其の二十四 血色
巨大な電球が銀白色の光を放って、岸辺の灯台はいつものように小さな村を見守っている。
光が眩しくて目が痛むけど、僕は目を閉じない。じっと、その光を見つめて、電球を見つめて、かつて温かかったこの世界を見つめている。
この銀白色の世界に足を踏み入れた瞬間、まるで過去に戻ったような気がした。いや、正確には、ほんの数日前のことかもしれない。
あの頃、エミと一緒に灯台で星を眺めたり、岸辺で雪合戦をしたり、寄り添って内緒話をしたり、春や夏の約束を夢見たりしていたんだ。
でも、たった数日しか経っていないのに、まるで別の世界にいるようだ。何も良くなってない。すべてが絶望に向かって崩れ落ちていった。
悪魂はまだ雪山に潜んでいて、寒鴉たちは本性を現し、海神は仲間を虐殺した。敵も災厄も、何一つ消えたわけじゃなく、むしろますます増えている。そしてこっちの状況はどうだ?仁也は死んで、無生ももうすぐ逝ってしまう、凛は恐怖に押し潰されそうで、凛は絶望の中にいる。かつて大切だった仲間たちは、次々に倒れていった。
そう、今が一番危険な時だ。これからもっと悪くなるかもしれない。でも、少なくとも今この瞬間、まだ立っていて、この残酷な現実に向き合えるのは、たぶん僕だけだ。
わかってる。今日、三四八九年第三水丙日、午前六時。今、この瞬間が、運命を変える時なんだ。
風鈴、もう過去に縛られてる場合じゃない。この銀白色の世界を壊して、恐怖と災厄を象徴する血のような赤い光を、この世界に降り注がせるんだ!
そう決心した瞬間、僕はスイッチを思いっきり引いた。
銀白色の光が一瞬で消えた。それは「過去」の死を意味する。そして次の瞬間、血のように赤い光が再び灯った。「現実」がやってきたことを示している。それと同時に、けたたましい警報音が空に響き渡った。
エミが前に言ってた。灯台の警報が鳴るってことは、村が緊急事態に入ったってことだって。彼女の話では、五年前、彼女の両親が海で行方不明になったとき、村人が警報を鳴らしたらしい。それから、村民が行方不明になるたびに警報が鳴った。でも、海に入り行方不明になる人が増えるうちに、村では警報が使われなくなったんだ。
灯台の赤い光と警報は、エミにとって悪夢そのものだった。彼女は、警報が鳴るたびに心が壊れそうになるって言ってた。警報が鳴ると、両親の顔や声が頭に浮かんで、海を見つめて泣いていた兄の姿や、村長にしがみついていた自分、岸辺に集まった村人たちのことが全部蘇ってくるんだって。警報が鳴らなくなった後も、エミは赤い光と警報の記憶を消すのに、ほぼ一年かかったって言ってた。それでも時々そのことを思い出すと、ぼんやりした目で灯台の優しい白い光を見つめ続け、目眩がするまでそうしていたらしい。
僕はため息をついて、隣にいる少女を見た。彼女にとってこの警報がどれだけ辛いものかはわかっている。それでも、もう迷っている時間はないんだ。
エミは隅っこで体を丸めて、震えていた。警報が鳴った瞬間、彼女は苦しそうに叫んだ。
「やめて!お願い、消して!」
彼女は両手で耳を塞ぎ、目をぎゅっと閉じた。でも、頼みが届かないとわかると、彼女は泣き出してしまった。
エミの泣き声が、まるで棘のように僕の心を刺してくる。でも、僕は歯を食いしばった。選択肢なんてない。
――エミ!怖がらないで!少しだけ耐えて!今は我慢するしかないんだ!
「嫌だ、嫌だ!風鈴、助けて、助けて!あああああああ!」
――エミ!
僕はエミのもとに駆け寄り、彼女をぎゅっと抱きしめた。彼女は僕の胸にすがりついて、泣きじゃくっていた。
「お願い、風鈴!助けて!」
――エミ!もう少しだ、もう少しで終わる!いいか、今は他のことを何も考えないで。何もだ!一緒に数えよう、1からだ!180まで数えたら、すべてが終わるから。いくよ、1、2、3!
