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この世界の光と影  作者: 混乱天使
第一章 風花湾、冬の精霊
26/65

其の二十六 連鎖

 午前六時半、白雪村。

 「死の樹」事件がようやく収束し、村に一瞬の静けさが戻ってきた。そう、ほんの一瞬の平和だ。嵐の前触れのような感じがする。証拠なんてないけれど、どうしてもそう感じてしまうんだ。

 凛はエミを放っておき、ひとりで家に戻って休んでいる。まあ、いろいろ迷惑なことをしてくれたけれど、立て続けのショックには彼女もさすがに参っているようだ。

 燃えるような赤い髪の彼女を前に、僕もどう接すればいいのかわからない。叱るにしても慰めるにしても、なんだかどちらも適切じゃない気がする。ま、好きにさせておこう。少なくとも今は、僕とエミの邪魔はしてこないでしょう。

 エミは家に戻って眠りについている。凛と同じく大きなショックを受けているけれど、彼女にとっての睡眠は何よりの薬みたいだ。あの白い少女にとって、寝れば全てが良くなるでしょうね。ひとりにしておくのは少し心配だけど、僕もまだ他にやらなければならないことが山積みだ。

 ふん、なんだか不安が募るな。凛が寒鴉たちのことを村人に話したせいで、皆がそれらを恐れるようになった。しかも、海でのそれらの振る舞いを見ていると、結局は海神の使いに過ぎないと痛感させられる。まだ少しの信頼は残しているけれど、エミとの接触はできるだけ避けさせよう。今、墨雪家を守っているのは韋駄天だけだ。彼はカラスの中でも最も信頼している存在だから、彼がいれば大丈夫だと思いたい。

 村長は村の仕事で忙しそうだ。突如として訪れた災厄が過ぎ去り、今、彼が一番忙しいに違いない。僕も話したいことは山ほどあるけれど、彼は「まずは休んでから、二時間後に来なさい」と言ってくれた。篠木家の悲劇を受け、信頼できる数人の村人が篠木家の片付けを手伝っているらしい。

 僕も彼らと一緒に墓地に行き、篠木兄弟を埋葬したいと頼んだけれど、村長にきっぱりと断られた。まあ、彼の言う通り、僕も少し疲れている。そう、少し休むべきだ。でも、今は一分一秒が惜しいから、体が限界に達するまではまだ働ける気がする。

 そんなわけで、しつこく頼み込んだ結果、村長もとうとう折れて、僕が篠木兄弟に最後の別れを告げるために墓地へ行くことを許してくれた。

 

 午前七時、雪山の墓場。

 無生と仁也、兄弟は一緒に古びた木の棺の中で静かに眠っている。弟が抱く兄の骨、その口元には微かに微笑みの跡が残っている。そう、無生はまるでただ眠っているかのようだが、もう二度と目を覚ますことはない。

 村人たちが去った後、僕は墓場に残り、篠木兄弟と少しだけ過ごそうとした。けれど、忘れていた。篠木兄弟の遺骸を僕以上に気にかける古い友人がいることを。

 以前は雑に埋められ、今また荒々しく掘り起こされた。そう、今、墓守君が棺を開け、無生を引きずり出した。

 彼は無生の遺体に覆いかぶさり、腐った歯で彼の首筋を必死に噛みちぎっている。まるで恐ろしい怪物が美味しいご馳走を味わっているかのような光景だ。

 「仲間。希望。」

 墓守が一瞬こちらを見て、そう呟いた。すると再び無生の身体に噛みつき、その作業を続けている。

 墓守の滑稽な動作を見ているのに、笑える気には全くならない。

 無生はようやく埋葬され、せめて安息が与えられたかと思った。ところが、すぐに無造作に引き出され、噛み荒らされるなんて......こんな無残な光景を前に、人として怒りを感じないわけがない。墓守といえど、かつての仲間を冒涜する様子を黙って見ているのは苦しい。

