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この世界の光と影  作者: 混乱天使
第二章 時間海、無尽反響
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其の六 天海より

 荒野の果て、ただ時のみ永遠に在り。

 光と影は巡り、神は黙して見下ろす。

 古の声は塵と化し、今もまた土に帰る。

 嗚呼、運命の輪はなお廻る。

 新しきは古きを覆い、夢のように消えゆく。


 時空を越え、我が主ここに降臨す。

 時の海に生まれ、天海に眠る御方。

 人は知らず、ただ黄昏の鐘を聞く。


 暮色の空へゆく。

 残光に鐘鳴り渡り、世は静寂に包まれる。

 我は神の使徒なり。

 今、世界の命運を覆す——

 「至高の空・暮天鐘鳴」!


 「だから、これで簡単でしょ?風鈴、覚えた?」

 ――こんな長くて難しい詠唱なんて、覚えられるわけがないじゃないか。

 「なんだ。君みたいに頭のいい子なら、仮に忘れたとしてもすぐ思い出せるでしょ?」

 ――残念。期待に添えなくて、本当にすまないな、お嬢様。

 「まあまあ、気にしなくていいって。」

 ――気にしなくて…いい?

 「そうだよ。だって、仮に君が完璧に詠唱できたとしても、時の心の力は使えないから。だから、私の魔法を解放することなんて無理なんだよ。」

 ――なにっ?僕が使えない?

 「時の心ってのは、私、つまり『時間神』の宝物だね。正直、君が神の武器を理解できるほどの力を持ってるとは思えないよ。少なくとも、今の段階ではね。」

 ――じゃあ、なんでわざわざ詠唱を教えた?

 「だって、カッコいいじゃん。」

 ――なっ!?

 目の前には、少女のいたずらっぽい笑顔だけが浮かんでいた。

 その表情を見て、僕は怒りで頭が爆発しそうだった。

 「え?なんだよその顔。カッコよくない?これ、神様の魔法なんだよ。人間の基準で言えば『至高』レベルの魔法、そうでしょ?人間なんて、私みたいにそんな偉い魔法を扱えないのでしょ?」

 ――え…

 自称「時間神」というこの少女に向き合って、言葉が詰まった。

 時間海の危機的状況に対して、彼女はまるで気にも留めていないかのようだ。


 少女が言うには、僕が時の心を奪ったせいで暮鐘が壊れてしまったらしい。

 暮鐘が壊れると、島の周囲に張られていた結界が崩壊し、時間海全体の仕組みが根本から変わってしまう。海の深部に「凍結」されていた時間も、完全に制御を失うことになる。

つまり、結界の近くに存在していた高密度で凝縮された時間が、暮鐘の崩壊に伴い「凍結解除」され、その異常な時間が一気に通常の時間流へと拡散する。これにより巨大なエネルギーが世界中に分散され、最終的には全ての時間が均一な流れに戻り、新たな「平衡状態」に達することになる。

 世界全体から見れば、この異常な時間は取るに足らないかもしれない。だが、時間海とその周辺地域にとっては、甚大な災害を引き起こすだろう。

 もしこの時間の平衡化を地震に例えるなら、海の中心にある島はまさに震源地だ。凝縮された時間が島を中心に外側へ広がり始め、その衝撃は中心に近いほど強烈になる。最も影響を受けるのは風花湾や亡霊連邦の白鈴郡だ。それらの地域は壊滅的な被害を受けるだろう。

 少女によれば、強烈な衝撃波が時間海の氷層を完全に吹き飛ばし、凍結された海が一気に解放され、膨大な時間流が海水を巻き上げて巨大な津波となり、沿岸の全てを飲み込むというのだ。

 だからこそ、暮鐘を再び開かなければならない。今回は時間を「凍結」するのではなく「吸収」するために。新たな暮鐘が時間のエネルギーを抑制し、時間海全域の時間を正常に戻す役割を果たすことになる。

 つまり、暮鐘が世界全体に代わって、この時間の衝撃を引き受けるのだ。

 しかし、少女は言った。僕は時の心を使えないって。つまり、この状況を変える力が僕にはないということだ。

 では、彼女は一体何を考えている?

 僕に絶望を味わわせるために?時間神の秘宝を盗んだ罪に対する神罰として?それとも、ただの娯楽として?無力な生き物が死んでいく姿を楽しむ観客のように。

 全然理解できない。


 目の前に立つ彼女の姿は、ミルクホワイトのウールコートに、黒のセーター、ブラウンのチェック柄のスカート。黒いニーハイソックスの下には、かわいい革靴が覗く。

 この世界の服装とは思えないけれど、確かにそこに存在していた。

 長く黒いまつげの下には、うるんだ茶色の瞳。白い頬、小さな鼻と口はまるで精巧な人形のようだ。瞳と同じ色の柔らかな長い髪が背中に流れ、頭にはミルクホワイトのベレー帽をかぶっている。

 小柄な体躯なのに、独特な雰囲気を放っていた。穏やかで、優雅で、どこか悠然とした佇まい。

 悩みも願いもないように見える彼女は、この大樹の家で、ただ気ままな暮らしをしているだけだった。

 それが「時間神」だというのか。


 ――もし島に戻ることができれば、何か方法を考えられるかもしれない。でも、今の僕はここに閉じ込められている。僕を守ろうとしているのか?

