其の十八 旋回
あそこで遠くの灯台が光を灯し出した。黄昏がやってきた。夕日が地平線を転がって、そこを燃やした。天を焼き尽くすかのような熱い炎が広がって、雲までが炎に包まれた。遠くの海には赤く輝く夕焼けが射し込んで、白い氷原はそれを反射してキラキラ輝いている。ただ、その海の深みには、まだ何かが覆い隠されている。
でも、この美しい夕焼けの光景はすぐに消えてしまった。空が暗くなって、黒い闇が世界を覆い始めた。雲が完全に燃え尽きた後、大きな黒い雲が空を覆い隠した。風が荒れ狂い出して、空を疾走した。怒り狂ったかのように、果てしない怒りをぶちまけていった。やがて雪が降り始めた、鉄の雨のようだ。でも、その雪片たちは鉄のように熱くない。むしろ、骨身にしみるような寒さを持って、もともとの暗い世界にさらなる悲しさをもたらしていった。
今、僕たちは雪山の道を歩いてる。エミは明らかにへばってて、ずっと遅い歩みだ。彼女は超人じゃない。ただ、来た道で使った全ての力と勇気を注ぎ込んだだけだ。強い感情と思いは無限の力に変わって、彼女を森の中に向かって走り抜けさせた。兄の顔を見た後、ついに彼女は緊張を解き放った。その瞬間に、過度の疲れと苦痛が再び彼女を襲った。
今のエミは完全に燃え尽きていた。杖に頼り、お腹も空いてへとへとだ。
「うぅ、風鈴......まだいつ家に着けるかな。お腹減った、焼き魚が食べたいよ......」
――家に着いたら、絶対に作ってあげるよ。もうすぐだから、あと10分くらい。でも、今の速度だと、もうちょっとかかりそうだな。
「え?なんでこうなるの。」
――全部エミのせいだよ。あんなに速く走って来たから。今はもう家に戻れないんじゃない。
「じゃ風鈴、私を背負って帰ってくれる......」
――冗談じゃないよ、僕は牛じゃないんだから!もうちょっと頑張って、エミ。できるかな?
「うん......」
少女は無力な感じで頷き、落胆したため息をついた。その時、彼女は何かを思い出したように、僕の袖を軽く引っ張り、甘えた顔を見せた。
「ねぇねぇ、風鈴……」
――もうダメって言ったでしょ。
「それじゃないよ。あの写真、もらってもいい?」
――はぁ?それは篠木家のものだよ。もう、冗談はやめるよ。
「ううん......ダメ?二枚あるのに。」
――それでもダメだ!ちょっと、エミ、そんなに冷酷なの?無生の最後の願いまで破壊するつもり?
「うう......わかったよ。ごめん。」
――まったく。
「風鈴の言うとおりにするよ。でも、風鈴も私の頼みを聞いてくれる?」
なんだこりゃ。なんでこんなにわがままなのよ。それでもまた僕に手伝いを頼むとは。まったく、僕がいつもエミにすべてを許してしまったせいだ。今じゃ、エミも僕に甘えすぎだよ。
心の中で拒否しようと思ったけど、結局頷いてしまった。
「絶対に私とお兄ちゃんの写真を見つけてほしいんだけど......」
――ああ......でも、どうやって見つければいい?
「頼むよ、大探偵。お願い!」
――しょうがないな。はい、はい。わかったよ。」
「本当?じゃ、約束するよ。」
――うん。できるだけ。
「指切りげんまん。」
少女が手を挙げて、小指を差し出した。僕は頷き、それから手を握りしめた。
「指きりげんまん、指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った!」
今、僕たちは約束の中で、ふたりの誓いを立てた。エミは嬉しそうに笑って、僕に小さな抱擁をくれた。
ああ、彼女が幸せなら、それが何よりだ。そうでしょう。
いや、そんなことないよ!
