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この世界の光と影  作者: 混乱天使
第一章 風花湾、冬の精霊
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其の三十 残骸

 ――エミはもう出て行ったのか、中尉?

 中尉はコクリと頷いた。

 ――もうずいぶん遠くに行ってる?なら、この辺のことは気づかない?

 またコクリと頷く。

 ――こんなでっかい大公が洞窟の出口から飛び出しても、気づかないって?

 少し苛立った様子で頷く中尉。

 ――じゃあ、大公が大きな声で叫んだらどうだ?聞こえないか?エミの聴力がいいから、大丈夫?

 今度は明らかにムッとした様子で頷く。

  ――本当に大丈夫?

 「ガアア!」

 中尉は鋭い視線をこちらに向け、短く鳴いた。きっと罵られた、そんな気がした。それからぷいっと顔を背けて、僕を無視するように神官の方へ飛んでいった。そして神官の尻尾に甘えるように擦り寄る。

 少しやり過ぎたかもしれない。でも、慎重になるのは仕方がない。この調査、絶対に隠密に進めなければならないのだから。

 風花湾での長い出来事を経て、調査はとうとうここまでたどり着いた。おそらくこれが最後の調査ではない。だが、不思議と感じるのだ。ゴールが近いと。

 もし僕の予想が正しければ、もし現実が僕の想像通り残酷なら。僕はもうすぐ、全ての真相に触れるでしょうか。

 懐中時計を確認する。午後二時半。

 エミがここを出てから、もう二十分が経った。いくらゆっくり歩いていたとしても、この時間なら村に近づいているはずだ。何より、中尉と神官が外の様子を見張ってくれていた。それらが「問題なし」と言うのだから、もう心配する必要はない。

 ――さて、出発しようか。マイ・ロード。

 「ガアア。」

 大公が低く応える。それから前回と同じように、そっと膝を折り、僕が背に乗るよう促した。

 僕は頷き、大公の傍へ歩み寄る。足を上げ、一息でその背に飛び乗る。

 大公はゆっくりと立ち上がった。僕が体勢を整え、首にしっかりとしがみついたのを確認すると、巨大な翼を広げ始める。

 その一振りで強い風が起こり、蔓にとまっていた寒鴉たちが一斉に吹き飛ばされた。それでも彼らはすぐ地面に降り立ち、輪を描くように整列した。

 「ガアアーー」

 神官の澄んだ声が響き渡り、それはまるで出発の号令のようだった。それに続くように、全ての寒鴉が鳴き声を上げた。

 混沌とした鳴き声は、それらからの祈りであり祝福だった。数秒後、全ての声が静まり返り、僕をじっと見つめる。

 ――皆、ありがとうね。

 寒鴉たちは無言のまま、見送り続ける。

 ――じゃ、マイ・ロード。行こう!