 「違う。君にもう少しここにいてほしいのは本音だけど、残念だね。この後、君を元の場所に送り返すつもりだ。」

 ――じゃあ、僕に全てが滅びゆくのをただ見届けろというのか?風花湾の人々も、白鈴郡の亡霊たちも、そして僕自身も、一緒に死ぬ。それが僕への罰なのか?

 「そんなことないよ。君がここに来て時の心を手に入れることは、ずっと前からわかっていた。この世界でそれを成し遂げられるのは、君だけだからね。つまり、君は自分の選択をして、自分の使命を果たしたということ。だから私は怒っていないし、君を罰するつもりもないよ。」

 ――どうして僕?僕に何か特別なところがある?僕は一体何者だ?僕が本当に僕なのか?

 「さあ、どうでしょね。ほとんどの人はただ伝説を信じて時の心の存在を疑うけど、君だけはその存在を確信していた。そして誰も越えられなかった時間の障壁を、君だけが突破した。それ以外にも、いくつか理由はあるけど全部話す必要はないでしょ。風鈴、それでも君は自分が特別じゃないと思うのかい?」

 ――でも…

 「考える必要はないよ。君がこの世界にもたらしたものを。長年、亡霊たちや人間に狙われていた秘宝。その三つの鍵のうちの一つを、君は今手にした。他の人たちがそれを素直に受け入れると思う?王国はどう出る、そして亡霊連邦はどう出るの?世界は変わる、全く新しい道へと進むでしょ。」

 ――それがあたなの望みなのか?

 「誰にも分からないさ。こうあるべきだったと言えるね。『最大の変化』というものは、実は『不変』の一部なんだ。これは運命の転換ではなく、ただ世界が続くための一つの過程に過ぎない。」

 ――それがあなたの選択?それとも君が傾いている選択?

 「私は選択なんてしたくないよ。ただ君が選ぶのを待っているだけだ。でも、君が時の心を手に入れてここに来ると分かっていたから、実際には選択なんてものはなかったのかもね。全てが計画通りで、世界はいつも通り進んでいるんだ。」

 ――僕のことをよく分かっているみたいだ。でも、どうして?あなたは時間神で、僕はただの人間だ。どうして?

 「まあ。こんなくだらないことをここで考えるより、今目の前にある問題に集中した方がいいんじゃない?今、時間海は危機に瀕しているんだよ。」

 ――じゃ、僕はどうすればいい?僕は無力だ。絶望の中にいる。何をすれば、この場所を救える?

 「簡単だ。君を元の場所に送る。それから、『贖罪の者』が来る。君は迎えるんだ。」

 ――贖罪の者?君が言うには、僕は罪人じゃない。じゃあ、僕以外に誰を待っている?

 「うん。罪を背負った子が一人いる。その子が償いをする時が来た。そして君にはその証人になってもらいたい。うまくいけば、全てが無事になるでしょ。」

 ――どうやってそれを保証できる?どうやって確信している?神であるあなたが傲慢でないことを願う。

 「保証なんて必要ない。私は神だ。時間を司る神だよ。全ては計算の中にあり、全ては間に合うようになっている。それに、風鈴、君は気付いていないかい?もう君はこの地と繋がっているし、皆とも『縁』を持っているんだ。『縁』があれば、『因』は『果』へと変わる。君が秘宝を奪ったから、あの子は贖罪の機会を得た。そして君がここに来たから、その子の運命が変わったんだ。だから、私を信じなくてもいいが、自分の運命を信じてほしい。」

 ――確かに僕は運命に囚われている。この風花湾で数え切れない悲劇を目にした。僕もまた運命の鎖に縛られていると思っていた。でもあなたの言葉は、まだ希望があると語っている。運命の枷を断ち切れるかもしれないと。これが最後の瞬間かもしれない。全てを終わらせることができるかもしれない。でも、僕はまだ怖い。どんな結末が待っているのか分からないから。

 「大丈夫。心から君の幸運を祈っているよ、風鈴。私を信じてね。」

 ――…はい。

 ゴーン……ゴーン……

 「あら、鐘が鳴ったね。どうやら、時が来たようだ。」

 ――わかった。準備はできたと思う。

 「いいね。そうだ、ひとつ忠告しておくよ。君を追いかける『敵』が、どうやら島に来ているみたいだ。君が『海神』って呼んでた相手だよね。君もよく知っている、そうでしょ?」

 ――やっぱり。それも僕が向き合うべき『因果』なのか。

 「その通りだ。だから、これからは君に任せるよ。君ならきっとやり遂げられる。」

 ――はい。


 少女が指を鳴らすと、暖かい陽光が僕を包み込む。それはまるで天使の羽根のようだった。

 やがて、柔らかな光が空中に集まり、僕を優しく包み込む。

 ――また会えるかな?

 「まあ…私ができることは、ただ待つだけだ。」

 視界が徐々に透明になり、少女が手を振っている姿がぼんやりと見えた。

 ――そうだ、もう一つ。ここがどこか教えてくれない?

 「ここは『時鐘の森』、『天海』の一部だ。『天海』は君がきっと気に入る。だって、それは君の世界、君の心、君の故郷、君の根源なんだから。」

 ――『天海』か。はい、必ずよく覚えておく。

 「よかった。それじゃあ、さようなら。」

 光が強く輝き、僕は目を閉じた。

 次の瞬間、意識は虚無へと帰っていった。

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