エミのペースに乗せられて、僕は彼女の言葉に負けてしまった。ちょっと待てよ、風鈴、これは遊びじゃない。これは本気の約束なんだ!後悔した、本当に後悔した。なんであんなにバカみたいなことをして、エミと約束してしまった。その写真はもうどこかに投げ捨てられたかもしれないし、あるいは存在しないかもしれない。どうやって彼女を助ければいいんでしょう。エミは約束を大切にする子だから、今、彼女に快く約束してしまったけど、その後どうする?本当に千本の針を飲むしかないのか?
しまった、しまった!くぅ......喉が痛い、千本の針で刺されたみたい。つらい、つらい、気管の中には一万匹の硬い蛇が這ってるみたいで、もう呼吸できない。うわぁ、痛い、痛いよ。その針が肺にまで入った。やばい、肺が穿たれちゃう!
「ぷーーぷーー」
両方の肺が風船みたいに、無数の鋭い針で刺され、そして空気が漏れ始めた。喉の奥から大量の悪臭のガスが湧き上がり、口や鼻から噴き出してきた。その後、強烈な窒息感が痛みを覆い隠した。喉をしっかりと押さえて呼吸しようとしたが、何も起こらなかった。肺は壊れた機械のようで、どんなに操作してもただ黒煙を吐き、機油を漏らすだけで、少しも反応しない。
くっ、死にそう。両足がしびれ始め、もう倒れそう。
「ボーン――」
あぁ、地面に倒れた。もう目を閉じて、死を待つしかない。って、待てよ、なんで僕、まだ立ってる?ここに座ってるのは一体誰だ。いや、違う、たぶん錯覚だ。まさに僕が倒れた、自分が倒れたのを見てる。今、地べたに座ってるのは僕自身だ、でもなんで髪が白くて、しかも長いんでしょう。僕の記憶じゃ、髪は紫黒で、それに短かったはずだ。あぁ、わかった、僕の魂が離れたんだ、地面に座ってる。でもこれはどうかしてる、魂が倒れたら、なんで僕の肉体はここで立ってる。理論的には、逆じゃないはずだ。
「いや!!!!!!!!」
耳元で尖った悲鳴が鳴り響く。耳を突き刺すようなその音波が、一瞬で僕を電波空想劇場から現実に引き戻された。
――どうした、エミ?大丈夫か!
僕はすぐにしゃがみ込み、地面に座り込んでいるエミを支えようとした。きっとエミは歩けなくなった、だからこけたんだ。ああ、もっと前に無理をさせなければよかった。ま、いっそ僕が本当に彼女を背負って帰ればいいだけの話だ。
「私、聞こえた......あの、あの......また来た!」
少女は地面に座り込み、両手で頭を押さえ、体が震え続けている。何かに驚かされたように見える。
――何?何が来た?
エミの言葉に僕はすぐに警戒心を持った。彼女に静かにしてと合図を送り、その後、静かに耳を傾けた。数秒が経ち、何も聞こえなかった。
僕の聴力はエミみたいに敏感じゃないけど、彼女の言うことは分かる。なぜなら、僕は微かな呪力の息吹を感じてる。それがどこか近くの空気に漂ってる。時が経つにつれ、その気配はどんどん膨れ上がって、エグくなってく。確かに何かが、僕たちに迫ってる。
ふう......この感じ、なんか懐かしいな。前にも似たようなの感じたことある気がする。
寒鴉?大公?墓守君?でも、それとも違う。けど、なんか懐かしい。この気配だけで、脳裏に色んな記憶がフラッシュバックして、その一瞬にはみんなの泣き声も聞こえてくる。
なんかやばい予感。とにかくやばい予感。風鈴、気をつけろ。
「うわっ!」
耳につく鋭い音が一瞬で世界を支配した。
顔を上げ、前を見た。外では相変わらず大雪が降り続き、無数の雪片が舞い落ちている。視界が乱れ、僕の観測を妨げようとしているようにさえ感じられた。
けれども、僕はその異常を正確に捉えた。奇妙な形の雪片だ。空中で停滞しているようで、そして徐々に大きくなっていく。ダイヤモンドに変わり、雪玉に変わり、そして白い雲に変わっていく。
空中を漂っているのは何だ?白い袱紗のように、純白の花嫁がそこにいるかのようだ。
――やばい!