 だが、墓守が悪意を持ってやっているわけじゃないのも分かってる。彼にとっては、ただの仕事だ。彼が言っていたように、遺体を噛み砕いて、亡霊の呪力を吹き込むことで、凋零症候群を感染させる。その感染の一部が、亡霊として「復活」し、墓守の仲間になるわけだ。

 その確率は低いが、墓守の思考は単純明快だ。可能性が低いなら、可能な限りすべての遺体を噛んで試すまでだ。まして、ここまで海で命を落とさず墓地に埋葬される者も減っているのだから、彼にとってこの貴重な「資源」を見逃すわけにはいかないのでしょうか。

 しばらくの間、葛藤しながら見守っていたが、やがて溜息をつき、墓守の仕事を邪魔しないことにした。無生も以前「亡霊になるのも悪くない」と言っていたし、墓守が無生の願いを叶えようとしているのだと思えば少しは心が落ち着く。

 「完了。」

 しばらくして墓守は立ち上がった。胸の前で手を合わせ、静かに祈りを捧げている。その儀式が終わると、彼は無生の遺体を丁寧に棺に戻し、以前のように無生の体を仁也の骨にしっかりと抱きしめさせてくれた。兄弟が離れないようにとの配慮だ。

 仕事を終えた墓守がこちらを見て、にっこりとした表情で拳を握り締めた。

 「できる。信じ。」

 満足そうなその顔に、僕も微かに安心する。そうだ、無生のような強い執念の持ち主なら、亡霊になる可能性は十分にあるでしょうね。

 「正解。邪霊様。」

 ともあれ、僕たちができることはすべてやった。あとは無生の運に任せるしかない。ずっと不運だった彼だが、せめてこれからは幸運が訪れるといいな。

 棺の前に歩み寄り、分厚い木の板を軽く叩く。

 「ほら、聞こえてる、無生?ちゃんと頑張ってね、墓守を喜ばせてやれよ。」

 そばにいる小さな幽霊の頭を軽く撫でながら、僕は続けた。

 「ね、君はもうすぐ新しい友達ができるかも。もし無生が亡霊になったら、先輩として君、ぜひしっかり面倒を見てやってくだいさいね。」

 「うう!」

 幽霊が元気よく応える。嬉しそうに空中をぐるぐると回っている姿を見て、僕も微笑んだ。

 もし無生が亡霊になれたなら、きっと彼もこんなふうに楽しげにしてくれるね。


 午前七時半、花見家。

 凛が外に出ず、部屋の中にいるのは分かってる。眠っていないことも分かってる。彼女はしっかり目を覚ましてる。しかし、どれだけドアを叩いても、凛は決して扉を開けようとしない。

 ――凛、大丈夫?

 部屋の中で足音が聞こえる。

 「トン、トン」。

 その音はだんだんとこちらに近づいてきている。つまり、凛がようやくドアの方に歩いてきたということだ。

 「旅人。今さら私たちに話すことなんて何もないわ。あんたも気をつけなさいよ。」

 ――気をつけ?これは警告、それとも脅し?

 「脅し?そんなことしないわ。何でもできる名探偵様に、そんな手間かける気はないね。」

 凛の顔は見えないが、その冷たい口調から、彼女がどんな表情をしているのかは想像できる。

 いい方に考えれば、少なくとも今はまだ僕と口喧嘩できるくらいには元気があるということだ。少し安心した。

 だから、これ以上彼女の邪魔はしないことにして、階段を降り、花見家のリビングルームへと向かった。

 篠木家や墨雪家に比べると、花見家は明らかに豪華だ。壁には雪兎や灰鹿、毛鼠などの頭骨が並び、ソファやテーブルには様々な動物の毛皮が敷かれている。まさに気品に満ちた空間だ。

 花見家で一番目を引くのは、あの巨大な松蟒蛇の標本だ。玄関から入ると、まず目に入るのはリビングの中央にある美しい松の台座。樹皮はすでに剥がされ、銀白色の狐の毛皮がその幹を覆っている。幹の上には四角いガラスケースがあり、その中には一匹丸ごとの蛇の骨が封じ込まれている。

