其の十 エミと春の面影
夢を見た。
その夢の記憶は、もうずいぶん曖昧になっちゃった。でも、確かに覚えてる。私は、あの夢を見たんだって。
私はたくさんの人と一緒に旅をしていた。飛行船に乗って、王国の南にある「薄桜城」を目指してたんだ。それに、夢の中のあの人たちの姿も、まだちゃんと覚えてる。
村長、お兄ちゃん、墓守……みんな私の知っている人たち。
よく思い出してみると、白雪村の人たちもいた気がする。
金色の兄弟、彼らの名前は「篠木」。お兄ちゃんは私が殺した。弟は病気で死んじゃった。
それから、赤い少女――確か、名前は「花見」。正直なところ、私は彼女のことをあまり知らない。でも、篠木兄弟と同じく、彼女ももうこの世にはいないはず。
でも、彼女の「死」は、篠木兄弟のそれとは少し違う。篠木兄弟のことは、何か感じるものがあった。特に弟の方は、近いうちに私の仲間になりそうな予感がした。だけど、少女は…本当に、永遠の眠りについてしまった。
こんなふうに、彼らが私の夢に現れるのには、きっと何か特別な理由があるはず。そう思っていると、ふともう一人の存在が浮かんできた。
紫の少女。
記憶をたどってみても、風花湾でそんな人を見た覚えはない。ただ、ぼんやりと覚えているのは、彼女が何度も海へと身を投じたこと。それに、篠木のお兄ちゃんを救おうとしたこと。でも、結局救えなかった。
彼女の名前は?彼女はまだ生きてるの?どうして、こんな知らないはずの子に、私はこんなにも複雑な感情を抱いている?
…不思議な気持ち。
もしかして、これは「懐かしさ」なのかも。あの紫の姿を思い浮かべると、心が安らぐ。
もしかして、「愛着」なのかも。彼女の顔を、もっとはっきり思い出したくてたまらない。
もしかして、「知っている」からなのかも。紫の少女のこと、彼女が私たちとどんな関係なのかは分からない。でも、確かなことが一つだけある。彼女には、妙に馴染みのある雰囲気がある。
そう考えると、この夢は、ただの「私の夢」じゃない気がする。この夢には、もう一人の持ち主がいる。
そう、紫の少女。
彼女は私より先に目覚めていた。彼女の夢が壊れたとき、私は長い長い待機の時間へと落ちていった。
果てしない虚無の世界で。漆黒の静寂の海の中で。
私は待っていた。
そして――今、私は再び目覚めた。
視界が、だんだんとはっきりしていく。
霧松、石碑、石のベンチ、さまよう幽霊たち。
ここは、白雪村の墓場。墓守が守る場所。
でも、墓守の気配はどこにもない。もしかして、彼はもう死んでしまった?まだ若かったのに、そんなはずはない。何かあったのかもしれない。
まあ、彼の役目はすでに次の者へと引き継がれているようだし。きっと新しい仲間が、彼の代わりにこの墓地を守ってくれる。だから、私はそんなに悲しくない。幽霊たちのそばに、墓を守る者がいるのなら、それでいい。
…それにしても。どうして私は、ここで目覚めたの。
周りを見渡すと、簡素な木の棺があった。でも、蓋は閉じられていない。それに、棺のすぐそばには、ぽっかりと開いた大きな穴。掘り出された土は小さな山になっていて、その上にはスコップが突き立てられていた。
誰かが、私を埋葬しようとした?でも、なぜか途中でやめたみたい。
私が「死んだ」と思ったなら、普通はちゃんと埋めるはず。でも、私がここに横たわっているってことは…その人は、私が「生きている」とも思ったのかもしれない。
…よく分からない。
そっと地面に手を置くと、雪が一瞬で溶け、すぐに薄い氷となる。指先で空に小さな円を描くと、氷の鏡がふわりと浮かび上がった。