気付いた瞬間、僕はすぐに頭を下げた。
頭の上から冷たい感覚が伝わってきた。それは死の息吹だ。僕とこんなに近い距離にある。耳元で風の音が聞こえた。まるで三、四本の鋭い刀が、頭上わずか数センチのところを飛んでいくようだった。
頭を上げると、白い姿が僕の上を通り過ぎた。突然の攻撃をかわした僕を見て、その白いものは慌てた鳴き声を上げ、急速に減速して振り返った。
その瞬間、お互いに見つめ合った。その大きな髑髏の眼窩から感じ取れるのは、無限の虚無と空虚だけだった。
それは......また現れた。以前、探偵団の皆が登山していたとき、直接戦うことを選ばなかった。しかし今、雪が降り積もる夜に、ついにそのチャンスをつかんだ。その意図を理解できなくても、その呪力の息吹からは、その欲望を感じ取ることができた。
今日は、ヤバいことになるかも。考えずにはいられない、この戦いの準備を。場にある武器はエミの杖、つまりあの鉄パイプ。まさにそれが僕の唯一の頼みだ。それが強固なものなら、悪魂と戦えるかもしれない。でも、一番の問題はエミの存在だ。悪魂の動きを考えると、エミを置いて逃げるわけにはいかない。じゃあ、僕が敵と対峙して、エミに逃げるよう指示するってのはどう?でも、それはリスキーだ。なぜなら、悪魂のターゲットがエミなのか、分からないから。もしエミを狙っているなら、彼女を危険な目に遭わせるかもしれない。
他に手はない。エミを守り、目の前の亡霊と戦う。チャンスがあれば、倒す。ダメでも、少なくともエミを逃がす!
――エミ、後ろにくっついてろ。僕が守るから!
前に飛び出し、エミの前に立つ。地面に落ちていた鉄パイプを手に取り、高々と掲げ、戦闘の姿勢を整える。目を閉じ、深呼吸をして、息を吐き、目を開く。そして、相手の首筋に熱い視線を送る。頭と背骨をつなぐ、あの小さな骨、それが敵の最も弱い部分。冷静に、無謀な攻撃をせずに待つ。チャンスを伺い、弱点を狙う。同時に、尾と両手にも気を配る。自分が傷ついてもいいが、絶対にエミを守る。
敵、悪魂。戦闘準備。
鉄パイプのような鈍器を使うのは初めてで、やっぱり慣れない。刀を使うなら、力はそこまで重要ではない。刀は正確さが重要で、無駄な力みたいなもんじゃない。刃を正確に当てれば、致命的なダメージを与えることができる。でも、鈍器は違う。
僕の力が足りないのか、相手の骨が硬すぎるのか、わからない。どんなに力を込めても、悪魂は簡単に防御してしまう。堅固な鋼鉄が、より堅固な手の甲に猛烈に打ち付けられ、「チーン」と鋭い音を立てて、反動で跳ね返された。
前回の攻撃と同じように、今回の攻撃も全然ダメだった。僕は無駄に体力を使ったばかりか、悪魂の手はなんのダメージも受けてないみたいだ。
その後、悪魂から次々と攻撃が始まった。両手が左右に振り回され、鋭い爪はまるで刃物のように空気を裂いて、容赦なく僕を襲ってきた。
「チーン――ドン――」
鉄パイプを振りかざし、全ての攻撃を防ぎきった。
しかし、このままずっとバトルを続けたら、自分が不利な状況に陥るのは明らかだ。自分の攻撃が全部跳ね返されたり、相手の攻撃を全部ブロックしようとするたび、お互いの衝突が起きて、それが僕の手や腕にビンビンと響いてくる。耐久力はあるけど、何十回もの連続なんて続けてたら、手や腕が痛み出すのは確実だ。
ちくしょうっ。