 凛の父親がどうやってこの巨大な蛇の骨をここまできれいに残したのか、想像もつかない。とりあえず、この美しい標本は、花見一族が卓越した猟師である証そのものだ。

 「素敵でしょ?」

 ――うん、まるで博物館にいるみたいです。

 目の前に立つ痩せた女性が、凛の母親、花見夫人だ。凛と同じ赤い髪を持っているが、その色はずっとくすんでいる。彼女は元気がなさそうで、笑顔も疲れ切っている。年齢はまだ四十を少し過ぎたくらいが、その顔には深い皺が刻まれ、乾燥した肌が彼女の早すぎる老いを物語っている。

 どうやら体の病気ではないようだ。むしろ心の病のように思える。花見夫人には、きっと何かがあったに違いない。

 彼女との会話で、それが確信に変わった。彼女は大きな衝撃を受け、今のように病弱な姿になってしまったのだ。

 二年前、凛の父親は雪山で命を落とした。寒さや転落事故ではなく、狩りの最中、獲物に殺されたのだという。

 花見夫人の言葉を聞いて、僕は違和感を覚えた。熟練した優れた猟師が、簡単に倒されるとは考えにくい。一度に数十匹の蛇や鹿を狩ることも彼には造作もなかったはずだ。それなのにどうして、獲物に命を奪われたのでしょうか?

 だが、花見夫人が続けて話した言葉で、僕はすべてを理解した。

 「鳥。化け物。」

 花見夫人によると、村人たちが雪山の奥で老猟師を見つけたとき、彼の遺体は黒く巨大な鳥に貪られていたという。村人が近づくと、その巨大な鳥は遠くの松林へと飛び去ったそうだ。

 ――あの、凛はこのことを知らないのでしょうか?

 「ええ。あの時、凛はまだ幼かったので、怖がらせたくなくて、旦那の最後の姿を見せることはできなかったの。旦那が足を滑らせて亡くなったと嘘をつき、墓場に埋葬したとだけ伝えた。でも、凛ったら、この子は昔から強情でね、どうしても旦那がそんな簡単に逝ったなんて信じられなかった。それが原因で私をしばらく責め続けた......」

 花見夫人が肩を落とすのを見て、僕も一息ついた。同時に、すべてを理解した気がした。

 あの鳥、明らかにあの大公だ。あんな巨大な怪物が現れたら、凛でなくても恐怖で震えた。僕ですら、目の前にあの怪物が現れたら冷静でいられる自信はない。老猟師が、一人であの化け物に挑んだなんて......結果、大公に殺されてしまったのも、ある意味当然かもしれない。

 老猟師が亡くなってから、花見夫人は悲しみと苦しみに苛まれ、今のように病んでしまった。同時に、父親を失った凛もまた、変わってしまったらしい。

 花見夫人の話によれば、老猟師の死後、凛はまるで別人になったようだったそうだ。もはや花見家のお姫様として自分を見ることなく、父親のような存在になろうと必死になっていた。彼女は強く、逞しく、そして独立心に溢れるようになった。母親の制止を振り切り、父親の装備をすべて持ち出し、毎朝雪山へと狩りに出かけ、昼になるまで戻らなかったという。

 最初は父親の弓すら背負えなかった彼女が、今では村一番の射手にまで成長した。最初は泥だらけで手ぶらで戻ってきていた凛も、今では父のように多くの獲物を軽々と仕留められるようになっている。

 悲しみと苦しみを怒りと力に変える、それが僕の知っている花見凛だ。この十日余りの付き合いの中で、ずっとそう感じてきた。

 だが、これが本当に良いことなのかどうかは、何とも言えない。確かに、凛は強い。だが、その強さは時に行き過ぎる。自信はあるが、その自信が頑固さに変わり、時に無謀な行動を取らせてしまう。自分の力だけに頼り、自分の考えに固執すれば、他人を顧みずに突っ走ってしまうこともある。