私は、映し出された自分の姿を見つめる。
真っ白な髪、真っ白な頬、真っ白な瞳――雪のように白く、冷たく、命の気配を感じさせない。
ただの病弱な少女みたい。でも、背中には蝶のような大きな翼が広がっていて。それは、人間の持つものではなかった。
そう、私はよく知っている。
私は「墨雪咲」。そして、邪霊「幻蝶」。
黒き死神ではない。海をさまよい、漆黒の羽をまとい、絶望の果てにいる者を狩る者ではない。
無邪気な人間の少女でもない。春と夏を夢見て、家族の帰りを待ち続ける、そんな小さな存在でもない。
黒でもない。白でもない。今の私は、ただの「幻蝶」。
だから、答えは分かりきっている。
「墨雪咲」は、死んだ。
時間神との約束どおり、人間としての私は消え、私は海の深淵へと向かう。
神は、私に使命の詳細を教えてはくれなかった。ただ、「その時が来れば、時間の扉が開き、神々の故郷へと至る」と言っただけ。
そして、今――
私は確かに、大海の咆哮を聞いた。
何かが起こっている。
そっと翼をはためかせ、風に乗って空へと舞い上がる。遠くを見つめると、大海の奥で巨大な波が荒れ狂っていた。
心臓が、ちくりと痛む。
これは警告。海が私を呼んでいる。神が私を呼んでいる。
迷っている時間なんて、もうない。
――海へ行こう。
大海の中心へ向かう道のりは、とても、とても長かった。
足元の氷原を覗き込む。かつては絶対に砕けることのなかった氷の大地。そこには、無数のひび割れが広がっていた。
広大な空の彼方で、私は雲海と一体になる。暖かな海風が私のそばをすり抜け、髪を優しくなびかせた。やわらかな流れる雲の中をすり抜けるたび、まるで大空に揺れるゆりかごの中にいるようだった。
蝶の羽がそっと動くたび、白い雲の糸がゆっくりと横へ流れていく。
凍りついた海のほとんどは、まだ厚い氷に覆われていた。だけど、海の中心部だけは、完全に砕け散っていた。
私はそこに押し寄せる波を、はっきりと見ることができた。
青く透き通る、穢れなき波――
けれど、今その波は、まるで恐ろしい死神のように、私の足元で高く舞い上がっていた。
もしかすると、あの波の中には、昔の言葉や笑顔が埋もれているのかもしれない。目を閉じ、息を止めると、ふと懐かしい光景が浮かんできた。美しい港町の桟橋に腰掛け、拾い上げた貝殻をそっと耳に当てる。そして、遠い故郷の潮騒に耳を澄ませる――
村、灯台…私が失ってしまった記憶の中で、それらはぼんやりとした輪郭だけを残していた。思い出そうとしても、何もかもが霧のように遠ざかっていく。だけど――風花湾は、ずっとそこにあった。白雪村も、ずっとそこにあった。
記憶のかけらは、やがて温かい手となり、私を包み込む。まるで眠りを誘うように、優しく、やわらかく…
目を開けたとき、私はすでに巨大な波を越えていた。足元には、小さな島が広がっていた。
島の上には、二人の人影。
そのうちの一人は、村長。そしてもう一人は…私が名前を思い出せない、紫の少女。
遠く離れていても、私は彼女の視線をはっきりと捕らえた。私たちの目が合った瞬間、私は驚愕する。その美しい紫色の瞳が、瞬く間に涙で満たされていくのを見たから。
彼女は瞬きをする。涙は止めどなくあふれ、頬を伝い、地面へと落ちていく。
…彼女は、泣いていた。
私は知らない。なぜ彼女が泣いているのか、分からない。
だけど、それを見た瞬間――
私は、ほんの少しだけ震えてしまった。
私はすでに亡霊。私の心臓はとうの昔に死んでいる。
なのに、どうして?