鉄パイプをギュッと握りしめても、指の震えが止まらない。右腕、手の平、指、まるで沼地にはまったかのように、どんどん硬くなり、どんどん制御が難しくなってくる。筋肉を緩めれば、次の一撃でバットが手から滑り落ちるかもしれない。でも、力を抜き続ければ、身体からの痛みがどんどん激しくなって、もう耐えられなくなる。
「チーン――ドン――」
相手は明らかに僕の状況に気づき、ますます大胆に攻撃を始めた。僕は連続して武器で攻撃を防ぎきったが、ますます持ち堪えるのが難しくなってきた。
ふっ、やっぱり力が足りないな。前は刀や魔法に頼りすぎてたかもしれない。こんな純粋な物理的な戦い、僕にとってはちょっと難しいな。
「うあああ!」
悪魂が傲慢に鳴き、爪を擦り付け続ける。「カチャッ」と音を立てて。僕はただ、防御の姿勢をとって立ち尽くしていた。
そして、鋭い爪がまた僕に向かってきた。
相手、僕が攻撃を仕掛けないから、ずっと受動的に守りに徹すると思ったのかもしれない。でも今回は、明らかに油断した。巨大な手が振り回される軌道から、それが狙いを外したのが見えた。
いいチャンスだ。相手の隙を突いて、しっかりと反撃する。筋肉の痛みに耐えながら、全身の力を両手に集めて、鉄パイプを高々と掲げて、攻撃の準備をする!
よし、予想通り、相手の攻撃が外れた。鋭い爪が風を切り、その後、手首が露出した。この一瞬、この弱点が露出した瞬間に、全身の力を手に集めて、そして鉄のバットを垂直に振り下ろす!
――喰らえ!
しかし、僕が全力で一撃を放つ瞬間、相手が気付いて反応した。体を力強く捻り、左腕と左手を一緒に振る方向を変えようとしている。僕の攻撃をかわそうとしているみたいだ。でも、もう遅いんだ。
「チーン!」
巨大な衝撃が両腕を震え上がらせ、僕は歯を食いしばり、バランスを取るのに必死だった。骨が粉々になる音が聞こえ、攻撃が命中したことを知った。
悪魂の手首を打ち砕き、その攻撃力を半減させるつもりだった。だが、打ち砕かれたのは、その左手の小指だけだった。
骨がパキッと折れて地面に落ち、悪魂は苦しそうに悲鳴を上げた。いや、正確には苦しさよりも怒りだ。僕の攻撃が成功して傷つけたが、同時にそれの怒りも激化させた。
いいことだ。これで敵は完全に僕との戦いに集中する。エミが逃げるチャンスを作った。
――ふっ、亡霊。次はお前の首をぶっ壊してやる!
「うあっ!」
高い叫び声と共に、目の前の悪魂が突然消えた。瞬間移動?だが、僕の目を欺くことはできない。考えるのはやめろ、振り返るな、それらは致命的だ。僕のように、最速の反応で、足を踏み出し、身をかわすんだ!
やっぱり、予想通りだった。悪魂が背後から白いシルエットを描き、鋭い尾が急速に持ち上げられ、僕の心臓を突き刺そうとしてるみたいだった。
でも、僕はちゃんと体を数センチ右にずらしてたんだ。だから、その激しい突き刺し攻撃も、空振りで終わった
悪魂が怒りまくりの叫び声を上げてるけど、僕はこのチャンスを逃すわけにはいかない。敵が姿勢を整える前に、僕は右腕を振り上げて、鉄パイプをそれの頭にバシッと叩きつけた。
「ドン!」
この攻撃、めっちゃ効果あった。頑丈な頭蓋骨は鈍器の一撃には耐えるけど、強烈な衝撃でめまいがする、悪魂にとっては。ただし、両手で武器を握って攻撃する暇がなかったのが残念だ。この一撃、まだまだ物足りなかった。
「うあああ!」
悪魂が苦しんで叫び、僕から離れようと必死だ。その動きが乱れはじめ、首がなんとも奇妙にねじれながら動く。
――ふん、逃げるつもり?そうはさせない!