 その瞬間、大公は大きく跳ね上がり、翼を力強く羽ばたかせた。

 僕を乗せたその体は、空へと舞い上がる。洞窟の出口が遠ざかり、寒鴉たちの姿は小さな黒い点に変わっていく。視界は一気に広がり、世界は驚くほど明るく輝き始めた。

 巨大な揚力に少し息が詰まる感覚がしたが、これで二度目だ。だから、必死に呼吸を整え、バランスを保ちながら、外の景色をじっくりと観察する。

 前回、大公に乗って向かったのは海だった。あの時、海中に立ち上る黒煙を初めて目にし、その毒で危うく命を落としかけた。

 しかし今回は、山頂へ向かう。誰も到達できないその場所へ。

 僕は信じている。あの山頂にある霧松の森に、僕が追い求めている何かが潜んでいることを。

 闇の中に残る最後の影。それを消し去ることができれば、僕はもう一歩前進できる。

未完成のパズルの最後のピース。それをはめ込むことができれば、さらに遠くを見ることができる。

 そう、あの黒い輪郭だ。山頂の松林に佇む、ぼんやりとした、巨大で、真っ黒な輪郭。

前回、確かに目にしていながら、あえて無視したあの姿。

 露天の洞口を抜けると、大公はさらに高度を上げた。僕がじっくりと観察できるように、山頂の高さを超えた後、わざわざ空中でホバリングしてくれる。

 幸いなことに、大雪はすでに止んでいた。だからこそ、山頂の様子をはっきりと目にすることができた。

 松林に視線を向けると、すぐにそれを見つけた。

 そうだ。これまで何度も頭の中で思い返し、構築してきたあの光景。今、その光景は現実と寸分違わぬ形で目の前に現れている。

 僕の記憶は間違っていなかった。

 その輪郭は、霧松の森の中心にあった。濃霧が視界を遮るものの、その巨大な体躯までは隠しきれない。

 まるで岩のようであり、木造の家のようでもあり、消えた太陽のようであり、暗闇の孤独な星のようでもある。

 誰もがこの奇妙で不気味な巨体を目にすれば、きっと好奇心を抱き、近づいて確かめたいと思うでしょうか。

 しかし、この瞬間の僕は、なぜか驚くほど落ち着いていた。

 呼吸も心拍も安定しており、緊張感のかけらもない。頭の中に奇怪な想像が浮かぶわけでもなく、目を大きく見開く気にさえならない。

 なぜなら、僕の心にはすでに答えがあるからだ。


 松林に近づき、霧を抜けると、ついにその輪郭の近くまで到達した。そしてその瞬間、僕はそれの全貌を目にした。

 そう、予想通りだった。

 目の前にあるのは、一隻の飛行船。

 通常、王国の飛行船は六組の鋼鉄フレームで気嚢の外殻を支えている。六つのフレームは船室部分の周縁部に均等に配置され、中心に向かって曲線を描く形状になっている。人間の胸骨のようだ。

 そのフレームの上に軽量な金属製の外殻が取り付けられ、全体として巨大な球形の気嚢が形成される。人間の肺に似ている。そして、気嚢の中心には浮遊エンジンが設置され、それが船室下部の燃料区画と接続されている。風元素を豊富に含む「風の石」を燃料として使用し、風元素の魔力をエンジンに供給する。エンジンが作動すると、濃縮された風元素が放出され、気嚢内の空気と混ざり合うことで、飛行船は浮上する。

 しかし、目の前の飛行船はどこか奇妙だった。

 それは地面には接しておらず、まるで巨大な木の家のように半空中に浮かんでいる。そして、それを支えているのは下の霧松の木々だった。つまり、松の木々が鳥の巣で、飛行船はその中にある卵のようなものだ。無数の大小さまざまな枝に支えられ、そのおかげで地面には落下していなかった。

 さらに、飛行船の金属外殻は自然と剥がれ落ちたように見え、錆びついたフレームは気嚢外殻が完全に消失したことを示している。それでも、気嚢のフレーム自体は驚くほど無傷で、歪んだ痕跡すら見当たらない。フレーム表面には鉄錆がびっしりとついており、これは明らかに霧松が放出する湿気の影響で長期間腐食した結果だ。

 エンジン台座は無事で、浮遊エンジンもちゃんとその上に設置されているが、これも錆びている。甲板には大小さまざまな金属の破片が散らばっており、それらは明らかに気嚢外殻の破片だった。船室の扉はしっかりと閉ざされており、扉には何かが絡みついているようだった。

 どう見ても、この飛行船は何らかの出来事に巻き込まれた。しかし、その状態は非常に奇妙だった。

 外殻は崩れ落ちているものの、衝突で粉々になったわけではない。フレームは錆びついているが形状はほぼ完璧に保たれている。普通の墜落事故であれば、飛行船がこれほど無傷で残ることは絶対にありえない。それに、墜落時の衝撃力で松の木々をなぎ倒すことなく、こうして木々に支えられているというのも不自然だ。

 これらの要素を踏まえ、僕はすぐにこの飛行船の本当の状況を推測した。だが、その推論は自分でも信じ難いものだった。

 そう、この飛行船はあまりにも奇妙だ。まるで、誰かが意図的にここにそっと遺棄したかのように見える。墜落事故ではなく、巧妙で不可解な形でこの場所に「停泊」させられたのだ。そして、フレームに付着した錆の厚みから推測すると、それは相当昔のことのようだ。

 外観を観察するだけでは不十分だ。もっと詳しい調査が必要だ。

  ――マイ・ロード、お願いできますか。

 「ガアア。」

 大公は静かに降下し、甲板の近くでホバリングしてくれた。僕は慎重に下を確認し、大公の背から飛び降りた。

  ――うわっ!

