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この世界の光と影  作者: 混乱天使
第一章 風花湾、冬の精霊
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其の二十五 業火

 瓶の口に一つでも傷があれば、平和の水はすべてこぼれてしまう。人々の心は水の守りを失い、バラバラに崩れ、世界は空虚で臆病になる。残された空の瓶の前で、誰もその脆弱な団結と平和を守る力は持っていない。

 草原に一つの火花でも落ちれば、憎しみの炎はすべて燃え上がる。人々の心は炎に包まれ、限りなく集まっていく。世界は熱くなり、危険に満ちる。広がる炎に覆われた草原の前で、誰もその強大な憎しみと闘争を否定できない。

 僕の信念は水。凛の信念は火。風花湾は寒すぎて、水を必要としない。だから人々は火を選んだ。火は温もりをもたらしてくれるから。白雪村はあまりにも寂しくて、水を必要としない。だがら人々は火を選んだ。火は喧騒をもたらしてくれるから。人々の心は既に恐ろしいほど枯れて、水を必要としない。だがら人々は火を選んだ。乾いた心臓を燃やし始めた。

 そうだ、今では凛を中心とする過激派が状況を完全に掌握している。僕と村長がどれほど反対しようとも、無駄だった。この道徳も法も欠けた荒野では、絶対的な武力こそが道徳であり、集まる人々の心こそが法律だ。

 正直に言うと、多くの村民が凛のエミに対する見方に賛同していないことは分かっている。しかし、彼らの心にあった水はすでに火で蒸発してしまった。枯れた草のような心臓は再び露わになり、その後はただ火に飲み込まれるだけだ。

 彼らの命は凝り固まってしまった。声も出さず、動くこともなく。ただ静かに炎の中に身を沈め、無言の羊となり、燃え尽きていく。

 ――凛、エミは無実だ。どうしてこんなことをするんだ!

 「無実?あらあら、最初からこんなに複雑にするつもりはなかったんだけどね。でもね、君がそう聞くなら、少し一緒に振り返ってみましょうか。」

 凛は微笑み、両手を拳に握りしめて、高々と腕を掲げた。

 「まず第一に、墨雪咲の両親が海で行方不明になってから、白雪村には不運が訪れた。」

 右手の人差し指を立てた。

 「第二に、墨雪咲の兄が何の前触れもなく怪物に襲われ、命を失いかけた。」

 続いて中指を立てた。

 「第三に、墨雪咲はカラスが大好きだ。でもカラスは海の悪魔が飼っているペットだ。」

 今度は薬指を立てた。

 「第四に、墨雪咲の杖は悪魔の武器そのもの。あの鉄パイプは今でも彼女の手の中にある。」

 小指も立てた。

 「第五に、この村で墨雪咲だけが寒さを恐れず、こんな寒い日に服すら着ようとしない。これが人間の体質だと思う?」

 親指まで立てた後、彼女は右手を下ろし、僕に左手の拳を向けた。

 「君のことは今は追及しないことにしてあげるわ。だって仁也を助けてくれたしね。ただし、これ以上白雪村に逆らうなら、君のことも一つずつ暴いていくわよ。墨雪咲と一緒に責任を負いたいなら、それもいいわ。みんなの前で、君の大探偵物語を聞かせてもらおうじゃないの?」

 凛に向き合いながら、僕は一言も返せなかった。そう、凛の脅しは極めて効果的だった。今は村人たちの関心がエミに集中している。その間に僕にはまだ動く余地がある。しかし、凛が僕のことをすべて曝け出せば、そのときは「南森家の探偵」という肩書きすら助けにはならないでしょうか。確かに凛の言う通り、その時には僕もエミと共に裁かれることになる。

 「黙ってるね。賢明な判断だわ、旅人。」

 ――凛、何をするつもりだ!

 「ふふ、簡単だよ。前から言ってるでしょ、墨雪咲の匂いが妙だって。もし彼女が悪魔なら、すべてが説明できる。」

 ――はっ、理不尽なことばかりにこだわって、なぜそんなに長引かせるの?

