。」

 僕のウソに、崎零はとても嬉しそうに頷いた。それを見て、さらに良心が痛む…

 でも、今「競技大会」というキーワードに先生が反応してくれたということは。今のうちに、うまく聞きたいことを探ってみるチャンスかもしれない。

 ――あ、そういえば先生。先生も競技大会、見ておられましたか?あの、風鈴のこと…覚えてます?以前、僕と一緒にいた子で…なんか、先生とも面識あったような。

 「あ、風鈴か。たしかに。」

 崎零は、少しだけ間を置いてから、落ち着いた声で答えた。意外にも、特に不機嫌そうな様子は見えない。

 ――先生は、彼女のこと、どう思ってますか?

 危険な質問だってのは、僕もわかってる。だって、風鈴が以前、崎零先生にやらかしたこと。普通なら悪印象しかないって思うのが当然だ。

 「彼女は、とても優秀な生徒だ。」

 数秒の沈黙の後、崎零の口から出た評価は。僕の想像とはまるで正反対だった。

 「君が気にしてるのも分かる、蘭空君。だが、昔のちょっとしたトラブルて、大したことじゃないんだ。あの子は実に優秀だし、王国のためにも大きな貢献をしてくれている。もちろん、先生としては…彼女にも、俺たちの思いを理解してもらえたらって、そう願ってる。」

 …はは、やっぱりか。風鈴…お前って本当に、何者なんだよ。

 やっぱり、彼女がここに来る前に、何かとんでもないことがあったんだ。「王国への貢献」って…あの変人が、そんな大層な言葉で評価されるなんて、誰が想像するよ。

 「それで。少し休んだら、また鍛錬を続けてくれたまえ。先生も応援してるぞ。」

 ああ、マズい。崎零も、風鈴の話はあまりしたくないらしい。その口ぶりから察するに、これ以上突っ込んでも情報は引き出せなさそうだ。

 ――わかりました。

 まあ、考えようによっては、悪くない展開かも。先生がもうここを離れるってことは、

風鈴の潜入作戦も、僕の任務も、無事クリアってことになる。

 「では失礼。蘭空君。」

 ――また会いましょう、先生。


 崎零が階段を一歩一歩と降りていくのを見送って、僕は静かにため息をついた。

 十分ほど待って、安全を確認してから。窓をそっと開けて、上を見上げる。

 そのとき、ちょうど風鈴が上の階のテラスの手すりを越え、身軽にジャンプして、僕の元へと戻ってきた。

 「お疲れ様、祈君。完璧な対応だったよ。」

 ――は、聞いてたのか。ほら、先生もお前のこと褒めてたじゃん?僕、やっぱ思うんだけどさ…崎零先生、いい人だよ?お前、なんであそこまで敵視してんのさ。

 「盗人。罪人。赦されざる者。僕は、いつか必ず…奴ら全員に報いを受けさせる。」

 …おっと。またあの地獄の炎みたいな目をし始めた。

 ――はいはいはい。今はその話題やめよう。でさ、調査のほうはどうだった?何か新しい進展あった?

 「えっと。やっぱダメだった。僕はね、せいぜい十数階くらいまでが限界。五十階からだと、スタート地点としてはちょっと低すぎる。」

 ――「せいぜい」十数階?いや、それめちゃくちゃすごいんだけど!?でもまあ…それ以上の高さに行くには、やっぱ魔法の転送陣しかないんだよな。階段で登れるのは、ここまでが限界だし。

 「…転送、か。」

 ――そうそう。五十階以上は特殊階層で、学園の厳重な管理下にある。各階の転送は、特定の鍵でしか起動できない。僕らじゃ、その鍵を入手するのは無理だよ。

 「そうか…うーん、困ったね。鍵、盗むしかないのかな。」

 あ。そこで、ふと思い出した。

 そうだ。僕―蘭空家の養子だ。

 ――ふふん。それなら話は早いよ、風鈴。

 「なんだよ、祈君。その得意げな顔、もしかして、もう策はあるってこと?」

 ――風鈴。お前、蘭空家のとっておきの場所、見てみたくない?祖父はさ、引退するまでは、薄桜城の有名な大法師だったんだよ。

 「なるほど…そういうことね。楽しみだわ、祈君。」

 ――よし!それじゃ、さっそく悠奈を探そうか。我らが偉大なるお姉様は、今でもその鍵をしっかり保管してくれてるはず。五十階がダメなら――七十八階。それだけあれば、さすがに十分だろ?

 「うんっ!じゃ、今すぐ出発する?」

 ――もちろん。出発だ!

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