 もし彼女が僕やエミを悪者と決めつけ、狩りの対象にしたら、それを褒める人間がいるのか?村長の命を人質にして、エミを脅したあの行動を、誰が称賛するというのか?それは、誰の目にも明らかだ。

 とにかく、今朝の一件で、凛が少しでもその尖った気性を抑えてくれることを願うばかりだ。彼女の燃える炎はあまりに強すぎ、水をかけて冷やしてやる必要があるんだ。

 「先日の凛の件だが、本当に申し訳ない。南森様、凛が無礼を働いたかもしれないが。どうか、どうかあの子をお許しください......」

 ――心配しないでください。凛は仲間ですから、責任を問うつもりはありませんよ。もちろん、彼女が冷静になってくれれば、それに越したことはありません。

 僕の言葉を聞いて、花見夫人は少しほっとした様子で、ようやく僕を見つめ、頷いた。その表情を見ていると、何だか悲しくなってくる。

 そうだ、彼女はエミや村長については何も言わなかった。だが、本当に凛に傷つけられたのはエミと村長だ。僕にこうして必死に懇願しているのも、きっと僕が「南森家の探偵」という身分だからでしょう。もしかすると、ただ娘が僕に処罰されることを恐れているだけなのかもしれない。

 母親よ、母親。偉大で、そして愚かな母親。

 まあ。これ以上、このことについて考えるのはやめることにした。


 午前八時、墨雪家。

 窓が大きく開け放たれ、冷たい風が絶え間なく吹き込んでくる。布団は床に投げ出され、その上に白い下着が無造作に放り投げられている。ああ......まったく、いつも通りの光景だな。

エミはすやすやと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。相変わらず、彼女はあの鉄棒を抱きしめている。きっと彼女にとって、この硬い杖は温かい抱き枕みたいなものなんだ。手放せるわけがない。

 だが、こんな様子を見ていると、僕も少し困惑してしまう。正直なところ、「海神の武器」をどうするべきか、僕にもわからなくなっている。

 海神はすでに現れ、村の近くに迫っている。このままエミに寒霜杖を持たせておいて、本当に大丈夫?もし海神がそれを理由にエミを狙ってきたら、すべてが台無しになってしまう。

 だが、他に選択肢がある?寒霜杖を雪山に戻して、海神が自分で取りに来るのを待つ?それとも、海神に会いに海へ行って、「お待たせしました」とでも言って武器を返す?そんなこと、到底考えられない。

 最善はなく、次善を求めるしかない。今はただ、エミに寒霜杖を持たせておくしかなさそうだ。そうする他に道はないのだから。

 「ガーッ!」

 ――うるさい、韋駄天!鳴くのをやめてくれないか!

 「ガーッ!」

 ――聞いてないのか、鳴くなって!え?君は......

 そう言った途端、窓の外から二羽の寒鴉が飛び込んできた。え?二羽?僕は確かに、韋駄天だけに見張りを頼んだはずだが。

 ――中尉、君も来た?

 「ガアア!」

 美しい黒いカラスが短く鳴き、軽やかに一回転してから、誇らしげに僕を見つめている。

 あまり相手にしたくなかったので、無視を決め込んだ。すると中尉は不満げに鳴き声を上げ、頭の上に飛び乗って、くちばしで髪を引っ張り始めた。

 ――ほら、ほら!ちょっと静かにしてくれよ!

 「ガ——。」

 ――何?「いいえ」って?お前、何かおかしいんじゃないか。僕はこれから村長の家に行くつもりなんだ。少し静かにしてくれないか?

 「ガアア。」

 どうやら、中尉はある言葉に反応したらしい。

 ――ん?気になることでもあるのか?

 「ガアア。」

 ――おかしい?

 「ガ——」

 ――村長?

 「ガアア。」

 ――行く?