 「それが狩人の執念だから。獲物を見つけたなら、どんな手段を使ってでも、それを仕留めるまで。今まで探偵団のために抑えていたけど、もうその時が来たわ。ちょうどみんな揃っていることだし、私の妄想なのか、君の嘘なのか、一緒に見届けましょうか、旅人よ。」

 ――で、どうやってエミが悪魔だって確かめるつもり?

 「血だよ。君が前に言ってたじゃない?悪魔の血はまるでインクみたいに真っ黒で、ひどい臭いがするって。カラスの血みたいな、無生の感染した腕みたいな臭い。ちょっと血を取れば、すぐにエミが悪魔かどうか分かるわ。」

 ――ふざけるな!エミを傷つけるつもりか?そんなの、馬鹿げてる!

 「小さなナイフ一本でいいのよ。エミの肌をほんの少し、サクッと切るだけ。小さな傷口から、新鮮な血をちょっと見るだけ。ねえ、これくらい大したことないでしょ、旅人?」

 ――チッ。

 「じゃ、そろそろ灯台の頂上に行って、可愛いお姫様を迎えに行きましょうか。もちろん、もし彼女が嫌がるなら、ちょっと狩人らしい技を見せてあげないとね。」

 ――おい、待て!

 「はい?まだ何かある?」

 ――僕も一緒に行く。

 「ふふ、いいわね。それじゃ、行こう。」

 凛はニヤリと笑ってうなずき、僕はその後ろについていった。でも、数歩進んだところで鉄匠が立ちふさがった。

 「凛ちゃん、俺も行く!」

 凛は笑って、彼の腕を軽く叩いて道を譲るように合図した。

 「心配しないで。私たち二人で十分よ。それにね、ちょうどこの旅人とちょっと話したいことがあるの。」

 灯台に入って、凛は大きな扉を閉めた。僕たちは二人で上を見上げた。螺旋階段の先に、エミが隠れている頂上が銀白色の光で照らされていた。

 「さあ、行こう。」

 僕は無言でうなずき、彼女の後に続いた。

 カン、カン、カン。

 鉄の階段を歩く音が、静かに響き渡る。その音は、まるで処刑の時に鳴る鐘のようで、一歩一歩、エイミーの希望を奪っていく。

 ――正直、凛、こんなことするなんて思わなかった。お前の偽装は誰よりも巧妙だ。探偵団に入ったのも、このためだったのか?まずエミを片付けて、それから次は僕か?

 「まあまあ、そんなに構えないで、旅人。」

 凛は僕の肩を軽く叩いた。

 「確かに、そんな考えがなかったわけじゃないけどね。でも、もし君が素直に言うことを聞いて、あの呪いの子と一緒にならなければ、見逃してあげてもいいわよ。それに、私が偽装なんてしたこと、ないわ。探偵団に入ったのは仁也を助けるためだし、エミを手伝ったのも、仁也の意志だからよ。つまり、君たち二人を信じてたわけじゃない。ほんと、最初から。」

 ――チッ。ありがたい言葉だな。僕もエミもお前を友達だと思ってたのに。

 「友達?狩人にはそんなもの、いないわ。いるのは狩るか狩られるか、それだけ。この世界はね、君が私を殺すか、私が君を殺すか。君が私の骨をネックレスにするか、私が君の血をワインみたいに飲むか、そういう世界よ。ましてや、エミみたいな悪魔と一緒にいる君なんてね、旅人。」

 ――動物ばっかり殺してたら、自分の頭も動物みたいに単純になったか、狩人さん?