「1、2、3......」
僕たちはお互いをぎゅっと抱きしめたまま、長い三分間が過ぎるのを待った。たった180秒が、まるで180年のように感じた。たった180秒の間に、僕は180回も死んだ気がした。
三分後、警報が止まり、血のような赤い光が消えた。優しい白い光が再び灯り、エミはゆっくりと目を開けた。
まだ苦しそうで、すすり泣きが止まらない。僕はそっと手を伸ばし、彼女の涙を拭ってあげた。
――エミ。
「風鈴......」
――エミ、よく聞いて。僕たちはここを出なければならない。警報はもう終わったし、村の皆がすぐに集まってくるはずだ。今、探偵団の使命は僕たちにかかっている!引き下がるわけにはいかない、正面から向き合わなきゃ!さあ、外へ行こう。村長も凛も、みんな僕たちを待っているんだ!
「うん……」
少女は勇気を振り絞り、力強く頷いた。泣き止もうと必死に努力しながら、ゆっくりと立ち上がる。
でも、僕が彼女の手を取ろうとした瞬間、エミは何かを思い出したかのように表情を歪めた。
――どうしたの、エミ!
彼女は突然叫び声を上げて、後ずさりし、その場にへたり込んでしまった。そして怯えたように、再び体を丸めてしまった。
「いや!いやだよ!村の皆なんて見たくないよ!みんな私のことを嫌ってる、呪われた存在だって。私が外に出たら、殺されちゃう!」
――エミ、怖がらないで、お願い!僕も凛も無生も、村長だって、優しい村人だってみんな君の味方だよ!怖がらないで、僕が絶対に守ってあげるから!
「いやだ!」
――今は外に出なきゃいけないんだ、ここにずっと隠れているわけにはいかない。凛と無生も、みんな僕たちを必要としているんだよ!仁也だって、無駄に死なせちゃいけない!
「お願い、風鈴......私をここに一人にしておいて。ここに残りたい、外に行きたくない。お願いだから......」
――ちくしょうっ......エミ、頼むから言うことを聞いてくれ!今、僕たちがバラバラになったら危険だ。もしかしたら、海神がまだ周りに潜んでいるかもしれないんだ!一人で灯台にいたら、危険が迫ったらどうするんだ!
「いやだ!」
目の前のエミは、何を言っても聞いてくれない。僕は焦りと苛立ちを抑え込みながら、どうすることもできずに彼女を見つめた。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。エミが外に出るのをどうしても怖がっているのはわかってる。無理に引きずり出すのは、彼女を傷つけるだけでしょうか。
そのとき、灯台の下から人々の声が聞こえてきた。皆が続々と集まってきている。もう、ここで迷っている時間はない。
――わかったよ、エミ。じゃここに隠れていていい。けど、絶対に気をつけて!もし何かあったら、すぐに外に出て僕を探すんだ!他人の言葉なんてどうでもいい、自分の命が一番大事だから!