 「ガアア。」

 ――つまり、村長がどうかした?一緒に行きたい?

 「ガアアアアアア!!!!」

 僕がようやく中尉の意図を理解したのを見て、中尉は嬉しそうに大声で鳴いた。そして、さっと窓の外に飛び出し、くちばしで「コンコンコン」と窓枠を叩き始めた。

 ――わかった、わかったよ。急かすなって。すぐに出かけるから、いいでしょ?

 「ガアア!」


 午前八時十分、村長の家。

 到着したのは約束の二十分も前で、そのせいか村長は少々ご機嫌ななめな様子だった。いや、待てよ、どうやら僕のせいではなさそうだ。

 「若者、早く来るのは構わぬぞ。だが、なぜこの忌々しい奴まで一緒に来たのじゃ?」

 村長は怒りに満ちた顔で杖を突きつけ、中尉を指差している。僕は仕方なく肩をすくめた。

 ――仕方ないよ、村長。僕も脅された。この子ったら、どうしてもついてくるって言うもので。

 「このクソカラス、何しに来た?まさか、またわしの髭を引っ張りに来たのじゃ!」

 「ガアア!」

 中尉は軽蔑の眼差しで村長を見下し、不敵な鳴き声を上げる。

 ――ええっと、村長。「その通りだ」と言ってるようですよ。

 「ふん、言わなくでもわかるのじゃ!ほら、さっさとそいつを追い出せ!さもなくば、お前も共犯として扱うぞ!」

 ああ、今日はついてないな。さっきは中尉に脅され、今度は村長に脅される。八方美人でいるのがどれほど骨が折れるか、今ならよくわかる。誰の機嫌も取れず、逆に誰からもいじられる羽目になるとは。

 頼む、僕が「南森家の名探偵」なんだよ。亡霊だの人間だの、もう少し僕を尊重してくれてもいいのに。

 仕方ない、ここは村長に従おう。悪いな、中尉、君には犠牲になってもらうよ。

 ――中尉、今......

 「ガアっ!」

 言い終わる前に、中尉が急に大きな声で鳴き始めた。言うまでもなく、これは宣戦布告だ。中尉は怒りに燃え、村長の立派なヒゲめがけて突撃を開始した。

 「この野郎、喧嘩を売る気か?かかってこい!わしが今日こそ、お前と決着をつけてやる!おおおおお!」

 村長も怒声を上げ、杖を構えて戦闘体勢をとる。

 ――おいおい、村長、子供みたいな真似はやめてくれないか......

 「何じゃ?若者、わしは本気じゃ!このクソ野郎、成敗してくれるぞ!」

 まあ、村長も意外と楽しんでるようだ。どうやら、この戦いは避けられそうにない。二人とも、この狭いリビングで勝負をつけるつもりらしい。ならば、僕は邪魔しないように隅に引っ込むとしよう。

 さあ、風鈴よ、今すべきことは端に退いて、この年寄りとカラスの戦いをただ見守ることだ。

 おお、なかなかの一撃だが、中尉は巧みにかわしたな。

 うん、いいね、中尉!あと少しでその白いヒゲに手が届く!