前に突進し、悪魂の頭を狙い、横に鉄パイプを振り回した。パイプの先端が空中に青い軌跡を描いて、まっすぐにそれの頭に届きそうだ。もし今回も命中したら、相手はおそらく抵抗の能力を失う。今の目標は、敵を完全に気絶させることだ!
しかし、相手の力をちょっと甘く見ていた。混乱しているとはいえ、悪魂は無意識に右手を上げ、巨大で頑丈な手で頭を守ろうとしている。
「ドン!」
鉄パイプがその手の甲を打ち抜いた。
――ちくしょうっ!
このくそったらあの両手!爪は鋭利な刃物で、手のひらは固い盾だ。この攻防一体の名作にどうやって立ち向かえばいいんだ!
ふっ、もし手に持っているのがこの鉄パイプじゃなくて、僕の刀ならばな。刃が骨を切り裂けなくても、炎はそのひどい手を焼き尽くせる!
しかし、罵倒や妄想では何の役にも立たない。今手にしているのは、エミの杖だ。僕は冷静に戦い続けなければならない。
幸い、この攻撃も一定の効果を発揮した。悪魂は僕の攻撃を防ぎながらも、先ほどのめまいで空中でバランスを保つことができなかった。バランスを崩した彼は地面に重々しく転倒した。
このチャンスを逃すな!ちっぽけなアドバンテージを積み重ねて、最後に致命的な一撃に変えろ!絶対に主導権を奪われる余地を与えるな、絶対に起き上がるのを待つな!
地に伏した悪魂が必死にもがいているが、僕はもうそれのすぐそばにいる。
今だ!首を狙え!攻撃!
よし、よし!この攻撃は間違いなく致命的だ!敵の両手は地面を支えるために必死で、起き上がることもできない!飛行から地に降り立つと不器用になるその骨格体も、回避する余裕はない!
――死ね!
「バーン!」と、鉄パイプの先が何かにぶつかった。でも、その音はなんだか重たくて、骨が砕けるような音じゃなかったんだ。
その瞬間、僕は驚いて気付いた。鉄パイプがまっすぐ雪の中に突き刺さってる。雪がバラバラになって、悪魂の姿がもう見当たらない。
また瞬間移動かよ。ヤバい!後ろから襲われるってこと!
僕は本能に従って前に走り出す。でも、その動きは明らかに大げさすぎて、焦りすぎて、無理やり感がハンパじゃない!足元が急に滑って、目の前の景色がグルグル回り始めて、重心を失って制御不能になって、地面にドスンと倒れた。
「シュッ――」
避けた!悪魂の攻撃が外れた!でも、次はどうする?次の攻撃には間に合わない。さっきの悪魂にやられたように、後ろから尖った尾で突き刺される寸前だ!
雪の地面に身体を叩きつける瞬間、僕は目を閉じた。顔が激しい痛みに襲われたが、今はそれどころじゃない。早く反応しないといけない。体のコントロールを取り戻さないと!できるだけ早く、たとえ十分の一秒でもいい!体を砂袋みたいに地面に倒れこませて、敵の攻撃の的になるのは阻止せねばならない!全身の神経を駆り立て、全身の筋肉、全身の力を緊張させ、防御の態勢を整える!
顔を上げて、身を翻す。立ち上がるのはもう遅い。だったら、地面に横たわっている姿勢を保つしかない。まずはこの攻撃をしのぎ、その後のことを考えよう!
来た!
今だ!
鉄パイプを掴んで、猛スピードで襲ってくる悪魂の尾を叩く。命中した!
「うあああ!」
悪魂が苦しそうに鳴き、すぐに尾を引っ込めた。同じ瞬間、右腕に激しい痛みが走り、とうとう手の指が完全に痺れた。鉄パイプは手から飛び出し、槍のように空中で弧を描き、そして「バーン」と音を立ててすぐ近くの地面に叩きつけられた。
――チっ!