 両足が甲板に触れた瞬間、飛行船が大きく揺れ動いた。支えている霧松が「ギシギシ」と不満げに軋む音を立て、僕の粗雑な振る舞いを責めているようだった。

 正直なところ、これはかなり焦った。僕は全く動けない体勢を保ち、次の一歩を踏み出すことさえためらった。

 もし木の枝が耐えきれず折れ、飛行船がそのまま地面に墜落してしまえば、僕も命を落としかねない。

 幸運にも、松の木々はまだ上からの重量に耐えられるようだ。それを確認してから、僕はそっと一歩を踏み出した。

 「ギシギシ……」

 下から再び木が軋む音が聞こえたが、先ほどよりもずっと軽いものだった。大丈夫そうだ。

 そうだ、作業を始める前に大公への感謝を忘れないようにしないと。大公がいなければ、この飛行船にどうやって乗るべきか全くわからなかったでしょうね。

 ――ありがとう。マイ・ロード。

 大公は穏やかに鳴き、それからゆっくりと地上に降り立った。空いた場所を見つけると、そこで身体を丸め、目を閉じて休み始めた。

 いいでしょ、大公にはしばらくそこで休んでもらおう。調査が終わったら、また呼びに行けばいい。

 さて、探索を始めよう。


 甲板の上では、数羽の寒鴉が飛び跳ねていた。羽をばたつかせながら互いに身を寄せ合い、親しげな鳴き声を上げて楽しそうに遊んでいる。それらは飛行船の外殻から剥がれた金属片がお気に入りらしく、くちばしで叩いては「カンカン」という澄んだ音を立てていた。

 どうやら、この飛行船は鳥たちにとって絶好の遊び場になっているようだ。だが、僕はこの楽しげな宴に加わる暇などない。

 甲板を進みながら、僕は船室の前まで歩いた。そして、二つの舷門の上部に、飛行船の銘板を見つけた。

 「WSSー001 白落号」。

 ふん。この結果には特に驚きはなかった。むしろ、驚き以上に絶望に近い感情が湧いてきた。

 事実が自分の予想とほぼ一致するとき、それが最悪の予想だったならば。これは幸運なのか、不運なのか。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。

 一方で、やはりこうなる気がしていた。むしろ「やっぱりそうだ」と得意げに宣言したくなるような、そんな確信めいた予感があった。「そうだ、これが真実だ」と。

 しかし他方で、心のどこかで「自分の考えすぎであってほしい、実際にはもっと状況が良いものであってほしい」とも願っていた。「大丈夫だ、きっと杞憂だ」と。

 そう、これは僕自身の混乱の証かもしれない。

 だが、今はその混乱に浸っている余裕はない。この飛行船が白落号であろうとなかろうと、調査は続けなければならない。

 舷門には鍵がかかっていなかったため、僕は簡単に船内に入れると思った。しかし、その瞬間、周囲から微かな音が響いた。

 「カチッ——」

 正直、この音には肝を冷やされた。

 遊んでいた寒鴉たちの仕業か?それとも下の木の枝か?いずれにせよ、この場所で妙な音がするのは、あまり良い兆しではない。

 周囲を警戒しながら目を凝らして見回すと、廊下の奥に黒い影が見えた。暗すぎて、それが何者なのか判別できない。

 心臓が激しく鼓動し、額には冷や汗が滲む。思わず数歩後ずさりし、刀の鞘を軽く握りしめた。

 ――おい、誰だ!?

 すぐに南からもらった多機能双眼鏡を取り出し、電源を入れた。微かな光を頼りに、影の正体を確かめると…

 「ガァァ!」

 それはただの寒鴉だった。僕の声に気づいたそれは、僕を一瞥した後、壊れた丸窓から外へ飛び去った。

 ふん、どうやらただの杞憂だったようだ。しかし、ここでは慎重さを怠るわけにはいかない。

 双眼鏡の発電装置に残っている轟雷果粉末の電力を無駄にしないよう、光を頼りに進むことにした。

 なんか、この光景には見覚えがあるな。そう、薄桜城で同じように暗闇を手探りで進み、飛行船に潜入したときと似ている。

 とはいえ、あの時の「深雪号」が飛行船の中でも比較的小型の部類に入るとしても、この白落号はそれ以上に小型だ。

 深雪号のような小型船でも二層構造の船室を持っていたが、白落号は船室が一層しかない。しかも船室ホールは非常に狭く、天井も低い。僕は頭をぶつけないように、少し身をかがめながら歩く必要があった。

 ただし、ホールには乗客用の座席が一つもなく、妙に広々としていた。視界を遮るものがほとんどないおかげで、僕はすぐに異変に気づいた。

 廊下の突き当たりには、古びた木製の担架が歪んで倒れていた。その担架はかなり古く、深い茶色の木材の表面には無数の細長い亀裂が走っている。

 担架の上には一枚の毛布が敷かれており、厚く積もった埃のせいで薄汚れた灰色をしていた。

 担架と…毛布?