「......うん。」
僕は頷くと、エミを残して階段を駆け下りた。
外に出ると、灯台の下には既に多くの人が集まっていた。みんな篠木家の方を見ながら、不安そうに何かを囁き合っている。
村長は懸命に指揮を取っており、十数人の大柄な村人たちが人々の前に立ち、篠木家に近づこうとする好奇心旺盛な者たちを押し留めていた。
その中で、背の低い男がいち早く僕に気づき、声を上げて人々に知らせた。
一瞬で、百を超える目が僕に向けられた。村人たちは僕を見つめ、様々な表情を浮かべていた。困惑、不安、憎しみ、悲しみ......無数の感情が無数の視線に宿り、一斉に僕に押し寄せてくる。
誰も僕に声をかけることも、質問することもなかった。ほとんどの人が静かに僕を観察していたが、その沈黙もほんの数秒のことだった。すぐに村人たちはひそひそと話し始め、無数の雑音が広がった。
「静かにしろ!」
村長が一喝すると、村人たちはようやく黙り込んだ。彼は僕に向かって、小さく頷いた。
僕は群衆の中で見慣れた顔を探し、すぐに凛を見つけた。彼女は人混みの前の方にいて、無生の車椅子を押している。僕と目が合うと、彼女は真剣な表情で力強く頷いた。
その顔には怒りがこもっているようにも見えた。凛の性格を考えれば、今すぐにでもあの憎き亡霊たちを自分の手で引き裂きたいと思っているに違いない。
車椅子に座っている無生は、何かを言いたそうに口を大きく動かしたが、声はほとんど出ず、僕には聞こえなかった。彼はすぐに諦めて、代わりに何度も目をパチパチと瞬かせた。
世界は再び静寂に包まれ、僕は舞台の中心に立たされていた。リハーサルもなく、用意されたセリフもない。今この瞬間、頼れるものは僕自身だけだった。
深呼吸。
そして、口を開く。
――南森綾と申します。南森家に直属し、高位の探偵を務めております。これまで僕は白雪村の状況をひっそりと観察してきました。本来なら、僕がここに姿を現すことはないはずでした。しかし、今、白雪村は重大な災害に直面しています。その事態はすでに人間王国の力では制御できないほど深刻です。ですので、僕は王国から特命を受け、国境の騎士防衛線を越えて、この地にやってきました。皆さんと共に対策を探るためです。突然のことで、どうかご容赦ください。」
うん、完璧な出だしだ。我ながら天才的な嘘だと思う。
そういえば、南がここにいたら、間違いなく激怒していたでしょうか。
「おい、助手!僕の妹の名前を勝手に使うな!」ってね。彼は絶対にそう言う。南と綾は兄妹仲が非常に良いことはよく知っている。南はいつも認めようとしないけど、このやつ、ちょっと妹を溺愛してる節があると思うんだよね。
綾もまた、僕にとって大切な友人だ。今、名前を借りるのは本当に申し訳ないね、綾!
正直、これは大きな賭けだ。僕が「南森綾」と名乗ることで、どんな反応が返ってくるのか全く予想がつかない。綾がもし南と同じくらい有名なら、すぐに偽りだと見破られるかもしれない。でも、誰も彼女を知らなければ、この話は威圧感を持たせることはできない。
だけど、みんなの反応を見る限り、特に異論を唱える者はいないようだ。皆、まだ困惑しているような顔をしているが、何人かは半ば納得したように頷いている。どうやら賭けには勝ったらしい。
それから、ポケットの中から白い勲章を取り出し、皆に見せた。特別な素材で作られた銀色の丸い勲章で、羽の模様が刻まれている。
この勲章は、かつて「下界の心」の邸宅で、助手としての僕の貢献を称えて南がくれたものだ。あの時の彼は真剣そのものだったが、僕はただの記念品くらいにしか思っていなかった。正直、「こんなものいらないから酒でもおごれ」と言った覚えもあるが、その言葉はもちろん一蹴された。
まさかこのおもちゃみたいな勲章がここで役に立つとはね。南森家の本物の勲章を見たことはないけれど、数年前に南と別れる時、再会した時に本物をくれるって言っていた。しかし、僕が「下界の心」を出て亡霊連邦に向かってから、彼とは一度も再会できていない。
村人たちは、この勲章に興味津々な様子で見入っていた。中には、感心したように頷く者もいた。
嘘がここまで通れば、次のステップに進むのは簡単だ。