胸の奥で、圧倒的な感情が膨れ上がる。静かに凝縮し、ゆっくりと広がり、そして奔流となって私の中を駆け巡る。まるで、死んだはずの心臓が、再び人間のように鼓動を打ちはじめたかのように。
そして、その想いは、やがて呜咽となり、涙となり、私の心の奥底に眠っていたすべての感情が溢れ出した。
私はもう、堪えきれなかった。この世界に、すべてをぶつけるように。
島の上へと降り立った。
次の瞬間、私は少女へ向かって駆け出していた。彼女は両腕を広げて私を迎えた。そして、私たちは強く、強く抱きしめ合った。
「エミ…」
震える喉から、小さな声がこぼれる。その言葉が、私の耳元で優しく響く。
…だけど。
私は、まだ彼女の名前を思い出せない。彼女が…誰なのかを。
「…驚いた。こんな時に、ここへ来るなんて。でも…悲しくもある。だって、あなたもう、風花湾のすべての苦しみの一部になってしまったから。だけどね、エミ…」
彼女は、私の名を呼んだ。
「それでも、僕は…嬉しい。僕は、あなたがもうこの世界にはいないということを、ようやく受け入れることができたはずだった。でも、まさか…こんな形で、僕のもとへ戻ってくるなんて。」
――そう、人間よ。これが、君が目にする「三つ目の私」。
「じゃ、どれが本当のエミなの?」
――海の黒き死神、それは私。
けれど、もはや私は姫から与えられた役目を果たす必要はない。
――無邪気な少女、それも私。
だが、彼女は死んだ。私の寒霜杖によって、氷のように朽ち果てた。
――そして、今の私は、人間に近い姿をした邪霊「幻蝶」。
これこそが、最も「本当」の私。
「…すべてを知っているのでしょ?ならば、演じている?本当は、どう思っている?僕はずっと、『人間』だったのエミと過ごしてきた。一緒に笑った。穏やかな時間を過ごした。時には涙を流した。それは、『幻蝶』としてのあなたではなく、『墨雪咲』としてのあなたと…共に歩んだ時間だった。」
「だから、教えて。あなたは、そのすべてをどう感じている?幸せだった?嬉しかった? 人間として、この絆を心から愛おしく思えた?」
「それとも…ただ僕を笑っていた?僕の無力さを嘲り、僕の尽くしたすべてを蔑み、僕たちの物語を、ただの偽りで、浅ましい茶番だと思っていた?」
少女の言葉を聞きながら、私はただ、静かにため息をつくことしかできなかった。
心の中にあるすべてを、正直に、余すことなく伝えたかった。
けれど、どうしても、それができなかった。
だから、せめて。
私は彼女に、「白い約束」に関するすべての真実を伝えることにした。
時間神との約束。それは――
私は「人間の少女」という形を得ることができる力。つまり、私は邪霊になる前の、ただの人間だった頃の姿に戻ることができる。
そうすれば――
兄の面影を思い出せる。四季の美しさに、再び憧れを抱くことができる。深い思念の渦に沈み込むこともできる。灯台の上で、海を眺めることもできる。村長の可愛い孫娘でいられる。
…私は、「墨雪咲」に戻ることができる。
「幻蝶」の姿は、もうこの世界に現れない。代わりに、「墨雪咲」がそこに立つ。
もちろん、幻蝶としての記憶をすべて引き継がせることもできる。けれど、私は、それを強く拒んだ。
「墨雪咲」は、純粋でなければならない。だからこそ、私は幻蝶と墨雪咲をつなぐ橋を、完全に断ち切った。
私、幻蝶としての私は、風花湾のすべての謎と悲劇を知っている。でも、墨雪咲としての私は、それらの謎と悲劇に向き合わなければならない。
私、幻蝶としての私は、兄がもう戻らないことを知っている。春と夏が、もう決して訪れないことも、知っている。でも、墨雪咲としての私は、それでも泡影のような夢を見続ける。
私、幻蝶としての私は、風花湾を滅ぼせるほどの力を持つ。でも、墨雪咲としての私は、ただの儚い少女。いつ死んでもおかしくない、ただの「人間」。