 「ハハ、そうね。単純だ、すごく。でも、この単純な私のほうが、嘘ばっかりの君よりはマシだ。」

 僕はそれ以上何も言わず、ただ黙って凛の後に続いた。やがて螺旋階段を登りきり、銀色の光に照らされた頂上へたどり着いた。

 「さあ、着いた。こんにちは、エミ。」

 さっきまでの険しい顔が、今では柔らかい笑顔に変わっていた。凛は、まるで何事もなかったかのように優しく声をかけた

 少女は銀色のランプをじっと見つめていたが、凛の声を聞いてこちらを振り返った。

 「風鈴、凛!」

 「エミ、うちの頼れる名探偵がもう全部解決したんだよ、ね?村人たちはみんな帰ったから、私たちも外に行こう。村長と無生が待ってるよ。」

 「本当なの?風鈴?」

 エミは少し疑わしそうに僕を見つめた。凛は微笑んでいる。その笑みはエミに向けられているだけじゃなく、僕にも向けられていた。そう、凛の意図は明らかだ。

 仕方なく、僕は頷いた。

 ――エミ、大丈夫。僕が守るから。

 「うん。」

 エミは頷いた。


 外に出た瞬間、僕の予想通り、エミは目の前に広がる群衆を見て驚愕した。

 「風鈴、凛、これって...どうして?」

 「ふふ、何でもないよ。ただ、獲物のあんたが私の罠にかかったってだけだ!」

 その瞬間、凛の表情が凶悪なものに変わった。彼女は振り返り、エミの腕を掴もうとした。

 今だ!

 ずっと沈黙していた僕は、ついに凛の油断した隙を見つけた。彼女がエミに気を取られている間に、僕は思い切り蹴りを放った。

 強靭なハンターでも、まさか自分が反撃されるなんて思ってもいなかった。僕の蹴りは凛の腹部に見事に命中した。大きなダメージは与えられなかったかもしれないが、彼女は一瞬バランスを崩し、階段の上でつまづいて倒れ込んだ。

 「くそっ!」

 凛はすぐに立ち上がり、反撃しようとした。しかし、僕は間髪入れずに刀を抜いた。

 刃に炎が宿り、その炎が先端に暗赤色の玉を作り出した。迷うことなく、その火球を凛の足元に向かって放った。

 ――「影の力・陽炎」!

 火球が地面に触れると、爆発が起き、凛は反射的に後退した。彼女の目は驚きと怒りで燃えていたが、その中には別の感情も見えた。明らかに僕の威嚇が効果を発揮していた。凛は怯えていたのだ。

 ――理屈が通じないなら、力で解決しようか?お前らがすきな方法で。あと一歩でも近づいてみろ。お前たち全員、灰にしてやっても構わないよ!

 凛は何も言わなかった。彼女はため息をつき、悲しげな表情を浮かべると、ゆっくり村長の元へ歩み寄った。そして、静かに頭を下げた。

 「ごめんね、村長。」

 言うが早いか、凛は素早く村長の後ろに回り込み、ナイフをその首に突きつけた。

 「な、何!?」

 その場にいた全員が凛の行動に驚愕していた。当然、僕を除いて。

 今の凛なら、どんな狂気じみた行動をとってもおかしくない。彼女に対して、僕はもう失望しか感じていなかった。

 「凛ちゃん、何をしてるんだ!?」

 鍛冶屋が信じられないという顔で凛に問いかけたが、村長は手を挙げて彼を制止した。

 「この子の言うことを聞け。軽率な行動はするな。」

 「いいわ、村長。賢明な判断だ。」

 「花見、こんな風に脅して解決できるとでも思う?わしはな、本当に失望じゃ。」

 「失望?このじじい!黙れ!」

 凛は怒り狂って、ナイフをがっちり握りしめた。刃が老人の首に触れて、血がじわじわと流れ出した。でも、目の前の老人は全然怖がってる様子もなく、ただ静かにニヤリと笑った。