――では、皆さん。僕の仕事が理解できたなら、これから僕の指示に従って行動してほしい。まず、現状について簡単に説明します。
――ご覧の通り、篠木家には「死の樹」と呼ばれる特殊な存在が出現しています。悲しいお知らせですが、篠木仁也は、もう完全に死んでしまいました。そして、あの死の樹へと変わり果ててしまったのです。
「何だ?篠木が......」
僕の言葉を聞いた村人たちは、信じられないといった様子で僕を見つめていた。彼らの疑問に対して、しっかりと頷いて応えた。
――その通りです。篠木仁也は今朝の午前五時頃、大海に侵入した、海中の亡霊、つまり悪魔に襲われました。彼はなんとか逃げ延びましたが、その後追ってきた悪魔に殺され、最終的に「死の樹」となってしまったのです。今、僕が皆さんに伝えたいことは明白でしょう。海には悪魔がいます。そいつは人を海に誘い込み、そして殺すのです。
「篠木さんが海に入って、悪魔に殺された?でも、悪魔って何なの?」
好奇心旺盛な子どもが、真剣な顔で問いかけた。
――はい。皆さんはしばらくの間、死んだ種族だと理解してくれて構いません。彼らはすでに死んでいるのですが、それでもなお「生きている」のです。そして、その中には高い知性を持った存在もいます。僕が思うに、彼らはすでに風花湾に侵入しているでしょう。二年前に墨雪家で起きた襲撃事件を覚えていますか?あの時、二匹の怪物が墨雪瑛を襲いました。
墨雪家の話が出ると、村人たちの表情は複雑になった。もちろん、背の高い村人たちが強く頷いていた。彼らはたぶんあの事件の当事者でしょうか。
「そうだ、あの時、皆で協力して二匹の怪物を殺して、墨雪瑛を救ったんだ。探偵様の言いたいことは、その二匹も悪魔だったってことか?」
――はい。そして、海に潜む悪魔は、あの二匹よりも遥かに強力です。篠木は自らの犠牲で、僕たちに貴重な情報をもたらしてくれました。そう、ここには「時間神の秘宝」という伝説があると聞きましたが、そうでしょうか。
「時間神の秘宝」という言葉を聞いた途端、村人たちは目を大きく見開いた。互いに顔を見合わせてから、信じられないといった表情で僕を見つめていた。とはいえ、何人かはその言葉に軽蔑の表情を浮かべていた。どうやら、その伝説を信じていない者こそ賢明なようだ。
――多くの村人が欲に駆られて、秘宝を求めて海の奥深くへ足を踏み入れようとしました。しかし、彼らの結末はご覧の通りです。「時間神の秘宝」という伝説は、海の悪魔が編み出した嘘に過ぎません。彼らは嘘で人々を海に引き寄せ、そして皆を殺し、あの大樹のような怪物を育てているのです。
「コホン......」
その時、村長がゆっくりと前に歩み寄り、僕の隣に立った。村長に軽く頷き、自然と一歩後退した。
「皆さん、白雪村の住民の皆さん。」
村長は厳しい表情で人々を見渡した。そして、静かに話し始めた。
「これまで、わしは皆に凍りついた海には近づかぬように命じてきた。そして、今日、僕は一つの誤った認識を正す必要があるのじゃ。そう、時間神などというものはない、神罰も存在しぬ。わし、村長として、悪魔の作り話を信じ、それを神の罰と結びつけてしまった。それは村長としてあるまじき大失態じゃ。ここで、皆さんに謝罪する。すまぬ。」
村長は深々と頭を下げ、村人たちに謝罪した。その後、彼は背筋を伸ばし、僕の方を見て再び頷き、前に進むよう合図した。
一歩前に出て、村長の隣に立った。
「それでは、どうか皆さん、この若き探偵を信じてください。この方の言っていることは事実であると、わしが保証する。これからは、彼女の指示に従って行動してください。彼女は、我々白雪村を救うために来てくれたのじゃ。我々は、その誠意に応え、力を合わせましょう!」
さすがは村で信望のある村長、彼の言葉は村人たちに強い影響を与えた。先ほどまで疑問や恐怖、怒りを抱えていた村人たちの大半が、村長の激励を受け、今や覚悟を決めたように見える。
村長がただのひょうきんな髭面のおじさんだと思っていたけれど、いざという時はこんなに頼りになるとは。僕は村長を見直した。
さて、今度は僕の番だ。この機を逃さず、一気に演説を締めくくろう!