時間神でさえも、私に尋ねた。
「面白いじゃん…そんなに馬鹿げた選択をした。ねぇ、どうしてせっかく得た力を封じ込め、弱き人間へと戻りたい?」
神は、不思議がった。神は、呆れた。まるで戯れを見ているように、私に説明を求めた。
答えは簡単だった。
忘れたくなかったから。自分のために、嘘でもいいから、美しい世界を作りたかったから。辛い現実を、受け入れたくなかったから。
私は…
ただ、夢を見たかっただけ。
そうして、「幻蝶」はしばらく消え、「墨雪咲」が戻ってきた。
だけど、神は、小さないたずらを仕掛けた「白い約束」は、「黒い約束」には干渉できない。
だから。もし、人間がこの海へ入り、秘宝の存在を脅かすのなら、私は、邪霊としての務めを果たさなければならない。
黒い羽。黒い蝶。黒い雪。黒い灰。それらが舞うとき、私は現れる。黒きマントをまとい、仮面をつけた死神…それが、「海神」と呼ばれる存在。
幸いなことに、「死の樹」の黒煙は、夜にならなければ消えない。人々は夜に海へ向かうようになる。だから、私は騙すことができる。紫の少女を。他の誰かを。
夜の帳に紛れ、誰にも気づかれぬように、私は処刑を執り行う。
これが私。
「幻蝶」であり、「海神」であり、「墨雪咲」である私。
これこそが、本物の私。
今や、時間海の秘宝は少女の手に落ちた。それはつまり、まだ姫から託された使命を果たしていないということ。約束に従い、姫によって処刑される運命にある。
「墨雪咲」も、白雪村の数々の災厄の中で死んだ。それは、神の祈りに応えられなかったということ。約束に従い、ここで贖罪を果たさなければならない。
どのみち、私の運命は今日、ここで終わる。
けれど。悲しくも、悔しくもない。
これが、私が自ら選んだ道だから。
だから今、海が完全に崩壊する前に、最後の機会を掴む。
私を愛してくれた人たちへ。私を信じてくれた人たちへ。別れを告げるために。
私は振り返った。
次の瞬間、村長は、突如として哄笑を上げた。
けれど、私は知っていた。それは決して、楽しげな笑いではなかった。それは、涙すら流せぬほどの、苦しみに歪んだ絶望の慟哭だった。
「は、はは…殺せ、エミ…俺を殺せ…もう遅い、もう全部終わった…」
体をめちゃくちゃに動かしながら、鬼のような苦悶の表情を浮かべながら、地面を這いずり回る狂気じみた蛆虫のようだった。
そのまま私の元へ這い寄ると、泥にまみれた両手で、私の右手を乱暴に揺さぶった。
彼は顔を高く上げた。私に喉をさらけ出すように。絶え間なく続く苦悶の叫びに合わせて、喉仏が小刻みに震えているのを。
「エミ…エミ!俺の喉を貫け、骨まで砕けてもいい…頼む…頼むから…俺という罪人を殺してくれ…」
――だめだよ、村長。そんなことはしない。今もなお、村長に感謝しているのだから。だからこそ、この自由を村長に託したい。
漆黒の短剣が、静かに降り立つ。
大地に突き刺さり、まるで死を告げる墓標のように、凛とした佇まいを見せていた。
「は、はは…」
村長は、それを見つめ、再びくぐもった笑い声を漏らした。
「自由か…それこそが俺への罰か。まあいい…もともと、俺にエミの赦しを受ける資格なんて、あるはずがなかった…」
絶望、悔恨、悲愴――全ての感情が、一瞬にして消え去った。
そして、彼の心に残ったのは、ただの静寂。その静寂が、死の虚無に変わった時。
彼は、短剣を拾い上げ、躊躇なく自らの喉に突き立てた。鮮血が、紅蓮の雨のように舞う。
村長は、もう何も言わなかった。ただ、静かに倒れた。
瞼を閉じようとしたが、死の間際まで、それは叶わなかった。だが、顔は泥の中に沈んだ。だからもう――この灰色の世界を見ずに済むのだ。
私は、まだ覚えている。