 「花見よ、わしを殺して、それで満足なのか?」

 緊張感がすごいことになって、場がピリピリしている。もう混乱した対峙状態だ。でも、こんな状況が長く続くとは思えない。エミがマジでおかしくなるから。「

 「お願い、おじいさんを傷つけないで!頼むから!」

 村長が血を流しているのを見て、エミは涙を流し始めた。村長を助けに行こうとしたけど、僕は彼女の右手をがっちり掴んで、前に出させなかった。

 「じゃ、墨雪咲。お前が悪魔じゃないことを証明できれば、見逃してやる。」

 凛はそう言って、ポケットから小さなナイフを取り出し、それをエミの足元に投げた。エミはそれを拾い上げた。

 ――エミ。

 エミは頷いて、皆の前で左手の人差し指をナイフで切った。瞬間の痛みで彼女はビクッと震え、目を閉じてしまった。傷口から血がじわじわと出て、ポタポタ落ちていく。その瞬間、周りの皆が驚きの声を上げた。

 血は嘘をつかない。真っ赤な血が一滴一滴、白い雪を染めていく。

 そこには黒いインクみたいなものも、不気味な亡霊の匂いもなく、ただ生きた人間、墨雪咲っていう女の子がいるだけだった。

 「な、なんだって?!あり得ない!!」

 凛は叫んで、ナイフを落としてエミのもとに駆け寄り、驚いた表情で彼女の傷口を見つめた。

 そう、傷口から流れてるのは、ただの人間の血なんだ!

 暴れん坊の犬みたいに、凛は血の匂いを嗅ぎ始めた。でも、それだけじゃ満足できないみたい。エミの左手を掴んで、まるで赤ん坊が母乳を吸うみたいに、指の傷口を吸い始めた。

 エミは痛みに耐えながら、歯を食いしばって目を閉じていた。

 血が凛の味蕾に触れると、彼女は思わず震えた。次の瞬間、エミを放し、混乱した顔で彼女を見つめた。

 「どうして......」

 凛はエミの襟を掴み、激しく揺さぶりながら叫んだ。血走った目を大きく見開き、まるで怒り狂ったライオンみたいだった。

 「貴様!何を企んだんだ!答えろ、答えろ!私を騙すのがそんなに面白いのか、あぁ!?」

 「凛......お願い、やめて......」

 エミは涙をポロポロ流しながら、震える声で懇願した。

 ――ちくしょう、いい加減にしろ!

 耐えられなくなって、凛を突き飛ばした。そして、彼女の頬に思いっきり平手打ちをくらわせた。

 バシッ!

 リンはよろめき、地面に膝をついた。無言で、ただ地面の血の小さな跡を見つめていた。

 世界が静まり返った。皆が黙ってリンを見つめている。 数秒後、凛はゆっくりと立ち上がり、手にしていたナイフを地面に投げ捨てた。そして、静かにため息をついた。

 僕とエミを恨めしそうに見つめたが、僕もまた鋭い目で彼女を睨み返した。

 凛はその後、篠木家の方を向いて、仁也のことを思い出したのか、小声で泣き始めた。


 「ガハハハ!」

 その瞬間、響き渡る声が静寂を破った。奇妙で大きな笑い声が空から響いてきた。

 この声、覚えてる......そう、韋駄天だ!

 皆の視線が灯台の頂上に向かう。

 銀白色の花が咲き乱れ、漆黒の花芯が風に揺れ、そして一粒の黒い種が、夜明けの空を旋回している。

 黒い神が静かに見下ろし、愚かな生き物たちを嘲笑っている。空のカラスは、人間同士の滑稽な殺し合いを見て喜んでいる。

 海神!

 いつの間にか海神が現れた。彼は片足で灯台の頂に立ち、空中を旋回する韋駄天に手を振っている。韋駄天は嬉しそうに応え、何か指示を受けたように篠木家の方へ飛んでいった。その後、海神は手を伸ばし、篠木家の方を真っ直ぐ指差した。

 「悪魔だ!悪魔がきた!」

 その瞬間、人々は一斉に恐慌を起こした。凛は信じられないという表情で彼を見つめ、鍛冶屋も驚いて口を開けている。村長は人々に動かないよう合図を送ったが、すでに臆病な村民たちは叫びながら逃げ出していた。

 ――ちくしょう、喰らえ!

 真っ赤な三日月が海神に向かって飛んでいき、彼の体を貫通し、その後空中で大きな轟音と共に爆発した。

 ――何?