 どうしてこんなものがここにあるのでしょうか。この二つの物が目に入ると、得体の知れない不安が胸に広がった。

 次にすべきことは一つだけだ。

 毛布の端をつかみ、それを思い切り持ち上げる。埃が舞い散るのを待って、毛布の下を覗き込むと……

 そこには一揃いの灰色の衣服があった。マフラー、帽子、靴、そしてコートとズボン。

 だがそのコートとズボンには、鋭利な刃物で切り裂かれたような大きな裂け目があった。

 光を当ててみた。そして、灰色の表面に何かを発見した。

 それは、暗赤色の巨大な花の模様だった。

 ――これは……

 そっとその模様に触れ、指でつまむと、「カリッ」という音とともに細かい破片となり、地面に落ちた。

 指先でその破片を拾い上げ、唾液をつけてみると、それはゆっくりと溶けて指を赤く染めた。

 間違いない。これは人間の凝固した血液だ。人の血が衣服に染み込み、こんな痕跡を残したのだ。

 担架、毛布、破れた衣服、そして凝固した血痕——

 これらは本来、ある人間のものであったはずだ。しかし、その人物は今ここにはいない。

 棺のようなこの飛行船の中、地獄のようなこの暗闇の空間に残されているのは、ただこれらの微妙で恐ろしいものだけだった。

 ……いや、まだ終わりではない。僕は衣服のポケットの縁から小さな何かが覗いているのに気づいた。

 そうだ、そのポケットの中に何かが入っているに違いない。

 手を差し入れると、硬い紙のようなものが指先に触れた。

 埃をそっと払い、その正体をすぐに確かめた。

 それは紙ではなく、一枚の写真だった。

 写真には二人の人間が写っていた。しかし、凝固した血痕がその顔を覆い隠している。

 慎重に血痕を拭き取ると、写真の全体像がようやく明らかになった。

 そこには、白髪の少女と白髪の少年が写っていた。二人は肩を並べ、幸せそうに微笑んでいる。


 時間の流れの中のある一瞬が、永遠に切り取られた。それが今、私の目の前に現れた。

 そうだ、まるで目の前に笑顔の大きな口ひげの老人がいるかのようだ。きっと、彼は不思議な機械を一生懸命操作しながら、少年と少女に手を振っている。

 「さて、咲ちゃん、瑛くん。チーズ――」

 そう、きっとこんなふうに言ったでしょう。

 「はい!チーズ!」

 エミはきっと嬉しそうにそう応じて、大きくて甘い笑顔を浮かべたはずだ。

 「チーズ。」

 その隣にいる瑛は、少し恥ずかしそうだったでしょう。それでも、妹の嬉しそうな様子を見ると、自分も自然と心がほぐれ、同じように微笑んだかもしれない。

 カシャッ。

 その瞬間、フラッシュが光り、世界が一瞬の銀白色に包まれる。すべての音が消え、ただシャッターが切れる澄んだ音だけが響いた。

 この兄妹は、きっとこの不思議な機械に驚いたに違いない。でも、それでも勇気を振り絞って、微笑みを絶やさず、目を閉じなかった。

 フラッシュが消え、すべてが再び静寂に戻るのを待ちながら。

 そう、たぶんこれが、この血に染まった写真から僕が読み取ったすべての物語。

 僕はそれをそっと、自分のポケットにしまった。

 あの時、エミがずっと探していたこの写真。当時、彼女と雪山で一緒に探し回った。あの時、二人とも泣いていた。

 彼女がずっと心に描いていたこの写真。彼女と兄の幸せな思い出を閉じ込めたこの宝物。それを、今ようやく僕が見つけたのだ。

 だが、この写真をエミに返すことは、絶対にしない。

 そして、墨雪家を巡る一連の惨劇の真相も――

 彼女に話さない。いや、話せない。

 

 双眼鏡のランプがちらつき始め、やがて完全に消えた。

 電力が尽きた。世界は再び果てしない闇に包まれた。

 何度も経験してきたこの暗闇。しかし、今回は違う。

 それは真実が隠れるための暗闇ではなく、真実と向き合うための暗闇だ。

 すべての真実を解き明かせば、光が差し込むと思っていた。だが、ある種の真実は、果てしない闇よりもなお暗いものかもしれない。

 今、僕は悲しい記憶が頭をよぎった。

 そう。あの約束の、理想の夏の日は、とうとう訪れないのでしょうか、と。

 調査終了。

 もう、この場を離れるべき時だ。

小説を読んでいただき、ありがとうございます。

もし良かったと思っていただけましたら、作品に評価をお願いいたします。

一つ星でも問題ありません。もちろん、より高い評価をいただけると嬉しいです。

ご協力いただきありがとうございます。

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