――では、皆さん、今から僕が伝えたいことは三つあります。
――まず第一に、絶対に篠木家には近づかないでください。『死の樹』についての僕の知識はまだ浅いです。皆さんの安全のために、くれぐれも距離を保ってください。この集会が終わり次第、対策をお知らせしますので、それまで少しだけ待っていてください。
――次に、絶対に海に入らないでください!もしかしたら、まだ僕や村長の言うことを信じていない人もいるかもしれません。でも、どうか自分の命を大事にしてください!篠木の姿を思い出してください。皆さん、本当に彼のような化け物になりたいんですか?悪魔の手先になって仲間を殺すような、そんな姿になりたいんですか?それよりも、自分の家族を思い出してください!ここにいる皆さんの多くは、父親であり、母親であり、息子であり、娘であります。そんな虚無の宝を追い求めて、自分の家族を悲しみに突き落とすつもりなんですか?
「でも、悪魔が僕の父さんを殺したんだ、復讐しなくちゃ!」
一人の子どもが叫んだ。
――ダメだ!今は焦らないで!まだ相手の正体も実力もわかっていないんだ!今、戦ったら勝てるわけがない!
「そうだよ、探偵様!一人の力は小さいかもしれない。でも、みんなで力を合わせれば、あの忌々しい悪魔を倒せるはずだ」
大柄な男性が前に出て、大声で叫んだ。
――団結は必要だが、それは互いの命を守るためのものだ!無謀な戦いのためじゃない!もうこれ以上、白雪村で誰も犠牲になってはいけないんだ!
「違うよ、探偵様!二年前、俺たちは墨雪瑛を襲った怪物を倒したんだ。今だって、海の悪魔を倒せるだろ?そうじゃないのか!俺たち人間はそんなに弱くない!悪魔にだって勝てるんだ!」
――ちくしょうっ、そんなことをしたら、お前たちは死ぬよ!
「両親のために、そして子どもたちのために、俺は戦う!死ぬとしても、堂々と戦って死ぬぞ!悪魔を倒せば、風花湾全体が平和になるんだろ?俺たちは海を取り戻すんだ!海は白雪村のみんなのものだろ、そうだよな!」
彼は振り返り、右腕を高く掲げた。彼の友人らしき十数人の村人たちも、同じように拳を突き上げ、声を上げ始めた。
「戦える者は全員、すぐに俺の鍛冶屋に来てくれ!武器になりそうなものはなんでも持ってくるんだ!みんなで一緒に海へ行って、悪魔をぶっ倒すぞ!」
「悪魔を倒せ!悪魔を倒せ!」
村人たちの心に怒りの炎が燃え広がった。鍛冶屋の呼びかけに応え、彼らも拳を振り上げ、声を合わせた。その叫び声は海岸に響き渡り、次第に大きくなっていった。憎しみの炎が一度燃え上がると、瞬く間に皆の心を燃やしてしまう。年老いた者や臆病な女性たちを除いて、その場にいる子ども、青年、そして壮年の村人たちは、すでに戦いの準備に加わっていた。
くそっ、まさかこんな展開になるとは思わなかった。やっぱり僕は演説の才能がないのか!人々に海の悪魔への恐怖を植え付けて、海に近づかせないようにするつもりだったのに......どうしてこんなことになっちゃったんだ?!
なんという皮肉だ。僕は海神の手先にされてしまったのか?海神は一人ずつ人間を殺していくしかなかったのに、今度は彼ら自ら海へ侵入して死のうとしているなんて。
こんな恐ろしい現実を目の当たりにしているのに、彼らは恐れないのか?あんな大きな『死の樹』が目の前にあるのに、なぜ恐れないんだ?彼らは勇敢すぎるんだ。いや、無謀すぎる。命を粗末にするほどに!
勇気が人類の誇りだということはよく知ってる。でも、勇気ってのは、自分の命を軽んじることじゃない!どうしてこの人たちは、戦うことばかり考えていて、冷静になれないんだ?!