 その瞬間、僕は異常を感じ取った。

 そう、黒い羽も、黒い蝶も、黒い灰も、黒い血も、何も見当たらない。その瞬間、僕ははっきりと理解した。

 それは海神の本体ではなく、ただの虚像だった。僕が驚いている間に、海神の影は一瞬で消えた。

 でも、どうしてだ?

 彼は何かを伝えようとしているのか?何かを暗示しているのか?彼が死の樹を指さして、何をしようとしているのか?

 頭がぐるぐる回り、混乱した思考を一つ一つ整理していく。それを綿のようにまとめて、無限の虚空に投げ込む。脳が静まったら、光り輝く答えを捕まえようとする。

 うーん、これは不合理だ。何か大事なことを見逃している気がする。

 まるで、毎日周りで騒いでいたのに、今はどこかに消えてしまったいたずらっ子のようだ。そう、彼は今消えてしまった。これは見つけやすいことのはずなのに、前の混乱のせいで全然気づかなかった。

 彼が消えたのなら、いつ現れる?再び現れたら、何をする?僕に顔をしかめて、また騒ぎ続ける?

 そうに違いない。だって、この子はそうするしかないから。まるで不変の真理のようだ。彼が現れれば、叫ぶ。消えれば、黙る。原因があれば結果がある。原因が変わらなければ、結果も変わらない。全ては自然な流れで、すべてはいつも通り。僕がうっかりそれを見落としていただけなんだ。

 海神のあの姿を思い出した。彼が死の樹を指さして、いったい何を伝えようとしているのか?

 ......

 ――まずい!

 「ドーン!」

 篠木家の方向から大きな音がした。その脆弱な木の家が死の樹の重さに耐えられず、瞬間的に崩れ落ちた。死の樹はしっかりと地面に落ち、素早く根を張り、雪の上にしっかりと立ち上がった。

 完全に成熟した死の樹が意味することは、僕が誰よりもよく知っている。皆に逃げろと大声で命令したいのに、もう遅かった。

 死の木の幹がどんどん膨らんで、巨大な丸い球体に変わっていく。分娩の時が来たみたいだ。全ての力をため込んだ幹が、ドカンと爆発した!

 灰色の球体の表面には、無数の穴がポコポコ開いてる。無数の黒いモフモフの小球が、弾丸みたいにその穴から飛び出してきた。

 空中の小球たちはすぐに形を変えていく。尖った口、しなやかな翼、細い足、広がった尾......それは寒鴉だ!

 ほんの数秒で、寒鴉の大群が誕生した。最初はこの新しい世界に慣れない様子で、空中でバランスを取るのが大変そうだった。真っ黒な羽がすぐに生え出て、全身を包み込んでいく。その瞬間、それらはすぐに成熟して、高らかに鳴きながら空を自由に飛び回った。

 「ガアアアアアア!」

 それは韋駄天の声だ。

 寒鴉たちはすぐにその声を感じ取り、韋駄天の方に集まっていく。そして、韋駄天はこの若い寒鴉たちを引き連れ、海の深いところへ飛び去っていった。

 次の瞬間、真っ黒な煙が木の穴からブワッと噴き出し、急速に広がり始めた。

 不幸にもその黒煙に触れた村民たちは、すぐに苦しそうに咳き込む。目が黒煙に触れると、刺激で涙がダラダラ流れ出して、目を開けていられない。彼らは苦痛に顔をしかめ、まるで頭のないハエみたいに咳き込みながら、黒煙が覆う区域から逃げようとする。

 死の樹が放つ毒ガスは致命的じゃないけど、村全体を危険にさらすには十分だった。人々は恐怖で後退し始めるが、鍛冶屋は大声で叫ぶ。

 「皆、恐れるな!この悪党をぶっ殺してやるぞ!おい、皆、俺について来い!進め!」

 ――待て、危険だ!