武器がない僕は、まるで屠殺待ちの子羊のように、無力だ。だめだ、エミを守らなきゃいけない、絶対にこのまま無力なままじゃいられない!
慌てずに足を蹬いて、バランスを保った。すばやく立ち上がり、鉄パイプのある場所に向かって移動する。右手を伸ばし、必死でそれを拾おうとする!
ダメだ、もう手遅れか。敵はもう突撃の準備ができている。攻撃を仕掛けてくる!
ちくしょう、もう間に合わない!
その一瞬、どこからともなく雪玉が飛んできて、悪魂の頭部に正確に命中した。雪玉の威力は小さすぎて、頭蓋骨にぶつかった瞬間に完全に砕け散った。
エミだ!
「化け物、こっち!」
どこか遠くで、白い女の子が立ち上がった。彼女、さっきまでびくびく震えてたのに、急に雪玉をねっとりこねて、その勇気に満ちた瞳で悪魂めに向かって放り投げた。やっぱり表情からは怖気を感じるけど、今の僕をかばってくれたんだから、その勇気に応えないわけにはいかない!
悪魂はまんまと彼女の目を引っ掛けられた。あんまりにも腹が立って、彼女に向かってブチ切れて咆哮した。でもその瞬間、姿がまたぱったり消えてしまった。
ちくしょう、なんてやつめ!また瞬間移動かよ、この厄介な亡霊!こんなに消えたり現れたりして、どうやって相手すればいいんだよ!
最初は前回みたいに隣に出現して、尾を振りかざして攻撃してくると思ってたのに。でも今回は、反応するのは近くに散らばった雪の結晶だけだった。
まずい、まさか!
――エミ、危ない!
武器を手に取ろうとした瞬間、エミに大声で叫んだ。でも、もう手遅れだった。
一瞬、悪魂がエミのそばに現れ、その後、高々と手を挙げた。
迷う暇はない、反撃!
さっき手に取った武器が、また手を離れた。だが、今度は僕が力を込めて投げた。鉄パイプが空中を旋回し、「ふーふー」と音を立てながら、悪魂に向かって飛んでいった。
悪魂は怒鳴って、攻撃対象を変える。振り返って、巨大な手を振り回して、鉄パイプが飛んでくるやいなや、バシッと叩きのけした。
まるでプロの選手が見事なホームランを打ったかのようだ。鉄パイプは空中でぶん回し、その後ダルダルと地面に叩きつけられた。
それがどなりながら再び手を上げるのをみすみす見た。鋭い爪は、処刑の断頭台のように、少女の頭上で高く突き出ていた。
――エミ、逃げろ!早く!
彼女を呼んだが、もう手遅れだった。極度の恐怖に襲われ、少女は脚がすくんで地面に倒れた。無力に悪魂を見つめ、絶望的に両手を頭上に当て、目を閉じた。
「いや!!!」
その瞬間、狂風が吹き荒れた。大雪が目をぼやかした。
陰謀が成功した亡霊は傲慢に笑い、少女に最後の一撃を与えようとしていた。
瞬間、天空が一面の青い光に包まれて、世界がぱっと明るくなった。
その光が眩しくて、僕はさっと手で目を隠した。空中の悪魂ですら、その場にポカンとして、ビックリした声を上げた。
戦場のみんなが一斉に、その光が爆発した場所、エミの杖を見つめた。
――何があった?これは......
その次の瞬間、あの鉄パイプから無数の輝く点が飛び出した。ホタルみたいに空中を舞い、そしてそれらは回り始めた。幾つもの幽玄な青い弧線が繋がり、徐々に円環を作り出した。
いや、なんでこんな光景が......そう、見たことがあるんだ。絶対に見たことがあるはずだ!どこで、どこでだったっけ?
そうだ、海だ!あの時、仁也と一緒に海に乗り込んだ時も、こんな光景だった!
呪術陣、呪術陣だ!エミの杖が自動的に呪力を凝集し、呪術陣を解放したんだ。この時、僕は恐ろしい事実に気づいた。この鉄パイプはただの杖じゃなく、魔杖なんだ!