ふん、だから村長の忠告を無視して海に行こうとする者が後を絶たないんな。こいつらは、もう狂ってしまってる!可哀想なエミに対してあんなに無慈悲な態度を取ったくせに、本当の敵にはこんなにも無謀に挑もうとしているなんて。
風鈴、見てくれよ。君が助けようとしてるこの村人たちは、本当に助ける価値があるのか?
怒りと絶望が頭の中をかき乱していくのを感じ、鍛冶屋がそれに気づいたようだった。
「心配するな、探偵様!ここに残って、村にいる人たちを守ってください!俺たちが勝利して帰ってきるから、少々お待ちください!」
――ちくしょうっ、お前なんか!
「じゃ!みんな、出発だ!」
まさにその時、聞き覚えのある声が響いた。
「いや、鍛冶屋さん。待て、今はその時じゃない。」
この声は......凛だ!そうだ、赤髪の少女が助けてくれた!
やっぱり、凛は頼りになる!
いや、今は喜んでいる場合じゃない。落ち着け、風鈴。凛が現れたことで希望が見えてきた。もしかすると、今なら再び主導権を握り返して、この暴走し始めた状況を収めることができるかもしれない!
「凛ちゃん?」
「本気だよ、鍛冶屋さん。海に行って、海の悪魔と戦う必要なんてない。」
そうだ、そうだ、凛!その調子で続けてくれ!あなたが場を抑えてくれたら、僕が後でフォローする!
「海で戦うだって?正直、愚かすぎるよ、鍛冶屋さん。」
そうだ、もっと言ってやれ!
「だって、悪魔なんてのは、実は私たちのすぐそばにいるんだからね。」
そうだ、続けて......え?
――凛!何を言ってるんだ!
「ふん。」
まさか、あの信頼できる仲間、花見凛が、この瞬間、僕に向かって軽蔑の笑みを浮かべるとは思いもしなかった。
「そうじゃないの?旅人。お前、本当はわかっているはずだ。こんなに偉そうにたくさん喋ってきたのに、一つだけずっと隠していたことがある、そうでしょ?嘘をつく子は、針千本を飲まなきゃいけないのよ。」
やばい、まさか......
「墨。雪。咲。」
彼女は一語一語、はっきりとその名前を口にした。僕が一番言われたくなかった、その名前を。
――凛!どうしてそんなことを!
彼女に向かって怒鳴ると、凛は一瞬にして獣のように怒り狂い、燃え盛るライオンのように激しい咆哮を上げた。
「黙れ、嘘つき!質問に答えろ!墨雪咲は、どこにいるの!」
――彼女は隠れてるんだ。お前には見つけられない!
「隠れてる?へえ、そうなんだ。」
凛は嘲笑った。そして、わざとらしく驚いた表情をして、振り返り、村人たちを見つめた。
「みんな、聞こえた?この探偵が言ったよ。墨雪咲は隠れてるって!もし何も問題がないなら、なぜ彼女は隠れなくちゃいけないの?彼女は何を怖がってる?何を隠そうとしてる?」
――凛!
「あらあら、わかったよ。」
そう言うと、凛は右手を高々と上げて、灯台の方向を指差した。
「だから言ったじゃないか、ハンターの頭脳を見下ろしないで、旅人。獲物であるあなたは、もう完全に見破られてるのよ。」
灯台は静かに柔らかな白い光を放っていた。まるで何事もなく、穏やかな時間が流れているように見えた。しかし、僕はすぐに悟った。あの小さな銀色の避難所は、すぐに血の色で染められることになると。
「灯台から降りてきたよね?それなら、私たちの愛らしい呪いの子。彼女は......」
凛はわざと最後の言葉を口にしなかった。ただ、穏やかに微笑んだだけだ。
その優しげな顔からは、死神のような冷酷な凶悪さが滲み出ていた。
小説を読んでいただき、ありがとうございます。
もし良かったと思っていただけましたら、作品に評価をお願いいたします。
一つ星でも問題ありません。もちろん、より高い評価をいただけると嬉しいです。
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