 鍛冶屋は僕の警告を無視して、大声で死の樹に突進していった。黒煙に触れた瞬間、血が彼の目に広がったけど、涙は出なかった。毒ガスが彼の肺に瞬時に入ったけど、彼は咳を我慢した。まるで無謀な戦士のように、彼は一人で黒煙の中に飛び込んでいった。兄貴が先頭に立つのを見て、十数人のたくましい村民たちも勇気を出して、彼の後を追った。

 「化け物、死ね!」

 重い斧が木の皮を切り裂き、鋭い刃が肉に食い込んだ。漆黒の血が瞬時に噴き出し、死の木は苦しそうに身をよじった。それから無数の枝が動き出し、鍛冶屋に向かって突き刺さっていく。

 鍛冶屋は迫り来る攻撃に気づかず、刃のような枝に体を貫かれた。全身に無数の傷が開き、彼は苦痛の叫びを上げた。一本の枝が彼の首を締めて、軽く一捻りすると、彼は声を失った。

 「兄貴!!!!!くそっ、喰らえ!」

 鍛冶屋の死を見て、残りの連中たちは死の樹に狂ったように攻撃を仕掛けた。でも、どんなに攻撃しても死の樹の傷はすぐに癒えちゃう。鋭い枝が触手のように振り回され、人々は次々と倒れていく。真っ赤な血が地面を染め、死の樹の根に吸収されていく。美味しい血液を味わった死の樹は、嬉しそうに身体を揺らし始める。十分な栄養を吸収した後、さらに濃い黒煙を放出していった。

 「若者、どうするのじゃ!このままだと、村全体が滅びちまうのじゃ!」

 ――火だ、火を使え!木を灰に焼き尽くせ!

 「火?若者、早くあいつを倒せ!迷ってる暇なんてないのじゃ、若者!」

 村長が僕を焦った様子で見つめてきて、僕は仕方なく頷いて、魔力をため始めた。

 「だめだ、旅人。やめて!」

 凛が突然僕の手を掴んできて、刃の火が一瞬で消えてしまった。

 ――凛!何をするんだ!

 「やめて、旅人!あの木は仁也だ!仁也なのよ!彼を殺さないで!」

 ――ちくしょう、仁也だ仁也だって!お前の目には、仁也しか大事じゃないのか!教えてやる、凛、仁也はもう死んだ!もういないんだ!もし贖罪したいなら、生きている人たちを救う方法を考えろ!

 「ダメ!」

 僕の手を強く掴んで、必死な表情を浮かべている。

 「はいやっ!」

 その瞬間、エミがサッと駆け寄ってきて、凛を抱きしめて一緒に倒れた。

 「離して、エミ!離して!」

 凛は必死に暴れて、鋭い爪がエミの肌に細い引っかき傷を残していく。でも、エミは凛をしっかりと掴んで、離そうとしない。

 よくやった、エミ。じゃ、魔力を再び燃え上がらせて、集める!絶対に集中しないと、失敗は許されない!影の魔法は亡霊に効きづらいから、僕は一発で木を完全に燃やす必要がある!

 その時、突然何かを思いついた。振り向いて、車椅子の無生を見た。

 少年はぼんやりと死の樹を見つめ、涙が頬を伝って落ちている。決意を固めた後、彼は僕の方を向き、力強く瞬きをした。

 頷いて、深呼吸をした。そして魔力が限界まで集まるのを待って、全力を尽くして星滅で横向きに斬る。炎が空中で弧を描き、三日月のように形を変えていく。

 高位の魔法を放つには、もっと多くの魔力が必要だ。しかも、僕はずっと高レベルの魔法を使っていなかった。体の魔力がどんどん減っていって、魔力が流出するにつれて体がだるくなり、筋肉が痛み、意識もぼやけてきた。

 でも、今は耐えなきゃいけない!

 全身の力を使って手首をひねり、星滅を垂直に振り下ろす。一横一縦の二つの月が一瞬で集まって、回転し始め、燃え盛る巨大な赤い彗星となって仁也に向かって飛んでいった。

 ――「影の空想・大黒炎斬」!