あの夢の中で、紫の少女が語った「物語」を。彼女が命を削るようにして掴み取った真実。しかし、それでも欠けていた最後の一欠片。
じゃ、今私はそれを解明する。
兄と村長にまつわる、最後の真実を。
実は兄は、悪魂と化した両親に殺されたわけではなかった。兄は、本当に薄桜城へと辿り着き、病を癒やした。そして一年半前、村長にこう告げた。
「咲に会うために、風花湾へ帰る」と。
本来なら、それは喜ばしいことだったはず。けれど、全てはもう手遅れだった。
村長は私の心を知っていた。私が兄への想いだけを、生きる理由にしていたことを。
だから、もし私が兄に会えたなら、すべてを手放し、命を絶つと知っていた。
兄か、私か。
村長は、迷うことなく、私を選んだ。
彼にとって最も大切な孫を、生かすために。村長は兄を見つけ、殺した。
その亡骸を飛行船に乗せ、雪山の頂へと墜落させた。
もしかすると、彼は分かっていたのかもしれない。私の配下である寒鴉たちが、全てを見ていたことを。
あるいは、彼はそれすらも計算に入れていたのかもしれない。寒鴉たちが真実を「墨雪咲」に告げることはないと知っていたから。
それらもまた主である私に、生きていてほしかったのだから。
こうして、村長と寒鴉たちの沈黙の協定が結ばれた。
しかし、やがて兄の魂は、強すぎる執念によって蘇った。両親のように、ついに悪魂へと変わり果てた。
因果と運命が、再びひとつに繋がった。
――哀れな村長よ。まだ足掻くつもりだった。海神の姿に偽装し、君の手から時間神の秘宝を奪い取ろうと。だが、私たちはよく知ってる。この秘宝など、所詮はただの鍵にすぎないと。もしかすると、彼はこの秘宝の力にすがりたかったのかもしれない。かつての私を取り戻し、あの天真爛漫だった少女を、再び自分のそばへ呼び戻すために。だが、それは叶わぬ夢だった。五年前、両親が海で大公に殺された時、すでに、全ては取り返しのつかないものとなっていたのだから。
「ようやく王国の鎖から解き放たれたんだ、村長は…そう、人間と亡霊の果てなき争いは、この剣を巡ってあまりにも多くのものを滅ぼしてきた。何を望んでいるのかは分からないが、エミ。僕は必ず時の心を持ち去る。この悲劇に、終止符を打つために。」
――はは。その覚悟をありがとう。私は他の何も望まない。ただ神の御心に従い、
己の贖罪を全うするのみだ。
「…エミ。僕はもはや正義を語る資格を持たない人間だ。だから、裁くこともできない。だがそれでも、エミはまだできることがあると思う。風花湾を救え。白鈴郡を救え。そして、すべての苦しみを終わらせる…あたなの命をもって。」
――死は贖罪ではない。それでは私の罪は決して清められない。亡霊にも、人間にも、顔向けできない罪を犯した。だから、もしかすると、これは神が与えた慈悲なのかもしれない…死ぬ権利という、慈悲。じゃ最後に、まだひとつだけ、小さな願いがある。
「…言ってみよう、エミ。できる限りのことをしよう。今までも、ずっとそうしてきたのだから。」
――じゃ人間よ。このすべてが終わった後、秘宝を預かってほしい。君に「背負え」とは言わない。ただ勝者の誇りを持って。この剣、時間神の秘宝を、ちゃんと守ろう。」
「難しいね。時間神も言っていた。この決断は、世界の在り方そのものを変えるかもしれないって。人間も、亡霊も、どちらも決してこのまま引き下がることはないよ。」
――大丈夫だよ。君なら、このすべてを乗り越えられる。なにせ、君は私たちの――「名探偵」だから。
「…はは。それなら、できるだけ、エミをがっかりさせないようにしよう。」
少女はそう言って微笑んだ。時の心を私に手渡した。
「さ、これを持って。」
静かに頷いた。時の心を手に握りしめる。
「じゃいこう、エミ。二度と生きて帰ってくるな。」
彼女はそう言いた。