 おっと、さすが村長。年はとっても、まだまだやるじゃないか。もう少し反応が速ければ、中尉を床に叩きつけることもできたかもしれない。

 そう、この小さなリビングは、今や二人の戦場と化していた。

 パリン、パリン!中尉が飛び回って、グラスが床に落ちたが、運よく割れずに済んだ。

 ドカン、バタン!村長が椅子を倒してしまい、身動きが取りにくくなったのか、苛立った様子でそれを蹴飛ばし、遠くの壁に当たって飛び散った。

 バサッ、バサッ!山積みの本が机から落ち、空中でページが舞い、カーペットの上に一冊ずつ並んでしまう。可哀想なグラスと一緒に転がっている。

 カチン、カチン!テーブルの上にあった金属の小箱が中尉の攻撃で飛ばされ、僕の方に飛んできた。なんとか身をかわしたが、危うくぶつかるところだった。

 その小箱は壁にぶつかり、反発で宙を舞い、数回転した後、重く床に落ちた。

 見ると、やられたのはどうやら小箱のほうがひどいらしい。蓋がベコベコに曲がり、音を立てて割れてしまった。その拍子に、中から何かがこぼれ落ちてきた。

 ああ、仕方ない、片付けるとしよう。

 まって、これは......花びら?どうやら白鈴花の花びららしいが、どれも枯れてしまっている。本来の白さを失い、くすんだ茶色になっている。ひとつ、ふたつ、みっつ......すべて白鈴花の花びらか。そうか、風花湾では他の花をあまり見かけないしな。

 へえ、まさか村長が枯れた白鈴花を集めてたとはね。いやはや、面白いところを見てしまったものだ。どうやら今日は、村長の小さな秘密を垣間見ることができたようだな。

 花びら以外は全部手紙のようだ。手紙?こんな花びらと一緒に保管してるなんて。

 人の手紙を無断で読むのはマナー違反だが、まあ、今は村長も中尉との戦いに夢中だ。

 少しくらい、読んでもいいでしょ......ふふ。

 その中の一通を取り上げ、そっと開いてみることにした。

 ――親愛なるお兄ちゃん、咲だ。元気にしてる?お誕生日のメッセージ、ありがとう。お兄ちゃんは本当に最高!今年のお誕生日はとっても特別だったんだ。新しい友達もパーティーに参加してくれたんだよ。そう、前に話してた外から来た旅人、風鈴のこと。

 ふむ、これはエミからエイへの手紙か。いいじゃないか、続けて読んでみよう。

 ――風鈴がお誕生日を祝ってくれて、とっても嬉しかった!それに、内緒だけど、彼女ってどうやらお酒好きみたいなんだ!村長と同じようにね!

 あはは、「酒好き」か。うん、まさにその通りだな。

 ――お兄ちゃん、もしも帰って来れたらいいのになって、いつも思ってるんだよ。あ、そうだ、前に「彼女がほしい」って言ってたでしょ?実はね、風鈴がいいんじゃないかなって、密かに思ってたりするの......

 ふむ、これは面白い話じゃないか!エミよエミ、そんな小さな思惑を。

 だめだ、これ以上は読めない。情報量が多すぎて頭が混乱してきた。それに、他人の思いを探るなんて、あまりにも無礼なことだ。

 エイがこの手紙を読む時、どんな気持ちになるんだろうか。まあいい、そこは本人に任せるとしよう。

 ……

 ?!

 エイが読む?そうだ、これはエミが薄桜城のエイに宛てた手紙だ!じゃあ、なぜ、どうしてこの手紙がこの僕の手に、この村長の家に、この白雪村に、この風花湾にあるんだ!

 ――村長!!!

 信じられない思いで、僕は村長に向かって叫んだ。

 その声を聞いた村長と中尉は、激しい取っ組み合いをぴたりと止めた。

 どうやら何かしらの目的を果たしたらしい中尉は、満足そうに鳴いて、陰謀が成功したかのような顔で窓際に止まっていた。そして、興味深そうに村長を見つめ、次に何が起こるかを期待しているようだ。

 驚いた村長は、急いでこちらを振り返り、僕が手にしているのが手紙であることに気づいた瞬間、凍りついたように立ち尽くした。

 何かを言おうとして口を開いたが、震える唇からは言葉が出てこない。力が抜けた手から木の杖が滑り落ち、床に真っ直ぐ落ちていった。

 その瞬間、杖が地面にぶつかって、甲高い音が静かな空間に響き渡った。

小説を読んでいただき、ありがとうございます。

もし良かったと思っていただけましたら、作品に評価をお願いいたします。

一つ星でも問題ありません。もちろん、より高い評価をいただけると嬉しいです。

ご協力いただきありがとうございます。

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