 彗星は死の樹に命中し、樹皮が一瞬で焦げた。それから、弾けた彗星は再び二つの月の弧に分かれ、鋭い刃のように横と縦に木の幹を貫通して、容赦なく熱い炎を樹皮に付着させた。

 死の樹は苦しそうに身をよじったが、炎の急速な広がりを止めることはできなかった。強力な炎が、まるで樹幹にくっついているかのように、灰色の皮膚や肉を容赦なく食い破っていく。あっという間に、死の樹は完全に燃え上がった。

 世界は静まり返り、みんなが静かにこの特別な葬儀に参加している。炎が篠木家を飲み込み、仁也を飲み込み、亡くなった人々の遺体を飲み込んでいく。

 三分後、すべてが終わった。高温に焼かれ、焦げた死の木は長い鞭のような骨だけになり、まだ立ち続けている。最後の一滴の血が炎で蒸発した後、その骨はついにしなだれて、地面に落ちた。

 残っていた黒煙はすべて消えた。夜明けが過ぎ、朝が来た。絶望と混乱は消え、短い平和が戻ってきた。

 死の樹は、死んだ。


 村長は悲しげにため息をついた。凛は絶望に満ちた声で泣き崩れた。エミは凛をしっかりと抱きしめ、静かに泣き始めた。村民たちは静かにその場に立ち尽くし、誰も言葉を続けなかった。

 その時、無生が僕にウインクをした。

 その灰色の目の中には、虚無だけが残っていた。その瞬間、すぐに彼の意図を理解した。

 身をかがめて、彼を強く抱きしめた。彼は軽く頭を傾けて、鼻先で僕の頬に触れた。

 「じゃ。」

 少年の声が聞こえたような気がした。

 その後、彼を支えながら立ち上がった。僕たち二人で、一歩一歩、仁也の遺体へと向かって歩いていった。

 仁也の残された骨の横で、僕は足を止めた。ゆっくりとしゃがみ込み、手を放した。

 支えを失った無生の体は、まるで今にも倒れそうだった。でも、少年は歯を食いしばり、最後の力を燃やして、なんとか身体を支えた。

 彼は跪いた姿勢のまま、手を伸ばして、仁也の骨を優しく撫でた。それから、ポケットから中尉の鋭い羽を取り出し、自分の手首を思い切り切った。

 温かい血が飛び出し、骨を優しく包み込んだ。その瞬間、無生の温もりを感じたのか、その骨が微かに動いた。

 無生はその骨を愛おしそうに見つめ、口元に微笑みを浮かべた。

 「飲んで、飲んで、僕の血を......兄さん、いっぱい飲めば、もう痛くないよ。」

 ほとんど聞こえないくらい弱々しい声が、腐りかけた喉からこぼれ出た。

 ――無生......

 少年は僕の方を振り向き、優しく笑った。

 「ありがとう、風鈴。そばにいて、最後まで。」

 涙を堪え、できるだけ彼に笑顔を向けた。彼の頬にそっと触れて、頷いた。

 少年は最後の力を振り絞り、羽を自分の喉に突き刺した。血が噴き出し、冷たく残酷な世界を温かく包み込んだ。

 彼の身体はそのまま地面に倒れ込み、手を伸ばして、骨を抱きしめた。

 その瞬間、兄弟は互いに寄り添い合っていた。二人はついに解放され、一緒に手をつないで、より偉大な冒険に向かって進んでいった。

 「兄さん.....」

 最後の言葉は、冷たい風に無情にさらわれた。世界は、もはや篠木兄弟の痕跡を残さないかのようだった。

 彼の目は閉じた。彼の微笑みは消えた。彼の呼吸も止まった。

 彼はもう苦しむことはなかった。

小説を読んでいただき、ありがとうございます。

もし良かったと思っていただけましたら、作品に評価をお願いいたします。

一つ星でも問題ありません。もちろん、より高い評価をいただけると嬉しいです。

ご協力いただきありがとうございます。

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