いや、ありえない。なんで、なんで?どうしても理解できない。でも、今はそれを考える時じゃない。敵はまだ目の前にいる、僕は油断できない。
「うああああ!」
さっきまでグラグラしてた悪魂も、この瞬間、ビビリ声を上げた。
その後、さっきと同じように、呪力が呪術陣にぐんぐん集まって、円環が鏡みたいに変わった。大海で見たときほどでかくはないけど、まぁ、十分だ。
「ガァァァァ!!!!」
――この声......まさか、隊長!
隊長の声が戦場中に響き渡る。赤い影と黒い影が、呪術陣から飛び出して、まるで弾丸みたいに悪魂に向かって突っ込んだ。その次の瞬間、十数羽のカラスがどっと出てきて、隊長と中尉に続いて、敵に襲いかかった。
――エミ、エミ!見て!寒鴉たちが来てくれたんだ!
「え?」
少女は驚いた顔で顔を上げ、飛んでくる寒鴉たちを見つめた。その勇敢な戦士たちの正体を確認した後、彼女の口元に笑みが浮かんだ。
十数羽の寒鴉で構成されたチームは、驚くべき戦闘力を見せつけた。それらは恐れることなく悪魂に襲いかかり、噛みつき、引っ掻き、体当たりした。特に、中尉のような凄腕の寒鴉は容赦なく、鋭利な羽根を悪魂の頭めがけて連射し続けた。
「うあ!うあ!」
激しい攻撃に対して、悪魂は完全にペースを失った。手を振り回しながら、苦痛の叫び声をあげている。しかし、強大な同族に対して、寒鴉たちは一切恐れを知らない。寒鴉たちの一羽一羽が、ほぼ狂気じみた攻撃を行っていた。
「うあ!!!」
悪魂はどんどん抵抗できなくなっていった。振り向いて飛び去ろうとするが、鴉の群れの速度は全然及ばない。隊長の指揮で、戦士たちは弾丸みたいに悪魂を追いかけた。逃げられないことを悟った悪魂は、呪力を全部使って瞬間移動を続け、なんとか小隊から距離を取った。でも、再び姿を現すたびに、隊長が大声で叫び、小隊に再び襲撃を指示した。
エミがその場に立ち、空を見上げながら寒鴉たちを見つめた。彼女は跳びながら拳を振り回し、大声で勇敢な戦士たちを応援した。
「頑張って、皆!あの化け物を逃がすな!」
でも、今は見物する時間じゃない。慎重を期して、まだリラックスできない。
「エミ、寒鴉が僕たちをカバーしてくれてるから、急いで逃げよう!」
すぐに、エミは僕の言葉を理解し、振り返って僕のそばに立ってきた。
「魔杖を......いや、杖を持って。」
エミは頷いた。彼女は杖を拾い上げ、興味深そうにそれを見つめた。冷たくて硬く、普通の鉄のパイプのようだ。目の前の少女も疑問そうな顔をしていたが、僕のは今はそれを気にしないように彼女に示した。今の目標ははっきりしている。鴉の群れが悪魂と戦っている間、すべての疑問や問題を捨て、一緒に逃げて家に帰る必要があるんだ。
――手を握って、ここから離れよう。じゃ、行こう!
「はい!」
戦場を去るとき、最後に空を見上げた。鴉の群れと悪魂は、もう雪の中に消えていた。暗い空の下、ただ響き渡る悲鳴だけが残った。その声は悲しく、長く、何かを語っているかのようだった。
でも、僕は気にしない。気にしたくもないただ、調査が大きな進展を遂げ、ますます多くの謎が浮かび上がってきたことを知っている。
すべてはまだ影に包まれている。答えが見えない。
小説を読んでいただき、ありがとうございます。
もし良かったと思っていただけましたら、下の評価[☆☆☆☆☆]で作品に評価をお願いいたします。
一つ星でも問題ありません。もちろん、より高い評価をいただけると嬉しいです。
ご協力いただきありがとうございます。




